最近ドクターとヘクトールが揉めている。
……揉めているというか、ドクターがヘクトールに泣きついている。多分。
ヘクトールが風呂の修理をした前後のあたりからだろうか。「あれが出来るならこっちも出来るだろう!?」だとか「そっちまではいくらなんでも専門が過ぎます」だとか。多分ドクターが無茶を頼んでいるんだろうというのは分かる。それにヘクトールがとても困っているのだろうなというのも分かる。
けれど今の状態がまず無茶苦茶で、全員が無茶苦茶に頑張らなきゃいけないという理解もあるので、
「藤丸君からもなんとか頼んでくれよぉ!話が通じるサーヴァントならマスターの言うことなら大抵聞いてくれるからさぁ!」
その無茶苦茶の最重要席に否応なく座する羽目になったゆるふわ昼行灯司令官の頼みはなるべく無下にしたくなく、
「ヘクトールが本当に出来ることなら協力してあげてほしいかな」
なんて事情も分からぬまま言ってしまう。
「でも、ヘクトールが本当にしたくないならしなくてもいいよ」
そして公平性のために言葉を付け加える。
こんな曖昧な物言いで正しかったのだろうか。どっちつかずはむしろ悪ではなかろうか。曖昧さの分だけもやついている気持ちと共に数日が過ぎる。念のために隣室のプロトクー・フーリンにも相談してみたが、「本格的に『マスター』として要請を受けていないならそいつは本人たちの問題だ」ということで、これでいいのだろう。多分。
そう。あの時はまだ「藤丸君」と個人として頼まれたのだ。「マスター藤丸」としてではない。そして、「マスター藤丸」として要請されれば立場上自分は断れない。そしてヘクトールも9割方個人の意思には目を瞑って応じてくれる。自分たちとは今そういう風に出来ている。しなければならい。
だからきっと、問題ない。はず。今は。
などとひとり迷走思案を続ける中、マイルームで呼び出しの通信が入る。
「マスター藤丸。至急レイシフトの準備をして管制室まで来てほしい」と。
普段はふわふわと気の抜けたドクターの話し方ではなく張り詰めた芯のある司令官としての声だった。
となると特異点か。
そうときたらこちらも相応の覚悟でいかなくてはならない。レイシフト用の礼装に袖を通し、通信先のドクターと同じく安全地帯でのみ許された自身の中の腑抜けた意識に芯を通して管制室へと向かった。
はずなのに
どうして「ヘクトールとデートしてこい」と言われてコフィンに押し込まれようとしているのだろう。
混乱する彼に構わず「君の犠牲は無駄にしない」とドクターは感涙の熱いハグで絞められるし周りのスタッフたちも笑顔で手を振っている。説明を求めてヘクトールを見れば困ったような苦笑いで肩をすくめられた。
「ほら、オジサンこの間風呂の修理したでしょ?あれの要領で管制室のシステム修復も出来ないかってずっと頼まれててさ。流石にそんな専門知識はないもんで、ずっと断ってたんだよ」
「でも引き受けてくれたんだ」
「マスターにも頼まれてちまったからねえ」
風呂のシステム修繕と管制室のシステム修繕。そのふたつにどれだけの差があるのかは彼は知らない。けれどヘクトールがそこまで渋っていたとなればおそらく歴然とした差があるのだろうのは間違いなく、悪いことをしてしまっただろうか。
けれどこうして皆の笑顔と差し出される報酬(マスター)を思うにそれなりの成果を上げたのだろうとは予測がつき、古代の王子さまはやはり何でも出来る人だ。
「で、やってもいいけど代わりにマスターとデートさせてって言ったら即決でこれ」
「なるほど」
おそらくそれはヘクトールにとって最後の断り文句のつもりだったのだろう。いくら管制室のためとはいえ他のマスターを想うサーヴァントたちの手前、そんな贔屓は出来ないだろうと。何より人類最後のマスターであり人理の希望の星である彼をそんな軽々しく扱うわけがないだろうと。
そんな目論見も大きく外れて今現在なわけだけど。
「直せたんだ。管制室のも」
「表面的なものを軽く整えただけですけどねぇ」
まさかここまでの騒ぎになるとは。
そう言わんばかりのヘクトールの渋い顔に彼は「ありがとう」と伝える。「それだけ皆助かったんだよ」と。その言葉に「そっか」と頬を緩ませて顔の苦味をわずかに減らした。
自分たちには分からぬことだけれど、それだけ彼らには大事なことであったのだろう。
そう思えばヘクトールも慣れぬ作業でも頑張ったかいがあるものだし彼も報酬として差し出されるのもやぶさかではない。あとは存分に楽しむだけだ。
「それじゃあ正当報酬としてマスターとのデートを楽しませていただきますか」
揃って心の整理が出来たところで笑ってデートに向かうことにした。