この手を離さない   作:八銀はジャスティス

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師匠の挑戦は、まだ終わってはいなかった!
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合い言葉は、八銀はジャスティス


第23局 師匠の挑戦 終

身を焦がす気温が段々と鬱陶しくなってきた七月。

この日、今年度の棋界における最も重要な一局が行われようとしていた。名人戦最終局。月光名人と、我らが師匠清滝八段による対局。2年連続同一カードとなった名人戦。そして、2年連続で最終局までもつれ込む大激戦となっていた。ここまで、お互いの勝敗が交互に続いている。互いに、先手番を確実に取り合う展開。最終局は、先手後手を振り駒によって決める。ここまでの展開通りにいくなら、振り駒の結果は対局の行方を左右する上で、かなり重要な役割を果たすことだろう。

 

「師匠、勝てるよね?」

 

「あれだけ努力してきたんだ。きっと、大丈夫だよ」

 

心配そうにしている銀子ちゃんを安心させるように言う。今俺たちは、旅館に設けられた待機室からモニター観戦している。今日の対局は、昨年第4局が行われたのと同じ福井のとある温泉旅館で行われる。俺と銀子ちゃんは、昨年に引き続き、対局期間中俺の実家からこの旅館に通うことにしていた。銀子ちゃんも、すっかり俺の家族に気に入られちゃって、母さんにはずっとこの家に住んでほしいとお願いされるほどだ。流石に断ったけど。

 

「さて、振り駒だ」

 

今日態々ここまで足を運んでいる生石さんが言う。生石さんが、こんな場所に出向くなんて珍しい。娘さんの飛鳥ちゃんは、今日はいない。どうやら、ゴキゲンの湯での生石さんとの対局後、飛鳥ちゃんは本格的に生石さんに将棋を習い始めたらしい。だけど、やっぱり才能が無いと言って、生石さんは将棋をきっぱり諦めるよう飛鳥ちゃんに言ったらしい。結局こうなってしまった。ここからは、飛鳥ちゃん次第だ。自分の非才を認めて、将棋の道を諦めるのか、それとも抗ってみせるのか。俺は、求められたら手助けぐらいはする。だけど、最終的に決断するのは飛鳥ちゃんだ。彼女には、悔いの無い選択をしてほしい。

 

「振り駒の結果は、月光名人の先手。これで、月光名人有利になったね」

 

山刀伐尽七段だ。生石さんや山刀伐さんだけではなく、この会場には多くの著名な棋士達が姿を現していた。あの、神様までもが駆けつけている。それほどまでに、この対局に対する注目度が高いのだ。

 

「ここまでの6局を見ると、この対局の戦型も決まってるようなもんだろ」

 

「そうだね。それは、この場にいる皆が知ってる事じゃないかな」

 

前生において、師匠の2回目の名人挑戦は全局戦型が相矢倉となり、相矢倉シリーズと呼ばれるようになった。その相矢倉シリーズを切欠に、それまで落ち目にあった矢倉が再び見直され、主流戦術にまで復興したほどに注目された対局となった。

 

そして今生のこの名人戦においても、1局から6局まで、全く同じ戦型となっている。誰もが、今局もそうなることを察している。そして、それは外れることもなく、その通りの戦型が姿を現した。

 

開局して早々、両者は自陣の囲いを形成していく。互いに矢倉を組んでいく。相矢倉だ。時間をかけることもなく、囲いを組み終えると、直ぐさま先手の月光名人が仕掛ける。その手は、この一年で将棋界に広く知れ渡った戦法、矢倉殺しだ。それに負けじと、師匠も直ぐさま矢倉殺しで応じる。相矢倉殺しだ。これまでの全6局と同じ展開。今生におけるこの名人戦は、相矢倉殺しシリーズと名付けられた。互いに一歩も引かない、真っ向からの殺し合い。流石に、あれから一年経とうが、両者指し熟すには至れていない。そう簡単に指し熟せたら、前生で矢倉は絶滅していたことだろう。

 

一年前のあの対局以降、矢倉殺しはプロ棋戦でも指す棋士が少しずつ現れるようになってきた。だが、当然のように指し熟せている棋士は一人もいない。今この対局を見に来ている山刀伐さんでも指し熟せなかった。山刀伐さんがこの対局を態々見に来ているのは、きっと矢倉殺しの研究のためだろう。あの神様だってきっとそうだ。これほど、矢倉殺しを研究するのに打って付けな対局はそうあるものではない。良い研究材料だとでも思っているのだろう。

 

