この手を離さない 作:八銀はジャスティス
清滝鋼介先生の次回作にご期待下さい。
合い言葉は、八銀はジャスティス
矢倉殺し。
それは、今最も棋界で騒がれている戦法だった。読んで字の如く、矢倉相手に特化した戦法。殺し等という物騒な表現が使われているが、何もこれは誇大表現というわけでもない。研究が進めば進むほど、その戦法に秘められた恐ろしさが浮き出てくる。この戦法なら、矢倉という存在を棋界から消しかねない。研究に携わっている棋士達は、誰もがその事実を認めてしまった。
だが、未だにプロ棋戦でこの戦法が使用された事例は存在しない。世にこの戦法が出てきて、もうすぐ2年になるというのにだ。それは何故か?誰も使いこなせなかったからだ。この戦法は確かに恐ろしい潜在能力を秘めている。だが、指し熟すためにはプロでも頭を抱えるほどに繊細な指し回しを要求される。一手のミスも許されないうえに、その一手を導き出すのでさえ恐ろしいほどに難しい。
プロ棋戦では用いられた記録の無いこの戦法も、過去にアマチュアの、しかも小学生の大会で使用された記録がある。しかも、2度だ。1度目は昨年の小学生名人戦大阪予選決勝。使用者はこの戦法を世に出した張本人、九頭竜八一。恐ろしいことに、この戦法を世に出したのは当時幼稚園児だった子供だというのだ。だが、プロの見解ではその本人でさえ未だにこの手を指し熟せていないと言う。この手を真に指し熟せた人は、この世にまだ現れていないのだ。
そして2度目は、同じく小学生名人戦。その準決勝でのことだ。指し手は神鍋歩夢。当時小学3年生。歩夢は、見事な指し回しを見せた。これは、指し熟したと認めてもいいのではないか?という意見もプロの中から挙がってきていた。だが、歩夢は奇策の中にこの戦法を織り交ぜて使用しただけで、これ単体で指したわけではない。この戦法は、これ単体で矢倉を殺せる。そういう意味では、矢倉殺しを使いこなせているとは言えない、というのがプロ棋士大半の意見となった。とは言え、ここまで矢倉殺しを指せた棋士も未だ片手の指で数えられるほどしかいない。そう見ると、歩夢の才能は疑いの余地も無く将来有望、トップ棋士、それも名人に手が届くであろう才能を秘めているのは間違いなかった。現在誰の弟子にもなっていなかった歩夢。彼を弟子に取ろうと裏で熾烈な争いが行われていたという話もある。軍配は釈迦堂里奈女流名跡に上がったわけだが。
そして、今回の名人戦第4局。遂に、この戦法がプロ棋戦で用いられる時が来た。だが、誰が予想しただろうか。その、最初の使用者が清滝鋼介になることを。清滝鋼介は、最新研究とは縁遠い棋士と周りの棋士はイメージしている。それは、間違ってはいない。だが、その清滝鋼介が矢倉殺し、最新研究をこの大一番とも言うべき対局で使用してきた。それは何故なのか?
