この手を離さない 作:八銀はジャスティス
りゅうおうのおしごと!ゲーム版op拝見いたしました
あの、動画内1:10~1:20秒までの展開、つまりゲーム版でも八銀はジャスティスどころか、ビクトリーって解釈でよろしいですかね?
八銀推しを殺しに来てやがる(褒め言葉
早く銀子ちゃんと将棋が指したい今日この頃です
合い言葉は、八銀はジャスティス
年を取るにつれて、時間の経過は早く感じるようになってくる。
あっという間に、季節は夏に突入していた。年とは取りたくないものだ。まぁ、今の俺は小学生なわけだが、総年齢は還暦を優に超えている。今は年寄り気分を嘆かせていただきたい。あの激戦を繰り広げた小学生名人戦から早四ヶ月。世間はお盆の時期に差し掛かっていた。
「八一君、はいこれお弁当。八一君の大好物の餃子も入れておいたから、頑張ってね!」
そう言って桂香さんがお弁当を渡してくれる。今日は遂に、俺の奨励会入会試験の日だ。俺も、嫌でも気合が入るというもの。桂香さんも、そんな俺のために今日は、俺の大好物ということになっている餃子をお弁当に入れてくれた。大好物ということになっている理由は、まぁ、色々あったのだ。過去の俺に聞いてくれ。でも、お弁当に餃子というチョイスはどうなのだろうか?昼間から、口臭が気になって仕方ないのだけれども。今日はブレスケアも一緒に持って行くことにしよう。
それと一人称なのだが、小学生名人戦の優勝を機に俺に変更した。前生でも、確か小学生名人戦を機に、俺に変更したのでタイミングとしては同様だ。実際には、2年早いわけだが、そんなもの誤差だろう。
「八一、ちゃんと持った?」
「うん!しっかりポケットに入れてるよ!」
銀子ちゃんが俺に尋ねてくる。ポケットに何を入れているかというと、小学生名人戦の際に銀子ちゃんに貰ったお守りだ。俺は対局に赴く際、必ずこのお守りを肌身離さず持つようにしていた。最も、持っていないと銀子ちゃんが不機嫌になるのが理由なわけだが。俺としても、このお守りには実際に助けられているわけだし、満更でも無いのだけれども。
それと、お礼として俺も銀子ちゃんに、同じ将棋駒のストラップをプレゼントしてある。ただし、駒の種類は違う。銀子ちゃんは俺に、銀子ちゃんをいつも側に感じられるようにと銀将の駒のストラップをくれた。それならと俺も、銀子ちゃんがいつも俺を側に感じられるようにと龍王の駒のストラップをプレゼントしてある。
それともう一つ。これはお互い共通で同じ駒のストラップを所持している。左馬というものをご存知だろうか?馬という漢字を、鏡映し、つまり反転した書体の、飾り駒の一種だ。
銀子ちゃんが、お互いを感じられるものもいいけど、どうせなら全く同じものも欲しいと言い出して、購入するに至った。俺としても銀子ちゃんの意見には賛成だったので、折角なら縁起の良いこの駒にしようとなったわけだ。駒を選んだのは俺だ。中々良いセンスしてると思わない?
「それじゃ、行こうか」
「ん」
「桂香さん行ってきます!」
「行ってくる」
「はーい!気をつけてね!」
そして、俺達はいつも通り手を繋ぎ関西将棋会館を目指す。今日銀子ちゃんは、棋士室で俺のことを待っててくれるらしい。銀子ちゃんも見守ってくれているんだ。絶対に落ちるわけにはいかない。因みに師匠は、今日は対局で関東将棋会館に行っているので不在だ。俺と銀子ちゃんの二人だけで行くことになる。最後の最後まで行かない、八一の応援に行くんやとグズっていたけど、最終的に一緒に関東に行く約束をしていた月光名人の手によって連れて行かれた。月光名人に、『目の見えない私を一人で関東に行かせるつもりですか?』と言われたら、流石に反論することもできずに連れて行かれてしまった。流石は月光流と呼ばれる高速の寄せを武器としている月光名人だ。超高速の一手詰めだった。
さて、こんなことを振り返っている内に、早くも関西将棋会館まで辿り着いた。ここまで電車で一駅だけなのだ。大して時間もかからない。俺は、試験会場である対局室に向かう前に、銀子ちゃんを棋士室へと送っていった。
「やぁ八一くん、銀子ちゃん、おはよう」
「校長先生!おはようございます!」
「おはようございます」
棋士室に向かった俺達を出迎えてくれたのは、校長先生こと峰さんだ。棋士室デビューを飾ったあの日から、俺達は度々この棋士室を訪れていた。その際はいつも、峰さんがこうやって事務局で出迎えてくれている。
