――こうなってしまっては、成す術はない。
私は私のことをどのように説明すればいいのかも分からない。それはエヴァも同様だろう。仮に、私の背丈から小等部の児童であると勘違いしてもらったとしても、何故エヴァを壁に縫い付けているのかという説明は難しい。なによりも、エヴァと私の関係性の答えにはなっていない。
私とて、馬鹿ではない。
無知ではあるかもしれないが、決して状況の把握が出来ないほど、愚かではない。ちょっと我慢の仕方があやふやなだけ。
エヴァが他者に対して高圧的であることは知っているし、先程の女生徒達の話からするにエヴァのキャラは“孤立”そのもの。だがそれは、恐らくエヴァが望んでそうしているはずである。
エヴァは優しい。
優しいけれど、他者に対しては、そうでもない。
それは、あの初対面の時――瀬流彦先生に見せつけてくれた雰囲気からしてあからさまと言える。
つまり、女生徒達からすれば、エヴァを壁に縫い付ける女子児童という存在は、間違いなくイレギュラーだ。
私が下手な誤魔化しをしてしまえば、今後のエヴァの立場が変わってしまいかねない。
しかし、女生徒達に解釈を任せてしまって、後は野となれ山となれ、という訳にもいかない。
つまり、この状況をどうするかは、エヴァ次第である。
――これすら逃避と呼ぶのなら、そうすればいい。
私が背負うには、少し重すぎるのだ。これ以上、妙な誤解を植え付けるのは、得策ではない。学校でのエヴァを知らない私には、これを解決するための情報が不足し過ぎているのだ。
「き――」
と、誰かが、声を上げる。
「来た――! これは、一大スクープだよ! まさかあのエヴァンジェリンに、ちっちゃなガールフレンドがいたなんて! 綾瀬! ナイス忘れ物! 戻ってきた甲斐があった!」
おい。
いや、そう解釈されると弁解が難しい話ではある。
依然として私はエヴァを壁に縫い付けて甘噛みしている。私の知る友人関係という概念は、決して肩に噛み付いて甘噛みをするような関係ではない。そんなスキンシップは知らない。だがしかし、所謂恋人関係というものは、こんなスキンシップをするのだろうか? 恋愛小説というものは読んだことがないので分からない。
あむあむ。
「待て。少し、待て」
エヴァは冷静だった。
頭を抱えているような気がするけれど、きっと気のせい。
「確か貴様は――朝倉和美、だったか」
「お、意外。覚えててくれたんだ?」――パシャリ、と。
「あと、早乙女」
「なに!? 今スケッチで忙しいんだけど!」――ガリガリガリ、と。
「そのスケッチしている手を止めるために呼んだのだが?」
聞こえてくる音からして、カメラで撮られたのだろうか。早乙女という女性については自分の行動を報告してくれたので考えるまでもない。
どちらも、今見えている現象を、景色を、一つの媒体に収めるという行動である。被写体になるという経験は間違いなく初めてだが、気恥ずかしいものがある。その一方で、ちょっとした優越感。モデルになった感覚。神多羅木先生が昔持ってきた雑誌の女優は、さて、どのようなポーズを取っていただろうか。
そんな感慨に近い気持ちを抱く私を――言い方を変えれば質の悪い現実逃避に勤しむ私を放置し、エヴァは冷静に弁解を開始した。
「誤解はするな。ガールフレンドという訳ではない。こいつは、ジジイ――ジジイというのはつまり学園長のことだが、それの遠い親戚の娘だ」
「それでそれで? その学園長の遠い親戚の娘とやらとどうしてそんな親密な関係になってるわけ? いつから交際してるの? 次期学園長の座を狙ってたりもする?」
強かだなぁ、なんて。他人事に思う。
報道部がどうとか言っていたか。いわゆるマスコミスピリットというやつなのだろう。質問の仕方が強引だ。仮説を肯定される前提として投げかけている。
それはどちらかと言うと嫌われる手口なのではないだろうか。具体的な例は挙げられないが、そういうメディアが嫌われているということは分かる。
「誰が質問を許した?」
その声はなかなかに鬼気迫るものがあるが、それが彼女達の耳に入っているのかは、甚だ疑問である。
「先にも言ったが、付き合っている訳ではない。ジジイからの依頼でな、こいつに校舎の中を案内してやってほしいと頼まれたんだ」
「そしてそのままエヴァンジェリンのあんなところやこんなところも案内してあげてたってことなのね!?」
鼻息荒く、早乙女さんが訊く。
なに? 人の話を聞かないことが流行りなの?