誰もが一つの答えに行き当たる。弟子だ。彼の弟子は、この戦法の開発者、九頭竜八一なのだ。弟子と研究していたのだ。この戦法を。誰もが、そう考えた。確かに、その考えは間違いでは無い。
だが正確には、鋼介は八一に指導対局を行っていただけなのだ。毎日のように行われていた指導対局。その戦型はいつも決まって矢倉殺しとなった。八一の矢倉殺しを、鋼介が受ける形で対局はいつも行われている。何度も歯を食いしばり、矢倉殺しを受け続けてきた鋼介。間違いなく、対矢倉殺しの経験は、全棋士トップだ。そして受け続ける内に、鋼介は自然と察することになる。この戦法に八一の棋力が追いついた時、自分は絶対に矢倉で八一に勝てなくなると。
そう考えた鋼介は、矢倉殺しの研究を独自に進めた。元々、受け続けていたために、知識としてはそれなりのものを持っていた。どこをどう対策すれば受けれるのか。負けずに済むのか。八一が矢倉に負けないために矢倉の研究をしたように、鋼介も矢倉殺しに負けないために矢倉殺しの研究を進めたのだ。その結果鋼介は、矢倉殺しに対する知識、経験を急速に高めていった。その結果が、この名人戦第4局だ。
「ま、まさか矢倉殺しがこの対局で、プロ棋界に姿を現すとは……」
観戦記者が驚きのあまり、呟く。それは、この戦法を知る者全員の総意だった。鋼介は、思考を研ぎ澄ませ続ける。ここから先は、繊細な盤面になる。思考を止めるわけにはいかない。考えて、考えて、考え続ける。鋼介とて、まだこの戦法を指し熟せるわけではないのだ。それでも、この戦法をこの第4局に採用した。弟子に、八一に自分のカッコいい姿を見せるために。八一への、恩返しのために。
「八一のおかげで、ワシはここまで充実した名人戦を送れてるんや。その恩に、少しでも応えやんとな」
鋼介が呟く。その呟きは、フラッシュ音に掻き消され、誰の耳にも届かない。
「この手は、流石に予想外でした。そうですか。私は矢倉に誘い込まれたわけですか」
フラッシュ音が鳴り止むと、月光名人が話しかけてくる。その様子には、珍しく動揺が見て取れる。だが、それも一瞬のことだった。直ぐに、その動揺は鳴りを潜める。
「それでは、初めてくれ」
達雄の声を聞くと、月光名人は報道陣の退室を確認することも無く、次の手を指し進めた。その手に、室内はこの日二度目の驚愕に包まれる。
「あ、相矢倉殺し……!」
そう、月光名人が放った手は鋼介と同じ矢倉殺しだったのだ。報道陣が、思わず声を出してしまう。報道陣が、ざわつき始める。矢倉殺しを月光名人が指すだけならまだいい。まぁ、それも異常ではあるのだが。月光名人は、鋼介の矢倉殺しを受けるよりも先に、自身の矢倉殺しを指して見せたのだ。これは、鋼介よりも自身の方がこの戦法を指し熟せるという意思表示にも見て取れる。
「報道陣の方々は、速やかに退出するようにお願いする」
達雄の声に我に返った報道陣は、急ぎ退室していく。それに続き、達雄も部屋を出て行く。それを足音で確認し、月光名人は口を開いた。
「この手をずっと研究していたのが、あなただけとは思わないことです」
月光名人が矢倉殺しを知ったのは、とある地方新聞社の取材でのことだった。偶々仕事の予定も無く、時間が空いていた時に舞い込んだ当日の取材オファー。普段なら日程を調整して後日に改めて席を設けるところだが、上の命令で態々福井から大阪まで急ぎやってきたというその記者に同情し、取材を受けたのが切欠だった。
その記者が、福井のとあるアマチュア大会で、清滝鋼介八段と、大会優勝者が行った指導対局の棋譜を読み始める。手合いが平手と聞いて、あの人はアマチュア相手に何をやってるんだという疑問も湧いたが、その疑問は、その棋譜の内容を聞き進める内に消えて無くなってしまう。あまりにも衝撃的な棋譜だった。鋼介の対戦相手は、将棋の歴史に革命を起こしかねない衝撃的な戦法を指していたのだ。そして記者に、その指し手がまだ幼稚園児であることを聞いて更に驚く。この手は、未熟な子供が偶々指したような、そんな偶然の産物などでは決して無い。その後の展開からも、この戦法に対する明確な意思が見て取れる。月光名人は確信する。10年、いや、5年もすればこの少年は棋界にその名を深く刻み込むであろうことを。それが、月光名人と矢倉殺しの出会いだった。
