この手を離さない   作:八銀はジャスティス

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14巻は既に、銀子ちゃんの抱き枕カバー付き特装版を予約してあります
早く、銀子ちゃんの添い寝CDを聞いて、眠れない夜を過ごしたい
あ、今回から作中時間が結構飛んだりしますのでご了承下さい
合い言葉は、八銀はジャスティス


第8局 捌き

師匠の家にお世話になってから、数ヶ月が経過した。

季節も秋から冬に変わり、外に出るのも厚着が必須な日々が続いている。とは言っても、大阪の冬なんて、福井の冬に比べたら全然問題にならない。降雪量からまず違う。福井は、全国でも有数の降雪量を誇るのだ。それに比べたら、大阪なんてまだまだマシな方だ。

 

さて、そんな僕だが、今は師匠の家を離れて、電車に揺られている。今日は師匠は同伴していない。隣にいるのは、銀子ちゃんただ一人だ。幼稚園児二人だけで電車に乗せるのは危ないんじゃないか?と普通は思うだろう。だが師匠曰く、僕は子供と思えないぐらいにしっかりしてるから大丈夫だろう、との判断らしい。僕としてはそれでも問題無いんだけれども、師匠よ、本当にそれでいいのか?

 

まぁ師匠のことは置いといて、僕達がどこに向かっているかだ。と、丁度電車が着いたようだ。降りた駅は、野田駅から環状線で5駅の京橋だ。電車を降り、北口改札を抜ける。そして右側を向くと、そこには商店街が広がっている。

 

「おー」

 

銀子ちゃんが、僅かに感嘆の声を漏らす。駅直結の商店街、その雰囲気に少し驚いたのだろう。この商店街、大人のお店も数多く入っており、正にディープな大阪といった趣がある。よくこんな場所に幼稚園児二人で行かせたな、師匠。

 

その商店街を、銀子ちゃんと手を繋ぎ進む。目指す場所は、この商店街の中にあった。アーケードの中を少し進む。程なくして、目的の場所は姿を現した。その名も、『ゴキゲンの湯』。どこにでもありそうな銭湯だ。その銭湯に、僕達は足を踏み入れる。

 

「来たか」

 

銭湯内に入った僕達を出迎えてくれた人物がいた。その方が、僕達を今日ここに招待して下さった人物、生石充さんだ。この銭湯を経営している、トップ棋士の一人だ。因みにこの銭湯、2階では将棋道場を経営していたりする。生石さんの道場らしく、振り飛車党の巣窟と化している。

 

「態々ここまで来てくれたんだ。寒かったろ?先に風呂に入ってくるといい。サービスしとくぜ?」

 

生石さんからの提案は有り難いものだった。福井よりはマシと言っても、冬なのだから寒いものは寒い。風呂にでも入って、暖を取りたいと思っていた所だったのだ。銀子ちゃんも同じことを考えていたのだろう。手を繋いだまま、どちらからともなく、脱衣所へと駆け出した。駆け出して、そして、繋いだ手がピンと張った状態で僕達の動きは固まった。二人して、違う方向へ向かおうとしたのだ。

 

「銀子ちゃん?こっちにしよ?」

 

「や、こっち」

 

僕達が何を争っているのかと言うと、まぁあれだ。男湯に入るのか女湯に入るのかということだ。二人別々に入るという選択肢は、僕達の中には無い。あるのは男湯に一緒に入るか、女湯に一緒に入るかの二択だ。だけど、女湯はダメだ。前回の桂香さんとのお風呂で確信した。僕のドラゴンの耐久力は皆無だ。何かがあってからじゃ遅い。未然にそのような事態は防がなければならない。なので、もしもが起こりうる女湯はダメだ。

 

「銀子ちゃんこっちだって」

 

「だめ、こっち」

 

両者譲らず、火花が散る展開。だけど、こればっかりは銀子ちゃんにも譲れない。何故なら、僕は男なのだから!