そんな流行を生み出したインフルエンサーなんて滅んでしまえ。
あむあむ。
「……流石にそろそろ怒るぞ」
「そうですよ、二人とも。冷静になってください」
朝倉さんでもない。早乙女さんでもない。と、なると、綾瀬と呼ばれていた人だろうか。とても落ち着いた声音で、今にも噴火を超えて地殻変動しそうなエヴァに同調する。
「――この二人は、まだ子供ですよ?」
おっとそれは怒髪天を衝く発言だ気をつけたまえ。
とは言え、そんな私の忠告は、多分、今だけは必要ないはずだ。エヴァとしては、子供扱いは不愉快極まりないだろう。だが、少なくとも、“私達が付き合っている”という固定観念を譲らない二人に比べれば、それは良心的な物の見方と言える。
「随分と、好き勝手に言ってくれるじゃないか……」
…………あれ?
「貴様ら、死ぬのと死ぬのと死ぬの、どれが好みだ、言ってみろ」
ひくひくと口角を引き攣らせているのか、声が震えていた。
このままでは本当に殺りかねない。血染めの夏休みとは、なかなかゾッとする話だ。背筋が凍る。この猛暑にはもってこいかもしれないが、当事者として警察のお世話になるのは十全ではない。
なので、少し、状況をリセットしよう。
権力闘争の関係は、リセットして零の状態から再びマウントを取る努力をしなくては、一生マウントを取られ続ける。そんなことが、なんかの本に書かれていた気がする。
私はエヴァの肩から口を離し、エヴァの二の腕に添えていた手をそのまま下ろして、エヴァの腰に巻き付くように抱き寄せて、そのデコルテに顔を埋めながら、控えめに三人を見遣った。
本当にその場で固まっていたのだろう。三人は教室の出入り口から然程遠くない場所で立っている。
そして私は、眉を小さく八の字に歪めた。不愉快そうに、と言うよりは、懇願するように。
「…………」
無駄に言葉は発さない。
ここで誤って“エヴァ”と呼んでしまえば、その親密な関係という部分に対する燃料の投下に繋がってしまう。少なくとも、エヴァをエヴァと呼んでいる人物は、私の知る限りではとても少ない。おじいちゃんと高畑先生くらいだ。
エヴァは私が動いたことで意識が三人から離れて、三人もまた同じく、私へと意識が向く。
三人に向けて離さない視線は、エヴァの話を聞いて欲しいという希望を込めたもの。まさしく、懇願。下の者が上の者へと向ける、視線。
マウントとは、常に強くあることではない。
どれだけその人をコントロールできるか、だ。
私に出来ることは、こうやって少しでもエヴァが喋りやすい状況を作るという――たったそれだけのこと。
「お……?」
「あっ……」
「……二人が泣かせたです」
――どうやら涙目になってしまったらしい。
下手に出ようとは思っていたけれど、ここまでするつもりはなかった。女優魂にでも火が付いてしまったのかもしれない。いや、そんな魂を持っていたのかと言われると、私としても首を傾げざるを得ないのだが。まぁ、今日はいろいろと歩き回ったから、どこかで拾ってしまったのかもしれない。
――いや、そんな概念を拾ったとか拾ってないとかではなく、単刀直入に言うならば、いろいろと我慢しきれなかった情けさ故の涙に違いないのだが。
「いやいやいや、私達なにもしてないわよ! ね、朝倉!」
「も、もも、もちろん!」
「勢いが怖かったですよ? 正直私もドン引きでした」
それこそまさか。
こんなことで怖がるような可愛いけど面倒くさがられるような性格なんかしていたら、エヴァとの初対面なんて失禁していたに違いないはずだ。
……はずだ。
「はぁ――。もういいか? さっきも言った通り、私はこいつの案内をしなくてはならないんだ。暇じゃないんだよ」
と、エヴァがついに離脱の方向へと話を転換させた。
暇じゃない、というのは間違いではない。この教室だけが今日の目的ではないのだ。この前瀬流彦先生に奢ってもらった甘味処に――エヴァと初めて視線を交差させたあの公園に行くというチェックポイントがあるし、そこでゆっくりした後にはエヴァの家にお邪魔するという予定もある。残りの目的地はこの二つだけだが、如何せん、麻帆良学園は広すぎる。のんびりと心に余裕を持って移動しようと思うと、計画を立てなければいけないのだ。
