この手を離さない   作:八銀はジャスティス

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前書きで話す内容が早くも無くなってきた
もう、無いときはこれだけでもいいかな?
合い言葉は、八銀はジャスティス


第11局 はじめての真剣

4月に入り、遂に僕は小学校へと入学した。ピカピカの一年生だ。春の気候も後押しして、なんだか陽気な気分になってくる。そう僕は陽気になっていたのだ。大抵のことは、二つ返事で許可を出してしまうほど浮かれていたのだ。

 

「こなた、八一くんといっしょに東京行けてうれしいわぁ」

 

「うちの弟に気安く触るな。ぶちころすぞわれ」

 

その結果がこれである。

今僕達がいるのは、新幹線の中だ。僕達は小学生名人戦決勝大会に参加するために、開催地東京へと向かっていた。決勝大会が行われるのは明日だが、どうせなら前日入りしておこうというわけだ。そんな僕は、銀子ちゃんと万智ちゃんに挟まれて、揉みくちゃにされている。どうしてここに供御飯さんも一緒にいるのかというとだ、それは僕の冒頭の語りに戻る。まぁ要するに、万智ちゃんから一緒に東京に行こうと誘われて、僕は二つ返事で許可を出したのだ。こうなると考えもせずに。これは僕の大悪手だ。

 

「そんなこと言うても、八一くんは誰のものでもないどす。こなたはもっと八一くんと仲良うなりたいわぁ」

 

「そんなこと、姉である私が許さない。いいから離れろ。ぶちころすぞわれ」

 

「痛い痛い!痛いから腕を引っ張らないで!」

 

腕が!僕の腕が(ちぢ)れちゃう!あぁ、通路を歩く方々!そんな、青春してるなぁとでも言いたげな目で僕を見ないで!今、命の危機を感じてますから!僕の二回目の人生が早くも終わっちゃうよ!

 

こうなったのは、僕のせい……僕のせいなのかな?わからないけど、僕のせいでいいや。僕のせいとは言え、ひどい仕打ちだ。そもそも、銀子ちゃんと万智ちゃんがここまで折り合いが合わないとは思わなかった。前生でも、銀子ちゃんが言うには供御飯さんとの仲は良い方だったらしい。判断基準が、物理で殴ったことが無いからというぶっ飛んだものだったが。

 

「とにかく、うちの弟に近づくな。次に近づいたら頓死しろ」

 

「まぁ銀子ちゃん怖いわぁ。八一くんも大変やねぇ。過保護なお姉ちゃんに守られて、普段から息苦しいんとちゃう?」

 

「え?そんなこと、無いよね、八一?」

 

おい銀子ちゃんよ、どうしてそこで、そんな心配そうな目で僕を見てくるんだい?万智ちゃんも悪戯っ子みたいなその含み笑いを止めなさい。あれ?銀子ちゃん、なんだか目が潤んできてない?これは一大事だ。返答次第では銀子ちゃんを泣かせてしまう。起死回生の一手を放たなければ。

 

「銀子ちゃんはいつも僕のことを心配して言ってくれてるってわかってるから、息苦しくなんてないよ。むしろ、感謝してるぐらい。銀子ちゃん、いつもありがとう」

 

「そ、そう。まぁ、姉として当然のことをしてるだけだから感謝なんていらない。でも一応、受け取ってあげる」

 

そう言う銀子ちゃんの頬は赤く染まっていた。これはあれかな?パーフェクトコミュニケーションってことでいいのかな?無事に起死回生の一手を放てたようだ。良かった良かった。

 

「なんやおもんないわぁ。もっと熱い抱擁から感謝の言葉を囁いてもらわんと」

 

「しないよ!万智ちゃんも銀子ちゃんに意地悪言わないで!」

 

「は-い」

 

はぁ、この東京遠征、先行き不安だ。僕は大阪に帰る頃には、五体満足で過ごせてるのだろうか?