 

「何を気にしてるのかは知らねーけど、今は開店準備中で客はいやしない。どっちでも好きな方に入りな」

 

あ、そうですか。そういうことは先に言っておいてほしいです。なら、僕も意地を張る必要は無くなった。銀子ちゃんに従って女湯へと入っていく。

 

「あ、そういや客は入ってないが、一人……」

 

巨匠が何かを言ってるが、それを聞き取るよりも先に、銀子ちゃんに手を引っ張られて女湯へと入っていた。巨匠が何を言っていたのかはわからない。まぁけど、たぶん気にするようなことでもないだろう。僕は、そう決めつけ、服を脱ぐと、銀子ちゃんと二人浴室へと入っていく。

 

「え?」

 

そこには、先客がいた。誰も入ってくる訳が無いと思っていたのだろう。驚いて固まっている。女の子だった。歳は僕と同じぐらいだろう。彼女は僕のことを知らないだろうが、僕は彼女のことを知っている。生石飛鳥ちゃん。生石さんの娘さんだ。

 

前生において最も印象的な飛鳥ちゃんのエピソードといえば、真っ先に浮かぶのは僕の1番弟子、あいとの対局だろう。あの時の飛鳥ちゃんは、見ていて感動するぐらいに熱かった。普段は引っ込み思案な彼女が、あそこまで感情を露わにするなんて、思いもしなかった。それほど、彼女も将棋が好きだということだ。

 

そして彼女は、結局その後、普及指導員を目指しながら、研修会にも入会を果たした。残念ながら、年齢制限までに女流棋士になることは叶わなかったが、それでも後悔はしていないらしい。後に飛鳥ちゃんは語ってくれた。私は、将棋が指せるだけで幸せなんだと。その後、結婚をしても、子供を産んでも、彼女はこのゴキゲンの湯で、普及指導員としてお客さんと将棋を指し続けた。いつまでも、幸せそうに。

 

「えっと、あの……」

 

「あ、ごめん!誰かが入ってるって思わなかったから!えっと、僕は九頭竜八一。この子は空銀子ちゃん。えっと、君は?」

 

「生石……飛鳥……」

 

「生石?ってことは生石充さんの?」

 

「うん……私のお父さん……」

 

「そうなんだ!今日は生石さんに誘われて来たんだ!よろしくね!」

 

初対面を装って飛鳥ちゃんに挨拶をする。していると、横から銀子ちゃんにペチペチと腕を叩かれた。そちらに目を向けてみると、銀子ちゃんは寒そうに震えていた。おっと、思ったより長くなっちゃったかな?いつまでも突っ立ってないで早く湯船に浸かろう。

 

「あ、ごめん銀子ちゃん!早く入ろっか」

 

「ん」

 

かけ湯を済ませて、僕達は湯船へと入る。冷えた体に、お湯が染み渡る。極楽極楽。湯船に浸かる僕の右隣には銀子ちゃんが、左隣には、少し離れているけど飛鳥ちゃんも入っている。飛鳥ちゃん、今はまだ僕と同じ幼稚園児だからツルペタだけど、将来的にはかなりの胸の持ち主になる。今はまだ銀子ちゃんと変わらないのにな。どこであんなに差が付いたんだろう?ちょっとは銀子ちゃんにも分けて……ってなんか太ももが痛いんですけど!

 

「あの、銀子ちゃん?なんで僕の太もも抓ってるの?」

 

「なんとなく」

 

なるほど、なんとなくなら仕方ない。なんて言うわけない。まさか僕の考えてることが読まれてるとは思わないけど、まぁ一応言っておくとしよう。それでも僕は、銀子ちゃんの胸が一番好きだよ。と、心の中で唱えると、銀子ちゃんは抓るのを止めてくれた。やっぱり読まれてるんじゃないよね?

