風呂上がりの脱衣場で、ほかほかのまま鏡台の前に座らせられてアイスを食べている。
その後ろでヘクトールが丁寧にマスターである彼の髪を拭いている。
何故そんな状況になったのか。それは彼にも分からない。
いつもの通りに大浴場で汗を流し温まって上がり、着替えたところでヘクトールに出くわしただけだ。そしてその手にバニラアイスのカップを手渡され、座らされただけだ。
全く意味は分からないがヘクトールが楽しそうだからまあいいか。そう思ってされるがままに頭を任せる。あったまった身体に冷たいアイスも美味しく大変良い気分であった。
「うん?」
軽く拭かれて櫛でとかされた後、慣れないけれど心地いい甘い香りが漂ってくる。
渡してくれたアイスと同じくバニラの香り。どうやらヘクトールが両手に広げているオイルから漂っているようだ。それが丁寧に彼の髪に馴染ませられていく。
「クレオパトラに譲ってもらったんだ~」
「ふぅん、それはそれは結構なもの……………………うん!?」
結構なものすぎてマズイのではないだろうか。
気付いた時には髪にはオイルが大体馴染ませられていてヘクトールの笑顔が意地悪に輝いていた。
何せ美の探求に余念のない絶世の美女クレオパトラが持っているヘアオイルなのだ。効果は抜群に絶品だろう。そうに決まっている。決まっているから問題なのだ。
普段ヘアケアなんて微塵も考えたこともない自分がいきなり絶世のつやつやを手に入れてしまったら異様ではないか。確実に皆にからかわれる。とても恥ずかしくて隠れたい。マシュは褒めてくれるだろうけど、それは それでいたたまれない。
しかし時既に遅しなのだ。
オイルは既にしみしみであとはドライヤーのみなのだ。
そして明日のレイシフトは気分じゃないからやっぱパスなんてノリで断れるものではないのだ。
なんと巧妙な罠なのだろう。おそらくエミヤ製のバニラアイスの美味しさが憎らしい。自分にとってマズイ事態が進行し続けているというのにアイスが美味しくて離れられない。悔しい。ずるい。
「ほい。完成っと。マスターってば男前~」
「あ、ありがとう……」
温かな風が流れることしばらく。見たことがないほどつやっつやのきらきらな黒髪が鏡に映っている。違和感しかないと彼は引きつる。まるで違う髪を被っているみたいだと。
しかしそんな彼とは裏腹にヘクトールはご機嫌そのもので……。
「なんで王子さまがこんな召使いみたいなことしだすかなあ」
「ん~?」
いや、普段から建前としてはサーヴァントとしてヘクトールたちを使役している立場であるとは自覚は一応しているけれど。
不可解そのまま唇を尖らせる彼にヘクトールはゆるやかに上機嫌でい続ける。
「別になーんにも変な話じゃないぜ?」
「そぉお?」
仕上げとばかりにつやぴかな髪を整えながらヘクトールは言う。
「だって王族ってのは国に仕えるために国民に養われてる存在なんだ。これで当然」
「……」
「いやあ、明日が楽しみだなあ」
奥底にこびりついた釈然としないものはやはり削げずに釈然としないまま。でもやはり、本人がそれで楽しそうで自分以外に迷惑を被っていないなら咎める理由はなく。もやもやとしたまま少しばかり溶けはじめているバニラアイスは冷たく美味しいままで
「それなら苦労をかけた王子さまには、トロイアとしてささやかながら報奨を与えましょう」
諦めたようにスプーンに乗せたバニラアイスを差し出し
「お褒めに預り光栄です」
にこやかにヘクトールの口に納まり、次の日のただただ恥ずかしいからかい合戦をもって今回のお遊びは終了した。