この手を離さない 作:八銀はジャスティス
本来なら、この年に小学生名人になってるんですよね
その辺りに関係するかもしれないお話……なのかな?
合い言葉は、八銀はジャスティス
感動の名人戦から数日が経過した。
学校は明日から夏休み。つまり、今日で終業日を迎えた。明日からの夏休み、また、銀子ちゃんとどこかの道場に武者修行にでも行こうかな、と考えながら俺は学校から将棋会館までの道を一人歩いていた。隣に、銀子ちゃんはいない。1年生と3年生では、終業を迎える時間が違ったのだ。終業日ぐらい、学年関係無しに終業時間統一しようよと、声を大にして言いたい。そして、銀子ちゃんは俺よりも早く学校を終え、先に将棋会館に向かったのだ。今頃は、棋士室で誰かと対局でもしていることだろう。
そして俺も将棋会館に着き、中へ入る。中へ入ると、自動販売機へと一目散に向かった。喉が渇いていたというのもあるけど、待たせてしまったお詫びに、銀子ちゃんに買っていこうかと思ったからだ。俺は小銭を入れて、ペットボトルのお茶を二本購入し、取り出し口から取る。
「だーれだ♡」
お茶を自販機から取り出し、立ち上がった時だった。背後から、目を手で隠される。背後から聞こえてきたのは少女の声だった。その声は、非常に聞き覚えがあった。と言うよりも、誰かは既にわかっている。突然のことに、なんでここにいるんだ?という疑問が俺の思考を占領しているだけだ。
「もしかして、こなたのことがわからんのどす?」
「いや、万智ちゃんだってことは最初からわかってるんだよ。なんでここにいるのかなって考えてただけだから、だから泣かないで!」
そう。俺の背後に立っていたのは供御飯万智ちゃんだ。万智ちゃんが手を離してくれたので、振り返って万智ちゃんの方を見ると、目元を手で抑えて蹲っていた。やめて!こんな場所で泣かないで!変な噂立てられるから!前生もそれでかなり苦労したんだから!主にロリコン関係で!俺は、決して、ロリコンじゃ、無い!
「ほんまに、こなたのこと忘れてないどす?」
「忘れるわけないよ!確かに直接会うのは久しぶりだけど、いつもメールや電話はしてるじゃん!」
「絶対、忘れないどす?」
「忘れるわけないって!」
「じゃあ、こなたのこと愛してるって言ってほしいわぁ」
「どうしてそうなる!?」
それは全くもって別の問題だろう。何故俺が万智ちゃんにそんなこと言わなければいけないのだ。今生では、まだ銀子ちゃんにも言えてないのに。冗談でも、そういうことは言うものではない。
「おーおー、お熱いことで」
万智ちゃんの後ろから、誰かの声がする。万智ちゃんに気を取られてて、最初俺は彼女の存在に気づかなかった。彼女と会うのは、初めてだ。今生では。だけど、前生ではしょっちゅう絡んでいた仲だ。万智ちゃんと三人で、よく絡んだものだ。
「もー、お燎。からかわんといてほしいわぁ。あ、八一君にも紹介するわぁ。この子は月夜見坂燎。関東所属の女流棋士候補どす」
月夜見坂燎。前生における、俺の幼なじみの一人だ。タイトル保持者経験もある、女流の強豪。彼女と万智ちゃんとは、共に小学生名人戦で初めて出会った。ここに、歩夢を加えた4人が、前生で俺が優勝した時の小学生名人戦の決勝大会出場者だ。そこで俺は歩夢に、彼女は万智ちゃんに勝って決勝戦に残っている。そこで俺が勝ったので、彼女は準優勝だったわけだ。そして彼女は、俺が参加していない今生の、今年の小学生名人戦で、
前生における彼女との印象的なエピソードと言えば、彼女の結婚前日の話だろうか。態々、結婚前日に関西まで、俺の家までやってきたのだ。その時には既に俺は銀子ちゃんと結婚していて、一緒の家に住んでいたのだが、狙ったのか、丁度銀子ちゃんが不在で、俺が一人しか居ないときに、彼女はやってきた。丁度、彼女の結婚式に参加するため、関東に行く荷物を纏めているときだった。彼女は、翌日になれば会えるにも関わらず、態々関西までやってきたのだ。