「ここまでの番勝負を見て、矢倉殺しの産みの親である八一君はどう感じているのかな?」

 

「そうですね、俺としても、まさかここまで将棋界に浸透するとは思ってもいなかったので、不思議な気持ちですね。ただ、矢倉殺しに関しては、俺自身もまだ満足に指し熟せていないので、そんな未知数の戦法をこの番勝負で使い続けるのは、両対局者ともに、思い切った、勇気のいる選択をしていると思います」

 

「なるほど。面白い意見をありがとう。八一君、今度ボクと一緒に研究してみないかい?ボク一度小さい男の子と研究してみたかったんだよねぇ。二人きりで」

 

「ごめんなさい遠慮します」

 

この人、ショタもいける口だったのか!前生の頃から両刀使いと言われ恐れられてきた山刀伐さん。俺も、この人のことが恐ろしくて仕方ない。貞操的な意味で。

 

そんなことよりも対局の方だが、二人が矢倉殺しの第一手を指した直後に、月光名人が長考に入り、お昼休憩となる。控え室にも、出前の弁当が届けられる。それを食しながら、プロ棋士の方々と対局についての構想や、最近の研究についての将棋談義を交える。前生で交流のあった方や、あまり無かった方とも意見を交換でき、有意義な時間が過ごせた。特に、一角獣の異名を持つ白石さんとは、互いに角換わりのスペシャリストとして、貴重な交流が持てた。白石さんとは、前生でも交流を持ちたかったのだが、その機会が無かった方だ。こうして、今生では繋がりを持てて良かった。機会があれば、研究会を設ける約束もできて、満足だ。それを聞いて、山刀伐さんがボクも参加したいと言ってきたけど、二人で一蹴しておいた。いや、山刀伐さんが参加してくれたら、意見の幅も格段に広がって、有り難いんだけど、本人の中身が中身だからね。残念ながら、お断りします。

 

そして1日目の午後が始まった。昼休憩の間に次の手を決めたのか、休憩前に長考をしていた月光名人は、休憩が明けると直ぐに着手した。この7番勝負で幾度も師匠を苦しめた鋭い攻めが解き放たれる。しかしそれを、この7番勝負で幾度も月光名人を悩ませた師匠の鋼鉄の受けが阻む。一進一退。お互いに譲らない展開。両者互角の展開が続く中、1日目は月光名人の封じ手によって終わりを迎えた。

 

「さて、1日目は互角と言っていい展開なんじゃないかな?」

 

「そうだな。だが、お互い見たところまだ真面目に仕掛けちゃいない」

 

「そうですね。様子見程度に抑えていたように見えました」

 

「勝負は明日。封じ手が開かれた直後から……動く」

 

銀子ちゃんのその言葉に、全員が頷く。皆の意見は同じだ。勝負は明日の朝一番から。そのことを確信し、皆で夕飯を取りつつ将棋の話題に興じた。生石さんに、小学生がこの話題に付いてこれるのは異常だって言われたけど気にしない。俺は、至って普通の小学3年生ですよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、朝食を取り終えると鋼介は対局室へと向かっていた。名人戦最終局、二日目。持将棋による持ち越しが発生しない限り、今日で決着が着く。今日の対局が終わる頃には、名人の座に着いている人物が決定する。

 

「この一年、いや、もっと、うんと前からや。棋士を目指していたあの頃から、ずっとあの席を目指してたんや」

 

その席に座れるのは、年に一人だけ。難易度のあまりにも高い椅子取りゲーム。その椅子を目指して、この一年間、鋼介は自身でも驚くほど真摯に将棋に向き合ってきた。その成果を、これから全て出し切る。相手の力は強大だ。だが、鋼介には恐れなど無かった。

 

「負けようが、ワシには失うもんなんて無いんや。恐れる必要は無いわ」

 

負けたところで、今まで通りの日常が戻ってくるだけだ。今までと何一つ変わり映えのしない日常が。

 

「どうせなら、勝ってあの椅子に座ってみたい。あの椅子を夢見て、ずっとワシは闘ってきたんや」

 

そう意気込み、鋼介は対局室の扉を開けた。そこには、既に月光名人の姿があった。

 

「おはようございます。待たせてもうたかな?」

 

「おはようございます。いいえ。ほんの少しだけの差でしたよ」

 

「さよですか。ほんなら、早速始めて行きましょうか」

 

駒を並べ、記録係が読み上げる棋譜通りに動かしていく。この名人戦で7度目となるその行程を二人は進めていく。そして並べ終えると、立会人が封じ手を開く。立会人が読み上げた封じ手は……頭金を打ち鋼介玉にいきなり王手をかける手だった。