これは、矢倉殺しを八一が初めて指したあの大会当日の出来事だ。つまり、月光名人は、清滝鋼介の次に、プロ棋士で2番目にこの戦法の存在を知ったのだ。尤も、その後直ぐにプロアマ問わず世に広がっていったわけだが。あの日以来、月光名人は密かにこの戦法を研究し続けていた。月光名人という人物は、自身が残す棋譜に対する美意識が非常に高い。最短の詰みを逃してしまったなどという理由で、必勝の局面にもかかわらず投了するほどに、異常な美意識を持っている。
月光名人は、この戦法に出会ったときに感じたのだ。この戦法なら、後世に残すに相応しい、美しい棋譜が残せるかもしれないと。
「おもろいやないか。ここからは、研究勝負ということやな?」
「そのようですね。どちらがより深く、より広くこの戦法を研究できているか、指し熟せているか。これは本当に、おもしろい」
月光名人のその言葉を聞き終えると、鋼介は目を閉じ、深く、深く一度息を吸い込み、そして吐き出した。そして一気に目を見開くと、次の一手を直ぐさま指し込む。攻めの一手だ。鋼介もまた、月光名人の矢倉殺しに受けに回らず、自身の矢倉殺しを指し進めて見せたのだ。
「おもしろい」
月光名人が呟き、微笑む。そして鋼介に続いて自身も攻めの一手を返す。お互いに、ギリギリのラインまで攻めに徹するつもりだ。繊細な、限り無く繊細な指し回しが求められるこの戦法。どちらかがミスをすれば、直ぐさま主導権を相手に与えてしまう展開。極限の集中状態の中で、お互いに駒を進めていく。このまま行くと、有利なのは先手である鋼介だ。だが、このまま行くほど、この対局は甘いものではない。
「それは不正解です」
「むっ!」
鋼介に、最初のミスが出てしまう。直ぐさま、月光名人に咎められ、主導権を渡してしまうことになる。鋼介は、受けに回らざるをえなくなった。月光名人の、細い攻めが繋げられていく。月光流。その繊細且つ美しい攻めを賞賛して、人々はそう名付けた。その月光流が、矢倉殺しという極上の武器を備えて鋼介に襲いかかる。これは、もうお終いかもしれない。その対局を見ている者は、誰もがそう考え始めていた。だが、そうではなかった。
「く、崩れない……!」
観戦記者が思わず声を出す。鋼介は、崩れない。鉄壁の受けで、月光流の攻撃を受け続ける。その固さに、思わず月光名人も苦い顔をしてしまう。鋼鉄流。名の通り、鋼鉄のように固い鋼介の受けを賞賛して人々はそう名付けた。元々固い鋼介の受けは、この2年ほどで更に磨きがかかった。原因は八一だ。
八一の矢倉殺しを受け続けたことによって、鋼介の受け技術は磨かれていった。更に対矢倉殺しとあっては、間違いなく鋼介は全棋士の中で最も固い存在だ。矢倉殺しに対する経験値が、違いすぎる。月光名人とて、驚愕すべきレベルで矢倉殺しを指し熟して見せている。だが、まだ完璧には届いていない。だとしたら、鋼介ならば受けられる。磨かれた鋼鉄は、月の光を一切通さなかった。そしてここまで完璧に受け続けると、流石の月光名人にもミスが出てしまう。
「それは不正解や」
「くっ」
月光名人が、思わず苦悶の声を漏らす。これで攻守逆転だ。月光名人が受けに回る番がやってきた。だがここで、昼食休憩の時間となる。月光名人としては、気持ちの切り替えをする時間が設けられて、助かった部分も多い。一方の鋼介としては、このまま勢いに乗って攻め込みたかっただけに、少し残念なタイミングとなってしまった。
昼休憩が開けると、直ぐさま鋼介は怒濤の攻勢に打って出た。攻める、攻める、攻める。ここで決めるという意思がはっきりと見て取れる。しかし、月光名人もその鋼介の猛攻を冷静に受けきって見せる。矢倉殺しは、完璧に指し熟せれば矢倉相手に必勝の戦法となる。しかし、トップ棋士である二人をもってしても、この戦法を完璧には指し熟せていない。だからこそ、ギリギリで受けることができる。
「んな!?」
そして、自身でも気づかない隙を作ってしまう。それを、月光名人にしっかりと捉えられ、手痛い反撃が飛んでくる。そこからは、またも月光流が牙を剥く。鋭く繊細な攻撃が、鋼鉄の隙間を縫うように襲いかかってくる。鋼鉄流でも、受けきれない。ここにきて、月光流の鋭さが増しているのだ。それは月の光なんて優しいものではなかった。まるで、鋼鉄をも溶かすレーザー光線だ。鋼鉄流の受けに、徐々に穴が空いていく。そして遂に、鋼介は追い詰められてしまった。
