この手を離さない 作:八銀はジャスティス
銀子ちゃん可愛すぎ問題
あなた、なんてセリフ言っちゃってるの……
14巻が待ち遠しすぎます
合い言葉は、八銀はジャスティス
関西将棋会館から帰ってきた夜の話だ。
その日の子供部屋には、革新が起きていた。
「どや?奮発して、こんな物買ってみたで?」
「おー!」
師匠が、僕達のために二段ベッドを買ってくれたのだ。今まで僕と銀子ちゃんは、床に布団を並べて敷いて寝ていたのだけれど、僕は布団よりも断然ベッドで寝る方が好きだ。このプレゼントは、非常に有り難い物だった。
「銀子が上で寝るのは危ないから、上は八一が使いや」
師匠が言うとおり、体が弱く、そして小さい銀子ちゃんが上を使うのは危ないだろう。だから、僕が上を使うのは必然だと思う。だけど、だからと言って銀子ちゃんがそれに納得するわけがないだろう。
「私がお姉ちゃんなんだから、上は私」
やっぱりだ。前生でもこんな展開だったな、と懐かしく感じる。確か、この後前生なら、お互い上を譲らずに、毎日寝る前に将棋を指して勝った方が上になるというルールを決めたはずだ。だけど、僕はもう子供じゃない。いや、見た目は子供だが中身はもう子供じゃない。ここは、僕が譲るのが最良だろう。
「銀子ちゃんが上でいいよ。僕は下で寝るから」
「八一がそれでええんやったら、別に反対せーへんけど、しっかり銀子のこと見といたってや?」
「うん!もちろん!」
と、これで解決だろう。さて、少し早いけど僕はそろそろ寝るかな。と考えていたのだけれども、どうやらこの問題はこれで解決とはいかなかったらしい。
「でも、私はお姉ちゃんなんだから、我慢して弟に上を譲ってあげるべきだとも思う」
と、銀子お姉ちゃんが言い出したのだ。えぇ?なんとなくだけど、長くなりそうな気がしてきたんだけど?
「じゃ、じゃあわかったよ。僕が上でいいんだね?」
「でも、やっぱり私はお姉ちゃんだから、上で寝るべきだとも思う」
「えっと、銀子ちゃん、結局どっちが良いの?」
そう僕が訪ねると、銀子ちゃんは何も言わず、いそいそと愛用しているマグネット式将棋盤を準備し始めた。つまり、そういうことなのだ。銀子ちゃんは、ベッドの場所決めを口実に、僕と将棋が指したかったのだ。そんな口実なんて作らなくても、僕ならいくらでも相手するのに。
「はぁ、まぁええけどな。あんま遅くならんようにな」
「「はーい」」
師匠はそう言うと、部屋から出て行った。そして、僕と銀子ちゃんの対局が始まる。清滝家に来てまだほんの数日ながらも、僕と銀子ちゃんの対局数は既に100は超えている。これからも、これまでも数え切れないほど指してきた銀子ちゃんとの対局。この対局も、そんな中のほんの1局に過ぎない。
「負けました」
銀子ちゃんが敗局を認める。手加減したら手加減したで、銀子ちゃんは絶対に怒るから、僕はいつだって全力で指す。その結果、僕の方が勝率は高くなっている。前生とは逆の立場になっているわけだ。それも、今日の銀子ちゃんの生石さんに対する発言の変化に繋がっているのだろう。
「もう一回」
「うん」
そして、2局目が始まる。寝る場所を決めるためだけの対局だったのに、結局銀子ちゃんが勝つまで終わらない、いつもの展開になってしまっている。だけど、僕は気にしない。なぜなら、僕も銀子ちゃんと将棋を指すのが大好きなのだから。そして、僕は勝ち続ける。その結果、今生に前生と違う変化をもたらしてもいい。きっと、それでも僕と銀子ちゃんの関係は、大して変わらないだろうから。確証は無いけど、それでも、確信はしている。だから、僕はこれからも勝ちを重ね続けよう。
「いい加減に寝なさい!」
僕と銀子ちゃんの対局は、桂香さんが乱入してくるまで続いたのだった。結局その日は、決着が着かなかったということで一緒に上で寝ることになった。あれ?僕が勝ってたはずなんだけど?
