この手を離さない 作:八銀はジャスティス
今後も、特別編を投稿する際は、同時投稿をしようかと考えております
次はたぶんハロウィンかな?
まだ先だけど
よろしければ、そちらの方も覗いてみて下さい
合い言葉は、八銀はジャスティス
師匠の家でお世話になってから、数日が経った。
その日、僕は起きてからずっと銀子ちゃんと子供部屋で将棋を指していた。銀子ちゃんとの対局は、初戦こそ僕の敗局となったが、それ以降は僕の方が勝率は高くなっている。この頃の銀子ちゃんは、とにかく負けず嫌いだ。負けた復讐をするために、師匠の家に転がり込んだのだから、筋金入りの負けず嫌いと言えるだろう。
何が言いたいかというと、銀子ちゃん、勝つまで僕に対局を挑み続けるから中々終わらないのだ。銀子ちゃんは体が弱い。場合によってはドクターストップがかかる場合もある。だけど、今日は体調も良いらしく、朝食後からぶっ通しで指している。まぁ要するに、僕が勝ち続けているわけだが。だけど、連戦も漸く終わるときがきた。
「負けました」
僕の投了宣言。もちろん、僕が負ける時もあるのだ。銀子ちゃんは本当に強い。僕が勝つことが多いとは言え、勝利した対局の中でも、ヒヤッとする局面は多い。流石、史上最強の女性棋士だ。
「私の勝ち」
「うん。負けたよ」
「私の勝ち」
「そうだね。銀子ちゃんは強いね」
自分の勝利を何度も宣言する銀子ちゃん。それほど嬉しかったというのもあるだろうが、銀子ちゃんは僕にこう伝えたいのだ。私の方がお姉ちゃんなんだから、上なんだと。僕としては、それでもいいんだけどね。
「おー、銀子が勝ったか。ええ対局やったな」
師匠が声をかけてくる。いつの間にか、子供部屋に入ってきていたようだ。対局に夢中で、全く気づかなかった。
「丁度ええタイミングやったな。二人を呼びにきたんや」
どうやら、師匠は僕達に用事があったらしい。まぁ、そうでもない限り態々子供部屋に入ってきたりしないだろう。
「今日は連盟に連れて行ってやるで」
あ、そうか。今日だったのか。僕と銀子ちゃんの棋士室デビュー。棋士室デビューということは、あの人にも会う訳だ。え?てことは、銀子ちゃんのあれもきちゃう?まぁ、あれがきたらきたで、師匠に対して良いエールにもなるから、ありなのかな?
「昼飯は、レストランで好きなの食わせたる」
関西将棋会館のレストランといえばトゥエルブ。僕も銀子ちゃんも、よく通ったものだ。あの味が恋しい。今日のランチが楽しみになってきた。
「ほな、いこか」
そして僕と銀子ちゃんは、師匠に連れられて、家の外へと出た。そういえば、ここに来てからずっと引きこもって銀子ちゃんと将棋を指してたから、外に出るのは来た時以来かもしれない。なんて不健康な幼稚園児だろう。さて、それでは久しぶりに外の世界へ赴くとしよう。僕と銀子ちゃんは、師匠に手を繋がれながら清滝家を後にするのだった。
清滝家は野田という地にある。関西将棋会館があるのは福島。その距離は、環状線でわずか一駅だ。電車に乗り、そしてまた直ぐに降り、僕達は懐かしき関西将棋会館へとやってきた。
「着いたで。ここや」
師匠に連れられ、敷地内に入る。僕にとっても、銀子ちゃんにとっても、いや全ての関西棋士にとって忘れられない思い出の場所。数え切れない笑顔と、涙に彩られた場所。本当に、懐かしい。
