この手を離さない   作:八銀はジャスティス

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奨励会の洗礼を受けて、将棋が変わった岳滅鬼さん
性格も当時より変わってるんじゃね?
ってことで、原作よりアグレッシブな方向に性格少し変えてます
合い言葉は、八銀はジャスティス


第14局 小学生名人

岳滅鬼翼。

歩夢や万智ちゃんの2つ上の世代にして、僕の4つ上の世代。現在小学5年生だ。前生において、僕が3年生で優勝した小学生名人戦の、2年前の優勝者。つまり僕が1年時、前生における今大会の優勝者なのだ。そして、女子初の小学生名人でもある。そして、それを期に奨励会入りも果たした、女性棋士屈指の傑物だ。彼女が打ち立てた数々の記録は、後に銀子ちゃんによって(ことごと)く破られてしまうのだが、それでもその実力は疑う余地も無いだろう。そんな彼女を称えて、人々は『不滅の翼』と彼女のことを呼ぶようになった。

 

そんな彼女も、しかし奨励会の壁は破ることができなかった。いつまでも2級で燻り、初段に入品することもできず、年齢制限により、退会してしまうことになる。最も、その後女流棋士として活躍をするようになるわけだが。

 

兎にも角にも、強敵なのは間違いない。歩夢との激戦を経て、多少疲労感もある。だけど、これが最後だ。この対局で、全てが決まる。本来なら、優勝を手にするはずだった岳滅鬼さん。だが、今回は僕というイレギュラーが混ざり込んでしまった。将棋の神様が微笑むのは、岳滅鬼さん(正史)か、それとも九頭竜八一(イレギュラー)か。運命の大一番が始まる。

 

先手は、岳滅鬼さんとなった。飛車先の歩を突きだしてくる。僕が知っている岳滅鬼さんの将棋は、先手でも後手でもとにかく千日手を狙いに行く、将棋というゲームのルールを履き違えたかのような異質な将棋だった。奨励会の洗礼を受けて、岳滅鬼さんの将棋は、勝つための将棋から、いつしか負けないための将棋に変わってしまったのだ。

 

だが、今の彼女は違う。奨励会入り前、この時の彼女は超正統派の居飛車党だ。前生において攻める大天使の異名で知られた、攻め将棋が売りの女流タイトル保持者、月夜見坂さんに、攻めのセンスがずば抜けているとまで言わしめたのだ。この頃の岳滅鬼さんの将棋は、先ほどの万智ちゃんとの1局で初めて見たが、月夜御坂さんの(げん)は何も間違っていないということは見てわかった。今回の対局も、きっと攻撃的にくるのだろう。それを、突き上げられた飛車先の歩が物語っている。

 

このまま、相掛かりに付き合うのも面白いだろう。それは僕も望むところだ。だけど、今回の僕は既に何を指すかは決めている。僕は、突き上げられた歩を無視して、自身の囲いの形成に取りかかった。

 

「なんだ。連れないっちゃ」

 

岳滅鬼さんが、独特な方言を使う。確か、彼女の出身は大分だっただろうか。関東には随分長く住んでいるそうだが、未だに方言や訛りが消えないらしい。岳滅鬼さんはその後、歩交換を済ませて、飛車を下げる。その飛車は、2五に置き、こちらの隙を窺っている。僕はそんな岳滅鬼さんの放つプレッシャーを無視し、淡々と囲いを形成していく。しばらく手が進み、漸くその囲いは完成する。

 

「関西では、穴熊が流行ってるっちゃ?」

 

そう、穴熊だ。その囲いを見て、岳滅鬼さんの表情がゲンナリとする。立て続けに穴熊と指すのだ。流石に何度も穴熊を崩すのは嫌になるだろう。しかし、その表情を見せたのもほんの僅かな時間だけだった。岳滅鬼さんは、すぐに覚悟を決めて僕の穴熊に挑みかかってくる。だが、その攻めは上手くいかない。

 

「固い……!」

 

僕が作った穴熊は、ビッグ4と呼ばれる種類のものだ。金銀4枚を大胆に使用した、穴熊の中でも最も固いと称されるものだ。その最大の特徴として、横からの攻撃にも強いという点が挙げられる。基本穴熊は、横からの攻撃に対して弱い。まぁ、それでも十二分に固いわけだが。だが、このビッグ4は、その横からの攻撃に対しても強いのだ。小駒を使って果敢に挑みかかってきてる岳滅鬼さんだけど、流石の彼女でも攻めあぐねている。

 