 

「むっ!」

 

鋼介は、その手を見るなりいきなり身構える。その手を予想していなかった訳ではない。むしろ、月光名人なら一番指してくる可能性が高い手だとさえ感じていた。それと同時に、一番指されたくない手だとも感じていた。その手を、予想に違わず月光名人は選んできた。ここから、一気に攻め立てるつもりだ。

 

「おもろいやん。受けて立つわ!」

 

鋼介は気合と共に、力強く玉を動かし、金を取る。

 

「顔面受け!?」

 

観戦記者が思わず声を上げる。まさか、この局面でいきなり顔面受けをするとは思いもしなかったのだ。顔面受けは、王が上部から攻めてきてる駒を自ら取り、上がる行為だ。王が相手に晒される格好になり、王手がかけられやすくなるリスクがある。矢倉殺しによって削られ、既にお互いの矢倉は見る影も無い無残な物になっている。それならばと、鋼介は矢倉を放棄し、玉を上部に逃がしたのだ。しかし、それこそが月光名人の罠だった。

 

「清滝さんなら、そう来ると思っていましたよ」

 

鋼介玉に向けて、月光名人の鋭い王手ラッシュがかけられる。一手でも受け損なえば、即座に詰みまで誘導されてしまうような、死の光線。まるで、赤外線の警報装置だ。その張り巡らされた線を、鋼介玉はスイスイと潜り抜けていく。

 

「ワシも、月光さんならそう来ると思ってたで」

 

いくら王手をかけても、鋼介の玉は意にも介さずスイスイと潜り抜けていく。まるで、掴むことのできない鰻のような動きだった。スイスイと盤面という川を泳ぎ、時には持ち駒という岩を投擲し、その影に隠れさせる。連続王手によってプレッシャーをかけ、鋼介のミスを誘おうと考えていた月光名人の思惑は、鋼介の受け技術の前に崩れ去ってしまった。だが、月光名人も、只では終わらない。

 

「さぁ、捉えましたよ」

 

「むっ!?」

 

張り巡らされた赤外線は、幾重にも重なり、鰻を捕らえる網を形成していた。月光名人の策略は、二段構えだったのだ。王手ラッシュで相手のミスを誘えなかった場合は、張り巡らせた罠によって、相手玉の逃げ場を消してしまおうという、隙の無い二段構え。その作戦は、見事に鋼介玉を追い詰めていた。

 

「その策も読めてたで」

 

「……くっ!?」

 

追い詰めた、ようにも見えた。鋼介は、逃げながらも持ち駒を盤に投入し、時には移動合いも駆使して月光名人の王手ラッシュを、岩に隠れるかの如く躱していた。その岩が、気がつけば実に強固な囲いを形成していたのだ。鋼介は、月光名人の第一の作戦を躱しながら、第二の作戦を受ける準備まで進めていたのだ。お見事としか言いようのない受け技術だ。

 

「攻める手立てがもう無いみたいやな。それやったら、次はワシから行かせてもらうで」

 

そして、鋼介の攻撃が始まった。徐々に月光名人玉を追い詰めていく鋼介。月光名人のように、鋭さは無い。そんな攻めのセンスは、鋼介には無い。だが、今まで培ってきた経験を武器に、鋭い、センスに溢れた攻撃を幾度も防いできた経験を武器に、月光名人玉を攻めていく。受け将棋を生業とする鋼介だからこそ、受ける側は、何をされるのが一番嫌かが手に取るようにわかるのだ。その一番嫌な手を、躊躇いも無く打っていく。月光名人の顔が、苦悶に歪む。月光名人が苦しんでいる。後一歩で、鋼介は名人になれる。しかし、その一歩が届かない。先ほど受けに回した分、攻め駒に使える持ち駒が不足しているのだ。このままでは、攻めきることができない。あと一歩なのだ。ここは無理をしてでも、攻めに行く。鋼介は、やむを得ず、受けに回していた駒を攻めに使うべく押し上げた。だが、その隙を逃すほど、目の前の名人は甘くない。

 

「ぐっ!?」

 

鋼介が開けた僅かな穴を、的確に突いてくる。恐ろしく正確な攻め判断。精密な攻撃。針の糸に穴を通すかのような攻撃が、ほんの僅かな鋼介の隙を貫く。そして、その小さな、本当に小さな穴をこじ開けて、巨大なものへと変えていく。本当に僅かだった隙は、いつの間にか明確な隙へと変異していた。

 