「ほな、まずは昼飯にしようか」
そして、師匠に連れられて、僕達は1階にあるレストランへと向かう。言わずと知れた、トゥエルブだ。珍豚美人が食べたい。だけど、今日は師匠がお金を出してくれる。ここは、師匠の財布事情も考えて、なるべく安いメニューを選ぶべきだ。僕は以上の理由から、泣く泣く一番安いサービスランチを選ぶことにした。
「遠慮せず、好きなもんを選んでええからな。銀子は何にする?」
「タンシチュー」
「あ、じゃあ僕も」
……ん?あれ?僕は今なんて言った?しまった。やってしまった。ついうっかり、銀子ちゃんと同じ物を頼みたいなと考え、反射的に口から言葉が出ていた。なんてことをしてしまったんだ……
「た、タンシチューが二つ……ま、マスター、わしはお冷やだけでええわ」
冷や汗を垂らしながらマスターにそう告げる師匠。その姿を見ていると、大変申し訳ない気持ちになってくる。僕の口よ。なんであんなことを言ってしまったんだ。そしてほどなくして、見ただけで美味しいと思えるような、絶品シチューが二つ運ばれてくる。
「うまい」
それを銀子ちゃんは、遠慮無く口に運んでいく。普段は無表情な銀子ちゃんだが、その顔には、確かに笑顔が浮かんでいた。かわいい。
「くっ、わしもまだ食べたことがないタンシチューを……」
「あ、あの、師匠、僕の少し食べますか?」
「おー、八一は優しい子やな。気を使わんでええで。わしはダイエット中なんや。遠慮せず食べや」
嘘だ。普段から一緒に食卓を囲んでいるのだから、その人がダイエットしてるのかどうかなんて直ぐにわかる。今も、師匠のお腹からは空腹を報せるアラートが鳴り続けている。その様子を見て僕は、今後師匠には必要以上に優しくしようと静かに決意したのだった。
それはそうと、タンシチューは大変美味でした。また食べたい。
食事を終えた僕達は、会館の3階にある事務室へと足を運んでいた。そこには、懐かしい人もちらほらといる。その中でも、一際前生においてお世話になったのは、この人だろう。
「おや、清滝先生じゃないですか。そちらのお子さん達は?」
峰さんだ。僕と銀子ちゃんが、前生において校長先生と呼んで慕っていた人。前生では、本当によくお世話になった。僕や銀子ちゃんがプロ棋士になれたのも、この人がいてくれたからこそ、と言ってもいいかもしれない。
「紹介するわ。わしの1番弟子の空銀子と、2番弟子の九頭竜八一や。二人とも内弟子に取った。よーしたってな」
「内弟子ですか!懐かしい響きですね。銀子ちゃんも八一君も、清滝先生みたいな立派なお師匠様と暮らせるんだ。絶対に強くなれるよ!」
峰さんは、そう太鼓判を押してくれる。その言葉に、僕は胸を張って応える。
「はい!僕もそう思います!」
「ほんまに、八一はええ子やな。師匠冥利に尽きるわ」
そう、師匠も喜んでくれる。これで、タンシチューの件はチャラにしていただきたい。
「ついでに、棋士室にも顔出そか」
そして、僕と銀子ちゃんは棋士室デビューを飾る。事務室から壁1枚隔たれた先に棋士室はある。その壁を越え、師匠に連れられ中に入る。すると、棋士室独特の、ピリッとした空気が僕達に突き刺さる。その空気さえもが、懐かしい。
