戦場に死屍累々とエネミーたちがところ狭しと絨毯となり山となっている。
それを作り上げた男がその隙間に木刀を突き立て膝をつく。荒い息で肩を大きく揺らし意識を飛ばさぬようにするのがやっとの状態であった。
マンドリカルドに課せられた任務は極めてシンプルだった。
敵の増援を本隊に合流させない。
ただそれだけ。
そのためにマンドリカルドはひとり一個隊規模のエネミーの群れに飛び込み大立ち回りをすることになったのだ。
正直無理なんじゃないかと思った。
見た瞬間に血の気も引いたし怖じ気もついた。帰れるものなら諸手を上げて是非とも帰りたかった。
しかし絶対に退くわけにはいかなかった。
本隊の規模は眼前の一個隊どころではなかった。こいつらまで本隊に混ざればどうなるかなど自分でも分かる話だった。絶対に負担はかけさせられない。
それにこの分隊撃破の指名を下したのはヘクトールなのだ。「マンドリカルドなら出来る」と。
あの大英雄が予測を外すわけがない。出来ると言うなら出来るのだ。やり遂げて当然なのだ。弱気にたじろぎ無様な結果を残して判断に泥を塗ってはいけないのだ。
なにより、本隊撃破隊の中にはマスターもいる。
マンドリカルドがひとりで行くと決まった時に反論したそうに何か言いかけ、現状それしかないと強く理解しているために言うわけにはいかない。そう必死に押し黙った彼を悲しませたくない。
最後に見たのが不安げに見送る顔だなんて絶対に嫌だ。あってはならない。
これは個人的なわがままだ。
そんな決意と共に突撃し、本人も覚えていないほどの大乱闘の末の現在である。特別労働手当てでももらえるのではと思ってしまうほどの大健闘、だったと思う。
おぼろに意識を保ちつつ緩慢に思考が流れていく中、穏やかな足取りが近付いてきているのが耳に届いた。
「いやあ、お疲れさんマンドリカルド。まさか本当にひとりで全部やっちまうとはなあ」
「……い、いえ、ほか、ならぬ……、ヘクトール様、の、命だったので…………」
「そうかい?」
こちらの切れ切れの言葉とは逆に余裕のある穏やかな声に流石という感想しか出てこない。向こうも激しい戦いだったろうに。せめて顔を上げて話をしなくてはと思ってもそれすら出来ない体たらくだ。
「あ……、の、マスター、は……」
「無事無事。君が頑張ったおかげ。今マスターも君みたいにへばってるからここまで来れないけど、心配してたからオジサンがお迎え係」
「それは……申し訳な、おわあ!?」
「ほら。さっさと戻るぜー」
言うや否や担がれて運ばれる。
動く体力もないので抵抗も出来なければ自分で歩くとも言えない。されるがままになるしかない。情けない限りだ。出来ることといったら憧れの 大英雄の肩の上で意識を落とさないようにするくらいか。
「いや本当に、助かったよ。間違いなく今回のMVPは君」
「め、滅相も、ないです……」
からからと軽快に己の耳と正気を疑いたくなる言葉が聞こえる。
頑張ったという自負はあるが、本当にかの大英雄にここまで言ってもらえるほどの働きだったのだろうか。しかし否定しすぎるのも失礼にあたるわけで……。
おぼろな意識の中であれやこれやと考えながらヘクトールに話の主導を渡していた。
「オジサンが振った無茶だし帰ってたら何かお願い聞いてもいいぜ。オジサンが出来ることなら何でも奮発しちゃう」
「うえっ!?そんなそこまでは」
「頼むよ。成功したとはいえ後になってマスターに怒られちゃオジサンがツラい」
「……………………」
そう言われると、全く断れなくなる。
マスターとヘクトールの清く穏やかで仲睦まじい姿をカルデアで見るのはマンドリカルドにとって最上位に近い癒しなのだから。自分のせいでそれが一時的にもおかしくなったら心苦しさで死ねる。
「……それじゃあ」
自分が今欲しくてヘクトールに負担にならないものはとぐるりと考え
「マスターとヘクトール様が、一緒に写ってる写真、欲しいです」
「え、」
その陳情にヘクトールの声が大きく強張ったような気がした。が、あまりにも聞いたことがなくマンドリカルドの中のヘクトールという人物から大きく離れていたため、気のせいだと勝手に処理をしていた。
そして
「マスター。随分楽しそうだな。何かあったのか」
「ひゅへへ。あのねジーク、実はヘクトールとツーショットで写真撮ったの初めてなの。ほら見てぴったんこ」
「……なるほど。マスターはこういうことが好きなのか。うん。いい笑顔だ。俺にも一枚貰えたりするのだろうか。大切にしたい」
「うん。いいと思うけど、いいよねマンドリカルド」
「……はい。この尊さは全世界で共有すべきです」
「大げさなんだからもー」
カルデアに戻ってから約束通り、マスターとヘクトールが肩寄せあって笑う写真を撮った。
それは当人のささやかな願望以上の輝きで、マンドリカルドは自身の功労以上の物を手に入れたとマスターの部屋のベッドに沈む。世界の幸福はこの一枚に全て詰まっているのだ。
そして要望に応えたマスターもまた、思いもしてなかった幸福に頬を緩ませていた。感謝すべきは自分のほうこそと思うほどであった。
そんな和やかな幸福感の裏。何故か多くの手に出回った写真を指して「笑顔がぎこちない」だとか「もっとくっついても良かったんじゃないか」だとか。多くの面々にからかわれ小突かれているヘクトールがいることを、彼らは知らない。