「今度こそ、追い詰めましたよ」

 

「……これは、流石に厳しいな」

 

弱音を吐く鋼介。しかし、この状況では、如何(いかん)せん厳しいのも事実。投了。その二文字が鋼介の脳裏に過ぎる。ここまで、指せたのだから十分だろう。自分は、十分頑張っただろう。良い対局だったじゃないか。そう、鋼介は自身に言い聞かせた。

 

元々、ここまでこれたのは自分にとってできすぎだったのだ。A級順位戦だって、最終日にまさかの、あの神様に勝っての全勝達成。この名人戦でも、月光名人と互角以上に渡り合って、最終局までもつれ込む大熱戦。できすぎだったのだ。

 

元々、自分には負けても失う物なんて無かったのだ。ここで負けても、元の、いつも通りの日常に戻るだけだ。あの、関西の皆がいて、道場の常連さんがいて、桂香がいて、二人の弟子がいるあの日常……

 

そこまで思考して、鋼介は思わずハッとする。そうだ。弟子だ。この対局前も、いや、去年のあの名人戦の時からずっと、弟子達は自分が名人になると信じてくれていた。自分は、将来名人の弟子になるんだと二人して言い合っていたのも記憶に新しい。

 

そうだ。自分には、確かに負けて失う物は無いのかもしれない。だが、何かを失うよりも、もっと重要なことがあったのだ。負けてしまったら、愛弟子達からの期待を裏切ってしまうことになる。それは、それだけは絶対に避けたいことだった。

 

「なら、勝つしかあらへんやん」

 

そう。そうならないためにも、鋼介は、勝つしかないのだ。こんな自分に期待してくれている、幼い弟子達を悲しませない為にも。

 

「銀子、八一、お前らを、したるからな」

 

そして鋼介は、深く息を吐くと、覚悟を決めて一枚の駒を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「名人の、弟子に!」

 

鋼介が動かした駒。それは玉だった。上から攻めてきていた駒に対して、再びの顔面受けを披露してみせたのだ。鋼介は、再び囲いを放棄する選択を取ったのだ。そして、敵陣めがけて玉が駆け上がる。入玉の構えだ。

 

「そうは行きません!」

 

それを阻まんと、月光名人の猛攻が攻め寄せてくる。その猛攻を必死に潜り抜け、鋼介は敵陣を目指した。相手の攻め駒を躱し、時には奪って敵陣を目指す。しかし、月光名人はそう簡単には入玉を許してくれなかった。

 

「これで、終わりですね」

 

必至だ。鋼介に、必至がかけられてしまったのだ。次の月光名人の一手が、確実な死を自身に与えてくれる。鋼介は、それに抗うことができない。

 

「ほんまに、終わってもうたな」

 

「えぇ、本当に、良い対局でした」

 

「ほんまにええ対局やった。月光さん、おおきにな。この対局……ワシの勝ちや」

 

「……何?」

 

鋼介のその言葉に、キョトンとする月光名人。それもそうだろう。既にこの対局は、自身の必勝の形が完成しているのだ。負けるはずがない。

 

「月光さん、勝ちを確信してたんやろうけど、勝負を急ぎすぎたな。あるいは、もし、月光さんの眼が見えてる状態やったら、気づけたかもしれへんけど」

 

「……何が言いたいのですか?」

 

「ワシは、月光さんの攻撃を避けながら、月光さんの駒を数枚取ってたわけやけど……そこから、見えてくるもんは無いか?」

 

「?……ッ!?」

 

鋼介のその言葉を聞き、数秒考えると、月光名人は、思わずといった様子で、盤に張り付くほどに顔を近づけ、凝視をしていた。見えるわけも無いのに、見ざるをえなかった。自分としたことが、見落としてしまっていたのだ。自玉の詰み筋を。

 

鋼介に渡した駒は4枚。その4枚があれば、自玉は詰まされてしまう。なんということだ。自分は、なんであの駒達を鋼介に渡してしまったんだ。と考え、そこで月光名人は一つの可能性に気づく。

 

「まさか、清滝さん、これを狙って……」

 

鋼介からの返事は無い。それが、月光名人に、自身の考えが正しかったことを教えてくれる。月光名人が、鋼介に必至をかけられるルートはいくつかあった。鋼介がどのような逃げ方をしても、自身は詰ませることができる自信があった。そして、確かに自身は鋼介を必至に追い込んだのだ。その複数合ったルートの一つを辿って。そのルートの中で、この4枚の駒を鋼介に渡してしまうルートは一つだけだった。月光名人は、自身が鋼介を追い詰めているように見えて、実は鋼介に誘導されてしまっていたのだ。自身が、このルートで鋼介を必至に追い込むように。