「皆、少しええか。わしの弟子を紹介するわ。1番弟子の空銀子と2番弟子の九頭竜八一や。二人とも内弟子に取った。鍛えてやってくれ」
師匠がそう、僕達を奨励会員と思われる棋士室利用者に紹介してくれる。その瞬間、先ほどまで張り詰めていた棋士室の空気が、一瞬で凍り付いた。
「く、九頭竜八一って、あの矢倉殺しの?」
「噂の天才幼稚園児かよ」
「近い将来、確実に奨励会入りするだろうな」
「くそ、厄介な奴が出てきたもんだぜ」
どうやら、僕のことは奨励会でもかなり噂になっていたらしい。ただの、地方のアマチュア大会だというのに、よっぽどあの一手が棋界に与えた影響が大きかったということだろう。皆、既に自身のライバルを睨むかのような目つきで、僕のことを見てくる。
「清滝さんが内弟子を?それは鍛えがいがありそうだ」
そして、僕達に話しかけてくるその声。間違いない。生石充さんだ。前生では、タイトルも獲得していた強者。そんな彼の将棋スタイルを、一言で表現できる別名がある。振り飛車党総裁。そう、彼は生粋の振り飛車党なのだ。振り飛車党にとってはカリスマのような存在。振り飛車党の王と言っても過言では無いだろう。
そしてそんな彼の将棋を語る上で、もう一つ外せない要素がある。なんと言ってもその華麗なる捌きだ。大胆且つ繊細なその捌きの数々。その捌きを称えて、人々は彼のことをこうとも呼ぶ。捌きの
そんな彼にも、前生では大変お世話になった。銀子ちゃんと三人で、研究会を設けたこともあった。振り飛車を師事したこともあった。そういう意味では、僕のもう一人の師匠と呼べるかもしれない。
「おぉ、生石君。連盟に顔を出すとは珍しいな」
「娘が連盟道場に行ってみたいと言い出しましてね」
生石さんがそう説明する。生石さんの娘さんと言えば飛鳥ちゃんだ。引っ込み思案だけど、料理が得意で、凄く優しい、良い子だ。後おっぱいが大きい。生石さんは、当初飛鳥ちゃんの名前を付ける時、飛車と名付けようとしたらしい。それを奥さんに反対されて飛鳥という名前になったらしい。どれだけ飛車が好きなんだ。
と、それよりもだ。生石さんと前生で初めて会った時のことは、僕も忘れられない記憶としてよく覚えている。あんなの、忘れられるわけがない。おそらく、あの時棋士室にいた人は全員が忘れられない記憶として心の内に残しているだろう。それは、銀子ちゃんの発した一言に始まる。
「おまえ、生石か?」
そう、あの時もこんな感じの銀子ちゃんの発声から始まったのだ。……ってあれ?銀子ちゃん、それやっぱり言っちゃうんですか?銀子ちゃんがその一言を発した瞬間、棋士室は再び凍り付いた。
「うちの師匠をいじめるな!おまえなんか、うちの八一に負かされろ!」
あれ?僕が記憶してる前生の発言と少し変わっているのだが。具体的には、後半部分がまるっと。生石さんに連敗を喫している師匠のことを思っての銀子ちゃんの発言。それが今の発言の前半部分だ。そこは前生と完全に一致している。
問題は後半部分だ。前生では、振り飛車嫌いだった銀子ちゃんが、根っからの振り飛車党である生石さんを憎んで、振り飛車なんて消えろといった内容の発言をしたはずだ。なのに、なんで僕が生石さんに喧嘩を吹っかけてるみたいな内容になってるの?