 

「八一くん、もっと一杯おしゃべりしよ?こなた、もっともっと八一くんと仲良うなりたいねん」

 

「だから弟から離れろ。何回も言わせるな。ぶちころすぞわれ」

 

「痛い痛い!だから腕を引っ張らないでって!」

 

僕の腕よ。大阪に帰るまで持ち堪えてくれるよな?不安でしかない。そんな僕達の様子を見て、同伴している師匠が言う。

 

「青春やな」

 

やかましいわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず、東京には無事到着した。今生では初めての東京だ。一昔前の懐かしい東京。スカイツリーなんて物も、まだ完成していない。オリンピックが開催されるなんて、全く想像もしていない。前生では数え切れないほど訪れたことのある地だけれども、なんだか新鮮に感じてしまう。

 

そんな東京で、今は僕と銀子ちゃんの二人きりだ。万智ちゃんは、これから東京の知り合いに会いに行くと言って別れ、師匠は関東将棋会館に顔を出しに行くからと言って、僕達は自由にしてていいと言い残して去って行った。師匠よ。僕達にとって未知の土地東京に、子供二人だけで自由にさせるって大丈夫なのか?色々と、体裁的にも問題がありそうなんだが。

え?僕はしっかりしてるから大丈夫だって?あ、はい。そうですか。

 

そして僕達は今、銀子ちゃんが行きたいところがあると言って、その場所に向かっている。東京駅から丸ノ内線に乗り換え、新宿三丁目駅で降りる。ここからは徒歩だ。駅を出て、しばらく歩くと、目的の場所に到着する。

 

「おー」

 

銀子ちゃんが感嘆の声を漏らす。着いた場所は、日本最大の歓楽街、歌舞伎町だ。眠らない街とも称される、大人の東京を体現するかのような町。昼間から、活気溢れる街中の光景。大阪でもめったに見ることのできない人波。その光景に、思わず圧倒されそうになる。こんな場所、子供だけで来る場所じゃ無いだろう。実際に、来てるけど。

 

「銀子ちゃん、なんでここに来たかったの?」

 

「師匠が言ってた。ここにある道場には、強い人が集まるって」

 

つまり、武者修行に来たわけだ。前生でも、銀子ちゃんとこうやって、二人手を繋ぎながら色々な道場に武者修行に行ったものだ。強い人がいると聞けば、西から東へ、僕は片手にお小遣いを、銀子ちゃんはマグネット式の将棋盤を持ち、もう片方の手でお互いの手を握りしめ、日本全国色んな場所に赴いた。

 

僕達は、一人だけならどこにでもいるような、か弱い子供でしかない。だけど、二人一緒なら、どこへでも行けた。こうやってお互いの手を握りしめていると、不思議と無限の勇気が湧いてきた。どんな強敵にだって、挑むことができた。

 

この歌舞伎町も、前生において銀子ちゃんと武者修行に来たことがある場所だ。あれは、初めて東京に行った時だった。この町のド真ん中には、将棋道場がある。その場所で、真剣師相手に、有り金全部を賭けた大勝負をやってのけたこともある。おそらく、いや、間違いなく銀子ちゃんが言っているのはその道場だろう。

 

「ここ」

 

そして、銀子ちゃんに連れられてやってきた場所は、やはり前生で訪れたあの場所だった。僕達は、お互いの手を握る力を強くし、道場内へと入る。

 

「いらっしゃい。ってなんだ子供じゃねーか」

 

出迎えてくれた店員が、明らかに歓迎していませんとでも言いたげな口調で、僕達に声をかけてくる。

 

「僕達、二人で何しに来たの?」

 

「将棋を指しに来た」

 

「将棋をだ?ここには、ガキと指そうって奴は一人もいねーぞ」

 

「一番強い人は誰?」

 

「おいガキ、てめー舐めてると痛い目合うぞ?」

 

銀子ちゃんの返しに、店員さんはあからさまに怒気を発する。こんな喧嘩腰の店員置いといていいのかな?銀子ちゃんの言い方も悪いかもしれないけど、明らかに店員さんの態度もおかしいでしょ。

 

「おいおい何事だ?」

 

入り口の騒ぎが気になったのだろう。奥から、客と思われる人物が姿を現す。ここの常連なのだろう。店員さんの態度もその人には親しげだ。僕は、そのお客さんのことを知っていた。間違いない。前生において、僕がこの道場で対局した真剣師さんだ。あの時は、最後まで一切気が抜けない激戦となった。最終的に勝つことはできたけど、最後までどちらが勝ってもおかしくない接戦だった。

 

「カズさん。それがこの女の子がね、いきなり一番強い人は誰かって聞いてくるもんで」

 

「へぇ、面白れーじゃねーか。嬢ちゃん、一番強い奴を知って、どうするつもりだい?」

 

「倒す」

 

「おうおう、えらく強気な嬢ちゃんだな。気に入った。今道場内に居る中で一番強いのは俺だ。着いてきな」

 

その言葉に従い、僕達は店の奥へと入っていく。案内されたのは、個室だった。賭け将棋は違法だ。他人の目を避けるために、こうやって個室を用意しているんだろう。席に着くと、カズと呼ばれていた男性が話しかけてくる。

