この手を離さない 作:八銀はジャスティス
時間軸は、前生での八銀が付き合ってから初めてのハロウィンとなっております
次巻、次々巻あたりに原作で触れられそう(白眼
pixiv様にも単体作品として同時投稿しております
合い言葉は、八銀はジャスティス
10月31日。
別に、祭日でも何でもないこの日。しかし、世界はこの日、お祭りムードに包まれる。ハロウィン。欧米で最も盛んなお祭りだ。昔は、日本にはあまり馴染みの無いお祭りだったのが、近年は若者を中心に日本でも爆発的な人気を誇るお祭りへと変化している。その分、毎年問題行動を起こす人間も多いのだが。そんなハロウィンムードに包まれた日に私、空銀子は関西将棋会館へと足を運んでいた。猫の仮装をして。
仮装と言っても、いつも着ている学校指定のセーラー服のスカートに尻尾を付けて、カチューシャに猫耳を付けただけの簡易的なものだ。以前桜ノ宮で着たような、あんな過激なコスプレは絶対にしない。八一と二人きりでも頓死しそうなほど恥ずかしかったのに、人目があるようなこんな場所で着るなんて、想像しただけで恥ずかしすぎて頓死しそうだ。
「銀子ちゃん、ハッピーハロウィン!」
将棋会館に着いた私を、八一が出迎えてくれる。どうやら、態々外で待ってくれていたらしい。その格好も、私と同じように簡易的な仮装をしている。おそらくドラキュアだろう。付け牙をして、歩夢君みたいなマントを着ている。歩夢君とは違って、色は黒いが。そんな八一の姿を見て、不覚にも少しカッコイイと思ってしまった。
「ハッピーハロウィン。だけど、ここでは姉弟子と呼びなさい」
「え?だけどここ外だよ?」
「坂梨さん」
「それじゃ姉弟子、中に入りましょうか」
私は、棋士としての礼節を弁えるために、八一には会館内や将棋に関わる場では今まで通り姉弟子と呼ぶように言いつけてある。だけど、それ以外では、なるべく銀子ちゃんと名前で呼んで欲しいと思ってる。ここは会館の目の前とは言え、八一の言う通り外ではある。普通なら名前で呼んでも良さそうな場所だけど、私達は以前に一度この場所で名前の件に関して頓死するほど恥ずかしい目にあっている。その渦中の人物が、坂梨さんだ。あの出来事は、思い出したくもない。八一もそう思っているのだろう。坂梨さんの名前を出すと直ぐにいつも通りの姉弟子呼びモードに切り替わった。
「八一さん、銀子さん、ハッピーハロウィン!」
会館に入った私達を最初に出迎えてくれたのは、史上初の小学生プロ棋士である椚創多だ。当然彼も今日は仮装をしている。今日は、関西棋士による仮装パーティーがこの会館で行われる。仮装対局なんてイベントも催されるものだから、面白がった報道陣も相当数が入るらしい。
「創多、ハッピーハロウィン」
「ハッピーハロウィン創多。その仮装は……」
創多の仮装は、黒で統一されていた。杖を持ち、特徴的な帽子を被ったその仮装は……
「魔女?」
「銀子さん、魔法使いって言って下さい。女、じゃないです」
だ、そうだ。私服を着てると女の子とよく間違われるらしいけど、本当に今の創多は魔女っ子に見えてしまった。中性的なその容姿は、本当に女の子と言われても違和感が無い。
「あらあら皆さんお揃いで。こないな所で何をしてはるんどす?」
そして、入り口からまた一人新たな仮装者が現れた。供御飯万智だ。声は供御飯万智だ。しかしその顔は狐面によって隠れていた。狐耳に尻尾まで付けて、狐尽くしだ。
「供御飯さん、今日は記者モードじゃないんですね」
「今回は棋士として参加するように会長さんから仰せつかったんどす。こなたは、良い機会やから取材したかったでおざるに、残念やわぁ」
「関西棋士は全員参加するように言ってましたからね。僕も、本当ならこんな格好したくなかったんですけど」
それは私だってそうだ。なんで好き好んでこんな格好を人前でしなければいけないのか。ハロウィンなんて、日本には必要無いと思う。
「最近、ハロウィンに対する国民の関心の増加は著しいですからね。ハロウィンイベントは、例年その数、勢いを増してきています。将棋界としても、この流れに乗らない手は無いでしょう」
私達が今回の催しに対する愚痴を言っていると、会館の奥から一組の男女が現れた。私達は、その姿を見て、思わず顔を強ばらせる。まるで見計らったかのように、嫌なタイミングでの登場だった。月光会長と、その秘書の男鹿さんだ。おそらく男鹿さん