誰か、銀子ちゃんの心の内を僕に教えてくれ。
「こ、こら銀子!生石君になんてこと言うんや!」
そして慌てる師匠。慌てたいのは僕の方です。なんでか、奨励会員のみなさんも、発言した銀子ちゃんじゃなくて僕の方を凄い目で見てくるんですけど。どうにかしてください。
「ふっ、師匠想いだな。銀子ちゃんだったか。八一は俺よりも強いと思うか?」
「強い。絶対負けない」
いや、無理です。いくら銀子ちゃんに勝ち越してるとはいえ、流石に巨匠は無理です。手合い違いです。
「なるほど。師匠想いな上に兄想いだな」
「兄じゃない。弟」
「弟?」
どういうことだ?といった疑問の目で生石さんがこちらを見てくる。まぁ、見た目的にも、どう見ても僕の方が年上だし、そう思うのも仕方ない。
「弟子入りしたのが、2週間だけですけど僕の方が後だったんです。だから銀子ちゃんが姉弟子で、僕が弟弟子」
「なるほど、そういうことか。それは失礼したな。訂正しよう。銀子ちゃんは、弟想いなんだな」
それを聞いて、銀子ちゃんはわかればよろしいと言わんばかりに、頷いて見せた。そして、それを見た生石さんの興味の対象が今度はこっちに向く。
「さてと、八一だったな。銀子ちゃんはこう言っているが、お前は俺に勝てると思うか?」
まるで生石さんが、僕を試すかのように問いかけてくる。その質問を投げかけられた僕の答えは、既に決めてある。
「無理ですね」
「なんだ。えらいあっさりと認めるんだな」
生石さんが、拍子抜けしたとでも言いたげな口調で応える。先も述べた通り、流石に巨匠を相手にするのは無理だ。捌きの前に跪くしかないだろう。だが……
「だって、無理なものは無理ですから。今はまだ」
「今は、ねぇ」
「えぇ、今は無理ですけど、10年後、いや5年後はわからないと思いますよ?」
「ほぅ」
僕の発言を聞き、三度棋士室が凍る。だって、そうだろ?好きな子に、あぁまで言ってもらったんだ。男だったら、少しでもその気持ちに応えたいと思うものだろ?僕が無理と言った瞬間、銀子ちゃんは若干ながら悲しそうな表情に変わっていた。だけど、今の僕の発言を聞き、その表情は、これまた若干ながら、笑みを浮かべているように見える。
「こ、こら八一まで!生石君、すまんな」
「いや、俺は気にしてないから大丈夫ですよ。しかし、本当に面白いお弟子さんを取られたもんだ。これは、俺もうかうかしていられないな」
そう言うと、生石さんは娘を迎えにいくからと棋士室を後にした。去り際に、僕と銀子ちゃんに今度自身が経営している銭湯に来て欲しいと、それだけを言い残して去って行った。近いうちに遊びに行くとしよう。
生石さんが去った棋士室は、さっきまでの凍り付いた空気が嘘かのように、駒音が高く鳴り響いていた。そこに居座る棋士達は、皆一様に、僕達のことを意識しないように努めていたのだった。
帰り道、師匠はため息を吐きながら、僕達のことを先導していた。ため息の原因は、言わずもがなだろう。
「全く、生石君相手にあんなことを言うなんて。わしは肝が冷えたで」
まぁ、原因は僕達の発言だ。生石さんといえば、今や誰もが憧れるトップ棋士の一角。そんな人に弟子が喧嘩を吹っかけたとなれば、師匠の責任問題にも繋がるだろう。弟子だけの問題では、決して終わらない。
「けど、わしも二人の意気に負けてられへんな。わし、絶対A級に戻って、名人になるわ」
師匠は、順位戦において前期、A級からB級1組に降格してしまっている。そこから、A級に戻るのは決して簡単なことではない。それを、師匠は成し遂げると言った。そして実際に、前生において師匠はそれを成し遂げている。ここからの数年間が、まさに師匠にとっての全盛期なのだ。
「せや、二人に今から師匠命令を言う」
そして、師匠は唐突にそう切り出した。これから伝えられる師匠命令。それは、僕と銀子ちゃんにとって、とても大切な命令となった。
「会館の外では、絶対に手を繋いどき。絶対離したらあかんで。離したら破門や」
そう師匠に言われ、僕と銀子ちゃんは、どちらからともなく、相手の手を掴むのだった。銀子ちゃんの確かな熱が、伝わってくる。この命令は、僕達にとって、かけがえのないものだ。これから先も、ずっと守っていく命令。一度、破ってしまった命令。だけど、もう、二度と破らない。破ってなるものか。絶対に。僕は、静かにそう決意し、離してなるものかとその小さな手を、強く握るのだった。
皆大好き巨匠。
生石
自分は、リアルで指すときゴキゲン中飛車を使うことも多いので、シンパシーのようなものまで感じますね
まぁ、最近は居飛車指す割合の方が高かったりしますが。
次の投稿もたぶんあさってです
八銀はジャスティス