この手を離さない 作:八銀はジャスティス
前話の対局描写が、自分の描写不足により、わかりにくい部分があったので描写を追加してあります
ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした
今後とも、当作品をよろしくお願いいたします
合い言葉は、八銀はジャスティス
「マサさん、来てたのかい」
「今来たとこだ。終盤からだったが、良い対局見せてもらったぜ」
「でも俺、負けちまったよ」
「あぁ、そうだな。ま、しっかり反省して、次に繋げることだな」
そう言って、マサさんと呼ばれた男性は、カズさんの肩に手を置いた。見ていてわかるが、どうやらカズさんよりも、マサさんの方が目上らしい。おそらく、棋力もそうなのだろう。
「聞いたぜ。この道場で一番強いやつを探してるんだってな。そいつは俺だ」
そうだとは思っていた。カズさんは、マサさんが不在だったために、道場内に残ってる人の中では一番強いと言っただけだ。道場を訪れるお客さん全ての中で一番強い人は他にいたのだ。それが、このマサさんというわけだ。この人は、前生において会った記憶が無い。おそらく、前生で訪れた際は、不在だったのだろう。それが、今生では道場にやってきたらしい。まぁ、前生とは訪れたタイミングが全く違うから、そういうこともあるだろう。
「マサさんは俺なんか比べものにならないぐらいに強えーぜ。なんたって、かつてはアマ名人に数度輝いたこともあるアマ将棋界の強豪だったんだからな」
なるほど。それは確かに強敵だ。下手したら、プロクラスの実力は備えているかもしれない。僕だって、勝てるかどうか怪しいかもしれない。
「それでも、やるかい?」
「やります」
だけど、逃げるなんて選択肢は僕には存在していなかった。だって、銀子ちゃんがあんなに頑張って、勝利を手にしたんだ。明らかに格上の相手に、勝利して見せたんだ。だったら、僕が逃げるわけにはいかないじゃないか。姉が切り開いた勝利という道を、弟である僕が更に広げてみせる。僕達姉弟で、勝利を手にしてみせる。
「それで坊主、今いくら持ってるんだ?」
そう問われ、僕は自身が持っているお小遣いの額を提示する。
「なんだ、そんなもんか。悪いな坊主。俺を引きずり出すにはその程度じゃ足りねーな」
どうやら、僕は闘うことさえ許されなかったらしい。銀子ちゃんごめん。勝利の道、広げることができなかったよ。
「だったら、さっきの勝ち分も含めた私のお小遣いも全部賭ける」
「銀子ちゃん!?」
そこで、銀子ちゃんから驚きの提案が出される。僕の対局に、銀子ちゃんも全財産を賭けると言うのだ。
「なるほどな。それだったら受けてやってもいいぜ」
そうマサさんは言う。これでもし負けてしまったら、僕だけじゃなくて銀子ちゃんにまで迷惑をかけてしまうことになる。それだけは許されない。
「銀子ちゃん、本当に良いの?」
「大丈夫。八一なら絶対勝つって信じてるから」
「そっか、ありがとう。でももし負けちゃったら、帰りどうしよっか?」
「その時は、歩いて帰ればいい」
「そんな無茶、銀子ちゃんにはさせられないね。絶対負けられないじゃん」
そう言って、僕と銀子ちゃんは笑い合った。こんなことを銀子ちゃんは言っているが、僕が負けた時の想定なんて、一切していないのだ。きっと、彼女が今想定しているのは、帰りの電車で行う目隠し将棋の戦法だろう。つまり、勝った後の想定だ。それなのに、僕が負けることを考えてるわけにはいかないじゃないか。僕は覚悟を決めて、席に着いた。