やってきて何をしたかというと、特に何もしていない。ただ、いつも通りに和気藹々と駄弁ったぐらいだ。それで満足したのかはわからないが、彼女は直ぐに関東へと帰っていった。去り際に見せた、初めて見るような彼女の悲しそうな顔が印象的だった。その顔に込められた意味は、終ぞ俺にはわからなかった。
その後銀子ちゃんにそのことを話したら、だから以前にも言ったでしょ?一番良い人は私のものだって。とだけ言われた。やっぱり俺には、意味がわからなかった。
「お前が九頭竜八一だな?万智の憧れの棋士だって言うからどんな野郎かと思えば、案外弱っちそうだな」
「お燎、流石にこなたも怒るときは怒るでおざるよ?」
万智ちゃんが、俺の代わりに怒気をはらんだ声で燎ちゃんを咎めてくれる。俺としてはそこまで気にしてないんだけど、彼女の気持ちは有り難かった。
「そうカリカリすんなって。どうせ、実際に指せばわかるんだからよ」
「そうだね。棋士にとっては、それが一番手っ取り早いね。万智ちゃん、俺の代わりに怒ってくれてありがとう。でも、俺は気にしてないから大丈夫だよ」
「八一君……わかったどす」
「そんじゃ、道場にでも行って指そうぜ」
燎ちゃんの意見に従って、三人で道場へと向かう。道場に入り、適当な場所に座ると、早速燎ちゃんと駒を並べていく。彼女との、今生での初対局。前生において、攻める大天使の異名で呼ばれた、女流棋士屈指の攻め将棋の指し手、月夜見坂燎。その攻めセンスは、当然今生でも変わらない。対局が始まるなり序盤から激しく攻めかかってくる燎ちゃん。確かに良い攻めだ。だけど、如何せん単調すぎる。この程度の攻めならば、簡単に受けることができる。
「なるほどな。この程度じゃ楽勝ってか。そんじゃ、更にテンポ上げてくぜ!」
そう言うと、宣言通り燎ちゃんの攻めが速くなり、鋭さを増した。それでも、俺の受けを破るほどではない。敢えてこちらから攻めることをせず、燎ちゃんにばかり攻めさせて、それを受けていく俺。燎ちゃんは、自分の攻めが全く通らないのに焦り、無理をして攻め駒を増やしていく。こちらが全く攻めないことを良いことに、受けに割くべき駒を使いつぶしていく。それでも、俺の受けは破れない。
「んな!?なんなんだよその変態的な受けは!?」
「もう終わりかな?それじゃ、そろそろ攻めるよ」
その後は特に見せ場も無く、俺と燎ちゃんの今生初対局は、俺の完勝となった。対局後、呆然としている燎ちゃん。ごめん、やりすぎたかもしれない。
「嘘、だろ……?オレが、こうもあっさりと……?」
「だから言ったでおざるよ。こなたに勝てないようじゃ、八一君に勝てる訳が無いどす」
今年の小学生名人戦の
「クソ!八一!もう一回だ!次は負けねぇ!」
「お燎、次はこなたが八一君と指すでおざるよ?こなたも、八一君と指したいわぁ」
「だったら、二面指ししようか?俺はそれでも大丈夫だよ」
「オレ達相手に二面指し?はっ!おもしれー!後悔するんじゃねーぞ!」
「こなたは、八一君と二人っきりでじっくり指したかったどすが、八一君がそう言うなら大丈夫でおざるよ」
二人の許可ももらったので、俺は二面指しで二人と対局する。何気に、二面指しを行うのは今生で初めてだ。多面指しのコツは、複数を同時に相手せず、一人ずつ確実に仕留めること。俺は、受けに回って、仕留めるのに時間がかかりそうな万智ちゃんを後回しにして、激しく攻め立ててくる燎ちゃんを先に相手取る。今回は受けに回らず、敢えて乱戦に興じる。
「オレ相手に乱戦を挑んでくるとは良い度胸じゃねーか!望むところだ!」
取っては取り返しを繰り返す燎ちゃんとの対局。一方の万智ちゃんとの対局は、静かなものだった。俺は燎ちゃんとの対局に比重を傾けていて、万智ちゃんとの対局は囲いの作成を行うに留めているわけだけど、対する万智ちゃんも似たり寄ったりな進め方をしていて、全く進まない。火のように激しい燎ちゃんとの対局と、水のように静かな万智ちゃんとの対局。正に、対照的な対局となっていた。
「ちくしょう!攻めきれねー!」
そして、乱戦になりながらも攻めきれない状況に痺れを切らした燎ちゃんが、無理攻めを敢行してくる。俺は、冷静にそれを受け止め、反撃に打って出る。これで、終わりだ。そう思っていたのだけど、そう簡単にはいかないらしい。