この対局、僕は万智ちゃんの対局を見たあの時から、穴熊で挑むと決めていた。万智ちゃんの将棋は、岳滅鬼さんにしっかり通用するんだよ。万智ちゃんも、もっと強くなれるんだよと、そういう意味を込めて僕は穴熊で挑むと決めていた。万智ちゃんへのエールを込めて。

 

「流石に強いっちゃね。けど、私も負けられん。全力で崩すちゃ!」

 

そして、岳滅鬼さんが勝負に出てくる。今まで小駒でチマチマと攻めてきていたのだが、ここにきて金銀大駒を投入してきた。本気で崩しにきたようだ。

 

「くっ!鋭い……!」

 

その攻めは、寒気がするほど鋭かった。頑強な穴熊を、削り取るかのように崩されていく。月夜見坂さんに、才能なら銀子ちゃんに劣らないと言わしめただけのことはある。もしかしたら、攻めのセンスに関しては女性棋士の中でも歴代最高峰かもしれない。そう感じるほどに、彼女の攻めは鋭かった。

 

「これで、穴熊の存在価値は無くなったけん!」

 

岳滅鬼さんの言う通り、既に僕の穴熊は見るも無惨な形に、砕け散ってしまっていた。今や、散乱的に駒が置かれているだけの、到底囲いとは呼べないような状態で王を守っている。

 

「後は、詰まさせてもらうちゃ!」

 

そう意気込み岳滅鬼さんは、僕の王将に向けて次々と駒を投入してくる。駒を投入して、攻めて、王手をかけて、そして段々と顔色を悪くしていく。

 

「な、なんでその状態で受けれるちゃ!?」

 

そう。僕は、こんな無残な状態で岳滅鬼さんの攻めを受け続けているのだ。岳滅鬼さんの攻めは鋭い。僕も実際に何度もヒヤッとさせられている。だけど、僕の得意とする将棋は変則的な受け将棋だ。囲いの有無は、正直関係無いのだ。むしろ、この状態になることを僕は望んでいたのだ。穴から抜け出した熊を捕らえることは容易ではない。ここからは、追い詰められた獣の反撃が、待ち構えている。

 

「そろそろ、攻めさせてもらうよ!」

 

「面白い!受けて立つっちゃ!」

 

僕は、受けながら得た持ち駒を中心に、未だ手つかずだった岳滅鬼さんの陣地へと切り込む。しかし、その守りは強固なものだった。

 

「まだまだ終わらないちゃ!」

 

岳滅鬼さんは、受けのセンスも高かった。正直、上手いのは攻め将棋だけなんじゃないかと思っていたのだが、それは大きな思い違いだったらしい。岳滅鬼さんの攻めは、強固な受けの元に成り立っていたのだ。歩夢や、僕の二番弟子だった天衣に近い。あの二人も、攻め将棋が得意だと思われがちだが、実は二人とも得意とするのは受け将棋の方だ。二人の大胆な攻めは、強固な受けがあるからこそ成立しているのだ。岳滅鬼さんも、どうやらそのタイプだったらしい。

 

「くっ!攻めきれない!」

 

「もうお終い?だったら、次はまた私の番ちゃ!一気に行くけん!」

 

そして、また攻守が入れ替わる。強い。流石、前生での優勝者だ。そう簡単には勝たせてくれそうにない。僕は、またも見るも無惨な陣形で岳滅鬼さんの猛攻を受け続ける。あれだけ綺麗に形成されていた穴熊は、もうその存在を一欠片も残していない。本当は、万智ちゃんのためにも穴熊の状態で勝ちきりたかった。だけど、それを許してくれるほど甘い相手では無かった。万智ちゃんには申し訳無いと感じている。だけど、それ以上に今の僕はこの対局が楽しいと感じていた。楽しいし、何よりも

 

「熱い……!」

 

熱い……!

 

「熱いっちゃ……!」

 

熱い……!

とにかく熱かった。一瞬も気が抜けない息も詰まるような攻防。盤面から、目が離せない。考えることを、止められない。右手は常にズボンを強く握りしめている。その全ての要素が、僕を、岳滅鬼さんを熱くする。噎せ返りそうなほどに熱い。だけどその熱さが、堪らなく心地よかった。あぁ、これが将棋だ。将棋なんだ。僕達が愛してやまない、将棋なんだ。胸を焦がす熱に導かれるかのように、僕と岳滅鬼さんは手を進めていく。何度攻防が入れ替わっただろうか?お互い既に持ち時間は使い切っている。一手にかけられる時間は30秒。その、刹那に過ぎゆく30秒の中で、お互いに最善手を探していく。

 

「これで、終りっちゃ!」

 