「必至だ……!」
観戦記者が呟いた通り鋼介に、必至がかけられてしまったのだ。必至とは、次の一手から確実に即詰みにされてしまう状態のことだ。今はまだ王手がかかっていない。だが、次の相手の一手で、確実な死が鋼介に待っている。鋼介もそれは当然わかっている。鋼介に残された選択は二つ。投了か、悪足掻きか。長考に入る鋼介。とここで、幸か不幸か夕食休憩の時間がやってきた。全二日制タイトル戦の中でもこの名人戦だけ、2日目の夕方に夕食休憩が設けられるのだ。休憩時間は三十分。この三十分で、鋼介はこの後の展開を必死に考慮する。
「勝ち目は、ないんかな……」
夕食をいただきながら、脳内で勝つ道筋を模索する。だが、見つからない。いくら探しても、見つからない。頭でいくら考えても、導き出される答えは一つだけ。投了という選択だった。それは、この対局を見ている者の大半も同じ考えだった。この休憩は無駄なんじゃないか?どうせ、再開されたら直ぐに投了して終わりなんじゃないか?ほぼ全ての者がそう考えていた。そして、休憩が終わり対局が再開される。再開されると、鋼介は静かに駒を動かした。王手だ。その手を見て、ほぼ全ての観戦者が察した。形作りだと。それは、月光名人も同じ考えだった。鋼介の王手を、小考して躱す。それを、2度3度と繰り返していく。4度5度と続けていく。6度7度と終わらない。そしていつしか、10度目の王手を迎えていた。ここまで来ると、皆察した。これは、形作りなんかではないと。
「この程度で諦めとったらなぁ」
鋼介が、一際高く持ち駒を上げる。その眼は閉じられていて、何を考えているのかまでわからない。そして、一気に眼を見開くと、上げていた駒を力強く盤上に叩きつけた。
「あいつらの師匠は勤まらんのや!」
決意の篭もった瞳で、鋼介は吠える。その心は、まだ折れてなどいなかった。鋼鉄流。鋼介の棋風を称えるこの異名は、何も鋼介の受けの固さだけを称えたものではない。強靱な精神力。鋼鉄のような、強い心こそがこの異名の真の正体だ。決して折れない心で、鋼介は王手をかけ続ける。王手が止まれば、その時点で鋼介の負けが確定する。鋼介が勝つためには、王手をかけ続けるしかないのだ。このまま即詰みまで持って行くしかないのだ。あるかもわからない、詰みまで。
「ワシは諦めへんで。王手が途切れるその時まで、何手先まででも付き合ってもらうで」
「……望むところです」
鋼介の王手ラッシュは続いていく。途切れない王手。そして、徐々に、徐々にその対局の結果に気づき始める者も現れ始めた。
「……月光さん、いつから気づいとった?」
そして鋼介も、その一人だった。思わず、自身より先に気づいていたであろう月光名人に尋ねてしまう。
「何の話ですか?」
「とぼけてもあかんで。気づいとったんやろ?即詰みの存在に」
そう。月光名人には、即詰みが確かにあったのだ。遙か先、75手詰めという即詰めの手段が。最初は気づいていなかった者達も、手が進むにつれて見えてくる者も現れ始めた。鋼介がその存在に気づいたのは、40手目を超えてからのことだった。
「……最初の一手目の時です。少し考えて、存在には気づいていました。しかし、まだ清滝さんも気づいていない様子でしたので、バレないように指し回していました。ですが、2度3度と正解手順を進まれる度に、流石に焦りが出てきましたね。気づかれたのならば、これ以上は続けても意味が無いですね。私の負けです」
月光名人が投了をする。感想戦を経てわかったことなのだが、この局面での即詰みの方法は、なんと一通りしかなかったのだ。少しでも、別の道から王手をかけていると即詰みにはできなかったのだ。鋼介は、気づかぬままに、20度連続で正解手順を踏み続けていたことになる。正に、奇跡的勝利だ。その奇跡は、ニュースでも大々的に取り上げられ、平成史に残る名局として人々の胸に刻みつけられることになるのだった。
「八一!師匠が、師匠が……!」
「うん、師匠が、勝ったんだ……!」