 

「あ、あの……」

 

銀子ちゃんとそんな他愛も無いやりとりをしていると、飛鳥ちゃんが怖ず怖ずといった声色で話しかけてくる。引っ込み思案な彼女は、当然自分から話しかけるのが苦手なのだ。

 

「なにかな?」

 

「えっと、あの……二人は、将棋を、指せるの……?」

 

(たしな)む程度です」

 

なんて少しふざけて答えたら、横から銀子ちゃんに頭を(はた)かれた。痛い。

 

「そうだね。僕も銀子ちゃんも、将棋は指すよ。今日ここにきたのも、それが目的だし」

 

「そうなんだ……羨ましいな……」

 

「飛鳥ちゃんは指さないの?」

 

「私も、指してみたい……だけど、お父さんにそう言えなくて……」

 

飛鳥ちゃんの性格上、人に物事をお願いするのは難しい。確か前生でも、飛鳥ちゃん自身から生石さんにお願いしたのではなく、飛鳥ちゃんが将棋に興味を持ってるのに気づいた生石さん自らが飛鳥ちゃんに教え始めたはずだ。まぁ、結局才能が無いから諦めるように言われたわけだけど。でも、そうだな。それなら、僕も少しだけ協力しようかな。

 

「それなら、僕から生石さんにお願いしてあげるよ」

 

「え……?いいの……?」

 

「うん!とは言っても、お願いするだけだからね。その後のことは、飛鳥ちゃん次第だよ」

 

「うん……!ありがとう……!」

 

僕はあくまで切欠を作るだけに過ぎない。全ては、飛鳥ちゃん次第だ。才能が無いと突きつけられ、諦めるのか、足掻くのか。そこから先は、僕の管轄外だ。まぁ、前生でも彼女と将棋の事情には関わっていたのだ。今生も、もし彼女が助けを求めてきたとしたら、僕は手を差しだそう。そうでないなら、僕はただ見守っているだけだ。決断するのはあくまでも、飛鳥ちゃん自身なのだから。……それよりも問題なのは、僕の右隣の幼女だ。

 

「えっと、銀子ちゃん?何かあった?」

 

「べっつに」

 

私凄く不機嫌ですオーラをガンガン出しているのだ。え?何があったの?理由もわからないままに、タジタジになる僕。結局銀子ちゃんの機嫌は、お風呂上がりのフルーツ牛乳を奢ってあげるまで直らなかったのであった。僕のお小遣いが……

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛鳥が将棋を?」

 

お風呂を上がった僕達は、銭湯の2階にある将棋道場へと足を踏み入れていた。そこで僕は、真っ先に生石さんに飛鳥ちゃんのことを伝える。伝えた瞬間、また銀子ちゃんの機嫌が少し悪くなった気がするけど、今は気にしない。

 

「飛鳥、将棋を覚えたいか?」

 

「うん……!お願いします……!」

 

「そうか。わかった。そう言うなら、教えてやろう」

 

「ありがとう……!」

 

「だが、今日は客が来てる。教えるのは、また今度な」

 

そう言って、生石さんは視線を僕に向けてくる。その目が僕に語りかけてくる。盤の前に座れと。僕は言われるがままに、盤を挟んだ生石さんの対面に腰を下ろした。

 

「初めて会った棋士室。あの時からずっと八一、お前に聞きたいことがあったんだ」

 

生石さんが改まってそう話しかけてくる。その表情には、何かを探っているような、思慮しているような、そのような情報が見て取れる。

 

「聞きたいって、何をです?」

 

「そうだな。どう聞いたもんか迷ってたが、良い聞き方が思い浮かばねーから、単刀直入に聞くわ。……お前、何者だ?」

 

生石さんの質問に、僕の心臓が大きく跳ねる。正に、角による奇襲を死角から喰らった気分だった。僕が何者か。そんなもの、答えられるわけがないじゃないか。

 

「あの棋士室で、俺はお前から得体の知れない威圧感を感じ取った。その時に悟ったのさ。こいつは只者じゃ無い、ってな」

 

威圧感、か。僕は前生において、まぁ、この異名はあまり好きではないのだが、『西の魔王』と呼ばれていた。その当時に、周りの棋士達に囁かれていた、謎の現象がある。曰く、魔王は威を発していると言うのだ。僕としては、当然そんな自覚は無い。だけど、僕に関わる棋士達は皆一様に、大なり小なりその威を感じるらしい。それは、高い棋力を有する棋士ほど感じ取るとも言われていた。おそらく、生石さんが感じ取った威圧感とは、それのことなのだろう。まさか、今生にまで引き継がれているとは思わなかったが。