が見繕ったのだろう。会長は、神父服を身に纏っていた。恐ろしいほどに似合っている。その横にいる男鹿さんはシスター服を着ていた。デザインまで似せて、会長とペアルックと言ったところだろうか。ちゃっかりしている。
「皆さん、丁度良いところに集まって下さってました。皆さんを探してたのですよ。男鹿さん、全員集まってますね?」
「はい会長。男鹿の見間違いで無ければ、会場にまだ集まってない九頭竜龍王、椚四段、空四段、供御飯山城桜花、全員集まっております」
「よろしい。では男鹿さん、説明を頼みます」
「はい。先ほど、本日行う対局の対戦カードを発表致しました」
「あれ?俺たちもしかして遅刻しました?」
「いえ、記者陣から早く対戦カードだけでも発表して欲しいという催促があったもので、その発表だけ前倒しにしました。遅刻では無いのでご安心下さい。それと対戦カードですが、九頭竜龍王は生石充九段と、供御飯山城桜花は杓子巴女流二段とお願いします」
八一の相手は生石さん。今の関西棋士で、八一の相手が勤まるのは生石さんか会長ぐらいだろう。流石に、今は師匠でも無理だと思う。また八一に負けて、こんな大々的な場で
「会長。私と椚四段の対局相手は?」
「空四段と椚四段は、今回の対局は見送りました。お二人がプロ入り後、公の場で初対局をするならば、それは公式戦の場が良い。そう考え、今回の非公式戦は不参加です」
なるほど。そういう理由なら納得した。……ん?だったら、私達が来る意味は無かったのでは。
「それとは別に、お二人にはメディアへのサービスはしっかりしていただきたい。お二人とも、世間受けは非常に良いですからね。節度を守った範囲で、しっかりと世間の皆さんにアピールしていただきます。将棋界の為に、よろしくお願いします」
私の考えていることを読み取ったのだろう。会長がそのように理由を説明してくれる。要するに、客寄せ目的ということだろう。そう考えると良い気はしないが、私としても将棋への関心は増えて欲しいと思っているので、ここは我慢することにする。
「それでは皆さん、引き留めてしまってすいません。もうすぐお食事会が始まりますので、会場までお急ぎ下さい」
そう言って、会長は男鹿さんと共に会館の奥へと去って行った。おそらく先に会場へと向かったのだろう。この後は、会長の挨拶を皮切りに報道陣も巻き込んだお食事会が始まる予定だったはずだ。その為の準備をするために、先に向かったのだろう。
「それじゃ、俺たちも会場に向かいますか」
八一の言葉に従い、私達は会場へと向かった。会場内に入るとそこには、既に多くの関西棋士が集まり、それに混ざりちらほらと記者と思われる方々の姿も見える。私達が会場に入ると、会場内の視線が全てこちらに集まる。それも、このメンバーなら当然だろう。
現在防衛戦の真っ只中にある、言わずと知れた棋界最高位タイトル、竜王の保持者、わ、私のか、か、かぇちでもある九頭竜八一。今年4月に行われた防衛戦を見事に制し、女流史上二人目となる女流永世位、クイーン山城桜花の称号を獲得した供御飯万智。史上初となる小学生プロ棋士となった椚創多。そして、史上初となる女性プロ棋士となった私、空銀子。このメンバーが同時に会場に入ってきたのだ。今日の参加者の中でも最後に入場したこともあって、嫌でも注目されてしまう。
「なんだ。最後に登場するとは、流石竜王。偉くなったな、八一」
入場した私達に、最初に話しかけてきたのは生石充九段。何故か季節外れのサンタの仮装をしている。隣で、八一が必死に笑いを堪えてる。私も苦しい……
生石さんが、あの生石さんがあんな付けヒゲまで付けて、真っ赤な服と帽子で……
「ちゃ、茶化さないで下さいよ、生石さん。お、生石さんこそ、め、珍しいですね。ふ、普段からあまり会館に来ないのに、こ、こんな催し物の時に、そ、そんなか、仮装まで、仮装、も、もうダメ……ククク、ぶっひゃひゃひゃひゃ!」
「おいこら八一お前何笑ってやがる!銀子ちゃんまで笑うんじゃねぇ!クソッ……会長に絶対に来るように厳命されちまってな。仮装もして来るように言われてたんだが、そんなことできるか、って普段通りの服装で会館に来たら、入り口で黒い服の連中に取り押さえられてよ。気づいたらこの格好させられてた訳だ。あの会長、次の対局覚えてろよ」
珍しく取り乱す生石さんは、見ていて面白かった。確か、生石さんの次の順位戦の相手が会長だったはずだ。これは、会長に冥福を祈っておいた方が良いのだろうか?