「羨ましくなるぐらいの信頼だな。良いパートナーじゃねーか。だがこれで、真剣は無事成立だな」
手番はカズさんが振り駒を行って決まった。先手は、マサさんだ。
「坊主のことは知ってるぜ。あれだろ?小学生名人戦の決勝大会に史上最年少で進出したっていう坊主だろ?」
「え?この子が?」
「なんだカズ、気づいてなかったのか。まぁそれはいい。俺も、昔あの大会には出たことがあるんだ。準優勝に終わったがな。というわけでだ、大会参加者の先輩として、一丁揉んでやるよ。いくぜ」
そして、僕とマサさんの対局は始まった。マサさんは、初手で無難に角道を開いてくる。僕もそれに合わせて、角道を開く。続いて、マサさんは、飛車先の歩を進めてきた。横歩取りの構えだ。そして、四手目。僕がその手を放った瞬間、その場が一瞬で凍り付いた。
「はぁ!?このタイミングで角交換だぁ!?」
カズさんの絶叫が響き渡る。そう、僕は四手目にして角交換を行ったのだ。後手から行う角交換。この戦法には、歴とした名前が付けられている。一手損角換わりという名前が。名前の通り、これは一手損をして行う戦法だ。普通なら、そんな戦法機能するのか?と思うだろう。だがこれが不思議と、機能するのだ。将棋にはして良い手損とダメな手損が存在する。この一手損角換わりは、して良い手損の代表例だ。最も、この一手損角換わり戦法が発見されたことにより、して良い手損の存在が明らかになった訳だが。とは言っても、この戦法は、スペシャリスト向けの超高難易度の戦法だ。スペシャリストが、完璧に指してみせて、やっと後手が若干優勢になる程度でしかないのだ。
そしてこの戦法は、前生における僕のエース戦法の一つだった。一時期、この戦法は先手が優勢になる手が見つかり、廃れていったこともある。だが、将棋の研究は日々進化する物。後に、僕は更に後手優勢になる手を発見し、見事にこの戦法は復権を取り戻した。晩年まで、僕のエース戦法であり続けてくれたのだ。そんな僕の伝家の宝刀を、今生において初めて僕は抜いた。これまで封印してきた剣を引き抜いたのだ。
この対局はなんとしても勝つという、僕の決意表明だ。
「一手損角換わりとは、とんでもねーことをしてくれるじゃねーか。関東だと一角獣か神様しか指し熟せるやつぁいねーぞ。坊主、そんな戦法使って、本当に大丈夫なんだろうな?」
「今から証明してみせるよ」
「ふっ、おもしれーじゃねーか。受けて立つぜ」
マサさんは、一手損角換わりに怯むこと無く、次々と手を伸ばしていく。途中、有効な攻め手が無くなる、一手損角換わり特有の局面が訪れたが、その局面では無理せず、自身の囲いの形成に手を回すことで、回避してみせた。上手い立ち回りだ。おそらく、一手損角換わりを相手にするのは初めてだろう。相手にした場合の知識も持ち合わせていないはずだ。それでも、その場での発想で、見事に手を広げて見せている。流石に手強い。
だけど、一手損角換わりという戦型は、謂わば僕のホームのようなものだ。この戦型は、誰よりも研究してきた自信がある。相手がどんな手を指してきても、僕は直ぐに対応してみせる。
「くっ、居玉のまま手を進めてくるたぁ、舐められたもんだな」
マサさんの言う通り、僕は初形から玉を動かしていない。それどころか、4枚の金銀すらも初形から動かしていないのだ。そして僕は、前生において角換わり革命とまで言わしめたもう一つの宝刀を抜く。
「っ!桂単騎だと!?」
桂単騎攻め。これが、角換わり革命とまで言われた僕の攻めだ。将棋の格言に、桂の高飛び歩の餌食というものがある。だが、そんなこと知るか、と言うかのように、僕は桂の特攻を仕掛けて見せた。