 

「早速だが、俺は真剣師だ。真剣師って嬢ちゃん、知ってるかい?」

 

「知ってる」

 

銀子ちゃんが淡々と応える。真剣師とは、賭け将棋を生業とする人のことだ。今では、賭け事は違法となっているため、真剣師の数は激減してしまっているが、こうやって、コソコソと活動を続けている人も中にはいる。

 

「知ってるなら話は早い。俺は金にならない勝負はしない。嬢ちゃん、いくら出せる?」

 

そう言われると、銀子ちゃんは僕に視線を向けてくる。銀子ちゃんのお小遣いも、今は僕が持っている。その額を僕は確認し、相手に提示する。

 

「ふーん、そんなもんか。まぁいいわ。俺も同額を賭けよう。真剣が成立した以上、俺たちは同等の存在だ。手合いは平手だが、いいな?」

 

「当然」

 

銀子ちゃんが同意し、真剣が成立した。店員さんが振り駒を行ってくれる。その結果、銀子ちゃんは先手となった。

 

「八一、手」

 

銀子ちゃんに言われて思い出す。そういえば、お小遣いを確認するのに手を離してたんだった。僕は、銀子ちゃんの左手を再び握りしめる。その銀子ちゃんの手は、震えていた。いくら強気な態度を取っていても、これは銀子ちゃんにとって初めての真剣だ。負ければお小遣いを失う。怖いのだ。怖くて当然だ。だけど、その震えは、僕が銀子ちゃんの手を握ると、直ぐに治まった。銀子ちゃんにも、無限の勇気が湧いているのだ。今の銀子ちゃんは、負ける気が一切していない。

 

「かーっ、真剣の場でイチャイチャしやがって、独り身の俺に対する当てつけか?」

 

そんなつもりは一切無かったのだけれども、その行動は相手にとっての挑発行為になっていたらしい。なんだか申し訳無い。

 

「まぁいいわ。さっさと始めようぜ。どこからでもかかってきな」

 

「ん」

 

そして、銀子ちゃんと真剣師さんの対局の火蓋が切って落とされた。戦型は、相掛かりとなった。僕と銀子ちゃんの対局では、相掛かりになることが多い。僕と銀子ちゃんが、今生で一番最初に指した戦型。だからこそ、僕達にとっては思い入れの強い戦型となっている。それからも、僕達は頻繁にこの戦型を指してきた。だからこそ、銀子ちゃんの相掛かりの経験値は非常に高い。

 

「ぐっ、嬢ちゃん、言うだけあって強えーじゃねぇか」

 

銀子ちゃんが押し込む時間が続く。相手の真剣師さんの表情は苦しい。攻め込まれっぱなしなうえに、自分が攻める足がかりも掴めていないのだ。銀子ちゃんの、攻防のバランスが絶妙なのだ。必要最低限の駒で相手を追い詰め、残りの駒で玉の囲いを形成する。その囲いは強固なものになっている。真剣師さんは、今守りに駒を集中させている。残りの駒だけでは、到底この囲いに挑戦することもできないだろう。

 

「くっ、ここで来たか……!」

 

そして、銀子ちゃんの猛攻が始まる。温存していた持ち駒を次々攻め駒として投入していったのだ。一気に敵玉を詰ませるつもりだ。

 

「嬢ちゃん、本当に強えーな。だけどな、俺だって真剣師の端くれだ。簡単に終わるわけにはいかねーんだよ!」

 

ここで真剣師さんも勝負に出た。持ち駒を温存していたのは銀子ちゃんだけでは無い。受けに回っている最中に得た銀子ちゃんの攻め駒を、真剣師さんは次々と銀子ちゃんの囲いに当てていく。更には、受けに回していた飛車角までをも投入してきた。この局面で、守りを捨てて攻めに転じようと言うのだ。大胆極まりない決断だった。

 

「くっ」

 

今度は逆に、銀子ちゃんの表情が苦しくなる。真剣師さんの攻めが鋭いのだ。

 

「はっ、俺は元々攻めの方が得意なんだよ!攻めに回った以上、この勝負貰ったぜ!」

 

真剣師さんの攻撃の手は緩まない。次々と銀子ちゃんの囲いは突破されていく。終いには、真剣師さんから大胆な一手まで飛び出した。

 

「ここで角を!?」

 

「ここまで追い詰めたら角なんていらねーよ!」

 

角を切って、無理矢理銀子ちゃんの囲いを突破して見せたのだ。妙手だった。たった一手で、銀子ちゃんの囲いに入ったヒビは、全体に広がり、終いにはパリンと音を立てて砕け散ってしまったのだ。後は真剣師さんにとって、詰ませるのは容易いことだろう。そのための、最初の一手が放たれる。