厳密な時間制限がある訳ではないが、せめて暗くなる前には地下に帰りたい。
「ごめんごめん、うちらも悪気があった訳じゃないんだよ。ただ、美少女二人が抱き合ってる光景なんてなかなか見れないしさ〜。ね、早乙女!」
「全く以てその通りよ、朝倉!」
謝るのか犯行動機を自白するのかどっちかにしていただきたい。
「……兎に角」そんな言い訳には興味もないのか、エヴァは素っ気ない調子で言う。「私達は付き合っている訳ではないし、仮に付き合っていたとして、それは記事になるような大事でもない。――さっきのも、こいつの調子が少し悪そうだったから様子を見ていただけだ。貴様等の考えているようなことは絶対にない。
「イエスマム!」
「イエスサー!」
最後の力の篭った一言に気圧されたのか、早乙女さんと朝倉さんの二人は綺麗なフォームで敬礼をした。
しかし、調子が悪い云々は少し無理があるのではないだろうか。いや、もしかしたら、私もエヴァも髪が長いから、噛み付いてる箇所は隠れていたのかもしれない。
――なんにしても、ここまで付き合っている可能性を零にまで突き落とすような言い方をされると、なんとなく、どことなく、悲しい気持ちになる。いや、同性だから当たり前なのだが。
あれ、涙が。
おさまれ、我が女優魂。
エヴァは荷物を回収し、私の手を引いて教室を出た。
その直後に「でも、あの二人、私達が最初に教室に入ったとき、いなかったわよね……?」「隠れてたってこと……?」「やっぱデキてるんじゃない!?」なんて会話が聞こえてくるが、もはや取り付く島もないと判断したのか、エヴァは大きな歩幅で歩き続けた。時折ちらりと見える頬が真っ赤に燃えている。これは相当怒ってらっしゃる様子。触らぬ神に祟りなし。というか、事のきっかけは私の不甲斐ない忍耐力にある。触れれば大爆発は避けられない。
……エヴァが喋り始めるまでは黙っていよう。説教までの時間稼ぎなんて、姑息かもしれないが、怖いものは怖い。
逃避というならば、それを受け入れよう。
こればかりは、言い訳のしようもない逃避だった。
熱の篭った廊下を抜けて、昇降口を抜けて、外に出る。
先程よりも風が強い。夏は雨がよく降る。今の所、雲は少ないが、いつ夕立に襲われてもおかしくはない。エヴァの歩幅は依然変わらず、着いていくのが少しだけ辛い。それは、やはり雨に怯えているからなんて理由ではなく――。
「エヴァ……怒ってる?」
耐えきれなくて、そんな一言が出たのは、桜通りを過ぎた辺りだった。
逃避し続けるのは楽かもしれないが、しかし、精神力をすり減らす行為であることもまた事実。ましてや、これからエヴァ本人の家に行こうというのに、この空気は少し重たすぎる。
「ん……? ああ、すまん。考え事をしていた」
その返事は意外なものだった。
エヴァが、少し駆け足になっている私に“今気付いた”と言わんばかりに振り返る。怒っているから私と距離を置きたいのかもしれないと勘繰っていただけに、拍子抜けだ。
私が隣に立つのを確認してから、いつの間にか離されていた手をエヴァがもう一度握ってきた。夏の日差しの中で密着する面積を増やすのは得策ではないが、それを振り払うことはない。むしろ、私に対して激怒していないというなによりの証拠である。私から離すことは絶対にない。
「……お前、あれは無意識なのか?」
あれ、と言われましても。
いいや、心当たりがないと言うつもりはない。ただ、それについては私自身が理解できていないのだ。それを無意識であると言ってのけることは造作もないが、残念ながら、それは無意識というよりも強制力に近い。
これを口で説明することは困難だ。
だが、無意識だと言って逃げてしまっては、要らぬ誤解を故意的に与えるということに繋がる。
分からないなら、分からないなりに、説明義務を果たすべきだ。
「……無意識、じゃ、ない。本、能……? 噛みたい、って。エヴァの、匂い、もっと、嗅ぎたい、って。それ、は、抑えるのが、とても、大変……」
……まるで変態ではないか?