「八一くんは今日が試験だったね!八一くんならきっと大丈夫だ!頑張ってね!」
「はい!ありがとうございます!」
峰さんのエールが有り難い。峰さんも、昔は奨励会員としてプロ棋士を目指していた方だ。奨励会の厳しさは、人一倍知ってらっしゃる。何せ、その環境に耐えきれず自ら命を絶とうとした過去を持つ方なのだから。その辛さは、誰よりもわかっているだろう。そんな環境に、小学生になったばかりの俺が挑もうとしてるんだ。それは心配にもなるだろう。峰さんの顔には、明らかな憂いが見えていた。その憂いを無くすには、きっと俺が結果を出す以外に方法は無いだろう。奨励会を少しでも早く抜けて、早くプロになってみせる。それ以外に方法は無いだろう。
「それじゃ、俺はそろそろ行きますね。銀子ちゃん、終わったらまた来るよ」
「負けたら来なくていい」
「あはは、うん、1局でも早く来るね!」
いつもながらな銀子ちゃんなりのエールを受けて、俺は対局室へと向かう。入会試験は、全部で3日間行われる。1日目と2日目は、筆記試験や受験者同士の対局が行われ、これが1次試験となる。そして1次試験を合格した者だけが、3日目に行う2次試験に進むことができる。そして今日は試験3日目だ。
前年度の試験から1年間の間に行われた日本将棋連盟主催の小・中学生全国大会優勝者は一次試験が免除されるのだ。よって、小学生名人戦で優勝を果たした俺は、今日の3日目だけの参加となる。試験内容は、奨励会4級から6級の会員との対局を3局。その内、1局でも勝つことができれば試験合格となる。
「ん。受験生の皆さん、おはようございます」
対局室に入り席に着くと、幹事を務めている久留野四段が挨拶をしてくれる。久留野さんとは前生でもそれなりに親交はあった。長年幹事を務めて下さっていただけに、弟子達のことでもかなりお世話になった。俺の3人目の弟子、シャルロット・イゾアールちゃんは長いこと研修会でお世話になっていたので、それはそれは長い間久留野さんにはお世話になったものだ。シャルちゃんのことを考えたら、なんだか寂しくなってきた。シャルちゃんに会いたい。シャルちゃんを膝の上に乗せたい。誰かシャルちゃんを今すぐください。もはやシャルちゃん中毒になってるけど、別にいいよね。だってシャルちゃんは天使なんだし。え?お前には銀子ちゃんがいるだろって?そら、銀子ちゃんが一番大好きさ。だけどね、シャルちゃんは別腹なんだよ。この気持ちわかってくれ。
と、シャルちゃんへの想いを馳せている内に、どうやら対局ルールの説明と手合いが発表されていたらしい。俺の対局相手は、4級の中学3年生だった。この子とは前生で会った記憶が無い。俺が入会する前に辞めてしまっていたのだろうか?相手が4級ということで、香落ちでの対局となる。
香落ちでの対局は、以外と厄介だ。普通は駒が1枚多い分、下手が有利なんじゃないかと思うだろう。それがそうでもないのだ。まず、駒を落とす上手側は、ルール上必ず先手が与えられる。将棋というのは、基本的に先手の方が有利になるゲームだ。プロ公式戦の年間勝率でも、一部例外を除いてほぼ毎年先手側の方が勝率は高くなっている。そして、減った左側の香車の分は、飛車を振ることによって補える。そう、香落ち側は基本振り飛車を指すのだ。これは、居飛車党の人でも同じだ。香落ちの時だけ振り飛車を指すという棋士は多い。棋士によっては、香落ちの下手を指すなら、平手の方が良いという棋士もいるほど、香落ちの下手とは辛いのだ。
対局が始まり、相手は早速飛車を振ってくる。それに対して、俺は飛車先の歩を進めつつ、9列、つまり相手の香車が存在しない側の端歩も突いてプレッシャーをかけていく。更には挑発も兼ねて、角道は常にオープンしてある。相手が焦れて角交換を選択してきてもよし。このままジリジリと右翼から攻めてもよし。相手の出方によって、俺は選択を変えるだけだ。そして相手が選んだ選択は、囲いの強化だった。金銀4枚、更には大駒を2枚とも使用し、攻めを放棄したかのように、唯々王を守る。正直に言おう。面倒くさい。相手の狙いはわかる。俺が焦れて無理攻めを敢行し、こちらの攻め駒を尽きさせて、一気にカウンターを狙おうと言うのだ。相手にするのはかなり面倒くさい。しかし、相手は一切攻め気を見せてこない。どうやら、こちらから攻めない限りは何十手、何百手進めても攻めてくる気は一切無いらしい。