「八一、お前もだ。聞いただろ?今日のお前の対局相手は俺だ。帝位リーグでの分も纏めて捌いてやる。覚悟しておけ」
「く、くくく、も、勿論です、俺はま、負けないですよ……ぶひゃひゃひゃひゃ!」
「お前流石に笑いすぎだろ!」
生石さんの言うことは尤もだ。だけど、私は敢えて八一を庇う。これは、ふ、不可抗力だ。
「銀子ちゃんも笑いすぎだ!」
「いやー、一年分くらい笑った気がします」
「そうか。わかった。後で笑う余裕も無くしてやるから、覚悟しておけ」
生石さんはそう言い残すと、不機嫌な様子を隠すことも無く、私達の元から離れていった。生石さんには正直、悪いことをしたと思っている。だけど、これは無理。抑えられるわけが無い。
「お二人とも、流石に生石先生が可哀想ですよ」
「そうどす。せやけど、こなたもあれは不可抗力やと思うでおざるよ」
供御飯さんが、私達のことを庇ってくれる。私は見逃していなかった。私達の後ろで、背中を向けて肩をひくつかせていた彼女の姿を。つまり、彼女も私達と同罪なのだ。平気な顔をしてた、創多が異常なのだ。
「ししょー!」
私がジトっと供御飯さんのことを見つめて、それを供御飯さんにスルーされていると、私達に向かって駆けてくる小さな姿があった。八一の1番弟子である、雛鶴あいこと、小童だ。小童は、白い羽を付けて、黄色い輪が、頭上に配置されるように作った、特殊なカチューシャを付けていた。どうやら、天使の仮装らしい。
「あい、待たせて悪かったね」
「全然気にしてないですよ!私も今来たところですから!えへへー♡」
なんて、デートの定番文句みたいなことを言っている。だけど、私は気にもとめない。小童が、八一にいくら詰め寄ろうが関係無い。だって八一は既に私のか、か、かぇちなんだから。私は、八一を信じてどっしりと構えていればいい。後で、この分も含めて八一にお返しを貰おう。お返しポイント1点だ。
「く、九頭竜先生!お久しぶり、です!」
そして、小童と同じ天使の仮装をした少女が話しかけてくる。確か、貞任綾乃という名前だっただろうか。小童が所属している研究会の一員で、研修会員だったはずだ。
「綾乃も来てたんやなぁ。その仮装、良う似おうとるわぁ」
「万智姉様!ありがとうございます、です!」
「ちちょー!」
そして、3人目の登場だ。確か、この研究会は4人所属していたはずだけど、その内の一人はこの夏海外に引っ越してしまったらしい。なので、この最年少の少女が研究会メンバーの最後の一人だ。確かフランス人で、名前はシャルロット・イゾアールと言っただろうか。八一のお嫁さんを自称する、最重要危険人物だ。そもそも、今も隣で鼻を伸ばしてるこのロリコンが何を思ったのかお嫁さんにしてあげると言ったのが発端らしいが。
「天使って、実在したんだな……」
今も金髪幼女の天使姿を見て、何やら戯れ言をほざいている。どうやら小学生三人は、天使の仮装で統一したらしい。これは、ロリコンには堪らない仮装なのだろう。現に、横に突っ立っているロリコンは、心底幸せそうな顔で三人、主に金髪幼女のことを見ている。私は、そんな八一の姿を見て、無性にイライラしてきたので、八一の足の甲を思いっきり踏み抜いた。
「いったぁ!?あ、姉弟子、いきなり何するんですか!?」
「べっつに。八一がロリコンなのは、今に始まったことじゃないし?私は気にしてないし?」
「思いっきり気にしてるじゃないですか!そもそも俺はロリコンじゃないです!」
「はいはい。わかったからロリコンさん」
「全然わかってない!そもそも、俺はもう姉弟子と」
「師匠!お腹空いてないですか?もうすぐお食事会が始まりますよ!私とあっちに行きましょう!」
八一が最後まで言葉を紡ぐ前に、小童が私達の間に割って入る。度々、小童はこうやって私達の間に入ってきては八一の気を引こうとする。私が東京で入院して、八一と大阪に帰ってきた頃からだろうか。小童の積極性が以前よりも更に増したのは。八一はもう既に私のものとはいえ、八一がロリコンなのは紛れもない事実。こうも積極的に来られると、八一が流されてしまわないか少し不安になってしまう。八一の手綱は、私がしっかり握っていないと。
「どこにいっても一緒でしょ。ここで大人しく始まるのを待ってなさい」
「おばさんは関係ありませーん。私は師匠とあっちで待機するんですー」
「八一はここで私と一緒にいたいよね?」
「師匠、そんなことないですよね?私とあっちで待機してましょう!」
「え?えー」
「ちちょー?おかお、あおいよ?だいじょーぶ?」
「あ、あぁ、大丈夫だよ、シャルちゃん、あ、あははは」
「ま、万智姉様、しゅ、修羅場が発動してるです……」
「これは、良いネタになりそうどすなー」
「えっと、僕達は離れた方がいいんでしょうか?」
何やら外野がうるさいけど、今はそんなのどうでもいい。今重要なのは、八一の意思だけだ。私を選ぶのか。小童を選ぶのか。
「師匠!早くあっちに行きましょう!」
「待ちなさい。八一、冷静に考えてみなさい。態々あっちに行く必要がある?私とここで待機してなさい。それが今の最善手よ」
「確かに、言われてみれば態々あっちに行く必要も無いかな。わかりました。ここで待機してます」
「えー!?そ、そんな……」
「ふっ、私の勝ちね」
「……だらぶち」
「何?負け犬が何を言っても聞こえないわ」
