そのため、実際のデュエルでは起こらない処理が入ります。
ご了承ください。
その薄闇の空間は霧に満ちていた。
世界法則から外れてしまったような、そんな不気味さを感じながらも、十代、そしてその背後を追う翔は、ゆっくりと歩みを進めていく。
時間の流れすら曖昧となっているなかで、やがて姿を現したのは鋼の塔。
十代は迷いなくその扉を押し開いた。
螺旋の階段を上り、程なくして屋上へ出る。
そこにはひとりの男が待っていた。藍色の髪を持つ少年、十代が次元を越えてまで救いに来た、親友。
「……ヨハン。いやユベル」
「久しぶりだね。十代」
視線が追いかけてくる。舐るような視線。不思議と十代はそれを不快とは思わなかった。
それを見て、ユベルは眉根を寄せる。ユベルの思惑では、十代はもっと負の感情を抱いているはずだった。疑念・憎悪・殺意。そういった心の闇を抱くことで、それを共有することで、ふたりは愛し合えると思っていた。
「ユベル、済まなかった」
「……なに?」
「言い訳はしない。俺が良かれと思って、おまえを宇宙に送ったこと。おまえは恨んでいるんだろう」
宇宙の正しき波動を取り込むことで、ユベルの心の歪みを治そうとした。事実、ネオスは正しき闇の波動を受けて、新たな力を得た。
だが、ユベルはその正逆の力である邪悪なる光の波動を受けて、地球へと舞い戻った。
ユベルは宇宙にいる間、ずっと十代に救いを求めていた。それは夢となって十代へと送られたが、当の十代はそれを悪夢としか思わなかった。
心配した十代の両親は、その記憶の一部を眠らせた。そうして十代の記憶からユベルという存在は失われた。
全ては些細なすれ違いだった。
「俺たちは解り合えるはずだ。ユベル」
「……十代、そんなにもボクのことを。嬉しいよ、ならもう、こんな器なんか必要ないね」
ヨハンの身体が崩れ落ちる。そこからふわりと現出したのは、漆黒の翼を持つオッドアイの悪魔。
「……翔。ヨハンを頼む」
「あ、うん」
意識を失い倒れ伏すヨハンに、翔が駆け寄る。
「でも、まだ足りないな。デュエルだ、十代。苦しみと悲しみの中でこそ、互いの愛を理解し合うことができるんだよ」
「ああ、どんな形であれ、おまえとは決着をつけなければならない。答えはデュエルの中にある。いくぞ、ユベル」
『デュエルッ!』
「俺のターン、ドロー。《融合派兵》を発動。EXデッキの《E・HERO グラン・ネオス》を公開し、デッキから《E・HERO ネオス》を特殊召喚する。モンスターをセット、カードを3枚伏せてターンエンドだ」
遊城十代 LP4000 手札1 モンスター2 伏せ3
――――――――――――
「ボクのターン、ドロー。手札の儀式魔法《エンドレス・オブ・ザ・ワールド》を相手に見せて、《
《終焉の覇王デミス》
星10/闇属性/悪魔族/攻3000/守3000
暗黒の闘気を身に纏い、屈強なる悪魔が出現する。
「ライフを2000払い、フィールドの他のカードを全て破壊し、破壊した相手フィールドのカードの数×200ダメージを相手に与える」
解放された暗黒の闘気が、十代のフィールドを更地にし、その闘気の刃は十代自身にも襲い掛かった。
遊城十代 LP4000 → 3000
「だが、おまえが破壊したセットカードのうちの2枚は《運命の発掘》だ。よってカードを4枚ドローする」
「ふふっ、いいとも。ボクは《終末の騎士》を召喚し、効果でデッキから《
「墓地の《ネクロ・ガードナー》の効果発動。このカードを除外して、その攻撃を無効にする」
破壊されたセットモンスター《ネクロ・ガードナー》の効果をすぐさま発動し、十代は何とか攻撃を凌ぐ。
「想定内さ。終末の騎士でダイレクトアタック!」
遊城十代 LP3000 → 1600
「カードを1枚伏せてターンエンドだ。さあ、キミのターンだよ、十代」
ユベル LP2000 手札2 モンスター2 伏せ1
遊城十代 LP1600 手札5 モンスター0 伏せ0
――――――――――――
「ユベル。俺を恨んでいるだろうな。俺の短慮で、おまえを苦しめてしまった」
