時刻は深夜。ジェネックスも佳境を迎えようとしていたが、今のエドの意識は別のところにあった。
誰もいない豪華客船の中で、自分の足音だけが響いている。その異様ともいえる雰囲気の中で、目的地までひたすらに進む。
自身の身長の倍以上もある豪奢な扉を押し開くと、そこはイベントなどを執り行う大ホールだった。
その中心に、ひとりの男が立っている。エドには見慣れた顔だった。
父親を喪って、自分の後見人となってくれた恩人であり、もうひとりの父と言っても過言ではない。
そしてこの十年、プロデュエリストの頂点を守り続けてきた男でもある。
「久しぶりだなぁ、エド。会えて嬉しいよ」
いつもの調子、いつもの口調ではあったが、エドは言いようのない不安を抱き、彼の異質さを感じ取っていた。
「DD……。今日の対戦相手はDrコレクターでしたね。どうでしたか?」
「そうか、おまえは知らないんだな。もちろん勝ったよ。俺に勝てるデュエリストなどこの世にいない。Drコレクターは死んだよ」
まるで明日の天気を話すように、DDは軽い調子で対戦相手の死を告げる。エドの背筋には冷たい汗が流れていた。
「死んだ……? Drコレクターが?」
「会場の炎にのまれて焼け死んだ。いや、その前に俺の一撃でショック死したのかもな、クククッ」
エドの背後から、堅い音が聞こえてきた。振り返れば、逃がさないとばかりに、自らが押し開いた扉が閉まっている。
「エド、おまえの探し物はここにある。これが究極のDのカード」
「何故……あなたがそれを?」
「ふふっ、頭の良いおまえならもう気付いているだろう? それとも、認めたくないだけか? そうだ、おまえの父親を殺したのは、俺だ」
DDは自分の過去を語った。勝てずにくすぶっていた頃に、カードデザイナーであったエドの父親が、インダストリアルイリュージョン社からの依頼を受け、極秘のカードを製作していることを知り、それを強奪したことを。
その際に、エドの父親を殺害したことも。
その後、警察の動向を知るために、何食わぬ顔でエドの後見人になったことも。
エドは茫然となりながらも、DDが語ることをしっかりと受け止めていた。心中に渦巻く感情は、一言では言い表せないほどであり、父親との思い出、そしてDDとの思い出が過剰なほどにエドの心に溢れ返った。
「本当にあなたが父さんを……そんな、私利私欲のために……」
「私利私欲? それの何が悪い。勝つためになんだってする。でなければ、十年も頂点に君臨することなど不可能だろう?」
「――違うッ! あなたは、もっと高潔で、みんなが憧れるチャンピオンで……」
エドの瞳は濡れていた。目の前の男は、自分が最も憧れるデュエリストで、目指すべき目標だった。それが裏切られた。
「もう問答はいいだろう。決着をつけよう。過去の因縁にな」
「……分かった。あなたに恩があるといっても、許すつもりはない。父さんの仇を取らせてもらう!」
『デュエルッ!』
「先攻は僕だ、ドロー」
チャンピオンであるDDは常に挑戦を受ける立場だ。故に後攻が当たり前であり、当然それにも慣れている。実際、DDはここ十年で先攻を取ったことは指折るほどしかない。
「速攻で決めるッ! 《融合》発動。手札の《D-HERO ドローガイ》と《D-HERO ディスクガイ》を融合。カモンッ! 《D-HERO デッドリーガイ》!」
《D-HERO デッドリーガイ》
星6/闇属性/戦士族/攻2000/守2600
「続けていくぞ! 《融合回収》を発動し、
続いて出てきたのはエドが最も信頼するヒーローの1体。エドとともに戦う運命の戦士が並び、DDの前に立ちはだかる。
「ディストピアガイの
DD LP4000 → 2400
「カードを1枚伏せてターンエンド」
エド LP4000 手札0 モンスター2 伏せ1
――――――――――――
「俺のターン、ドロー。1ターンで手札を全て使い切るとは。焦っているな、エド。心が乱れている。そんなことでは、俺には到底届かない」
「くっ、スタンバイフェイズに
エドのフィールドにいる3体の戦士たちが、さらにパワーを上げて、来るべき決戦の時に備える。