私は、余裕の笑みを浮かべて小童のことを見下ろした。これが、正妻の余裕というやつ?小童が何を言おうが、もう私には届かない。後日、桂香さんにこの話をすると、自分のことを正妻と表現するのは側室が八一に着くのを認めるようなものだと言われた。もう二度とこんな表現は使わないと強く心に誓った。
「はぁ、こんなところであんた達は何馬鹿騒ぎしてるのよ」
私が小童を、余裕を持って見下ろしているとまた一人新たな人物が現れた。八一の2番弟子である夜叉神天衣こと黒い小童だ。いつもの黒い服に、少しギザギザした黒い羽を付けて、頭に赤い角を付けている。悪魔の仮装のようだ。
「お嬢様ああああ!あぁ、お嬢様ああああああ!」
何やら、変態じみた女性がカメラを黒い小童に向けて、鼻血を噴出しながらシャッターを凄い勢いで切り続けている。確か、池田晶という名前だっただろうか。正真正銘のお嬢様である黒い小童の付き人だったはずだ。そんな彼女を、黒い小童は慣れた様子でスルーしている。きっと、黒い小童も苦労しているんだろうなと、私は少しばかり彼女に同情をした。
「あら?先生、またネクタイが歪んでるわよ。直してあげるから、少ししゃがんでくださる?」
「ん?あぁ、悪い」
黒い小童が、八一のネクタイを直す。八一は今日、マントをしているが、その中は只のスーツだ。マントの中のネクタイが歪んでいたのを、黒い小童は見逃さなかったらしい。
「こうしてると、なんだか新婚になった気分ですわね」
「んな!?」
黒い小童の放った言葉に、八一が驚いて声を上げる。当の黒い小童は、挑発するような視線で、私のことを見てきていた。やっぱり、さっきの同情は取り消すことにした。黒い小童も、ここ最近どうも八一に対して積極的になっている節がある。八一も八一で、黒い小童との間に何やら隠し事をしているような雰囲気がある。確か夏頃に、黒い小童に誘われて二人神戸でディナーを取ったという話は八一に聞いたことがある。だけど、その内容に関しては一切八一は話そうとしない。何度聞いても、いつも顔を赤くして逃げられる。流石に、浮気では無いとは思うが、あの二人の間に何かがあったのは間違いない。今度、ジックリと八一の体に教えて貰おうと思う。痛みを代償に。
「いい加減、八一から離れたら?人目に着く場所でそんなことして、竜王の威厳に関わるでしょ」
「歪んだネクタイでいる方が竜王の威厳に関わると思わなくて?だーれも気にもかけていなかったみたいだから私が直してあげただけよ。それとも、おばさんの目はそんな些細な事にも気づかないほど節穴なのかしら?」
「ぶちころすぞわれ」
八一との隠し事のこともあって、小童以上にこの黒い小童の挑発には過敏に反応してしまう。こうして、私と八一の弟子との第2ラウンドは始まった。
「ま、万智姉様、これは流石にマズイと思いますです……」
「こなたも、そんな気がしてきたどすな。」
「八一さんの人気も困りますねぇ。一層のこと、僕も加わっちゃおうかな」
「創多、冗談でもそんなこと言うんじゃない!あぁもう、誰でも良いから止めてくれよ!」
「竜王さんの蒔いた種どすからなぁ。自分でなんとかしてくださいなぁ」
「無理だよ!だ、誰か、助けてください!」
「お集まりの皆様、長らくお待たせしました。これより日本将棋連盟主催、ハロウィン将棋パーティー関西版を開催致します」
八一が会場の中心で、瞳を閉じて叫んでいると、月光会長の声が会場中に響き渡った。因みに、パーティー名に関西版と付いているのは、関東は関東で集まって、全く同じ催しをしているかららしい。これは後から聞いた話なのだが、今回の催しが成功した場合、来年からは関東、関西合同で、一般客も招き入れてもっと大規模に行う予定らしい。そして、見事に世間から高評価を得たため、来年からの大々的な開催が決定したらしい。迷惑な話だ。
「か、会長……今日ほど、あなたに感謝した日はありません……」
「八一?何言ってるの?」
何やら八一がよくわからないことを呟いている。尋ねても返事が無いので無視することにした。きっと、下らないことに違いない。そして、会長の挨拶もそこそこに、お食事会が始まる。メニューも豊富な料理達が、ズラリとテーブル上に並べられている。その料理を、バイキング形式で皆が順番に取っていく。
「うにゅー、ちちょー、とどかにゃいー」
「シャルちゃんの分は俺が取ってあげるよ。何が食べたい?」
八一が器用に二人分の料理を盛っていく。だけど、トレーを二つ持ちながら、料理を入れていくのは大変そうだ。一々、トレーを置いて、持ってを繰り返している。仕方ないわね。
「ほら、私が盛ってあげるから、トレーを持ってて」
「姉弟子……ありがとうございます!」
私が、トングを使って八一が持ったトレーに次々と指示された料理を盛っていく。私自身の分も含めて、三人分盛っているので、流石に少し面倒くさくなってくる。さっさと取る分取って、席に着きたい。
「あらー?なんだか我が子の分まで共同作業で盛り付けるご夫婦みたいじゃなーい!」
「ッ!ゴホッ、ゴホッ!」
思わぬ不意打ちに、思わず咳き込んでしまう。危ない。料理に向けて咳をかけてしまうところだった。直前で顔を背けるのが間に合って良かった。八一も、思わずトレーを落としてしまいそうになっている。私は、そんな不意打ちを食らわせてくれた張本人に向けて、文句を言い放つ。
「ちょっと桂香さん!いきなりそんなこと言わな、い……で……?」
文句を言い放ったのだが、桂香さんの方に目を向けるなり、私の言葉は尻すぼみになってしまった。そこには、立派なお山を強調したバニーがいた。……え?なんで桂香さんがこんな格好を?
