世界各地の個性溢れる面々が集うカルデアという場所は、とにかく騒動には事欠かない場所である。
それはマスターである彼がかかわるかかわらない関係なく勃発するものであり、彼が知らないまま始まり知らないまま終わる騒動というのも当然存在する。
今回はどうやらそれに該当するもののようで
「わりぃマスター。シャワー貸して……」
「う、うん……」
何らかの余波をくらってぼろぼろになったヘクトールが彼の部屋にやってきて、はじめて何かがあったことを知る。
わけがわからないままとにかくずたぼろなヘクトールを部屋に通しシャワールームの確認をする。やはり湯船には浸かりたい日本人魂。余程疲れていない限り大浴場ばかり利用しているので稼働に自信がなかったが、大丈夫そうだ。ちゃんと機能しているしシャンプーなどの残量もある。
「オレ様子見に行った方がいい?」
「……いんや、マスターが行ったらややこしくなるタイプ。ここにいたままのほうがいい。必要になったら誰かが来るだろうさ」
「分かった。そうする」
まあそういう類いの騒動というのも確かにあるだろう。ヘクトールがそう言うのなら尚更に。
黒髭がどうとかメフィストがどうとかキャットがどうとか。途中でなんとか抜け出してきたけれどおかげで大浴場まで未だ近寄れないとか。如何にもなメンバーが入り雑じる愚痴めいた報告を聞きつつも特別疑問に思わずヘクトールからどろどろな衣類を回収してシャワーに通す。
ボタンひとつでサッと視界が遮られるシャワールームは外から見るのも面白い。その音を聞きながらクローゼットを開いてタオルを取り出す。使ったことのない一番大きいガウンなら問題ないだろう。まとめてかごに入れて出入口に置いておく。
汚れを落として落ち着いたらちゃんと何があったか話を聞こう。騒動のほうも落ち着いたらどんな態度でどう動けばいいかも聞かなくては。来客用のお茶とお茶菓子は切らさないよう心がけているのだ。ここぞとばかりに振る舞ってじっくりもてなしてやろう。ヘクトールは滅多にこの部屋に遊びにくることはないからお披露目出来ないけれど、いつだっておもてなしをする気は満々なのだ。最近はなかなか夜食会も開けていなくて少し寂しかったのだ。ヘクトールには災難なハプニングであったかもしれないが少し、かなり嬉しい。カップを温めることすらもひとつのイベントみたいだ。
てきぱきと準備を進める彼の動作はどこか踊っているようで楽しそうに感じられた。
……しかしまあ、やはりヘクトールの部屋にシャワーがないのは不便ではないだろうか。大浴場まで使えなくなるとこの通りになるわけだし。
そういえば何故管制室隣の物置を自室に選んだのかも聞いたことがない。あの頃は別に住居が混んでいたわけでもないし。なんなら今だって余裕があるくらいなのに。仮眠室として使わせてもらっている彼個人としては大変ありがたいと思っているけれども。きっと聞いても教えてはくれないだろうけど。
とりあえずの準備を終えて椅子に座る。
もっと何か用意したほうがいいのだろうか。そんな思いもよぎるがヘクトールにだけ豪勢にしすぎるのもよろしくない。多分、簡素なお茶会くらいでいいのだろう。
うむうむと彼の中で納得が出来たところで流れるシャワーの音を聞いて待つ。
待つ。
待っている。の、だけれども、
「……………………んんぅ、」
なんだかとても落ち着かない。
何故だろう。と考えても分からない。
ただ静かにシャワーの音を聞いていると落ち着かない。肌がぴりぴりするというかむずむずするというか…………思考に意味もなく熱が生じて渦が出来始めている。
何故だろう。落ち着かない。
彼としては別に今更動揺するわけがないのだ。シャワーひとつに大袈裟なな話なのだ。
ヘクトールとは大浴場に一緒に入ったりもしているのだ。サウナで談笑だってしてきたし湯上がり牛乳とかだって一緒に飲んで、ヘクトールの裸くらい慣れたものなのだ。恥ずかしいと思うのは自身の身体の貧相さくらいなのだ。
だから自分の心が揺れる要素など今この場にあるわけなどなく、ただ背を正して待っていればいいだけのだ。
だけなのに。
「………………………………んぅ、」
流れ続けるシャワー音がやたらと耳に響いて脳がざらつく。心拍が上がって肌が騒ぐ。
一体何がどうなってこうなった。
どうしてかが分からない。どうしたらいいかが分からない。
こんこんとぐらつく熱の中でどうにか混乱を治めようとしても根本が分からないからどうにもならない。混乱は更に深まる一方で、仕舞いにはいつかいたずらで触れられた首筋にぱちりと電流が走り身が震え
「……………………ぇぅ」
限界はあっけなく訪れた。
「……ふぃ~。助かったよマスター。感謝感激~」
そして間もなく、何も知らぬまま全ての汚れを洗い落として気の抜けたほかほかのヘクトールが顔を出し
「世話になった礼はちゃんと後で…………なんで?」
「知らねえよ」
ヘクトールが彼の部屋に逃げ込んでから30分も経っていないはずである。その比較的短時間のいつの間に部屋の主である彼の隣に挟むように鎮座して先に茶会を始めているプロトクー・フーリンとカルナの姿に目を丸めるも、返ってきたのは不機嫌な声だけであった。