この手を離さない   作:八銀はジャスティス

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頑張れ師匠!それいけ師匠!
合い言葉は、八銀はジャスティス


第18局 師匠の挑戦

3月上旬。

その日は、棋界において最も重要な1日と言っても過言では無いほど、重要な対局が行われていた。順位戦A級最終戦。この日、A級在位者総計10人は、一同に対局を行う。計5局が同時に行われ、その日の内に現名人への挑戦者と降級者2名が決定する。一部のタイトル戦よりも順位戦は持ち時間が長いため、対局は朝から始まり、深夜まで行われることも珍しくない。挑戦者が誰なのか、降級者は誰なのか、見る者も指す者もハラハラして、落ち着かない一日となる。以上のことから、この日は、将棋界の1番長い日と称される。

 

そして、今日の対局にて名人戦挑戦権を獲得する可能性がある棋士が、この関西将棋会館において今正に対局を行っていた。清滝鋼介、俺たちの師匠だ。師匠はここまで7勝1敗。名人挑戦へと、十分な戦績を挙げている。現在師匠と名人挑戦権を賭けて争っているのは、神様の方の名人だ。師匠に唯一の黒星を付けた相手でもある。その名人は、既に今日の対局を終えている。最終戦績は、7勝2敗。

 

もし仮に、師匠が今日の対局に負ければ、7勝2敗となり名人と戦績が並ぶ。すると、挑戦者に選ばれるのは名人だ。昇級組である師匠は、A級内での順位が最下位だ。同戦績の場合は、級内順位が優先されるため、名人が選ばれることになってしまう。師匠が名人戦挑戦者になるためには、今日の対局で勝つしか他に道は無いのだ。今日の対局相手、あの天敵とも言える生石さんに。

 

その対局を、俺と銀子ちゃんは棋士室で観戦していた。既に時刻は深夜帯に差し掛かっている。俺たちはまだ子供だ。普段なら既に寝ている時間。だけど、俺たちは、閉じそうになる目を擦りながら、必死の形相で対局室が映されているモニターを見つめていた。

 

「清滝先生に、詰めろがかかった」

 

盤に向かって対局の検討をしていた鏡洲さんが言う。詰めろ。それは、何も対策をしなければ詰んでしまう状態のこと。王手自体はまだかかっていないが、ここからの師匠の選択次第では、一気に決着まで持って行かれてしまう。

 

「清滝先生の腕の見せ所だな」

 

師匠の持ち味は、鋼鉄流と呼ばれる鋼鉄のように固い受け将棋だ。だが、何も固いのは守りだけではない。精神力が何よりも固いのだ。鋼鉄のような精神力で、幾度となく苦境を打開してきた。今の師匠の状況は厳しい。生石さんは飛車を2枚保持し、縦と横の2カ所から師匠の玉に迫ってきている。ほどなくして、師匠は盤上に1枚の駒を叩きつけた。角だ。

 

「っ!この角は……!」

 

その角が絶妙だった。生石さんが次に師匠を詰ませようと思えば、飛車を動かす必要があった。その飛車の移動地点を見事にカバーしている。それだけでは無い。更には相手玉に対する圧力にもなっているのだ。このまま、生石さんが何も対策を講じなければ、生石さんの玉は詰んでしまう。つまり、この角は詰めろ逃れの詰めろになっていたのだ。

 

生石さんは苦し紛れに自陣に金を打ち込み粘りの姿勢を見せる。が、それだけでは反撃に出た師匠の攻勢を止めるには心許なかった。生石さん得意の捌きで粘るが、それも長くは続かない。生石さんの投了宣言を聞くと、よっしゃぁ!という師匠の雄叫びが、遠く離れたこの棋士室にも聞こえてくる。これで師匠は8勝1敗。文句無しに名人への挑戦権を獲得した。

 

「今終局を迎えました!勝ったのは清滝鋼介八段!そうです!名人戦挑戦者は清滝八段です!」

 

「清滝八段は初のタイトル挑戦!それが名人戦となりました!」

 

「A級返り咲き後即名人挑戦だ!記事の見出しはその部分を強調するように頼む!なるべくドラマがあるように見せるんだ!」

 