「け、桂香さん……?その格好は……?」
「わ、私だって好きでこんな格好しているわけじゃないのよ!ただ、朝から用事があって、その用事を終わらせてから、仮装もしないまま会館に直行したら、入り口で黒い服の人達に止められて、こんな格好させられたのよ……」
どうやら、生石さんと似たようなパターンらしい。黒い服の人達、一体何者なの?
「我々夜叉神家が、本イベントのメインスポンサーとして協力しております」
どうやら、黒い小童の家が関わっているらしい。付き人の女性がそう説明してくれた。なるほど。今回の催しは、一般人の参加は認められていないのだけれども、どうしてこの付き人がここまで入れてるのかが疑問だったのだが、これで謎が解けた。……ん?そういえば、メガネ幼女は研修会生だからセーフだとして、金髪幼女の方は研修会にも入っていないから、参加資格は無いはず。なのに、どうしてここに?……きっと、考えても無駄だろう。八一補正だとでも考えておこう。本当に、このロリ製造器は。
「お、俺……今まで生きてて良かった……」
隣で、鼻血を垂れ流しながらバカが呟く。早く拭き取らないと、料理に垂れ落ちてしまう。本当に、我がか、かぇちながら、女に見境が無い。私の心労は、また今日も増すことだろう。
「ちちょー?おはなから、ちがでてりゅよー?だいじょーぶー?」
「しゃ、シャルちゃん、今はそんな下から覗かないで。悪化しちゃうから」
金髪幼女の上目遣いに、バカの鼻から噴出する血の勢いが増した気がする。前門の巨乳、後門のロリと言ったところだろうか。今もなお、八一は顔を赤くして、鼻から血を吹き出して立ち尽くしている。これは、お仕置きが必要みたいね。
「やいちぃ?」
「あ、姉弟子、これは違うんです。これは、そう、条件反射なんです!男だったら誰でもこうなっちゃうんですよ!だから俺は悪くない!」
「ほう?言いたいことはそれだけ?」
「……はいぃ」
言い訳を終えた八一に向かって、私は拳を握りしめる。優しい私は、八一にトレーを置く時間だけは与えてあげる。トレーを置き終えた八一に向かって、私は拳を振りかぶった。
「今すぐ頓死しろ!」
綺麗な放物線を描いて、八一は床に倒れ伏して気を失ったのだった。全面的に八一が悪い。
「うっ、ここは?」
あれから2時間ほどが経っただろうか?八一が眼を覚ました。自分に何が起こったかわかっていないようで、目の焦点も定まっていない。
「起きた?」
「あれ?銀子ちゃん、ここは一体……」
「ここは会館。会館内なんだから、姉弟子と呼ぶように」
八一が私のことを寝ぼけて名前で呼んできたので、釘を刺しておく。少しずつ、八一は記憶が定まってきたのか、目の焦点も定まってきた。
「あ、すいません姉弟子。そうか、今はハロウィンパーティー中なんでしたね。……あれ?俺はなんでこんなところで寝てたんです?」
「バナナの皮で滑って、頭を床に打ち付けて気を失ってたの」
どうやら、気を失う直前のことはすっかり忘れてしまっているようなので、私は新しい記憶を八一に植え付けておくことにした。完璧な判断だ。
「バナナの皮で?そんな古典的な理由で気を失ってたんですか……ってそうだ。飯の時間だったんですよね。思い出したら腹が減ってきました」
「残念。お食事会は終わってもう対局の時間よ」
「え!?」
そう。たった今、お食事会の時間は終わったのだ。今からは、今日のメインイベント仮装対局の時間だ。既に、対局者は対局の準備に取りかかり始めている。
「早くしないと、生石さん怒ってるわよ」
「えぇ!?只でさえ、さっき怒らせてるのに、これはマズイですね……姉弟子、行ってきます」
「ん。頑張って」
「あ、でも、空腹で力が出ないな-。このままだと、いつも通りに指せないかもしれないなー」
八一が、態とらしい口調で、私のことをチラ見しながらそんなことを言ってくる。その目は、何かを期待するかのように煌めいていた。
「……何が言いたいわけ?」
「いえね、姉弟子が、俺が勝てば何でも言うことを聞いてくれるって約束してくれれば、いつも通りに、いえ、いつも以上の将棋が指せそうだと思いまして」
「はぁ!?なんで私がそんな約束しないといけないの!?」
「あぁ、空腹で目眩がしてきた……ほら、ここはお腹をすかせた憐れな弟弟子を救うつもりで、どうか一つ」
「くっ……わかった」
私は、八一との約束を了承してしまう。さっきのことに、ほんの少しの罪悪感があったのも、その選択に拍車をかけた。あれは八一が悪いのだけれども。
「マジですか!?よっしゃ!俄然やる気が出てきましたよ!巨匠がなんぼのもんじゃい!」
「八一、キャラが壊れてる」
お前は誰なんだと言いたくなるほどテンションが高くなっている八一。今の八一なら、名人と於鬼頭二冠と会長相手に三面指しをしても圧勝してしまうかもしれない。そう思わせるほどに、手が付けられないような雰囲気を持っていた。
「それじゃ姉弟子、改めて行ってきます」