「くっ、なるほどな。無理攻めに見せて、実際には理にかなった攻めじゃねーか。恐ろしい坊主だぜ」
どうやら、マサさんはこの桂単騎の意図が読めたらしい。初見でこの意図に気づくとは、恐ろしい読みだ。だが、読まれたところで止められるかどうかは別の問題だ。
「ちっ、ここは受けに回るしかねーな」
マサさんが囲いを更に固めに入る。それは、望むところだ。僕は、間髪入れずに、その囲いを崩しにかかった。
「この、中々重厚な攻めじゃねーか。だがな、歌舞伎町の要塞とまで呼ばれる俺の受けを崩すには足りねーな」
その言葉の通り、その囲いは非常に固かった。崩しに入ったはいいが、攻めきれない。ある程度崩したところで、堰き止められてしまう。一気に勝ちきりたかったけど、流石に一筋縄では終わらせてくれないらしい。
「今度はこっちから行くぜ。その不安定な陣形でどこまで受けれる?」
そして、マサさんの猛攻が始まる。次々と、攻め駒を投入して僕の玉を脅かしてくる。しかし、マサさんの顔色は徐々に悪くなっていく。攻めれば攻めるほど、その顔色は悪くなっていく。
「ど、どうして攻めきれない……どうしてそんな囲いとも言えないような囲いで受けきれるんだ!?」
そう、僕の陣形を崩しきれないのだ。いくら攻め駒を使っても、居玉のまま動いていない僕の玉に届かない。金銀、4人の忠臣達が王を守る壁となり、潜んでいた持ち駒という伏兵が敵の侵入を阻む。王はそれを、一歩も動かずに見守り続けている。まるで、自身の臣下を信頼しきっているかのように。
「くっ、だがこれならどうだ!」
マサさんが勝負に出る。角を打ってきたのだ。位置も絶妙だ。どちらの対角線を塞ごうが、必ず僕の懐深くで馬を作れる位置。なるほど、これは上手い。しかし僕は、マサさんのその手に対して、瞬時に策を講じる。
「なっ!?無視だと!?」
そう、僕は角を放置して見せたのだ。どうぞ、馬を作って下さいと言わんばかりの大胆極まりない策略。常識では考えられないような策略。だが、それが上手く嵌まる。
「ば、バカな……」
マサさんが驚愕に震える。馬を敵陣深くに作って、盤面上はマサさんの優勢に見える。しかし、盤面を見れば見るほど、不思議なことにこの馬が全く機能していないのだ。僕は、前生において角換わりのスペシャリストと呼ばれていた。当然、自分が角を使うのも得意だが、相手が角を打ってきた際の対策にも抜かりは無い。いつ、どこで打ってきてもいいように、対策はきっちりと研究してきている。その僕の研究がこの局面での角打ちは全く恐れる必要が無いと導き出したのだ。その研究通りに、マサさんの馬は身動きも取れずにいる。
「こ、こんなはずじゃ……」
マサさんの顔色がまた一段と悪くなる。馬をなんの策も講じずに封じられたうえに、いくら攻めても僕の囲いを崩すことが全くできないのだ。
「く、崩せねー……ありえねー……こんな受け、デタラメだぜ……」
僕の得意とする将棋は、変則的な受け将棋だ。得意になった原因は、銀子ちゃんにあるんだけど、今はそれはいい。要するに、攻めより受けの方が得意なのだ。僕は、居玉のままでも十分に受けれると判断した。そして、その判断は間違っていなかった。それが、今のこの局面に現れている。
「もう終わり?だったら……次はまたこっちの番だね!」
そして、僕の攻撃が再び始まる。先ほど半壊させていた要塞を、受けに回ることで得た持ち駒を投入して蹂躙していく。そしてある程度蹂躙した所で、僕はここまで温存していた銃弾を解き放つ。
「ぐっ!ここに来て角だと!?」
相手の急所に的確に狙いを定めた
