昨日の夜から空はごろごろと嫌な唸り声を上げていた。
案の定夜通し雨は降り注ぎ、朝になったら少しばかり和らいだ。けれど雨は雨のままで……。さあさあと降りしきる雨のせいで昼だというのに薄暗い。そんな外をヘクトールはカーテンを軽く開けて仰ぎ覗く。
どうやら風はなくただ降っているだけの雨のようだ。酷い土砂降りというわけでもない。まとわりつくじめったささえ我慢すれば活動出来ないわけでもなさそうだ。
「どうするマスター。出ようと思えば出れるんじゃないかい?」
昨日までの予定はそうだったのだから。そう確認のために一応ヘクトールは問う。
しかしやはり、返ってきたのは気だるい言葉で
「……いい。いかない」
雨と共に落ちてのしかかる圧に潰れた声が和室から聞こえてくる。その予想通りにヘクトールは「了解」とだけ返し窓から離れる。
昨日まであんなに楽しそうに計画を立てていたのにもったいない。「雨が降っても決行するから!」と言うほどの張り切りようだったというのに。和室で横たわる無念のほぼ死に体の横にヘクトールは座り優しく頭を撫でてやる。も、反応のひとつもない。気休めにもならないほどのやられっぷりのようだ。抱き上げたってされるがままだだ。まるでやる気のない猫のような伸びやかさを見せてくれるしそのまま倒れたって一緒に倒れるだけ。苦しんでいる彼には申し訳ないがちょっと楽しくなってきた。彼からしたら横になる場所が畳の上からヘクトールの胸の上に移っただけで、変わらず空気の圧に潰され意識を殺ぎ続けられるだけなのだけど。
……それでもヘクトールのぬくもりに触れたことによって少しだけ顔色が柔らかくなったように見えるのは、ヘクトールの自惚れだろうか。
まあいいかとヘクトールはへらりと笑い自身の上に力なく体重の全てを預ける身体と頭を愛しく撫で回す。彼もどうにか返事のようなものがしたいと胸に頭を擦り付けてくる。その慎ましやかな交流だけで、本日の予定の白紙化の埋め合わせに十分だと思えた。
「じゃあ今日は、オジサンと一緒にだらだらしてるかあ」
彼の状態とは反する幸福極まる誘いの言葉に「んん」という小さな同意が聞こえた気がした。
降りしきる雨は未だにやむ気配をみせない。
頭痛もやまない。指先ひとつ動かすのも億劫だ。
けれどそれでも今の自分は幸せであると思うことが出来る。
そう思わせてくれる人がいつも傍にいてくれることは、今も不思議でならない。どうしてと問うても明確な答えなど返してくれないだろう。そういう人だ。
しかしあるものはあるのだからありがたく甘えさせてもらおうと、気圧で思考もまともに動かせないことに開き直って身を任せ今日もそのぬくもりの中で眠らせてもらうのだった。