だが、そのうちの2体の戦士が、突如として姿を消した。
「おまえのフィールドの《D-HERO デッドリーガイ》と《D-HERO ディストピアガイ》をリリースし、《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》を特殊召喚する」
落ちてきたのは灼熱の岩人形。さすがのエドも眉を顰めた。
「あなたが、こんなモンスターを……」
「カードを2枚伏せてターンエンドだ」
DD LP2400 手札4 モンスター0 伏せ2
エド LP4000 手札1 モンスター2 伏せ0
――――――――――――
「僕のターン、ドロー」
「スタンバイフェイズにラヴァ・ゴーレムの効果が発動する。おまえは1000のダメージを受ける」
エド LP4000 → 3000
「だが《D-タクティクス》の
ドローガイはさらに力を上げ、攻撃力は2400となった。
「手札を1枚捨て《ツインツイスター》を発動。あなたの伏せカードを2枚とも破壊する」
「ならばチェーンして《スケープ・ゴート》を発動。羊トークンを4体特殊召喚する」
破壊されたもう1枚は《ディメンション・ウォール》だった。自分が受ける戦闘ダメージを相手に押し付けるカード。
ここでエドはおおよその戦略を読み切った。それが間違っているとも知らずに。
「チャンピオンらしからぬデッキ、チャンピオンらしからぬタクティクスだ。もういい、僕が引導を渡してやる! 手札が0になったことで、
DD LP2400 → 800
「続けてドローガイ、ラヴァ・ゴーレムで攻撃!」
都合3体の羊トークンが悲鳴を上げて砕け散る。DDは一瞥もせずに、ただエドだけを見つめていた。
「僕はカードを1枚伏せてターンエンドだ」
エド LP3000 手札0 モンスター3 伏せ1
DD LP 800 手札4 モンスター1 伏せ0
――――――――――――
「俺のターン、ドロー」
「スタンバイフェイズに《D-タクティクス》の
「《幻銃士》を守備表示で召喚。召喚時効果により、2体の「幻銃士トークン」を特殊召喚する。そして、ふふっ、幻銃士トークン2体と羊トークン1体をリリースし、手札から究極のD、《D-HERO Bloo-D》を特殊召喚する!」
《D-HERO Bloo-D》
星8/闇属性/戦士族/攻1900/守 600
「こ、これが……究極のD」
エドが半生を費やし、探し求めた父の形見。それが目の前に在る。エドの身体は歓喜に震え、同時に恐怖をも味わっていた。
「なんて
「このカードの前では、あらゆるモンスターは無力! Bloo-Dの効果発動。ラヴァ・ゴーレムをこのカードの装備カードとし、元々の攻撃力の半分を加算する」
《D-HERO Bloo-D》 攻撃力1900 → 3400
巨大な溶岩魔神がBloo-Dに吸収され、その力の一部となる。
「バトルだ。Bloo-Dでドローガイを攻撃、ブラッディ・フィアーズ!」
エド LP3000 → 2400
「くっ、ドローガイは
「俺はカードを1枚伏せてターンエンド」
DD LP 800 手札2 モンスター2 伏せ1
エド LP3000 手札0 モンスター1 伏せ1
――――――――――――
「僕のターン、ドロー。スタンバイフェイズに《D-タクティクス》の
「愚かな。言ったはずだ、Bloo-Dの前ではあらゆるモンスターは無力だと」
ディスクガイのドロー効果はかき消され、霧散する。だが、エドの表情に陰りはない。
「承知の上だ。《マジック・プランター》を発動。《リミット・リバース》を
この追い詰められた状況でも、エドを一縷の望みを託してデッキを回す。逆転のカードが来ると信じて。
「バトルだ。ドリルガイで幻銃士を攻撃、ドリル・ショット!」
悪魔の銃士がドリルによって貫かれる。だがDDは顔色ひとつ変えることはなかった。
「そんなザコモンスター、いくらでもくれてやる。ドリルガイの貫通効果も消えていることだしな」
その言葉を聞いて、エドはさらに悲痛な思いを抱いた。彼は決して、どんなモンスターであってもザコ扱いするようなことはしなかった。
どんなモンスターであっても、彼らが活躍できるようなコンボを生み出すことが、デュエリストの腕の見せ所だと、かつての彼は言った。