「違うよ、十代。ボクは傷つきながら喜んでいたのさ。痛みの中でキミの愛を感じていたんだ」
「……ユベル。俺のターン、ドロー。《O-オーバーソウル》を発動。墓地より甦れ! ネオス!」
十代の呼び声に応え、正しき闇の力を持つ英雄がフィールドに蘇る。ユベルは忌々しそうにそれを睨みつけた。
「さらに《E・HERO エアーマン》を召喚。俺は魔法・罠カードを破壊する効果を選択する」
「ならその効果にチェーンして《リミット・リバース》を発動。墓地に眠る《
「――ッ!?」
エアーマンの効果はすでに発動している。魔法・罠カードを破壊しないという選択肢はない。
躱す方法がないわけではないが、それは悪手だと十代は断じた。
十代は破壊対象に《リミット・リバース》を選択する。
「リミット・リバースがフィールド上から離れたことで、ボクも破壊される。そして、
第一形態の人間体とは明らかに違う異形。悪魔と龍の変異体。その姿に、十代は強い既視感を覚えた。
もう少しで、何かを思い出せそうな気がする。そんな引っ掛かりを覚えながらも、まずはデュエルを終わらせることに専心する。
「俺は……俺はッ! 《融合》を発動する!」
逡巡は一瞬だった。罪は自覚している。受け入れ、受け止めてきた。その上で、自身の象徴とも言えるこのカードなしでは、この局面を乗り切ることはできないと判じて、激情を抑えつけるように言葉を紡ぐ。
「フィールドのネオスとエアーマンを融合。EXデッキから《E・HERO Great TORNADO》を融合召喚!」
終焉の覇王と終末の騎士の身体を鋭い風が舐め、2体のモンスターは急激に力を落とす。その中で、攻守が0のユベルは平然と暴風を受け止めていた。
「バトルだ。グレイトトルネードで終末の騎士を攻撃! 終わりだ、ユベル! スーパーセル!」
風の英雄が放った竜巻状の気流が終末の騎士を破壊する直前、一匹の羽虫が横切った。
「手札の《スモーク・モスキート》の効果を発動。ダメージ計算時に、このカードを手札から特殊召喚し、その戦闘で発生する自分への戦闘ダメージは半分になり、そのダメージステップ終了後にバトルフェイズを終了する」
ユベル LP2000 → 950
「くっ、カードを1枚伏せてターンエンドだ」
遊城十代 LP1600 手札2 モンスター1 伏せ1
ユベル LP 950 手札1 モンスター3 伏せ0
――――――――――――
「ボクのターン、ドロー。《強欲で金満な壺》を発動。EXデッキのカードをランダムに6枚、裏側表示で除外し、カードを2枚ドロー。フィールドの《ユベル-Das Abscheulich Ritter》を破壊し、手札から《破械童子アルハ》を特殊召喚。さあ、見せてあげるよ、十代。本当のボクを!」
十代の全身から汗が噴き出る。
空気は帯電したようにピリピリと震えていた。
「《ユベル-Das Abscheulich Ritter》がフィールドを離れたことで効果が発動する。デッキから《ユベル-Das Extremer Traurig Drachen》を特殊召喚!」
音もなく、異形なる巨体が姿を現した。
既視感が強くなる。初めて見たはずなのに、初めてではない気がする。
感覚が曖昧になる。その瞬間、本当に唐突だった。
流れ込んでくる。自分ではない自分の記憶。自分とユベルの記憶。
それは自分が生まれる前の、前世の記憶だと十代は直観的に悟った。
『ユベル、約束するよ。僕の愛は君だけのものだ』
前世の自分がユベルに告げた言葉。それが全ての始まり。
「……思い……出した! ユベル、おまえは……」
「まだだよ、十代。ボクはフィールドの《スモーク・モスキート》と《終焉の覇王デミス》をリリースして、《闇の侯爵ベリアル》をアドバンス召喚。さあ、いくよ。これがボクの愛だ。受け取ってくれ、十代!」
ユベルの究極完全体が風の英雄へと肉迫する。
「まだだッ! ユベル、俺はッ! 速攻魔法《神秘の中華なべ》を発動。グレイトトルネードをリリースし、その攻撃力分のライフを回復する!」