次の日、僕と師匠は銀子ちゃんに付き添って、とある病院を訪れていた。この日は、体が弱い銀子ちゃんの、定期検診の日となっていた。僕は前生において、銀子ちゃんと付き合い出すまで知らなかったことなのだが、銀子ちゃんは心臓に難病を抱えている。過去には、その病気が原因で心停止を起こしたこともあるほどに、重い病だ。そして、そんな難病を抱えている銀子ちゃんをずっと診てくれているお医者さんがいる。
「やぁ、銀子ちゃん。調子はどうかな?」
明石先生だ。元奨励会員で、三段にまで上り詰めたことがある強者。実力的には、プロ棋士レベルと言ってもいいだろう。しかし、彼はプロ棋士になる道を諦めた。結局、三段に上がって直ぐに奨励会を辞めてしまったのだ。僕が指したいのは、こんな将棋じゃないと言って。
結局先生は、棋力は高くても、勝負師には向いていなかったのだ。上に上がるために、人を蹴落とす世界が嫌になり、人を救う世界を求めて、外の世界へと飛び立った。そして今、こうして医者として、真に人を救う存在となってみせている。本当に、素晴らしい人だ。
「順調」
「そうかい?それは良かった」
「もうすぐ復讐できそう」
「そっちの調子かい!」
師匠が思わずツッコミを入れる。師匠がツッコまなければ、たぶん僕がツッコんでいただろう。明石先生が、そんな僕達を見て静かに笑う。
「あはは、いやいや、楽しくやれているようで何よりです。えっと、そちらの男の子は初めましてだね?」
「はい!初めまして!清滝鋼介八段門下、九頭竜八一です!」
「これはご丁寧にどうも。お弟子さんもう一人取られたんですか」
「おう!この子は強い。プロになるのは確実や」
「ほう、そこまでですか」
「せや、明石君、この子と1局指したってくれへんか?君と指すのもええ勉強になるやろ」
「僕がですか?それは構いませんが、その前にやることがありますから」
「やること?」
「銀子ちゃんの検診、初(始)めてもいいですか?」
そう明石先生に言われるまで、僕達は今日ここに来た目的をすっかり忘れていた。将棋の話になると、ついつい物事の優先度が変わってしまう。棋士あるあるだ。その後は、滞り無く銀子ちゃんの検診が進んでいく。どうやら、異常も特に無いようだ。安心安心。そして全ての検診が終わり、僕と明石先生が対局することになった。
「それじゃ、始めようか」
「はい!お願いします!」
先手は譲って下さり、僕の手から対局は始まる。まずは角道を開けての開幕。それを見て、明石先生も角道を開けてくる。そして僕は、6六歩と動かしまた角道を閉める。ここは、清滝門下らしく矢倉を組もう。明石先生は、そんな僕の手を見て飛車先の歩を突いてくる。囲われる前に仕掛けようということだろう。
僕は、明石先生の攻めを躱しつつ、矢倉を組んでいく。そこからしばらく手が進んでいき、盤面には綺麗な矢倉囲いが姿を現していた。
「うん、綺麗な矢倉だね。しっかり定石も学んで、相手の攻めにも冷静に対処をできている。6歳でこれなら、確かにプロになれるかもしれませんね」
「明石君。この子の凄いところはこんなもんやないで。もっと驚くことになるわ」
「へぇ?それは楽しみですね」
そして対局は進んでいき、中盤に突入した頃合いで、明石先生の囲いに隙が生まれた。いや、明石先生自らが作ったと言うべきだろう。以前の師匠と同じだ。僕のことを試そうとしているのだ。だったら、その期待に応えるとしよう。丁度都合良く、明石先生が今組んでいる囲いも、僕の前生における研究範囲だ。その囲いも、残念ながら僕は知り尽くしている。僕は、以前の師匠との対局時のように、明石先生が作った隙とは違うポイントに駒を打ち付けた。
「おや?そっちに打つのか。これは意外だったな」
「明石君。良くその先を読んでみ」
「先を?……こ、これはまさか……」
しばし考え込んだ後、明石先生の表情が驚愕に染まる。その先の展開に気づいてしまったのだろう。自身も気づかなかった、驚愕の崩しに。
「こ、こんな一手を、この子が読み切って指したと言うのですか?偶然ではなく」
「せや。この子はわかって指しとる。ただ、まだ棋力が足りへんのか、終盤で失速することも多いねんけどな」
「な、なんて子だ……」
まぁ、正確には読んで指してる訳ではないのだけれども。あくまで研究手なんだけれども。それは言っても仕方のないことだ。こんなに研究範囲の広い幼稚園児がいてたまるか。
「しかし、これは困ったな。どう対処したものか……よし、これで行こう」