 

「さぁ、こいつをどう受けるんだい?」

 

龍による遠距離法が、玉の土手っ腹に照準を合わせる。逃げるのか、合駒を投入するのか。しばらく考えて、銀子ちゃんが下した判断は、合駒の投入だった。

 

「合駒か。まぁ、そうくるだろうな」

 

真剣師さんも、その手は読んでいたようだ。それもそうだ。そもそもの話だ。すでに銀子ちゃんの玉には、逃げる場所なんて存在しなかったのだ。全ての道が、既に真剣師さんによって塞がれている。だったら、合駒を使うしか他に方法は無い。これは必然の選択だったのだ。ほどなくして、銀子ちゃんが盤面に駒を打ち付ける。その駒を見て、真剣師さんの目は大きく見開かれることとなる。

 

「……は?ん?……はぁ!?角ぅ!?」

 

そう、銀子ちゃんが合駒に選択したのは角だったのだ。合駒に大駒を選択するというとんでもない選択。だが、この状況ではその合駒は大正解だった。

 

「こ、これはまさか……!」

 

注目は角の対角線上だ。離れた位置に、真剣師さんの玉がいた。そう、この角は、逆大手を演じていたのだ。この局面では、これ以外にない選択肢。他の駒を合駒に使っていた場合、銀子ちゃんは間違いなく詰んでいた。そうこれは、限定合駒だったのだ。

 

だがこれだけだと、角を龍で取ればいいだけなんじゃないかと思うだろう。だが、その選択肢こそが落とし穴だった。真剣師さんがこの後詰ませに入るには、どうしても龍が重要になってくる。だが、龍でもし角を取ってしまうと、そのまま玉に龍を取られてしまう。すると、途端に玉は追い込まれはしても、詰みまでは届かなくなってしまうのだ。

 

「ば、馬鹿な……ありえねぇ……」

 

真剣師さんの表情が青ざめていく。彼にとってこの勝負は、九割方既に勝っていたようなものだったのだ。それが、たった一度の奇手によって覆されてしまった。彼に敗着があるとすれば、それは銀子ちゃんに角を渡してしまったことだろう。妙手は、時に振り返ると、途端に悪手へと変わることもあるのだ。

 

その後真剣師さんは、一手受けの手を挟まざるをえなくなった。それを銀子ちゃんは逃さない。受けから一転攻勢へと切り替えていく。王手ラッシュにより、真剣師さんに反撃の隙を一手も与えることなく、勝ちきって見せたのだ。

 

「参ったぜ。お手上げだ。まさか、この局面から負けちまうなんてな」

 

「……私の勝ち?」

 

銀子ちゃんは、まだ自分が勝ったという自覚が無いのだろう。不安そうな目で、僕のことを見てくる。

 

「うん、銀子ちゃんの勝ちだよ。本当に、良い対局だった!おめでとう!」

 

そう僕が言うと、銀子ちゃんは安心したのか、僕に(もた)れるように倒れてきた。その体は、かなりの熱を発している。その状態が、この対局が如何に熱戦だったかを証明している。

 

「かーっ、最後まで見せつけてくれるねぇ。独り身の俺には見ててつれーよ。……だがまぁ負けちまったものはしょうが無い。これも罰だと思って受け入れるさ。それと俺の賭け金だ。受け取りな」

 

そう言って、真剣師さんが現金を差し出してくる。銀子ちゃんは今、それを受け取る気力も無い。なので、僕が代わりにそれを受け取った。

 

「良い対局だったじゃねーか。カズ」

 

受け取った瞬間だった。部屋に一人の男性が、拍手をしながら入ってきた。見るからに恰幅の良い、相当に鍛えていることがわかる男性だった。その男性の登場が、今日の激戦はまだ終わらないと物語っている。僕は、更なる激戦に備えて、神経を研ぎ澄ませるのだった。




長くなりすぎたから、分割します。
二人一緒なら、どこへでも行けた。
原作4巻と11巻で2度登場し、11巻では帯にも使われている1文。
自分が作中で最も好きな1文でもあります。
もうなんというか、八銀を集約したような1文だと思う。
どこへでも行けた。
それはきっと、武者修行の話だけではなく、棋力の話にも繋がってるんだと思います。
二人一緒なら、どんな高みにだって行ける。
そういう、想いも込められた1文だと思っています。
次の投稿もあさってです。

八銀はジャスティス
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