「どうした噂の天才君?矢倉みたいにパッパと殺して見せろよ」
おまけに挑発までしてくる。別にそんな安い挑発に乗る気は一切無いのだけれども、こちらから攻めない限りはこの対局は始まらない。仕方ない。俺は一つため息を吐くと、飛車先の歩を相手の歩に接敵させた。
「来たな!さぁ、対局を始めようぜ!」
相手はすかさず同歩と指してくる。そして俺は同飛と持って行き、相手は歩を飛車先に打ち付けてくる。そして俺は、飛車を一旦下げると8列の桂馬を跳ねさせ、8五の地点まで一気に跳ねさせる。こうなれば穴熊攻略と同様だ。先鋒として小駒を次々と投入していく。桂馬に香車、歩を中心に、相手の金銀大駒をチマチマ攻める。相手も冷静に、最小限の損失で済むように受けてくる。その受け方は手慣れていた。どうやらこの戦法は今日のために用意してきたわけではなく、常日頃から指している将棋のようだ。思っていたよりも、崩すのは大変そうだ。
「どうした?まだこっちの囲いはピンピンしてるぜ?」
その言葉通り、相手の囲いはまだまだ固い。両大駒は健在だし、金と銀もまだ1枚ずつ残っている。こちらの損失は小駒しか無いとはいえ、まだまだ崩すには時間がかかりそうだ。仕方ない。ここはこちらも次の段階に進めよう。
「お、やっとお出ましか」
俺は、前線に金銀を送り込んだ。本当なら、投入したくは無かった。相手に、金銀を与えたくは無かった。相手は奨励会員。その奨励会員に金銀を与えるという意味。その意味を俺は、嫌と言うほど知っている。金銀大駒を投入し、相手の金銀大駒とぶつけあう。激しい攻防が繰り広げられる。相手も、俺から獲った小駒も投入して、必死に王を守る。目まぐるしく入れ替わる盤面。取っては打ち、打ちは取られの繰り返し。その繰り返しで、少しずつ相手の囲いを削り取っていく。外から内へと、徐々に入りこんでいく。そして遂に俺の手は、王に届く位置まで伸びていた。
俺の飛車が、野晒しになった王の首を狙う。王手だ。この攻防で俺は、相手の大駒全てと、多くの小駒を獲得した。この終盤も終盤な盤面で、後は相手の王を詰ませるだけ。さぁ、詰ませにかかろう。相手の囲いは小駒程度。その程度なら問題無い。そして相手の持ち駒は……金銀6枚があった。
「教えてやるよ天才君。奨励会の終盤はな、二度あるんだよ!」
相手が、力強く盤面に金を打ち付ける。合駒に金を使うという大胆な一手。だが、彼の金による狙いは合駒に使うことではない。合駒になったのは、偶々でしかない。その後も相手は、王の周りを囲うように、金銀6枚全てを投入してくる。奨励会の終盤は二度ある。その意味がこれだ。これで、攻防は仕切り直しに戻った。
奨励会には、『辛香理論』と呼ばれる理論が浸透している。どういった理論かと言うと、『金銀6枚持てば優勢、7枚持てば勝勢』という、はっきり言って謎理論だ。まぁ、その理論が言いたいことは、つまりこの盤面のことなのだ。只、粘ることだけを考えた将棋。勝つことよりも、負けないことを考えた将棋。奨励会で生き残るための手段だ。
そして、二度目の終盤が始まる。小駒を小駒で牽制し合い、大駒と金銀で激しくぶつかり合う。そこに、美しさは一切存在しない。
奨励会同士の対局は、勝つか負けるかのゲームでは無い。生きるか殺されるかのサバイバルなのだ。それは、上に行けば行くほど
相手は粘ることをやめようとしない。俺が折れて投了するのを待っているというわけでもない。きっと、辛香さんと同じなのだ。俺が心臓発作になるかもしれないと考えているのだろう。こんな子供にそんなことを望んでいる時点で、彼も奨励会に入り、心を折られてきたのだろう。おそらく、彼のこの将棋も奨励会で折られた末に辿り着いたもので、本来の将棋では無いはずだ。きっと、前生における岳滅鬼さんと同じなのだ。心が折れても、将棋を捨てられない。そういう人も、この奨励会には多く在籍している。上に上がるも地獄。上がらぬも地獄。そういう場所なのだ。
そして対局は、その後粘りに粘る相手を、再三にわたり追い詰め、遂に頭金を打ち込めば詰みという状況まで持っていき、相手は投了せず、時間切れになるまで待ってから決着となった。苦しい対局だった。持ち時間互い一時間、切れれば一手30秒の対局で、総時間3時間超えとなったのだ。どれだけ苦しい対局だったかは自ずとわかることだろう。これが、奨励会なのだ。こんな対局を、級位の間は1日3局も指さなければならない。流石に今日みたいな相手は特例だろうが、それでも似たような粘り方をする会員が多く在籍している。ここから、長い道のりが始まる。俺の顔は、勝ったというのに浮かないものになっていたのだった。