 

「月光さんなら、正確にこの道を選んでくれるって信じとった。ワシの眼に、曇りは無かったわ」

 

そして、早速王手をかける。まずは、一枚目。持ち駒から、桂馬を手に取り、4六に打ち付ける。桂馬の懐には、聖市自身の桂馬がいて飛び込むことができない。他にも、聖市自身の駒がいて、実質動ける先は1カ所だけだった。6八に玉をずらす。

 

その玉の目の前、6七に、香車が打ち付けられる。取るわけにはいかない。香車の直ぐ後ろには、合駒として打ち付けられた歩が香車を守っている。聖市は、自玉をさらに横、7八にずらした。その頭、7七に、今度は飛車が打ち付けられる。これまた、取るわけにはいかない。その飛車を守るように、追い詰めた相手玉が控えているのだから。聖市は、さらに横、8八に、自玉を逃がす。

 

その玉を、飛車が追ってくる。再び頭である8七に打ち付けられる飛車。その姿は、反転して、龍王へと姿を変えていた。当然まだ相手玉の加護範囲内なので、取るわけにはいかない。聖市は玉を、斜め後方に移動させた。そこは、9九の地点。もう、聖市の玉に逃げ場はない。その玉の頭、9八に銀が打ち付けられる。これで、完全な詰みだ。

 

「どうや月光さん?素晴らしいやろ?ワシの子供達は」

 

桂、香、龍、銀による包囲網。その包囲網が、聖市の玉を、見事に詰ませてみせたのだ。

 

「えぇ、本当に素晴らしい。素晴らしすぎて、思わず投了するのを忘れていました。あなたの勝ちです。おめでとうございます。……()()()()

 

こうして、名人戦7番勝負は、清滝名人の誕生によって幕を閉じた。2年連続同一カードとなったこの名人戦は、人々の記憶に長く残り続けることとなる。名局揃いの7番勝負として。

 

 

 

 

 

 

 

 

「師匠!」

 

俺と銀子ちゃんは、嬉しさのあまり、対局室に駆け込み師匠に飛びついていた。本当に、本当に良かった!前生でも叶えられなかった、師匠の夢が叶って!

 

「おー、銀子、八一。おおきにな。お前達の御陰で、ワシは名人まで上り詰めることができたわ。ワシは、ワシは、名人になったんや!」

 

師匠のその心のこもった叫びを聞いて、俺と銀子ちゃんは思わず涙を流す。きっと、今頃は桂香さんも家で泣き崩れていることだろう。師匠の目にも、喜びの涙が浮かんでいる。

 

「清滝名人、今から打ち上げを行いますので、別室への移動をお願いします。お弟子さん達も、どうぞこちらへ」

 

旅館の従業員さんが俺たちを先導してくれる。それに従い、師匠を先頭に、俺と銀子ちゃんは手を繋いで着いていく。前を歩く師匠の背中は、大きかった。師匠の背中って、こんなにも大きかったのか。こんなにも、広かったのか。その背中に、俺は憧れた。あぁ、やっぱり師匠は、昔から変わらず、俺の憧れの人なんだ。それは、生まれ変わった今も変わらない。俺は、この人に憧れて、強くなったのだから。俺が目指すべき存在。目指したい存在。掛け替えのない存在。師匠は、いつだって、俺にとってそういう存在だった。きっとそれは、これから先も変わらないことだろう。銀子ちゃんとはベクトルが違う、俺に取って掛け替えのない、唯一無二の大切な人だ。これからも俺は、この背中を目指して精進し続けよう。俺は、師匠の背中を見てそう思ったのだ。これからも、努力し続けよう。少しでも、師匠の背中に追いつけるように。努力し続けよう。目標に向かって、近づけるように。これからも、努力し続けよう。その背中に静かに、俺はそう誓ったのだった。




清滝名人!おめでとうございます!
正直、師匠を名人にするかどうか凄い悩んだけど、師匠には名人になってほしいという自分の想いが勝って、名人になっていただくことにしました。
清滝名人!おめでとう!
次は……あさって投稿できるかわからないです……
最近、仕事の方が繁忙期に入ってきまして、超勤がパラダイスしている現状です。
今週も超勤エブリデイな感じなので、あさっての投稿は期待しないでください。遅くても木曜日には投稿できるように頑張りますので。
水曜か木曜ということでどうかお願いします。

八銀はジャスティス
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