岳滅鬼さんが、盤上に駒を打ち付ける。力強い、渾身の決意の篭もった一手だった。その手は、確実に僕の玉の喉元に刃を突きつけてくる。僕はその刃から逃れるように、玉を逃がす。だが、それは急場しのぎにしかならない。今の僕の配置、この配置なら、岳滅鬼さんが玉頭に何か持ち駒を打ち付ければ詰んでしまう。つまり、僕の負けだ。岳滅鬼さんもそれはわかっている。何も迷うこと無く、駒台に右手を持って行き、その手が止まった。その駒台には、歩しか置かれていなかったのだ。

 

打ち歩詰め。将棋における反則の一種だ。王を詰ませる際、詰ませる側は、玉頭に持ち駒の歩を打ち付けて詰ませてはいけない。要するに、今の状態では、岳滅鬼さんは僕のことを詰ませることができないのだ。僕は、最終的にそうなるであろうことを見越して、この局面にまで持ってきた。それを読み切れずに、岳滅鬼さんはこの局面に誘導されてしまったのだ。

 

「あ、う、あぁ……」

 

時間に追われた岳滅鬼さんは、王の逃げ道を塞ぐ位置に歩を打ち付けてきた。だが、王手では無い。僕に、攻める隙を与えてしまうことになったのだ。ここからは、僕の最後の攻撃だ。ここで詰ませれば、僕の勝ち。詰まなければ、岳滅鬼さんの勝ちとなる。

 

「僕は、勝つ!」

 

「っ!負けない……絶対に負けないけん!かかってこい!」

 

そして、最後の攻防が始まる。果敢に王手をかける僕。それから、逃げ続ける岳滅鬼さん。少ない時間の中で、岳滅鬼さんを最も追い込む手を必死に考える。追い込み、追い込みそして遂に追い詰めた。後は、玉頭に何か持ち駒を打ち付けたら詰みだ。僕は駒台に右手を伸ばす。そこには歩……と香車が残っていた。僕はその香車を、力強く盤面に叩きつけた。

 

「……負けました」

 

終わった。遂に終わった。長く熱い死闘は、遂にその幕を閉じた。僕は、終わった瞬間、正座の姿勢から思わず後ろに倒れ込んでしまった。そして、そのまま両腕を天に突き上げる。嬉しかった。心の底から嬉しかった。最後まで気の抜けない対局だっただけに、その嬉しさは一入(ひとしお)だ。

 

「ありがとう、凄く良い対局だったよ。楽しかった!」

 

僕は姿勢をまた正し、岳滅鬼さんにお礼を言う。岳滅鬼さんは、本当に、本当に強かった。どうしてこれで奨励会2級で燻っていたのかわからない。少なくとも、入品できるだけの実力はあるように感じた。おそらく、奨励会に入って直ぐに連敗が続いてしまったのだろうか?岳滅鬼さんの実力なら、そう簡単に連敗するとは思えない。きっと、本当にたまたま、負けが続いてしまったのが、彼女は自分の将棋が弱いせいだと思ってしまったのだろう。それで、自分の将棋を変えてしまった。変えずに、この将棋を続けていたら、きっと入品を成し遂げていたのではないかと思う。

 

「私も……楽しかった!だけど、負けは負けっちゃ。悔しい……」

 

「そんなに落ち込まないで!今回はたまたま僕に運があっただけだから!次はどうなるかわからないよ!良い将棋だった!自分の将棋を信じて!これからもお互い、上を目指して頑張っていこうね!」

 

彼女には、本当に自分の将棋を信じて突き進んで欲しい。きっと、その先には素晴らしい未来が待っていると思うから。彼女にも、前生とは違う未来(みち)を歩んで欲しい。そう思わずにはいられない、激闘の後の一幕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「八一くん!」

 

取材を一通り受けた僕は、スタジオの外まで出てきていた。そんな僕の元に万智ちゃんが駆け寄ってくる。その目にもう涙は見られない。華やかな笑顔が戻っていた。

 

「万智ちゃん、ごめん。本当は穴熊で勝ちきりたかったんだけど、上手くいかなかったよ」

 

「ううん、別にええどす。八一くんの言うた通り、凄い将棋やった!こなた、感動したわぁ!」

 

そう言って、興奮したように捲し立てる万智ちゃん。その顔は、どこか熱っぽい。どうやら、この対局を熱いと感じていたのは僕と岳滅鬼さんだけでは無かったらしい。それは、万智ちゃんの横にいる彼もそうだ。

 

「うむ。実に熱い1局だった。我も思わず拳を握りしめてしまった」

 

歩夢だ。歩夢の表情は、まるで甘美な絵画を眺めた後かのようだ。どうやらさっきの対局の余韻に浸っているらしい。

 