「同じ失敗をするかよ!」
燎ちゃんは、無理攻めをしているように見せかけて、受ける準備もしていたのだ。こちらの陣地に攻めてきている大駒は、的確に自分の陣地の受けにも使える位置を保っている。金銀も、こちらの陣地を押し込みつつ、俺が攻めたいルートを確実に防いできている。無茶苦茶な攻めをしているように見えて、実は攻守のバランスが保たれている。上手い。
「なるほど。無理攻めってわけでも無かったんだね」
「さっきはそれで失敗したからな。もう、あんな真似はしねーよ!」
「流石は小学生名人戦準優勝者。だけど、これはどうかな?」
「な!?」
俺は、相手陣地のど真ん中に、角を放り込んだ。そこは、燎ちゃんの飛車がカバーしている位置でもあった。どこからどう見ても、その位置に角を動かすメリットが見えない。角のタダ捨てだ。
「な、なんだ……?」
燎ちゃんが、その手の意図が読めずに、長考に入る。万智ちゃんも気になるらしく、自身の手を進めずに、燎ちゃんの方を見つめている。
「どう考えても、タダ捨てにしか見えねー……飛車を動かしたら取られるだけだって言うのに、なんで……ん?飛車を動かす?」
どうやら、燎ちゃんは気づいたらしい。この手の意図に。
「なるほど。飛車の誘導か。危ないところだったぜ。もう少しで飛車を動かすところだった」
そう。俺の狙いは燎ちゃんの飛車をこの位置に誘導することだった。俺が最も攻めたいルートは、今燎ちゃんの金によってカバーされている。その金を排除できれば、俺の飛車で一気に燎ちゃんの陣地を制圧できる。そしてその金を更に、燎ちゃんの飛車がカバーしているのだ。そのカバーを剥がすのが、俺の目的だった。そのカバーを剥がしてしまえば、金を取ることは可能だったのだ。そうすれば、後は勝ったようなものだった。
「だが、気づいちまったからにはその手には乗らないぜ。一気に行くからな!」
そして燎ちゃんは、俺の角を放置する選択を選んだ。放置して、俺の陣地に更に攻め込んでくる。それは、一見正しい選択に見えるだろう。だが、それは大きな間違いだった。
「な!?」
数手進めると、燎ちゃんが再び驚愕を顔に現す。俺は、その角を起点に燎ちゃんの陣地を瞬時に制圧して見せたのだ。この角には、二段構えの意味があった。一つは、先に説明したとおり、飛車をおびき出す囮。そしてもう一つは、楔だ。この角を起点にして、俺は燎ちゃんの陣地を瞬時に制圧できる手があったのだ。燎ちゃんは、それに気づけなかった。飛車を誘き出すためだけだと考えたのだ。まさか、タダで渡してしまうような捨て駒に、そんな重要な役割がまだあるとは思わないだろう。要するにだ、燎ちゃんは角を取っても、放置してもダメだったのだ。陣地を制圧された燎ちゃんは、そのまま為す術も無く投了をした。これで、後は万智ちゃんだけだ。
「やっと、八一君と二人きりになれたわぁ」
万智ちゃんが嬉しそうに言う。万智ちゃんが受けに周り、一切攻めてこなかったのは、俺と二人きりでの対局にするためだったのだ。その意図は、序盤の内に察していたけど、敢えて乗っかるようにしていた。その方が、燎ちゃんとの対局に集中できるし、俺的にも都合が良かったからだ。
「それじゃ、そろそろ行くでおざるよ。八一君、ゆっくり、じっくり指そうなぁ」
「何、してるの?」
そして、俺と万智ちゃんが本格的に対局を始めようかとしていた時だった。底冷えするような、そんな声が背後から聞こえてきた。俺は、壊れたブリキ人形のように、震えながらゆっくり背後を振り返る。そこには、ジト目でこちらのことを見つめている銀子ちゃんがいた。
「銀、子ちゃん……」
「何、してるの?」
「えっと、対局を」
「何、してるの?」
「ま、万智ちゃん達と対局を……」
「何、してるの?」
「だ、だから対局を……」
「私、ずっと待ってたんだけど?」
「すいませんでした!」
怖い。今の銀子ちゃんが、凄く怖かった。そんなに待たせたことを怒っているのだろうか?待たせたことは確かに悪かったけど、そこまで怒らなくてもいいじゃないか。
「そうだ。待たせたお詫びにお茶買ってきてたんだよ。はい、銀子ちゃん」