「ぐっ、ま、負けたぜ……」
「な!?ま、マサさんが負けた!?」
勝った。なんとか勝つことができた。終わってみれば、完勝譜だったけれども、不安な物は不安だった。僕は、安堵に息を吐く。
「銀子ちゃん、勝ったよ」
「当然」
銀子ちゃんは、当たり前でしょ?とでも言いたそうに胸を張って見せる。その顔は、自分が勝ったわけでも無いのに得意気だった。
「はぁ、完敗だぜ。これが賭け金だ」
僕はマサさんから賭け金を受け取る。それを半分は僕の財布に仕舞い、残りの半分を銀子ちゃんの財布に仕舞った。
「勝ったのは八一なんだから、全部八一が貰えばいい」
「けど、銀子ちゃんも賭け金出してくれたでしょ?銀子ちゃんが出してくれなきゃ、僕は対局すらできてなかったんだから。だから、これは僕達二人での勝利だよ。だから、銀子ちゃんも受け取って」
「……八一がそう言うなら、受け取ってあげる」
銀子ちゃんは、頬を赤くしながら僕の提案を受け入れてくれた。その表情も、どこか嬉しそうだ。
「かーっ、最後の最後まで見せつけてくれるねー!独り身の俺に対する遠慮は無いのかよ!」
「おめーも早く見つけりゃいいだろ」
「簡単に言わねーでくれよ!いいよなーマサさんは。わけー嫁さんもらってよ」
「おう、幸せだ」
「かーっ、独り身の俺にはつれーよ!」
カズさんとマサさんの談笑を聞きながら、僕と銀子ちゃんは帰り支度をする。僕が対局してる間に、銀子ちゃんの体調もすっかり回復したらしい。これなら、駅までは歩けそうだ。
「しっかし、坊主。本当に強えーな。坊主なら、小学生名人にぐらい簡単になれるだろうさ。坊主達ならいつでも歓迎だ。また来いよ」
「はい!ありがとうございました!」
そして、僕達はカズさんとマサさん、そして店員さんに見送られて、道場を後にした。最初は態度が悪かった店員さんも、帰る頃にはすっかり僕達のことを認めてくれて、謝ってもくれた。総合的に見て、良い経験ができたと思う。きっとこれからも、前生のように銀子ちゃんとは、日本全国色んな場所へ武者修行に行くのだろう。それはきっと、僕達にとって掛け替えのない経験になっていくはずだ。
「次はどこの道場に行ってみようか?」
「強い人がいれば、どこでもいい」
どこでもいい。銀子ちゃんはそう言う。僕もそう思う。どこだっていい。だけど、条件は銀子ちゃんと少し違うが。銀子ちゃんと一緒だったらどこだっていい。全国の知らない土地に行くのは、不安だって色々あるだろう。時には恐怖だって湧いてくるだろう。だけど僕達は、二人一緒なら、どこへだって行ける。不安や恐怖なんてものは、一切合切湧いてこない。僕達は、二人一緒なら無敵なのだから。だから僕達は、これからも、誰にだって挑んでみせよう。この手を繋いで、挑み続けよう。僕達は、まだ見ぬ強敵に想いを馳せながら、二人手を繋ぎ電車に揺られるのだった。
というわけで、4巻で一文だけ説明がある、歌舞伎町での真剣師戦でした。
4巻はぁ、良いぞう。
ゴスロリ銀子ちゃんはぁ、もはや凶器だぞう。
アニメ版で無事俺は天に召されたぞう。
しらび先生のイラストも可愛さの暴力だけど、アニメで動きまで取り入れられて、金元さんボイスまで付けられたらね、銀子ちゃん推しには耐えられないよね。
てか、釈迦堂さんとの研究会で、毎回負けたらあんなモデルを引き受けてるってことは、歩夢きゅんも、ゴスロリ銀子ちゃんを直に見る機会何度かあったのでは?
歩夢きゅん許すまじ。
後ゴスロリ銀子ちゃんは、フィギュアにもなってますので、是非ゲットしてみてください。
次回もあさって
八銀はジャスティス