窓のない時間経過が計りづらい部屋の中。時を告げるアラームを、ヘクトールは身体を揺らさぬように止めてしまう。
「マスター朝だぜー」
「……」
自身の上に乗る安らかな寝息にヘクトールは話しかける。ピクリとだが反応はあった気がする。
「起きないとマシュに怒られるぜー」
「んん……」
背中をかるくぱたぱたと叩けば意識は更に持ち上がる。しかし心地よき眠りに別れがたいとしがみつかれ、払うのが大変そうだ。いやいやと胸に額をこすりつけて必死に抗っている。が、今のところ劣勢のように見える。いつそのまま動かなくなってまた睡魔とランデブーとなってもおかしくはない。
このままヘクトール自身も身を起こせば彼も強制的に起き上がることになるので手っ取り早いのは分かっている。けれどヘクトールもヘクトールでこの密着からの決別は名残惜しいもので、
「朝だぜ~~~」
声をかけ背を叩くのみであとは相手の意思に丸投げなのだ。
このまま迎えに来たマシュに揃って準備が出来ていないことを怒られるのも悪くない。だから全ては彼任せなのだ。
「んん……」
やがて睡魔を引き剥がそうとなんとか彼は身を起こし、ヘクトールの身に跨がったままヘクトールの胸に手をあて身体を支えて目をこする。半覚醒状態のとろけた顔も眠っている間に乱れた衣服から覗く素肌も。マスターとしてせめて身なりだけはちゃんとしなくてはならないと、常にきっちりさを心がける彼はそういうものは絶対に見せたりはしない。だからこの呆けた彼を見られるのはヘクトールの特権のようなものだ。しかもそれを下からゆったりとまじまじと眺められるこの時間を、ヘクトールは大層気に入っている。
「……おはようヘクトール」
「おはようマスター。ほら、マシュがくる前に」
「ぅーぃ」
のろのろと立ち上がり半ば失ったままの意識で身支度を始める。そんなゆるけた状態でいるのはせいぜい5分程度だ。顔を洗い終わる頃にはいつも通りの優しくふわと微笑みながらもどこか凛々とした彼に戻っているだろう。名残惜しい。大変名残惜しい。
「ほら、ヘクトールも。準備するからこっち来て」
「いいよオジサンは。ざっと適当で。オジサンなんだし」
「だーめ。マシュに怒られちゃう」
確かにそいつは恐ろしい。
まだどこか寝ぼけた状態を引きずりつつも拒否は許さんと言わんばかりの半目に「へいへい」と返事をして招かれるままに椅子に座り、髪とく櫛に身を委ねる。
少し前まで刺さるのではというほど強めの手違いが起きたりもしたが、今はそんなことはほとんどない。とても心地よい時間だ。
ぼんやりしているように見えて、戦術技術同様なかなかに飲み込みの早い子である。
「はい完成~。ヘクトール今日もかっこいい」
「そいつはどーも。ありがとさん」
ヘクトールのトレードマークとも言えるリボンを結んで満足げに笑う。 そんな彼のまぶしさに、ヘクトールもまたそれなりにやっていこうという気を得て
「そんじゃま、マシュが来るまで茶でも飲んでますか」
今日も今日とてゆるりと今日に向かうことにした。
そんなふたりの毎日の儀式。