その言葉はエドの心に強く残っている。デュエリスト『エド・フェニックス』を形成した要因のひとつは、間違いなくDDだった。だからこそ、今のDDを見ることがエドにとっては辛かった。
記憶に残る笑顔のDD、目の前にいる醜悪な顔のDD、どちらが本当のDDなのか。エドは今でも迷っていた。
「
「エンドフェイズに《ダブル・サイクロン》を発動。俺から見て右側の伏せカードと、Bloo-Dの装備カードとなっている《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》を破壊する」
巻き起こったふたつの竜巻の片方が、エドの伏せた《死魂融合》を攫って行った。
「ほぅ、さらなる融合を狙っていたか。だが無駄骨だったな」
エド LP3000 手札0 モンスター2 伏せ1
DD LP 800 手札2 モンスター1 伏せ0
――――――――――――
「俺のターン、ドロー」
「スタンバイフェイズに《D-タクティクス》の
「今さら何をやっても無駄だ。魔法カード《ナイト・ショット》を発動。残りの伏せカードも破壊する。さらにBloo-Dの効果で、ドリルガイをBloo-Dの装備カードとする」
《D-HERO Bloo-D》 攻撃力1900 → 2700
「魔法カード《H-ヒートハート》を発動。Bloo-Dの攻撃力はターン終了時まで500アップし、貫通効果を得る。バトルだ。Bloo-Dでディアボリックガイを攻撃、ブラッディ・フィアーズ!」
Bloo-Dの広げた翼から、鮮血の雨が降り注ぐ。防御を固めたディアボリックガイを貫き、そのダメージはエドにまで届いた。
エド LP3000 → 600
「これでライフは逆転した。もはや風前の灯火だな。ターンエンド」
DD LP 800 手札1 モンスター1 伏せ0
エド LP 600 手札0 モンスター0 伏せ0
――――――――――――
「僕のターン、ドロー。――ターンエンドだ」
エド LP 600 手札1 モンスター0 伏せ0
DD LP 800 手札1 モンスター1 伏せ0
――――――――――――
「ドロー。どうやら覚悟を決めたようだな。この一撃で葬ってやる。いけ、Bloo-D! ブラッディ・フィアーズ!」
最後の一撃を加えようと、Bloo-Dの翼がはためく。その一瞬を、エドの眼光は鋭く射抜いた。
「僕はこの瞬間を待っていた。攻撃宣言時に
「ナイト・ショットで墓地に送ったカードか。だが、このタイミングで発動して何になる? 血迷ったか、エド!」
「Bloo-Dの攻撃は止まらない。ダメージ計算時に《D-HERO ダイナマイトガイ》を手札から捨てて
「なんだと!? 相打ち狙い――いや、ダメージ・ダイエットはそのための布石か!」
「Bloo-Dの効果が及ぶのは相手のフィールドのみ。手札や墓地には届かない。終わりにしよう、DD」
「ぬぅあぁぁッ! そんな、バカなぁぁッ!!」
エド LP 600 → 100
DD LP 800 → 0
勝負は決した。DDのデュエルディスクから零れ落ちたBloo-Dのカードから悪魔のような白い影が出現し、それが大爆砕を引き起こす。
大ホールはあっという間に火の海となった。
「ふふっ、ふはははっ、俺は英雄だ! 英雄なんだ! 俺は選ばれた人間なんだ! ハハハハハハッ! フハハハハハハハハッ!」
「……さようなら、DD」
炎と煙に巻かれ、もはや狂人となったDDを、エドは悲しい瞳で見送った。父の形見であるDのカードを拾い上げ、過去を振り切るように走り出す。
これは報いなのか。何があの男を狂わせたのだろうか。DDの本性が悪であるのか、善であるのか。少なくともこの十年のつき合いで、エドはDDに親愛の情を抱いていた。
渦巻く感情の中で、唯ひとつの言葉が強く繰り返される。
「最後の瞬間、父さんの声が聞こえた。あれは幻聴なんかじゃない。破滅の光……。会わなくては……斎王に」
丁度甲板に出たあたりで、空から鮫島校長の声が聞こえた。ヘリから垂らされた縄梯子に足をかけ、エドは辛くも燃え盛る船からの脱出を果たした。