俺と銀子ちゃんは、別室で待機しながらこの二日間、片時も離れずに師匠の応援を続けていた。蔵王先生は立会人として対局室に向かったためここにはいない。他の棋士の人達も、対局室に向かったため今この部屋には俺たち二人だけだ。喜びを露わにする銀子ちゃんの眼からは、雫がこぼれ落ちている。そして、俺の眼からも。正に、奇跡としか言い様がない勝利だった。師匠は、前生では乗り越えられなかった壁を一つ乗り越えたのだ。
前生との違いは、矢倉殺しの存在。まさか、この対局で両者が矢倉殺しを使用するとは思いもしなかった。流石に完璧に指し熟せてはいなかったけれども、それは仕方の無いことだろう。そもそも、前生においても矢倉殺しを完璧に指し熟せていたのは全棋士の中でも俺だけだったのだ。ソフトを頼って開発したこの戦法。指し熟すことは、あの人間コンピューターの於鬼頭さんや、棋界が誇る天才の創多でもできなかったのだ。だからこそ、この戦法は俺のオンリーワンと言われていた。結局、俺との対局以外では、矢倉は終わらなかったわけだ。
だが、今日の対局で二人は、十分すぎるレベルで矢倉殺しを指し進めていた。今生における皆の棋力が、どうも前生におけるそれよりも上がっている気がする。今後、俺が使用した前生の研究手は、もしかしたら高いレベルで周りの人にも使われるかもしれない。かといって、研究手を使わずに勝てるほど周りのレベルは甘くない。これは、俺も新しい戦法をまたどんどん開発していく必要があるかもしれないな。今後も、研究あるのみだ。
「八一、銀子」
俺たちの名前を呼ぶ声がした。師匠だ。師匠が戻ってきたのだ。その顔は、酷く疲れていた。あれだけの熱戦を演じた後なのだ。それも当然だろう。和服の右足の部分は、握りしめた後でしわくちゃになっていた。それが、師匠がどれだけこの対局で悩んだのかを教えてくれている。
「師匠!俺、俺、感動しました!」
「師匠、カッコよかった!」
「おう!ワシは、ワシはやったで!勝ったんや!まだ、名人への望みは残されたんやで!」
これで、名人戦は師匠の1勝3敗。後3回連続で勝てば、師匠は名人になれる。まだ、師匠の夢は終わっていない。限りなく低い可能性だが、それでも師匠は望みを繋いで見せたのだ。
続く第5局は、予定通り大阪で開催された。応援に行った俺たちの前で、師匠は月光名人を圧倒。2日目の昼食前に勝利して見せたのだ。第6局も、師匠の勢いは止まらない。月光名人も調子を取り戻し、一進一退の攻防を見せるが、最後は師匠の前に敗れ去った。これで、3勝3敗の指し分けとなり、名人戦は最終局へともつれ込むことになる。
最終局は、第4局に負けず劣らずの大激戦となった。両者全く譲らず、対局は2日目の深夜にまで及んだ。総手数300手を超える死闘。その対局を制し、最後に笑ったのは……月光名人だった。大激闘の7番勝負を制し、月光名人は見事に防衛を果たしたのだった。
「悔しい!ワシは、悔しい!」
最終局の翌日……いや、終局時には日付を変わっていたから当日というべきだろうか?判断に困るところだ。まぁともかく翌日、師匠は自棄酒を呷りながら、悔しさを露わにしていた。まぁ、勝っててもおかしくないような対局だったし、仕方ないね。
「師匠!元気出して下さい!次がありますよ!」
「八一……せやな!また、来年絶対挑戦するわ!絶対挑戦者になったるで!」
師匠は、俺の言葉に少し元気が出たのか、酔ってフラフラした足取りで立ち上がると、決意を込めて叫んだ。
「ワシは、絶対に名人になるで!」
師匠の今回の挑戦は残念な結果に終わった。だけど、師匠は確かな手応えを感じたことだろう。その後の棋戦も絶好調を維持し続け、各タイトル予選でも好成績を収め続けたのだ。残念ながら、あと一歩のところで挑戦者には届かなかったけれど。だけど、俺たちもその結果を見て、師匠への期待感が上がっていく。もしかしたら、今生の師匠なら、本当に前生で叶えられなかった夢を叶えられるかもしれない。思わず、そんな期待をしてしまう。だけどそれも仕方の無いことだろう。だって、今の師匠は本当に輝いて見えたのだから。これからも、輝く師匠を見続けたい。カッコいい師匠を見続けたい。いつまでもいつまでも、見続けたい。そう思わずにはいられない、名人戦後の一幕だった。
おめでとう!師匠のレベルが上がった!
師匠名人になれるといいですね(他人事
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