「はいはい。いってらっしゃい」
八一は、意気揚々と生石さんが待つ対局スペースへと向かっていった。私も、その後に続いて八一の対局の見学へと向かう。対局スペースに着くと、早速生石さんが八一に声をかける。
「遅かったじゃねーか。俺の怒りを恐れて逃げ出したかと思ったぜ」
「逃げるなんてとんでもないですよ。ふっふっふっ、生石さん、今の俺は絶好調ですよ。生石さんが相手でも、一切負ける気がしません」
「なんだ?まるで、銀子ちゃんにこの対局で勝ったら何でも言うことを聞いてあげるって約束してもらえたようなテンションの上げ方しやがって」
「何で知ってるんですか!?」
「マジだったのかよ……」
私は、その会話を聞いて思わず頭を手で押さえる。頭が痛くなってきた。この対局スペースには、報道陣も多数詰めかけているのだ。しかも、八一と生石さんの対局は今日のメイン対局。詰めかけた報道陣の数もかなりの数になっている。今の会話を聞いて、報道陣がスクープだ!と言ってざわついている。この場に留まっていてはマズイ。私は、逃げるように他の対局スペースへと離れていった。
「今日のワシは絶好調や!どこからでもかかってき!」
次に向かった対局スペースでは、私と八一、桂香さんの師匠、清滝鋼介九段が対局を行っていた。といっても、一見それが師匠には見えない。声が聞こえたから師匠だとわかっただけだ。そこにいたのは、タヌキだったのだ。タヌキの着ぐるみが、対局を行っていた。
「あ!?しもうた!?この格好やと駒が持てん!?」
どうやら、開局早々勝敗が付きそうだ。あれが私の師匠だと思いたくない。さっさとこの場所を離れよう。
「ん。この格好だと、どうも空気が悪く感じますね。誰か、私のカバンから空気清浄機を取ってくれませんか」
次の対局スペースには、もっと不気味な者が対局を行っていた。お地蔵さんだ。お地蔵さんが対局を行っていた。その声で、中にいる人が久留野七段だということはわかった。なんで、こんな仮装のチョイスをしたんだろうか。師匠と違って、久留野先生は手の部分が取り外せるように着ぐるみを改良していた。流石久留野先生。師匠とは違う。師匠とは。私は、久留野先生が求めている物を取り出そうと、久留野先生のカバンに手を伸ばした。しかし、その手は途中で止まってしまった。カバンが、3つあったのだ。
「久留野先生、どのカバンですか?」
「ん?その声は空四段ですか。ありがとうございます。真ん中のカバンです」
私は久留野先生に言われた通り、真ん中のカバンから空気清浄機を取り出して、久留野先生に渡した。
「ん。ありがとうございます。空四段の御陰で、快適に対局ができそうです」
「それは良かったです」
久留野先生は、その後対局に集中し始めたので、私は静かにその場を離れて、次の対局スペースへと向かった。次の対局スペースで行われていたのは、女流二段と女流初段の対局だった。
「来なさい。踊ってあげる」
黒い小童が、挑発するかのように対局者へ声をかける。声をかけられた対局者は、極度の集中状態に入っているようで、その声が聞こえていないようだ。盤面に顔を近づけて、小刻みに前後に揺れている。
「こう……こう……こう、こう、こうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこう……こうっ!」
小童が、果敢に黒い小童の陣地へ切り込む。それを、黒い小童は余裕の表情で受けていく。黒い小童は、受けの技術に優れている。対する小童は、認めるのは癪だが、終盤力に関しては私よりも上だ。認めるのは癪だが。対局は早くも終盤の様相。超急戦でも仕掛けたのだろうか。開局してまだ時間は余り経っていないはずなのだが。まぁ、天使と悪魔の対局も見所ではあるけど、他の対局スペースも見て回りたい。私は、他の対局スペースに向かうことにした。
そしてその後、私は数カ所の対局スペースを回って、八一の対局に戻る。そろそろ中盤には突入してるかと思い、その場所を訪れたのだけど、そこには、驚きの光景が広がっていた。
「誰も、いない……?」
そう。そこには誰もいなかったのだ。対局者二人はおろか、報道陣でさえも。これはどういうことなのだろうか?
「あ、銀子さん。遅かったですね」
私が状況を理解できずに立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには創多が立っていた。
「創多、これはどういうこと?」
「もう、対局が終わったんですよ。八一さんの完勝です」
「え?」
早すぎる。いくら何でも早すぎる。確かに、今回のルールは持ち時間10分の早指しルールだったけれども、それを踏まえてもいくらなんでも早すぎる。相手があの生石さんだということを考えると、尚のことその異様さが際立つ。生石さん相手に、そんなあっさりと短時間で終わらせてしまうなんて。そんなに、あの約束は効果覿面だったということだろうか?
