「オジサンここにいるんで何かあったら来るといいですよ」
そう言ってホテルの住所と部屋番を書いたメモは確かに渡した。
けれど使われることはないと思っていた。
何せ相棒のマシュはじめ、彼の周りには常にサーヴァントが控えている。余計に手や口を出せばむしろ邪魔になりかねないほどの精鋭たちだ。
だからいつも通りに困難多き事態に見舞われても自分が出る幕なんてないだろう。
そう思っていた。
なのに何故、彼はここにいるのだろう。
「あ、あの、今日はもう休みだって、自由に観光していいって、皆に、言われて、」
「だからって、サーヴァントも連れずにひとりでここまでは危ないだろ」
「ぇぅ……、だって、ごめんなさい」
などといかにも年長からの苦言のように偉そうに呈したものの、どうせ泊まるのは自分ひとりなのだからとこんなメインを外れた最安ホテルを借りた自分にも悪いと思っている。
このリゾート地にマスターも訪れるであろうと分かっていて、トラブルに見舞われやすいその人が自分を頼る事態に陥る可能性も十分想定出来ていて出会い頭に渡せるようメモまで用意していたというのに。いくら完全オフとひとりで外に放り出されているとはいえどうせロビンあたりがどこか隠れて護衛しているだろうと分かっていても、要反省だ。
だが今考えるべきは彼が直面している問題だ。
世界に残された唯一のマスターとしての己の重要性をよく知る人が、七の死線を越えて世界を救えるほど戦場での立ち回りをよく知る人が、現在チームを組んでいる信頼の強い愛しき仲間たちに言えず無防備にひとりで自分のもとに駆け込むほどの事件とは。心してかからねばなるまい。
気分を切り替え引き締めて、しかしそれを悟られぬよう気楽に問う。
「それで?ご用件はなんですかい?デートならオジサンが見付けたちょいとオシャレなレストランにでもご案内いたしますが?」
「デーッ!」
思いもしない切り口にしぼんで落ちていた表情が一気に染まった様は非常に愛らしかった。
そのからかいの効果もあってか彼の気分もいくらか切り替わってくれたようで、覚悟を決めるために幾度も咳を払い絞めに両手で頬を叩いて大きく息を吐いてから強い光を瞳に宿してこちらを見据える。
「あのな、ヘクトール!」
頬を染めたまま、戦場に立つ時のような気迫で彼は言う。
「そう!そのとおり!デート!デートしたくてここに来た!」
「……………………はい?」
後日
「あの日マスターが朝帰りするかしないかで皆で賭けになったんですよ。で、案の定誰も朝帰りに賭けなくて賭けにならなかったんで、でもって先日の通り日が変わる前にきっちりホテルまで丁重にマスターを送ってくださったので、ご紳士なオジサマが修羅場上がりの俺ら全員にメシ奢ってください」
そう言いながらデート帰りの充足のまま安らかに眠る彼の写真をロビンから手渡され、ありがたく頂戴し、作戦の慰労も兼ねて今回の特異点修復チーム各々存分に好きなものを奢ることになった。