「惜しむべきは、あの場に居たのが我では無かったことだな。……奨励会に入るのだろう?」

 

「うん。この夏に入会試験を受けるよ」

 

「ふっ、だろうと思っていた。もう少しアマチュアで経験を積もうかと考えていたのだが、今日の対局を経て考えを改めた。我もこの夏に受けよう。願わくば、三段リーグで相見えたいものだ」

 

「僕も、歩夢と三段リーグで指したい!」

 

前生においても、僕と歩夢は関西と関東の違いはあれど同期で奨励会入りを果たした。その時は、歩夢の方が一足先に三段リーグに入り、そして抜けていった。結局、僕と歩夢は三段リーグで対局することは叶わなかった。その後、プロに入り嫌と言うほど公式戦で指すことになるわけだが、それでも、願わくば今生では三段リーグで当たりたいものだ。

 

「それでは、我は行く。達者でな」

 

「うん!歩夢も元気でね!」

 

歩夢は、颯爽と帰路に着いていった。おそらく、次に会うときはまた一段と強くなっていることだろう。僕も負けていられない。

 

「これで八一くん、二人きりやね」

 

「そうだね」

 

「こなた、もっと八一くんと仲良うなりたいわぁ。やから今から二人でお出か」

 

「八一」

 

万智ちゃんが何かを言いかけた時だった。僕に誰かが話しかけてきた。それが誰かなんて、声を聞けばわかる。銀子ちゃんだ。どうやら、師匠との東京観光を終えて帰ってきたらしい。

 

「どうだった?」

 

「銀子ちゃんに貰ったお守りのおかげで優勝できたよ!ありがとう!」

 

「当然」

 

銀子ちゃんは、えへんとでも言いたそうに腰に手を当てて胸を張る。今回は本当に、銀子ちゃんに助けられた部分は大きい。銀子ちゃんに貰ったお守りが無ければ、きっと僕は歩夢との対局で心が折れていたことだろう。本当に、銀子ちゃんには助けられた。心からの感謝を伝えたい。

 

「ゆ、優勝したんか……流石八一やな……おめでとう……」

 

銀子ちゃんの後ろから、師匠が姿を現す。その姿は、どこか弱々しく、眼が虚ろになっている。何やらブツブツ、今日は冷え込むなぁとか呟いている。あぁ、師匠に何があったのか察してしまったよ。ご愁傷様です。師匠の財布。

 

「そう言えば、万智ちゃん。何か言おうとしてた?」

 

「え?あぁ、大したことやないからいいどす」

 

「そう?」

 

「ほなら、もう帰ろうか。お嬢ちゃんもご一緒にどうや?」

 

「嬉しいわぁ。ご一緒するどす」

 

そして僕達関西組一同も歩夢に遅れて、帰路に着く。そんな僕の右手を、銀子ちゃんが握ってくる。銀子ちゃんの定位置だ。そしてその反対側を、万智ちゃんが握ってくる。

 

「……何してるの?」

 

「いややわぁ。銀子ちゃん眼が怖いわぁ」

 

「そんなことはいいから、うちの弟から離れろ。ぶちころすぞわれ」

 

「そんなこと言うたかて、こなたはもっと八一くんと仲良うなりたいわぁ。やから嫌どす」

 

「痛い痛い!痛いから離して!?」

 

最初は手を握っていた二人は、いつの間にか僕の腕を取り、左右に引っ張り始めた。腕が取れちゃうから!銀子ちゃん右腕はやめて!将棋が弱くなっちゃうから!奨励会で闘えなくなっちゃう!

……そうだ。奨励会だ。僕は無事、小学生名人に輝いた。次に僕が挑むステージは、奨励会だ。やっと僕は、未来への入り口の前に立ったに過ぎない。ここから、真の闘いは始まる。

翌朝の朝刊には、大々的に僕のことが掲載された。史上最年少小学生名人、九頭竜八一君誕生!出るか!史上初の小学生プロ棋士!と。

あぁ、なってみせるさ。最初から、僕の目標への通過点に、その道は続いているんだ。ここから、僕の新たな、本格的な闘いは始まる。

僕はそう意気込み、次の一歩を強く踏み出したのだった。強く。強く。

 

 

 

 

 

 

 

 

それはそうと、両腕の感覚が無くなってきたんだけど、この二人を誰かなんとかしてくれません?




長かった(?)小学生名人編も終わり。
次から一気に奨励会編に入っていきます。
次もあさってかもしれない。
ただ、スットク全く無いからねぇ。
平日の更新はちゅらい。
まぁ、頑張りますけど、間に合わなかったら申し訳無い。

八銀はジャスティス
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