いや、やってることは変態のソレなので、否定しようがない。
「ふむ……」
顎を指で撫でながら、真剣に思案を始める。
変態的な性癖を真面目に考察されている気分。端的に言えば、羞恥心。なぜそのような事を訊くのか、というのは、野暮な話である。如何せん、私の性癖と呼んでいいのかも不明な、不明瞭な生態系の被害者は、今の所、エヴァただ一人である。
被害者であるエヴァからすれば、そういった迷惑な行為から遠ざかるための手段を考えて然るべきなのだ。
もっとも単純な手段は私でも考えつく。
私に近寄らなければいい。
でも、それは、ちょっと、悲しい。
だから私は知らん振りをする。逃避というよりは、隠匿だった。
「まぁ、いいか」
例の公園が見えてきたとき、エヴァはそう言って思案することを止めた。それでいいのか、と思ったが、それで良かったのだろう。少なくとも、私はその一言を聞いて、どこかで安堵してしまった。なら、今は、それでいいのだろう。
「ある程度だが、憶測はできている。そしてそれは、確かにお前が制御することは難しいだろう。なに、要は欲求不満の解消となんら変わらん。満足さえすればいいのだから。今はそれでいい」
エヴァはそれだけ言い残すと、公園の出入り口に寂しげに居を構えた甘味処へと入っていった。私は公園の中のベンチでお留守番。エヴァの荷物(商業エリアでの戦利品。鞄には財布が入っているので相変わらずエヴァの手元にある)を預かったので、その見張り番である。
木陰に隠れるようにひっそりと佇むそのベンチは、しかし、地面の熱までは避けられないらしく、気分としては蒸される小籠包が如く。体液という体液が沸騰しそうだった。
公園の中央では水鉄砲を使って遊んでいる児童達の姿が見える。わざわざ中等部エリアにまで来て――小等部周辺には公園がないのだろうか。確かに、この前瀬流彦先生と小等部周辺を歩いたときにはそれらしい施設は見当たらなかったが。
そんな彼等の声を掻き消すように、姿の見えない蝉が煩わしく鳴いていた。
頭の中を飛び回っているように思えて鬱陶しい。時折混じる蜩の声だけが、どこか哀愁を漂わせてくれる。だからと言って、この合唱団を許せるのかと言われると、少し難しい。別に、鳴きたきゃ鳴いてればいいとは思うし、私が鳴き止めと言ったところで鳴き止むはずもない彼等に構うのは、いくら何でも無意義が過ぎる。
鼓膜を揺らす以外に生き甲斐もない彼等の生き方くらいは、肯定してやらないこともない。少なくとも、日々起きてはシャワーを浴びて本を読んで寝転んで勉強して寝転んでたまにご飯を食べてシャワーを浴びて寝て――そんな、なにを生き甲斐にしているのかも分からない私と比べれば、その一生も、悪くはない。蝉にすら負ける人生というのも、なかなかに奇々怪々と言えるだろう。
いや、厳密には、彼等は生き甲斐なんてものは無くて、ただ機械的に鳴いているだけなのだろうけれども。
もしかしたら、やる事が無さすぎて鳴いているだけなのかもしれないけれども。
或いは、自身が鳴いていることにすら気づいていないのかもしれないけれども。
仮にそうだったとしても、私の敗北は揺るがない。
少なくとも、目を覚ましてから今までの時間を、有意義に過ごそうと、そう考えたことすらない私は、その時点で蝉以下だ。
はて。
昔の私は。
なにか、生き甲斐と呼べるものがあったのだろうか。
今でこそ、なし崩し的に勉強をしたいと申し出てみたものの、それは、本当に私がしたいことなのか。
ただ、この歳の人間は、皆学業に勤しんでいるからという、それだけの同調ではないのか。
――と。
短い悲鳴のような声を上げながら、一匹の蝉が、ぽとりと落ちてきた。真上にある木の枝に捕まっていたのだろうか。それは私の足元で、壊れたラジオのように、短いノイズを吐き散らしている。