「銀子ちゃん、ただいま」
「ん」
俺は無事に試験を終えると、棋士室で待ってくれている銀子ちゃんの元へと来ていた。もちろん帰るためだ。
「で、結果は?」
銀子ちゃんがいきなり本題を切り出してくる。口調は、興味無いけど、一応聞いておくとでも言いたげな素振りで聞いているが、ソワソワしている様相が隠せていない。つまり、凄く気になっているらしい。
「無事、1局目で勝てたよ」
「そう。おめでとう」
「うん、ありがとう」
銀子ちゃんは素っ気ない様子で返してくれるが、その口角が僅かに上がったのを俺は見逃さなかった。やはり、銀子ちゃんも心配してくれていたのだろう。銀子ちゃんは、どうも前生の同時期よりも、俺に対して心を開いてくれている気がする。俺が、普段の対局で彼女に勝ちすぎたせいだろうか?前生では、俺たちの立場は逆だった。銀子ちゃんがずっと勝ち越し、俺が負け越す。そんな日々が続く内に、俺は銀子ちゃんが天才なんだと思うようになった。銀子ちゃんという存在を、崇拝するようになっていたのだ。そして、そんな天才である銀子ちゃんの、特別な存在でいれることで、俺もまた特別な存在なんだと思うようになっていった。幼い頃の俺には、それが快感だったのだ。もしかすると、今の銀子ちゃんはあの時の俺と同じとまでは言わなくても、似たような感情を抱いているのかもしれない。
「八一、どうかした?」
と、そういう風に銀子ちゃんのことを考えていると、当の本人が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。つい考え事に耽ってしまっていたようだ。
「ううん、なんでもないよ」
「嘘」
「え?」
「八一、元気無い」
「っ!」
鋭い。俺は思わず声に出しそうになってしまった。確かに、今の俺は元気があるとは到底言えない。それでも空元気で頑張っていたつもりだったのだが。自分では、普段通りに振る舞っていたつもりだったけど、どうやら見る人が見ればわかるものらしい。理由は、奨励会のことだ。入会試験は無事合格した。合格したからこそ、現実味を帯びてきた。二度目だからこそ、その過酷さに身震いがする。つまり、俺は怖いのだ。奨励会が。奨励会員との対局が。
奨励会に入ってやってみたいことも確かにある。歩夢と三段リーグで対局もしたい。だけど、怖いものは怖いのだ。だけど、挑まないわけにはいかない。俺たちの未来は、この先にしか存在しないのだから。だから、怖くても、足が竦んでも、立ち止まるわけにはいかない。
「大丈夫だよ。今日の対局が凄かったから、疲れてるだけだよ」
「……だったらいい。早く帰ろ」
「うん」
そして俺達は棋士室を後にする。こんな胸中、銀子ちゃんに言えるわけがない。怖い。助けて。なんてこんな小さな女の子に言えるものか。この気持ちはずっと内に隠し、闘っていかなければならない。過酷な日々が始まる。だがこれも、望む未来のために、進まなければいけない道なのだ。だから進もう。一歩ずつ、確実に。俺は帰り道を、いつも通り銀子ちゃんと手を繋ぎ、歩く。その足取りは、いつもよりも重く感じたのだった。
久留野さん。
この頃既に幹事努めてるかわからないですが、一応務めてるってことにしました。この三年後の銀子ちゃん入会試験時には幹事を務めてらっしゃって、段位は四段です。昇段ペース考えたら、まだ奨励会闘ってそうだけど、気にしないで下さい(懇願
後、今話から八一の一人称変えてます。見直しはしてるんですけど、ついつい無意識に「僕」って書いちゃってるところ数カ所あったんですよね。
ずっと僕だったから、癖付いちゃってるな
もし、今話に限らず、本編内にて、一人称変わってるところを発見して頂いた場合は、誤字報告していただけると助かります。
よろしくお願いいたします。
あ、本編3話にて、一部故意で一人称を変えてる部分がありますので、そこだけはノータッチでいただけると有り難いです。
我が儘言って申し訳ございません。
次もあさってだといいな。
今話書くのに睡眠時間削ったから眠い。
ほどほどに次も頑張ります。
間に合わなかったら申し訳無い。
八銀はジャスティス