 

「似たような威圧感は、月光さんや名人……いや、今は名人じゃねーが、まぁいいだろ?名人からも感じたことはある。だけどな、お前ほどの威圧感は未だかつて感じたことが無い。お前、一体何者なんだ?」

 

「……只の幼稚園児ですよ。少し将棋が強いだけの、ね」

 

「只の幼稚園児、か」

 

そう呟くと、生石さんは駒箱に手を伸ばした。それはつまり、開戦の合図だ。

 

「まどろっこしいのはもういいわ。結局俺たちにとって一番わかりやすく相手を判断する手段なんて、これしかないだろ?」

 

「同歩ですね」

 

「お師匠さんとは手合いどうしてるんだ?」

 

「いつも平手で指してもらってます」

 

「清滝さん相手に平手かよ。熟々(つくづく)規格外な幼稚園児だな」

 

「只の、幼稚園児です」

 

「まぁどっちでもいいさ。そんなもの指せばわかるんだからな。俺も平手でいいな?先手は譲ってやる。……こい」

 

そして、僕と生石さんの対局は幕を開けた。僕は真っ先に角道を開ける。それに合わせて角道を生石さんも開けてくる。スタンダードな初手。だが、都合三手目、僕の二手目を見て、観戦していたお客さんはおろか、生石さんも驚愕することになる。

 

「5、5六歩!?」

 

玉上、ど真ん中の歩を突き上げる僕。その意味がわからない者は、この場にはきっと一人もいないだろう。(なん)せ、この場所には、この戦法を愛する者しか訪れないのだから。

ゴキゲン中飛車。振り飛車の中でも、最も攻撃的な戦法。全ての振り飛車党から愛されるこの戦法を、僕は振り飛車党総裁相手に仕掛けた。

 

「お前は、生粋の居飛車党だと聞いてるんだが、お前、飛車を振った経験は?」

 

「無いですね」

 

今生では。そんな言葉は飲み込んで、僕は盤面に集中する。前生では、オールラウンダーとして僕はいくらでも飛車を振ってきた。だけど、僕が振り飛車を指せるようになったのも、生石さんの教えがあったからこそだ。これは、僕にとっての恩返し。振り飛車の師匠である生石さんに対する、恩返しだ。

 

「俺相手に初めて飛車を振るか。舐められたもんだな」

 

生石さんが手を進める。指した手は、5四歩。ゴキゲン中飛車だ。生石さんも、自身のエース戦法であるゴキゲン中飛車を使用してきた。これで、戦型は決まった。先後同型、相中飛車だ。

 

「いいんですか?先後同型、先手優勢ですよ?」

 

「舐めるなよ小僧。飛車を振ってきた年季が違うんだ。その程度、問題にもならねーさ」

 

生石さんの言うことは間違っていない。実際にそうなのだ。この程度、生石さんにとってはなんの問題にもならないのだ。だけど、僕だってそう易々と負けるわけにはいかない。僕は先行の利を活かし、果敢に生石さんに攻め込む。飛車で、角で、生石さんの玉を(おびや)かす。金で、銀で、責め立てる。桂で、香で、追い詰める。

そして僕は、遂に生石さんの玉を追い詰めることに成功していた。

 

「……なるほど。流石に強いな。だが、俺に勝つにはまだ足りないぜ?」

 

「そうは言いますけど、生石さんの玉はもう不安定な状態ですよ?ここからどう挽回するって言うんです?」

 

「喰らわせてやるのさ」

 

だけど、ここからが生石さんの本領が発揮される局面だ。まだこれで、やっと五分なのだ。ここで詰ませないと、僕の勝ちは無い。だがそんな僕の目の前に、大きな、大きすぎる壁が立ち塞がっている。

 

「捌きを」

 

捌きの巨匠(マエストロ)という、あまりにも巨大な壁が。

その壁は、ただ突っ立てるだけではなく、僕に向かって迫ってくる。確かに盤面は僕の優勢だったのだ。勝勢に近かったのだ。だがそこから、生石さんは僕の攻撃を捌き続ける。捌きは打ち、捌きは打ち、気づけば僕の攻撃の手は、全て止められていた。打つ手無しだ。