「…………」
なんとなく。
足元にある木の枝を拾い上げる。
少し太い、丈夫な枝だ。まだ生命力に溢れているものの、なにかの拍子にそのレールから外れ、栄養を貰えなくなったはみ出し者。
蝉を小突く。
一際大きく、ノイズが響く。
無様にも飛ぼうとして、羽を必死に動かしている。
――これもまた、機械的な行動なのだろう。害意から逃げるように、飛ぶ。今彼は、飛んでいる気分なのかもしれない。少なくとも、なぜ飛べないのか、なんて、そんなことは考えてすらいない。
その蝉の胸部を枝の切っ先で抑えつけて、暴れる翅と足をぼんやりと眺めた。
そして、そのまま、その胸部の奥深くまで枝をゆっくりと挿し込んで、やがて貫通させた。それでも、蝉は鳴き止まない。
それは断末魔かもしれない。
それでも、聞こえてくる声は、未だ木の上で鳴き続ける蝉と、なんら変わりはない。
「…………なにしてるんだ」
いつの間にか、二人分のアイスを両手に持って近くまで来ていたエヴァが、小首を傾げながらそう訊いてきた。
「…………………………」
まさか、「ムカついたから八つ当たりしてました」なんて言えるはずもなく。たっぷりと言い訳を口の中に溜め込めど、吐き出せるものはなにもなかった。
やがて、興味も失ったのか、エヴァは「まぁ、なんでもいいが」と言った。そして、右手に持った冷たいそれを、私に差し出す。
蝉の刺さった木の枝から手を離して、持ってきてもらったアイスに手を伸ばす。
空振り。
見れば、差し出してくれたはずのアイスは、私の目線よりも少し上に掲げられていた。
ラオウごっこだろうか。
「ばっちいぞ、手を洗ってこい」
エヴァは先程まで私が手に持っていた枝を一瞥してから、そう言った。
なるほど。確かにそれは納得である。
私は小さく頷くと、隅っこに置かれた水道へと走った。正直、蒸され続けて、限界である。早く冷たいアイスを口いっぱいに頬張りたい。
蛇口を捻ると、当たり前だが、冷たい水が出る。
公園の中央で遊んでいる児童達は水鉄砲の弾の補充をここでするのだろうか、とぼんやり考えながら、蛇口を締めて、私は濡れた手をそのままにエヴァの元へと駆け寄る。
座って一人でアイスを食べ始めていたエヴァに「カバンの中にハンカチがある。勝手に使え」と言われたので、言われたとおりに鞄を勝手に御開帳。薄い手提げ型の鞄の中身はとてもすっきりしていて、財布と二枚のハンカチ以外に入っているものと言えば給水用の小さな水筒のみである。
そういえば、エヴァが化粧している姿は見たことがないなぁ、なんて思いながら、ハンカチを拝借して手を拭う。
それからエヴァの隣に座って、アイスを受け取る。ベーシックなバニラアイスだった。既に溶けかけているが、気にしない。
「ありがと……」
「ああ」
早速、一口。
冷たい。月並だが、体の芯まで冷えるようだ。なにより、この前食べたアイスよりも甘さが控えられていて、後味がすっきりしている。なるほど、足繁く通っていた理由はこれか。この前食べたアイスがどんなアイスだったかは忘れたが、選択したメニューが間違っていたのだろう。
「おいしい」
と、それは無意識の一言だった。
そのままの感想なのか、エヴァと会話をするための一言だったのか、私にも分からない。
「……隠し味程度だがな、ハーブソルトを混ぜているらしい」
なるほど、と。さっぱりとした口当たりはそれのおかげか。
「エヴァは、スイーツ作ったり、するの?」
「ん……? いや、あまりそういうことはしないな。最近じゃ料理すらしなくなったし……。何故だ?」
「味が分かるの、凄いから」
「……昔、人から聞いたことがあったんだ」
人から……?