しばし考えてから、明石先生は手を進めた。それは実に妙手だった。自身の囲いの強化も図りつつ、攻めに繋げることも可能な妙手。この短時間でよくそんな手を指せたものだ。流石明石先生。やはり、その実力はプロ級と言えるだろう。僕の指した手に対する定石からはかけ離れた妙手。なるほど、そう来たか。あぁ、その変化は……知っている。
「くっ、この一手も読んでいたのかい?」
読んだんじゃない。知っていただけだ。対処法を。伊達に人生1週(周)分経験している訳ではない。僕の研究範囲は、今生きとし生ける棋士の中でも、最も広いに違いない。
「これは、参ったな。挽回できる手が思いつかないや。うん、負けました」
そして、その後数手進め、明石先生が投了する。まだ粘れば勝てた可能性もあっただろうに、勝ち負けに拘れない明石先生らしいタイミングでの投了だ。
「どうや?八一は強いやろ?」
「えぇ、正直驚きました。確かにこれは、プロ棋士は間違いないですね」
「せやろ?中学生プロ棋士にだってなれると思うわ」
「そうですね。僕も同感です。八一君、プロになりたいかい?」
「はい!なります!」
「あはは、なりたいかどうか聞いただけなのに、なりますって断言されちゃったか。プロの道は険しいからね。頑張ってね」
「はい!ありがとうございます!」
「うん、良い返事だ。銀子ちゃんのこと、よろしく頼むよ?」
「はい!任せて下さい!」
「むっ、よろしく頼まれるのは私の方」
その銀子ちゃんの発言に、僕達は皆大笑いをしたのだった。
対局が終わってから数分後、僕達は病院を後にすることにした。あまり病院に長居するわけにもいかない。そう思い、僕達は急ぎ帰宅の準備をする。
「それじゃ、明石君、また来るわ」
「えぇ、いつでもお待ちしてますよ」
そして、僕達は病院を出る。明石先生は、態々外にまで見送りに来てくれていた。
「あ、そうだ。八一君。ちょっとだけいいかい?」
帰ろうとしていたのだが、僕は明石先生に呼び止められる。あまり誰にも聞かれたくないことなのかはわからないが、僕は一人、明石先生と、師匠達とは少し離れた場所まで移動していた。
「銀子ちゃんのこと、よろしく頼むよ」
そして、明石先生が切り出したのは、ついさっきも僕に告げた願いだった。そんなもの、当然僕の答えは決まっている。
「はい!もちろんです!」
「うん、よろしくね。もう知ってるかと思うけど、銀子ちゃんはね、人に懐くことなんてまず無いんだ。だけど僕が見る限り、君にはどうにも懐いているように見える。君が僕に勝った時の、銀子ちゃんの顔は印象的だったな。久しぶりにあの子が喜んでる姿を見た気がするよ」
え?銀子ちゃん僕の勝利を喜んでくれてたの?それは気づかなかった。だけど、喜んでくれていたのなら、それは僕としても嬉しい限りだ。
「君になら、あの子を託せる、僕はそんな気がするんだ。これからも、よろしく頼むよ」
明石先生は、最後にまたその願いを僕に投げかけてくる。何度言われたって、僕の答えは変わらない。
「はい!任せて下さい!」
明石先生は、そんな僕の応えに満足したみたいで、僕を伴って師匠達の元へと戻る。今度こそ、帰宅の時だ。
「それじゃ、今度こそ帰るわ」
「えぇ、引き留めてしまってすいません。お気を付けて」
そして帰途に着く僕達。帰り道で、銀子ちゃんが僕に尋ねてくる。
「何を話してたの?」
「銀子ちゃんの面倒を見てあげてね、だって」
「むっ、面倒を見るのは私」
「そうだね。ちゃんと面倒を見てね」
「うん、任せなさい」
そう言って、僕達は笑い合った。銀子ちゃんが普段見せることのめったにない、大笑いだった。その様子を師匠も、珍しい物を見るような目で見てくる。一通り笑い終わると、銀子ちゃんは僕に手を差し出してきた。僕もその手をしっかりと握り返す。正直に言おう。そんなこと、明石先生に言われるまでもないのだ。僕はこれからもずっと、永遠に、この子の隣に居続ける。だから、お願いされるまでもなく、よろしくするのは当然なのだ。その逆もまた然りだけど。
まぁ、今生でもきっとそうなるだろう。前生でもそうだったように、これから何年、何十年経っても、僕の隣を彼女は歩いているのだろう。未来永劫、変わらずに。そんなまだ見ぬ未来を想像しながら、僕は銀子ちゃんと、歩幅を並べて歩いていくのだった。
14巻まだですか……?
二月待てない……
誰か、濃厚なる八銀の供給を……
そうだ、だったら自分で書けばいいじゃん
と思い始めたのが今作です
14巻待ち遠しい
次の投稿もあさってなんじゃないかと思います
八銀はジャスティス