遊城十代 LP1600 → 4400
「またボクの愛を拒絶するんだね。ならば! アルハとベリアルでダイレクトアタックだ!」
アルハの魔拳、ベリアルの大剣が十代のライフを削る。
「ぐぁぁッ! くっ……」
遊城十代 LP4400 → 2900 → 100
「痛いかい? 苦しいかい? これはかつてボクが味わった痛みだよ。痛みを与え合い、それを共有する。それこそが真実の愛だ。でも大丈夫、キミがどんな状態になろうとも、ボクの愛は不変だ。キミは永遠にボクのものさ」
「……ユ、ベル……」
全身の肌が粟立ち、危険を知らせる。自分がどういった種類の危険に晒されているのか、それにどう対処するのが正しいのか、十代は胸中で静かに確認した。
「ボクはカードを1枚伏せてターンを終了するよ」
ユベル LP 950 手札0 モンスター3 伏せ1
遊城十代 LP 100 手札2 モンスター0 伏せ0
――――――――――――
「俺の、ターン、ドロー」
ドローしたカードを眺めて、十代は息を呑んだ。デュエルは確実に終局へと近づいている。
また黙考しそうになるところで、十代は意図的に視線を上げた。
前世からの繋がり。運命・宿命・宿業。応えなければならない。
このデュエルの終着点は、単純な勝ち負けではない。
魂の奥底から溢れ出す力の奔流。十代の瞳が
「手札を1枚捨て、速攻魔法《超融合》を発動」
「超融合? だがフィールドにいるのはボクのモンスターのみ。何を呼び出すつもりだい?」
ユベルは嘲弄するように首を傾げる。確かに、十代のEXデッキには条件に合うモンスターは存在しない。
だが、十代の狙いは別にあった。
「融合するのは、おまえと俺の『魂』だ!」
「――ッ!? なんだって!?」
ユベルは、全身に緊張が走るのを感じていた。
指先は震えている。だがその震えの意味を、ユベル自身ですら理解できていなかった。
「ユベル。悲しい魂の旅は終点に着いた。もう終わりにしよう。俺たちが戦う必要なんて、最初からなかったんだ。俺はおまえを受け入れる。俺たちはひとつの存在となるんだ」
十代は柔和な笑みを浮かべてユベルへと手を差し伸べた。
彼女の頬に涙が伝う。視線はただ一点に注がれている。互いに、決して逸らすことはない。
この気持ちはなんだ。この感情をなんと表現するべきか。かつてないほどの胸の高鳴り、高揚感。一方通行だった想いが、いま確かに繋がった。
「ああ……。ああ……、十代。ようやくボクの愛を受け入れてくれるんだね。いや、これが、キミの愛か」
ユベルの
「――ダメだッ! どんなことがあっても、犠牲になんかなっちゃいけない! 十代! アニキ!」
十代がユベルと共に消えようとしている。そう感じ取った翔が悲鳴じみた声を上げる。それは確かに十代へと届いた。
「大丈夫だ、翔。俺は犠牲になるつもりなんてない。俺は、子供から大人になるための旅に出るんだ。
十代は笑った。拙劣で、短慮で、増長していたあの頃の自分。未熟であることの自覚すらない、ただの子供だった。だが、いつまでも子供のままではいられない。
「必ず、また会える。ガッチャ」
光が弾ける。そこにいるのは、唯ふたりのみ。十代は視線を正面へと戻した。
「俺とユベルの魂をひとつに!」
叫び、掲げた腕を振り下ろす。
「覇王の力を
薄闇の中から光が生まれた。
ふたりの身体が、その温かい光に引き寄せられる。
十代は彼女の手を取って、自分の胸へと触れさせた。悪魔の手は冷たかった。だがそれ以上の安らぎを感じる。
悪魔の腕が自分の胸を突き抜けて入り込んでくる。水に溶ける砂糖菓子のように、甘く、切なく。
魂が繋がる。魂が融け合う。
十代は自分の中に自分以外の存在が入り込んでくるのを感じていた。だがそれは、決して不快なものではなかった。
むしろ、失われた自分の一部が戻ってきたような錯覚さえ抱いた。それに安堵すら感じている。
「俺たちは翼だ」
片翼だけでは飛び立てない。翼は一対であればこそ意味を成す。
十二の次元よりまろび出た協和音を引き金に、世界は膨張する光に飲み込まれた。