「ありがとう。けど、それは後でいい。八一、そこ変わりなさい」
「え?でも今対局中……」
「変わりなさい」
「はい……」
俺の中で警鐘が鳴っている。今の銀子ちゃんには逆らうなと、俺の経験が教えてくれている。俺は、銀子ちゃんに対局中の席を譲った。
「ここからは私が代わりに指す。文句は?」
「はぁ、今の銀子ちゃん、何を言っても引きそうにないどすわ。銀子ちゃんとは、直接対局するのは初めてどすな。お手柔らかに頼むわぁ」
「そっちの赤髪も、暇なら纏めて相手してあげる」
「はぁ?なぁ万智、さっきからなんなんだこのガキ」
「空銀子ちゃん。八一君の姉弟子さんでおざるよ」
「八一の姉弟子?」
「そうどす。そして、こなたの仕入れた情報によると、八一君に唯一勝てる小学生らしいどす」
「はぁ!?八一に!?このガキが!?」
そう万智ちゃんに聞くと、燎ちゃんは不躾に銀子ちゃんのことを上から下まで観察し始めた。
「全くそうは見えないけどな。まぁいいぜ。おいガキ。オレに喧嘩売ったこと後悔させてやるよ」
「ぶちころすぞわれ」
そして、銀子ちゃんと万智ちゃん、燎ちゃんによる二面指しが始まった。万智ちゃんとの対局に関しては、俺が指してた引き継ぎという形だ。ただ、囲いを形成しただけなので、銀子ちゃんの対局には影響ないとは思う。だけど、その盤面は直ぐに開戦するような状態にある。燎ちゃんも、直ぐにでも仕掛けていきそうだし、多面差しの定石である各個撃破はできそうにない。だが、今の銀子ちゃんにはそんなこと関係無いらしい。なんと、燎ちゃんを50手もしない内に早指しで仕留めてしまったのだ。余りにもなできごとに呆然とする燎ちゃん。何が起こったのか、まだ状況を把握できていないらしい。
「もう終わり。終わったんだからさっさと帰れ」
「ち、ち、ちくしょー!」
燎ちゃんは、将棋会館から飛び出していってしまった。まさか、本当に今から関東に帰るつもりだろうか?ちょっと、気の毒になってしまう。そう言えば、ここにきて、俺は思い出したことが一つある。今日のこの対局のことだ。前生のこの日、確かに俺は万智ちゃんと燎ちゃんと、ここで対局をしていたのだ。そして俺は、銀子ちゃんに、桂香さんが呼んでたと聞いて、慌てて一人で帰ったのだ。結局、大したことない用事だったわけだけど。その時、何かを思い出すように考えてた桂香さんと、銀子ちゃん、貸し一つだからね、という桂香さんの呟いた声を覚えている。その意味までは、未だに不明だが。そして、これはそれから十年以上が経って初めて知ったことなのだが、どうやら俺が帰った後、万智ちゃんと燎ちゃんは、銀子ちゃんと二面指しをしていたらしい。結果は、両対局とも銀子ちゃんが勝ったらしい。供御飯さんが、酒の席で教えてくれた。あの時の銀子ちゃん、震えるほど怖かったわぁ、と。そして今生の銀子ちゃんと万智ちゃんの対局なのだが、これまたあっさりと終わってしまった。
「負けました。銀子ちゃん、ほんま強いわぁ」
銀子ちゃんの圧勝だった。やっぱり、銀子ちゃんは強い。俺を抜きにしたら、今の小学生で相手になるのは歩夢ぐらいじゃないだろうか?本当に強い。
「八一君、こなた、負けて悔しいわぁ。こなたのこと、慰めて欲しいどす」
「そんなこと、許すわけないじゃない!ぶちころすぞわれ」
「痛い痛い痛い!だからいつもいつも俺の腕を引っ張らないで!」
そして、いつものように俺の腕を使った綱引きが始まるのだった。将棋が弱くなっちゃう!本当に、この二人は仲が良いのか悪いのかわからない。出会えば毎回、こうやって俺を使った綱引きが始まる。今回も、例に漏れなかったようだ。まぁ、二人がそれで楽しいなら、それはそれで良いかな?なんて、優しいことを考えてる余裕なんて無い。腕の感覚が無くなってきた。本当に、誰かこの二人を止めてください。俺は心から、切実に願うのだった。誰か、助けてください。
おとといー、執筆しながらー寝落ちしてたやつはー、どこのどいつだい?
あたしだよ!(ネタが古い
御陰で、昨日の投稿間に合いませんでした
申し訳無い
次の投稿はあさってで大丈夫なはず
たぶん
八銀はジャスティス