 

「どうした?もう終いか?だったら、そろそろ攻めさせてもらうぜ?」

 

そこからは、生石さんの反撃が始まった。繊細且つ大胆な指し手の数々。僕の囲いは、初めから存在しなかったかのように、崩されていく。

 

「初めて飛車を振ったにしては、頑張ったな。だが、もう終わりだ」

 

「ダメ、か……」

 

盤面は、一瞬で僕の敗勢へと傾いていた。ここから挽回する手は、流石に思いつかない。まぁ、相手はあの生石さんだったのだ。当然の結果と言えば当然の結果だ。むしろ、良く頑張った方だろう。僕は自身にそう言い聞かせ、投了を宣言するために駒台に手を置く。……置こうとしたのだが、その手に僅かな重みを感じ、宣言を中断する。手だ。僕の右手に、小さな手が置かれていたのだ。誰なのかは顔を見るまでもなく僕にはわかる。その手の感触だけで、僕にはわかる。

 

「銀子ちゃん……?」

 

そう、銀子ちゃんだ。銀子ちゃんの手が、僕の右手に重ねられていたのだ。その顔に目を向ける。銀子ちゃんは、未だに真剣な顔つきで、僕の敗勢となった盤面を見つめている。あぁ、彼女はまだ、諦めていないのだ。指し手である僕ですら諦めたというのに、彼女はまだ諦めていないのだ。必ず勝利への道筋はあるはずだと。……だったら、僕が諦めるわけにはいかないじゃないか。僕はいつだって、どんな時だって、彼女の気持ちには応えたいのだ。いつかの棋士室で、銀子ちゃんは生石さんに向かってこう吠えた。おまえなんか、うちの八一に負かされろ、と。その気持ちに、応えようじゃないか。5年後、10年後にではない。今、この場で応えて見せようじゃないか。そう覚悟を決め、僕は盤上にある一枚の駒を手に取る。

 

「なんだ?まだ続けるのか?ここからどうしようって言うんだ」

 

「喰らわせてやるんですよ」

 

僕は高く、高くその駒を掲げ、そして盤面に一気に打ち付ける。自身の気持ちを奮い立たせるための、会心の強打だ。

 

「捌きを」

 

「小僧……!」

 

「か……」

 

その手を見て、観戦している人々は、驚愕の声を上げる。そんな中で僕は見逃さなかった。隣に座る銀子ちゃんだけが、静かに微笑んだのを。まるで、安心したとでも言うかのように。

 

「角を切った!?」

 

角を切る。この追い込まれた状況では躊躇われるような一手だ。大駒を切るということは、それは攻める手段を一つ失うということだ。形勢が不利な状況では、逆転の手を失うことに繋がる。だけど、今はこれしかない。これ以外の道が見つからなかった。

 

「面白い。俺の攻めを捌ききれるもんならな……捌ききって見せろ!」

 

「言われなくても!」

 

そこからはお互い譲らず、攻防が目まぐるしく入れ替わる乱戦模様となった。生石さんが攻めれば、僕が捌き、僕が攻めれば、生石さんが捌く。延々とその繰り返しだ。お互い、攻めきれない。攻めきれない感覚に、モヤモヤとした気持ち悪さを覚える。だけど、今の僕はそれ以上に、この対局が楽しくて仕方がなかった。

 

「熱い……!」

 

そう言ったのは誰だろうか。道場のお客さんだったかもしれない。飛鳥ちゃんだったかもしれない。銀子ちゃんだったかもしれない。生石さんだったかもしれない。はたまた、僕だったかもしれない。まぁ、それを口にしたのが誰だったかなんて、そんなことは些細な問題だ。この場にいる誰もが、口にせずとも同じことを感じているのだから。

 

「……お前、本当に今日初めて飛車を振ったんだよな?」

 

「さっきからずっと、そう言ってますよ」

 

「なるほどな。だとしたら……天才ってのは、お前のためにあるような言葉じゃねーか」

 