「そういえば銀子さん。八一さんが探してましたよ。僕も聞いてましたけど、あんな約束して良かったんですか?」
「……良くなかったかもしれない」
私は今になって、あの約束を後悔していた。一体八一は、私にどんな要求をしてくるのだろう?私は身震いする体を抑えながら、イベントが終わるその時を待つのだった。
イベントが終わると、私と八一は会館近くにあるワンルームマンションの801号室へとやってきていた。ここは、私が研究用に購入したマンションだ。将棋の研究に集中できるように、家具の類いはほとんど置いていない。
「それで、ここに連れてきて、八一は私に何をさせる気?」
「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれました!」
八一はもったいぶって、中々本題に入ろうとしない。その顔はニヤニヤしていて、思わず手が出そうになってしまう。
「今日って、ハロウィンだよね?」
「そうね。で、それがどうしたの?」
「ハロウィンといえば仮装だよね?」
「そうね。さっきまで私達もしていたわけだし」
私達は、イベントを終えて、既に服を着替えている。八一は至って普通の私服に、私はいつもの高校指定のセーラー服に。着替えたと言っても、私の場合は耳と尻尾を外しただけだが。
「今日俺が着てたマントって、実は歩夢に送ってもらった物なんだよね」
へぇ、どうりで似てると思った。歩夢君がいつも身につけているのは白いマントで、八一が今日着ていたのは黒いマント。色は違うけど、デザインは似通っている。確か以前に、歩夢君に黒のマントも発注できるという話を聞いたことがある。おそらく、八一用に黒のマントを発注してくれたのだろう。
「で、それがどうしたの?」
「歩夢といえば、歩夢の師匠の釈迦堂さんのお店に行った時のこと覚えてる?」
「えぇ、まぁ、覚えてるけど」
あれは本当に恥ずかしい思い出だった。釈迦堂さんに負けた私は、八一の目の前でゴスロリチックなドレスを着させられて、しかもそのまま大阪まで帰らされたのだ。思い出しただけで、思わず頓死したくなってしまう。ま、まぁ、八一に似合ってるとか、可愛いとか言ってもらえたのは、凄く嬉しかったけど。
「で、結局何が言いたい」
「実はですね」
八一は、そう言うと部屋にある押し入れを勢いよく開ける。そこには、私の見覚えの無いものが詰め込まれていた。巨大な段ボール箱だ。
「……その箱は?」
私は、この時それはもう、もの凄く嫌な予感がしていた。原宿の話から入って、この箱。これは、まさか……
「釈迦堂さんに、銀子ちゃん用のコスプレ衣装を大量に送って頂きました!」
「うひゃ!?」
私の嫌な予感は、見事に的中してしまった。思わず、変な声が出てしまう。この後の展開も読めてしまってる私は、段々と顔色が悪くなってるのを自覚している。
「というわけで、俺からのお願いは……銀子ちゃんのコスプレ撮影会がしたい!」
「む、無理に決まってるでしょ!ば、バカじゃないの!?そもそも、私の知らない間にこんなの部屋に持ち込んで、さては八一、こうなることを最初から計画してたわね!?」
八一にはこの部屋の合い鍵を渡してある。私が三段リーグを闘ってる間は、ある出来事を切欠に取り上げていたのだけれども、四段に昇段した今、再び八一に預けるようにしている。それが、災いした。私の居ない間に、八一はあらかじめ、あの大きな荷物をこの部屋に運び込んでいたらしい。
「計画?はて、何のことやらわからないね」
「くっ、白々しい……」
「そんなことよりも、早速始めようか」
「だから、できるわけ……」
「あれー?銀子ちゃん、まさか一度した約束を破っちゃうの?まさか、そんなことしないよね?棋士に、二言は無いよね?」
「くっ、……わかった。やればいいんでしょ」
私は半ば投げやりになりながら、八一の挑発じみた発言に応える。私だって歴とした棋士だ。一度指した手には、最後まで責任を持つ。
「流石銀子ちゃん!というわけで早速、この衣装からいこうか!」
「はぁ、わかったわ」
私は八一から衣装を受け取ると、脱衣所に入って着替える。その衣装は、非常に見覚えのある衣装だった。て、この衣装は……
「……着替えたわ」
「おおおおおおおおおお!!!!!!!!」
私が脱衣所から出ると、八一が凄い勢いでシャッターを切ってくる。いつの間にカメラなんて用意してたんだろうと考えて、きっと衣装と一緒にあらかじめ部屋の中に置いてあったのだろうと自己完結する。八一のその姿には既視感があった。そうだ。あの黒い小童の付き人の女性に似てるのだ。今なら、黒い小童の気持ちもわかるかもしれない。
「すげー、すげーよ……」
八一は、鼻息を荒くして私のことを只管に撮影し続けている。今私が着ているのは、原宿でも着たあのゴシックドレスだ。あの時の記憶が鮮明に蘇ってきて、恥ずかしさに身悶えそうになる。
「うぅ、やいちぃ、あまり撮らないでぇ……」
「ぐはぁ、その表情、ダメだよ銀子ちゃん……俺、可愛すぎておかしくなっちゃう……」
「ひょわ!?か、可愛い?」
「うん!すげー可愛い!正に天使!」