棋士室に詰めかけていた記者の方達が慌ただしく動き出す。将棋界の1番長い日はまだ終わらない。これから師匠は、まだ取材などを受けて、激戦の後だというのに休むことを許されない。その取材を受けて、師匠が俺たちの前に現れたのは、朝方のことだった。俺は寝そうになる自分を必死に抑えつけて、なんとかそれまで起きていることができた。因みに、銀子ちゃんは対局が終わったのを見届けると、直ぐに寝息を立て始めてしまった。むしろ、よくそれまで起きてたよ。

 

「師匠!」

 

「八一か。こんな時間まで起きとるなんて、悪い子やな」

 

「えー……」

 

「がっはっは!冗談や冗談。ずっと待っとってくれてんな。おおきにな」

 

師匠は機嫌良さそうに豪快に笑うと、俺の頭を撫でてくる。その顔には、当然疲労の色が窺える。あれだけの熾烈な対局を演じたのだ。それも、当然のことだろう。

 

「ほな、帰ろか」

 

師匠が銀子ちゃんを背負い、俺の手を引いてくれる。その姿は、正に父親そのものだった。頼れる父の手は大きかった。偉大な父の手は温かかった。その手に連れられ、俺は帰り道を歩く。もうすぐ、始発がやってくる時間だ。俺たちは始発を迎える福島駅まで、親子仲良く歩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日のことだった。

朝帰りをした俺と師匠に銀子ちゃん……はずっと寝てたわけだけど、とにかく俺たちは朝食も取らずにお昼過ぎまでずっと寝ていた。睡眠を取ることを体が求めていた。精神は大人でも、体は子供のそれなのだ。寝ることも仕事の一つだ。そんな俺たちを起こしたのは、桂香さんの悲鳴じみた声だった。

 

「お父さん!八一くん!銀子ちゃん!助けて!」

 

何事かと思い、俺と師匠、そして銀子ちゃんは飛び起きて、桂香さんの声がした方へ向かう。声がしたのは、清滝家が経営している将棋道場、野田将棋センターの方からだった。俺たちは恐る恐る道場の中へと入る。するとそこにあった光景は……

 

「おー!清滝八段の登場だ!」

 

「あの子達が噂の内弟子さん達かい?」

 

「あぁ、間違いない!あの男の子は新聞で見たことあるよ!最年少小学生名人の九頭竜八一君だ!」

 

「確かまだ小学1年生で、もう奨励会にも入ってるんだろ?小学生プロ棋士も夢じゃないな!」

 

人、人、人、この道場ではお目にかかれないような多数のお客さんが道場の中を埋め尽くしていた。これが、名人挑戦効果なのだ。挑戦者に選ばれただけで、これなのだ。昨日の今日だというのに、良くもまぁこれだけのお客さんが集まったものだ。

 

「清滝八段!是非指導対局をお願いします!」

 

「あ、私とも頼みます!」

 

「ワシも頼むよ!」

 

お客さんから次々と、師匠に対して指導対局の依頼が飛んでくる。今日ここに集まっているお客さんは、皆それが目的なのだろう。まぁ、中にはそんなこと関係無しに集まって下さってる常連のお客さんもおられるが。

 

「よっしゃ!ほな5人ずつ指そか!」

 

そして、師匠は五面指しを始める。それでも、全員を捌ききるにはかなりの対局数になるだろう。昨日あれだけ激しい対局を繰り広げたというのに、名人挑戦者とは、大変なポジションにあるみたいだ。前生における俺は、名人挑戦者に選ばれた際には、既にタイトルを保持していたため、ここまでの騒ぎにはならなかった。タイトル保持者は、積極的な指導対局を禁止されているのだ。とはいえ、位的には名人より格上の龍王挑戦者に選ばれた際も、ここまで騒がれることは無かった。最年少タイトル挑戦者だったのに。あれ?これってもしかして、俺の人気が無いだけ、ってことは無いよね?流石に浪速の白雪姫の人気には勝てっこないけど、まさか師匠よりも人気が無いってことはないよね?……ないよね?

 

「それじゃ、清滝先生が空くまでの間、俺は未来のプロ棋士の八一君にお相手願おうかな」

 

 

「あ、僕も頼むよぉ」

 

「あっしもお願いします!」

 

そう言って、俺にも数人お客さんが寄ってくる。ほら、やっぱり俺の人気が無いわけではないんだ!俺にだってちゃんと、人気はあるんだよ!