早乙女さん達の言葉を借りるようではないが、エヴァとバニラアイスの味について喋る仲の人がいたというのは驚きだ。いや――高畑先生となら、割とそういう世間話をするのだろうか。
今度、それとなく聞いてみよう。
それから、私達は無言でアイスを食べ続けた。正直、喋る余裕は無かった。なにせ、暑すぎてアイスがすぐに溶けていってしまう。ただでさえ食べるのが遅いことに定評のある私からすると、時間経過と共に質量を少なくしていくアイスとは相性が悪い。
それにしたって、食べたいものは食べたいのだから、難儀なものだ。
やがて、エヴァはアイスを食べ終え、それを追いかけるようにして私も完食した。
「お前は相変わらず、アイスを食べるのが下手なんだな」
――なんだか、随分と懐かしむような顔で、エヴァはそう言った。相変わらずということは、記憶を失くす前から、私とアイスの相性は最悪だったのだろう。
鞄から取り出したハンカチで、無理矢理に私の口元を拭う。溶けてる溶けてない関係なしに、口元にアイスが付いていたらしい。なるほど、食べるのが下手とは、そういうことか。
そう言えば、瀬流彦先生にも手と口元を拭いてもらったな、と。
「ほら、手を洗ってこい」
「……ん」
本日二度目のお手洗いである。
先程と同じ、ベンチから水道までの直線ルートをなぞった。
水は先程よりも冷たくなっていた。手の温度が奪われていく。このまま全身にこの冷水を浴びたい。それこそ、今そこで水鉄砲を使っている男児達の輪に混ざってしまいたいくらいで――。
「あ……!」
「…………」
いつの間にか水道に近寄っていた男の子が、背後からの猛攻を避けた。その弾道の弾着地点にいた私は、回避行動すら取らせてもらえず、正面からそれを受け止めることになる。
不条理を嘆くな。
理不尽を喚くな。
必然は必然。こうなることは、彼等と私が同じ空間にいた時点で、決定していたに違いない。
「ごめーん! 君、大丈夫?」
そして、そんな男子児童達が、私を同年代と勘違いして接してくることもまた、必然なのである。
――幸いにも、エヴァのように憤ることはない。むしろ、目が覚めてから今までが私の人生であり、言うなれば私は三歳なのだ。
そう考えると、なんだか気持ちが軽くなった。
「……ん。大、丈夫」
精一杯親指を立てて、サムズアップ。
「良かった! じゃーね!」
うん、別になにかして欲しかった訳ではないけれども。良かった、の一言でそのまま遊びに戻る姿は、なんというか、うん。強かだなぁ。
「……夏とはいえ、風邪ひくぞ」
「ん……」
いつの間にか荷物を持って近くまで来ていたエヴァが、ハンカチを優しく頭に乗っけた。いくらこれで拭いたとしても、応急処置にすらなるまい。
最近の水鉄砲の技術は凄い。必殺技みたいなものなのだろうか。まるで滝に打たれたような衝撃だった。いや、滝に打たれたことは無いのだけれど。
おかげさまで全身びしょ濡れである。
「とりあえず、さっさと私の家に行こう。着替えくらいは貸してやる」
「え……」
「なにか文句でもあるのか?」
「……ないです」
「うむ」
できれば、ゴスロリ以外の服がいいです、とは、言えなかった。
Q.鈴葉はラオウを何故知っているの?
A.瀬流彦が漫画を持ってきたから。
てきとうに書いてるせいで矛盾とかいっぱいあると思います。自己解釈で発散するもよし、指摘するも良し。
まぁ、プロットのない物語なんてそんなものです。
頑張って矛盾がないようにしようとしても、いずれ矛盾した部分が出てきます。マーフィーの法則です。致し方ありません。要するに矛盾がないように苦労するよりも一回プロットを組めってことなんですね。そうすれば上級職員とかいう謎の大別的なオリジナル解釈的役職を設ける必要すらなかったのです。
びしょ濡れになる鈴葉は私の趣味です。他意はない(矛盾)。