「て、天使だなんて、そんなぁ♡」
「あぁ、その表情も堪らない!銀子ちゃん、もっと!」
「しょうがないなぁ、もう、やいちってばぁ♡」
私は、八一に煽てられ、調子に乗ってポーズまで取り始めた。なんだか、八一に可愛いと言われると、頭が蕩けちゃって、もっと言って欲しくて八一の要求にどんどん応えていってしまう。これは、麻薬の一種なのかもしれない。八一の可愛い発言には、危険な効果がある。その後も私は、かなり際どいサキュバス衣装や、マニアックなブルマ、挙げ句の果てにはスク水まで着させられてしまう。けど、八一が可愛いと言ってくれるから、私はどんな要求にでも二つ返事で頷いていた。
「これで、最後だね」
「最後はどんなコスプレ?」
「なんでも、雪女みたいだね。銀子ちゃんに凄く似合いそうじゃない?」
「さぁ?それじゃ、着替えてくる。衣装は?」
「この箱に入ってるみたい。見るのは楽しみに取っておきたいから、このまま銀子ちゃんに渡すね」
「わかった」
私は、八一から箱を受け取ると、何度目かもわからない脱衣所への入室を果たした。そこで、箱の蓋を開ける。
「これって……」
こんなもの、着慣れてる人じゃないと一人で着れないじゃない。釈迦堂先生は何考えてこんなもの送ってきたんだろう。まぁ、私は着慣れてる人間だから、別に問題は無いけれども。私は
「お待たせ」
「……え?」
私が外に出ると、八一は呆気にとられたような表情を浮かべて固まってしまった。どうしたのだろうか?因みに、私が着ているのは白い着物だ。白い着物に、青と白を織り交ぜた帯を巻いている。
「か……」
固まっていた八一の口が開く。しかし、その口は中々言葉を紡げない。
「か、か、か」
「八一、何言ってるの?」
「か、完璧なかわいさだ……」
「ひゃう!?」
八一の言葉に、私はまた思わず変な声を出してしまう。完璧なかわいさ。その表現は以前にも一度聞いたことがある。あれは、三段リーグ最終戦を終え、東京で入院していた時だ。八一が病室で眠る私に向かって、そんなことを言っていた。……まぁ、あの時の私は寝ていたため、言っていた気がしたというだけだが。
「……ダメだ、俺、もう耐えられそうにないや……」
「八一、どうかした?」
「銀子ちゃん、今日ってハロウィンだったよね?」
「そうね。って、さっきもそれ確認したじゃない」
「ハロウィンといえば、お約束の言葉があるよね」
「えぇ、まぁ、確かにあるけど」
「じゃあ、今から俺がその言葉を言うね」
「まぁ、いいけど。急にどうしたの?」
「Trick or Ginko」
「……え?」
Trick or Ginko?それを言うなら、Trick or Treatじゃないの?それってどういう意味?
「銀子ちゃん、Trick or Ginko」
「ちょ、ちょっと、八一……」
そう言いながら、八一は徐々に私との距離を詰めてくる。だから、Trick or Ginkoってどういう意味?元の、Trick or Treatはお菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞって意味よね。Treatは、もてなしという意味で、Trickは悪戯という意味。直訳すると悪戯かもてなしとなる。で、子供達にとってのもてなしというのがお菓子だから、お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ、という意味で使われている。
じゃあ、Trick or Ginkoは?直訳すると、悪戯か銀子、つまり私。まぁ、八一にとってのもてなしが私だとしたら、ありえない表現でもないのかもしれない。つまり八一はきっと、銀子ちゃんをくれなきゃ悪戯しちゃうぞ、と言いたいのだ。きっと。誰に向かって?他でも無い私に向かって。それってつまり……
「や、八一?」
「Trick or Ginko」
「ちょ、ちょっと八一待って!」
きっと八一は、私のコスプレ姿を見続けて、自分の中のナニかが抑えられなくなってしまったのだ。今も、焦点の合っていない目で。私に向かって徐々に距離を詰めてきて、更には唇を私の口元に近づけてくる。ちょ、ちょっと八一!こういうことには、雰囲気とか。シチュエーションとか、色々と重要なことがあるでしょうが!何いきなり脈絡も無く始めようとしてるのよ!ばか!ばか!ばかやいち!ばかばかばかばかばか……ん……♡
その後、私達がどうなったのかはご想像にお任せする。ただ一つ言えることは、私達にとって生涯忘れられないハロウィンになったということだ。これはそんな、とある10月31日の一幕なのだった。
銀子ちゃんの白い着物といえば、10巻特装版!
今回の銀子ちゃんの着物は、10巻特装版の表紙をイメージしております
ふつくしい……
内容は、前半八銀with関西棋士オールスター
後半、八銀がイチャツクだけ、って感じのお話でした
関西所属のメインキャラ(棋士、女流棋士)は全員出たはず。出し忘れてる方いたら申し訳無い!
次回特別編は、11月22日、良い夫婦の日に投稿します
本編の方は、明日の20時1分投稿予定です
八銀はジャスティス