 

「僕、ショタって大好きなんだよねぇ。ロリもいいけどぉ、ショタってどうしてこうも魅力に溢れてるんだろうねぇ。ねぇ?八一くんもそう思わなぁい?」

 

あ、この人絶対ヤバイ人だ。山刀伐さんと同じ匂いがする。これは、俺に務められる相手じゃない。こういう人からは人気じゃ無くてもいいです。

 

「ねぇ、そこの可憐なお嬢さぁん。あなたも僕と同じ穴の(むじな)でしょぉ?ショタってぇ、良いわよねぇ」

 

この人が問いかけているのは、桂香さんに対してだ。確かに、桂香さんは前生でもショタコン疑惑はあったけど、まさか、そのことを見抜くなんて。ショタコン、恐るべし。

 

「え?た、確かに小さい男の子は可愛いと思うけど、八一くんは、ちょっと……」

 

え?桂香さんそれどういう意味ですか?俺のことはそういう対象で見れないってことですか?別に俺には銀子ちゃんがいるからいいとは言え、面と向かって言われると流石に傷つく。だけど、桂香さんが言いたかったのはそういうことでは無かったらしい。次に桂香さんはその理由を説明してくれた。

 

「だって、八一くんには、怖いお姉ちゃんが付いてるから」

 

ビッシィィィィィ!!!!!!

 

桂香さんがそう言い終わった途端だった。耳を(つんざ)くような、凄まじい駒音が道場内に鳴り響いた。静まり返る道場内。道場内に居る者の視線は、全て音の発生源である一人の少女へと向けられていた。俺の姉弟子、空銀子へと。その当の本人は、集まった視線など一切気にせず、駒を一枚一枚丁寧に初期配置に並べている。その手には、一切の淀みが無い。

 

「そんなに八一と指したいなら、まず私と指しなさい」

 

「な、なぁにお嬢ちゃぁん。このぉ、アマ名人候補と囁かれているぅ、僕と指そうって言うのぉ?」

 

「私を怯ませたいなら、アマ名人になってから出直してきて」

 

「くっ、流石にぃ、ロリも大好きな僕だけどぉ、今のはちょっと許せないかなぁ?多少見た目が良いからってぇ、粋がるなよぉ?」

 

「口で吠えずに、盤で吠えたら?」

 

「このアマぁ……!」

 

正に売り言葉に買い言葉。銀子ちゃんの発言に青筋を立てたロリショタコンさんは、勢いよく銀子ちゃんの対面に正座すると、苛立ちを隠しもせずに乱暴に駒を並べていく。その光景を、師匠は何も言わずに見守っていた。だけど、銀子ちゃんの様子を見て、おそらく心配無いと判断したのだろう。直ぐに自分の相手へと向き直っていった。師匠の読みは、正に正しかった。その数十分後には、盤上は無残な物になっていた。

 

「ば、バカなぁ!こ、こんなはずじゃぁ……」

 

圧倒的、銀子ちゃんの勝勢。大駒を全て保持し、囲いも堅持。一方、ロリショタコンさんの方は、見るも無惨な惨状。なけなしの金銀4枚で自玉は守っているが、そんなものあって無いような物だろう。

 

「まだやる?」

 

「あ、当たり前じゃなぁい!これぐらぁい、丁度良いハンデよぉ!」

 

「そ」

 

そう言って、銀子ちゃんは相手玉とは全く関係無い位置にある相手の歩を取り始めた。銀子ちゃんのやろうとしていることは、その対局を見ていた者は全員瞬時にわかった。

 

「ぜ、全駒だ!」

 

そう。全駒だ。相手玉を除いた、全ての駒を自身の手駒に加えようと言うのだ。ロリショタコンさんも、そのことは当然察している。必死に、その企てを阻止しようと動くが、そんなもの、今の銀子ちゃん相手じゃ無意味だった。次々と、ロリショタコンさんの駒は減っていく。そして

 

「私の駒台に駒を置ききれなくなったから、あなたの駒台使っていい?どうせ使わないからいいでしょ?」

 

「っ!」

 

銀子ちゃんのその発言を聞き、遂にロリショタコンさんの心は折れた。静かに駒台に手を置き、投了宣言すると、そのまま覚束ない足取りで道場の外へと出て行ってしまった。彼、もう将棋辞めちゃうんじゃないかな?

