「マスター聖杯戦争に行こうぜ」
「はひゃ!?」
突如気軽に切り出された大案件に思考が吹き飛び声が跳ね上がる。どこの世界にそんなピクニック気取りで命がけの儀式に参戦する馬鹿がいる。
と、思いきや、そう言ってヘクトールが差し出してきた広告に大きく書き出されている『大吟醸・聖杯、限定50本』の文字になるほど理解した。ピクニックな聖杯戦争だこれは。さぞ美味であろう。
しかし、
「却下。マスターに旨味がない」
「あるある」
即座に切り捨てられるのは予測の内だったのだろう。食い下がるためにすぐさま出されたのが広告の町の観光ガイド。
温泉に景色に魚介メインの豪華そうな料理たちに……。なるほど。ベタではあるがとてもとても魅惑的だ。実に揺さぶられる。酒が飲めなくても存分に楽しめること間違いなしだ。
距離も遠くない。今から出て昼に帰路についても十分くつろげるし問題ないような……。
いやいや明日は明日で予定はあるのだ。別に切迫してないしちょっと旅行に行くからひとまず後回し、が、出来る範囲であるとはいえ、予定はあるのだ。本当に後日機を改めてでも問題ないのだが、それをしたら今後のヘクトールとの関係が問題になるのだ。ただでさえ相手は百戦錬磨の名将でこちらは勢いがいいだけでなんか運がいいだけのガキなのだ。今でさえ大体相手の手のひらの上だというのにこれ以上チョロチョロのチョロになるわけにはいかないのだ。いくら魅惑的な話でもここはお前の思惑通りにはなってやらないという意味でも断固と断りをいれなくては。
などと、そんな揺れる心に畳み掛けないヘクトールではなく、
「実は部屋と車は取ってある」
「うぐっ」
突き付けられる予約表とレンタカーの鍵。それを目にした瞬間に素敵な温泉宿に魅了されつつある心に更にキャンセル料というもったいなさも加算されて更に心が片寄っていく。
そもそも、意地を張る必要など最初からないのだ。
先にも言った通り、どうみっともなくあがいてもヘクトールの手のひらの上から逃れられないのだから。
何より、普段ものぐさで大きく動くことはあまりしたがらないヘクトールからの誘いなのだ。もうそれだけで絶対に嬉しいしその先にあるのは楽しいだけなのだ。惚れた弱みという名の確定事項なのだ。
だからまあ、多少の疑念と釈然としなさも己のプライドも些事も些事なわけで、駆け引きなんて精神バトルなど成立するわけもなくて、
「…………行く」
「決まり」
「お土産代も含めて全部全部ヘクトールのおごりだからね」
「至極当然でございます」
せめてもの反抗のつもりで多少拗ねたように唇を尖らせつつも、ご機嫌に笑うヘクトールの手を取りちょっとした戦場へと流されてしまうのであった。
そして到着した地でよく見知った相手たちと本物さながらの聖杯戦争になりかけたのは、なんとなくだがそんな気はしていた。