その後も、僕と生石さんの捌き合戦は続いていく。まるで永遠に続くかのように終わらない対局。だけど、物事には、必ず終わりがやってくるものだ。この対局にも、その瞬間が遂に訪れる。

 

「……負けました」

 

僕の投了宣言が道場内に響き渡る。そう、僕は負けたのだ。銀子ちゃんの気持ちに、応えられなかったのだ。

 

「……ごめん銀子ちゃん。僕、負けちゃったよ」

 

「ううん、凄く、良い対局だった」

 

気にするなという風に、首を振る銀子ちゃん。その顔は、仄かに熱っぽい。銀子ちゃんも、最後まで一緒に闘ってくれていた証拠だ。銀子ちゃんも、熱が出るまでこの対局に、真剣になってくれていたのだ。

 

「な、なんて対局だ……」

 

「これがプロの公式戦だったら、名局賞候補だろ!」

 

「あの子、本当に幼稚園児なのか?」

 

道場内のお客さんは、皆一様にざわついている。今の対局が衝撃的すぎたのだ。余韻に浸って、目を瞑りボーっとしているお客さんもいる。

 

「……最初にした質問なんだがな。内容を変えるわ」

 

生石さんがそう切り出してくる。まぁ、僕が何者かなんて聞かれて、答えられるわけがないのだから、質問を変えてくれるのはありがたい。

 

「お前は一体、何を目指してるんだ?」

 

何を目指してる。つまり、将来の目標か。答えるか僕は暫し悩む。結論から言うと、僕はその程度なら答えてもいいと判断した。何か不都合があるわけでもない。まぁ、言ったところで信じるかどうかは別だが。

 

「……です」

 

僕はその目標を口にする。すると、それまでざわついていた道場内が、一気に静まり返る。まぁ、こんな目標をいきなり言われても、誰も信じないだろう。それほどまでに、現実離れした目標なのだから。

 

「……冗談、ってわけじゃなさそうだな」

 

「えぇ、至って真面目です」

 

「普通なら、不可能だ、無理だって突っぱねるところなんだろうがな。なんでだろうな」

 

そこで生石さんは、一拍を置く。自分の目で見て、頭で考えて、今から自分が言う言葉を吟味しているのだろう。

 

「お前なら、なれる気がするわ」

 

そう言うと、生石さんは僕の頭に手を置き、優しく撫でてくれる。それはきっと、生石さんなりのエールなのだろう。不思議と僕は、勇気が湧いてくるような感覚を覚えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後僕と銀子ちゃんはゴキゲンの湯を後にし、環状線へと飛び乗った。電車に揺られて、師匠の家へと帰る。

 

「さっきの話」

 

電車に乗ると、直ぐに銀子ちゃんが話を切り出してきた。話題は、さっき僕が告白した目標についてだ。

 

「本気なの?」

 

「もちろん、本気だよ」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

銀子ちゃんはそこで、何かを考え込むような仕草を見せる。だが、また直ぐに僕へと彼女なりの最大限のエールを送ってくれた。

 

「八一ならなれる。私が保証してあげる」

 

「あはは、ありがとう!すっごく心強いよ!」

 

僕の目標は、人に言えば間違いなくバカにされるような、無理、無謀も甚だしいような、そんな荒唐無稽な話だ。だけど、僕はなるって決めているのだ。ならないとダメなのだ。例え誰にバカにされようとも構わない。結局の所、結果で証明するしか道は無いのだから。その道は、どう足掻いても険しいものになるだろう。だけど、避けるなんて選択肢は存在しない。その道が、将来の幸せに直結するに違いないのだから。だから僕は今、改めて、絶対になってやると決意したのだった。

 

 

 

 

 

小学生タイトル所持者(ホルダー)に。




切りどころがわからず、凄く長くなってしまった。
本編最長文字数3000字オーバーだって。
許してクレメンス
次もあさって……
と言いたいところですけど、この水木金と仕事が超勤の予定ドッサリ詰まってるんですよね
連休前だからちかたないね
なるべくあさって投稿できるようにがんばりますが、もし投稿無かった場合その次、土曜日だと思っておいてください
間に合わなかったらすいません

八銀はジャスティス
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