 

「す、凄いねお嬢ちゃん!あいつにこんな勝ち方しちゃうなんて!」

 

「あいつはここらじゃ有名な道場荒らしだったんだよ!実力は言ってた通りアマ名人を狙えるぐらい強いから、誰も何も言えなかったんだよね!」

 

「いやースッキリしたよ!おじさんもあいつには煮え湯を飲まされたことがあったんでね!ありがとうよ!」

 

なるほど、それでか。最初から、周りのお客さんのロリショタコンさんを見る目が嫌悪に満ちてるとは思っていたのだ。てっきり、あの性癖に対してかと思っていたんだけど、そういう事情があったらしい。それなら、銀子ちゃんのした行動は何も間違っていなかったということだ。今もなお、お客さん達からの銀子ちゃんへの賞賛の声は鳴り止まない。それを聞きながら、俺は密かに心に誓ったのだった。前生でも誓ったことのある、この決意を。……絶対銀子ちゃんのことは怒らせないようにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、夕食の席でのことだった。俺と師匠と銀子ちゃんの三人は、朝飯も食べずに寝て、昼飯も食べずに道場に引っ張り出されていたのでこれが本日最初の食事となる。空腹でぶっ倒れそうだった。銀子ちゃんも、気持ちいつもより多めにソースをかけている気がする。

 

「そう言えばお父さん、祝電がこんなに届いてるんだけど」

 

そう言って桂香さんが取り出したのは、山のように詰まれた電報の数々だった。その一つ一つが、著名な方々からの物だ。

 

「大阪市長に、大阪府知事から、そ、総理からのまで来てるわよ!他にも各大臣の方々やら、愛棋家として知られてるような芸能人の方々から、色々と有名な人ばっかり!」

 

「そ、そんなにか!ある程度は予想してたけど、これは流石に予想以上やな……」

 

「他にも、協会を通じてお祝いの品も山ほど届いてるそうよ。昨日の今日だからまだ届いてない分もあるみたいだけど、それでも驚異的な量みたいよ」

 

「わ、ワシ、もし名人になってもうたら、どうなるんやろ?」

 

挑戦者に選ばれただけでこれなのだ。これでもし、名人に実際になろうものなら、これを更に上回る大騒ぎになるのは間違いない。

 

「わ、ワシ、なんか怖ぁなってきたわ……」

 

「お、お父さんしっかりして!」

 

師匠は、顔を青くして震えていた。そんな師匠を、桂香さんは横から支えている。そんな二人を見て、銀子ちゃんはまだまだソースをかけているのだった。あ、ソース一本使い切っちゃったよ。師匠は、更に顔を青くしていっているように見える。だけど、これはまだ師匠の挑戦の始まりでしかないのだ。真の挑戦は、来月始まる。俺たちの師匠の、晴れ舞台が。俺は来月、和服を着た師匠を想像してみる。俺たちが憧れた師匠の姿。俺と銀子ちゃんは師匠の和服姿に憧れて、俺たちも着てみたいと二人して語り合っていた。二人で、着る和服のデザインを考えて、絵に描いたこともあった。そう、俺たちが心から憧れた、師匠の晴れ舞台なのだ。その憧れの姿に、また会える。俺は、来月見れる、師匠の和服姿に想いを馳せつつ、更に青くなり続けている師匠の現状から、現実逃避をしたのだった。




割とコメディ寄りな回
師匠は果たして名人になれるのか!?
後半へー続くー(某国民的アニメナレーション風
次は、流石にあさって厳しいかも知れない
以前話した通り、自分水曜から土曜の夕方までお出かけするので、全く執筆できないんですよね
そして、今話書き上げた現時点で月曜夜0時付近、火曜になる直前ぐらい。
次話執筆する時間足りない気がするな……
明日仕事早く帰れればいいんですけど
もし、間に合わなければすいません
あさって投稿無かった場合、次回投稿は日曜日となります
ご了承下さい
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