この手を離さない 作:八銀はジャスティス
ハロウィン特別編が無事に完成しましたので、投稿を再開致します
ゲーム版りゅうおうのおしごと!の発売延期が決まって、ショックを隠しきれないです……
たかが一ヶ月、されど一ヶ月
早く、銀子ちゃんと将棋が指したい
合い言葉は、八銀はジャスティス
12月上旬。
この日、俺は銀子ちゃん、そして師匠と一緒にとある将棋道場を訪れていた。訪れた理由は将棋を指すため、というのはもちろんのことだが、今日は人と会う約束をしていたのだ。
「お待たせしてすいません!今日は招待頂きありがとうございます!」
夜叉神天祐アマ名人。それが今日会う約束をしていた人物だ。俺が、前生でこの人に会ったのは一度きりだった。名人対アマ名人の記念対局に記録係として参加した際の一度だけ。それ以降は、会う機会が訪れることは永久に無かったのだ。その数年後に、彼は故人になってしまったのだから。今生では、可能ならばその未来を回避したいと考えている。天祐さん、そして共に亡くなってしまった奥さんのためというのは勿論ある。だけどそれ以上に、俺は一人の少女のために、有るべき未来を変えたいと思っている。今生では、彼女に寂しい思いをして欲しくないから。
「急に誘ってすまんな。天祐君」
「いえいえ!まさか清滝名人に研究会にお誘いいただけるなんて、光栄ですね!」
今日天祐さんを誘ったのは、研究会を行うためでもある。前生では、マトモに天祐さんと将棋を語り合う機会は訪れなかった。今生では、幾度も機会を設けたいものだ。因みに、前生ではこの年の名人は月光さんだったため、月光さんと天祐さんが記念対局を行ったが、今生では師匠が悲願を達成したために、師匠と天祐さんが記念対局を行っている。結果は、師匠の辛勝。棋譜を後から見せて貰ったけど、本当に最後まで、どちらに転んでもおかしくない接戦だった。その対局を機に、師匠と天祐さんは意気投合し、度々連絡も取り合っていたらしい。それを知った俺が師匠にお願いして、今日の研究会へと繋がったのだ。
「それに、こうやって噂の天才少年君にもお目通りできたわけですし、僕としても本当に有り難い話です!」
「そう言ってもらえると助かるわ。知ってると思うけど、紹介するわ。1番弟子の空銀子と、2番弟子の九頭竜八一や」
「空、銀子です」
「九頭竜八一です!よろしくお願いします!」
師匠に紹介され、自己紹介をする。俺は、まぁ、既に棋界どころか世間でも色々と有名になってしまっている。相矢倉殺しシリーズを切欠に、メディアがこぞって矢倉殺しについての情報を流し始めたのだ。矢倉殺しを世に送り出したのが、当時幼稚園児だった俺であることも含めて。俺は天才小学生としてテレビ等の取材も度々受けるようになっていた。そして、それを後押しするようなニュースが先月あった。
「アマチュア名人の夜叉神天祐です。九頭竜君、奨励会入品おめでとう!」
そう。俺の奨励会入品、つまり奨励会初段になったのだ。史上最年少での奨励会入品。遂に、小学生プロ棋士というものが世間の皆様にとっても現実味を帯びてきたのだ。尤も、俺としてはむしろ時間がかかりすぎたと思っているが。予想以上に、ここまで苦戦してしまった。粘りに粘る相手に、一日3局の連戦。小学生低学年の俺には、体力的にも辛かった。集中を切らせて、負けることも屡々。思うように連勝ができない日々。だけど、コツコツと、少しずつ勝ち星を先行させていって、遂に先月、ここまで到達することができた。だけど、本当の闘いはここからだ。
今までは、例会日に一日3局行っていた対局が、ここからは一日2局に減るとはいえ、その分1局1局の濃度が格段に上がる。昇段条件も厳しくなり、辛い闘いになることは間違いないだろう。
「夜叉神さん、ありがとうございます!」
「実はな、今日天祐君と研究会がしたい言い出したんは八一なんや」
「九頭竜君が?」
「是非、天祐さんと話し合いたい戦法がありまして」
それは、前生の頃では叶えられなかった願い。俺は前生において、天祐さんが研究していた戦法を、形を変えて用いたことがある。と言っても、俺の武器にするために用いたわけではない。まぁ、実際にはその戦法を何度か用いて勝利していたので、その言い方も語弊があるかもしれないが。だが、自分のメイン武器にしていたわけではない。その戦法は、弟子に贈るために用いたのだ。
俺としても、その戦法は実に俺の棋風に合っていたため、何度か使用させて頂いた。その経験もあり、是非この戦法について、発案者の天祐さんと語り合いたいと、ずっと思っていた。その願いが、こうして2度目の生を受けて叶ったわけだ。
「話し合いたい戦法?どの戦法かな?」
「4二銀型の角交換向かい飛車」
「ッ!」
角交換四間飛車という戦法がある。その戦法は、アマチュア棋士の間で流行っていたのだが、プロ棋界ではB級戦法だとずっと言われ続けてきた。だが、振り飛車党総裁、生石充さんを中心に、振り飛車党の若手棋士がその戦法を評価し、プロでも流行することとなった。それと似ているのだ。4二銀型の角交換向かい飛車は、別にアマチュアで流行していたわけでもない。研究していたのは天祐さんぐらいだ。そして、天祐さん自身も、この戦法で結果を出せていたわけでもない。だからだろうか。この戦法は、誰にも見向きされることもなく、ずっと膨大な棋譜の海の中に眠っていたのだ。それを、俺が拾い上げた。尤も、俺一人の力じゃ拾い上げることはできなかったので、鏡洲さんに協力してもらったが。
「4二銀型の角交換向かい飛車か。まさか、その戦法の名前をこの場で聞くとは思ってもいなかったな」
「振り飛車か。生石君が好きそうな戦法やな」
「確かに、僕はこの戦法をずっと研究していた。だけど、思うような結果を挙げられなかったんだよね」
「結果は知っています。夜叉神さんの過去の棋譜を見て、この戦法の存在を知り、面白いなと思いました。それで、俺なりに、俺に合うように形を変えてみたんです」
「形を?」
「はい。まずはそれを見て頂けませんか?」
俺は、そう言うと盤に駒を並べ始めた。天祐さんも、俺に続いて駒を並べていく。実際に対局をしながら披露しようということだ。
「4二銀型の角交換向かい飛車の形を変えた戦法って、まさか……」
「銀子ちゃん、それ以上は内緒だよ」
銀子ちゃんとの日課では、既にこの戦法は披露したことがある。けど、それ以外の場では未だにお披露目したことがない。銀子ちゃん以外に見せるのは、これが初めてとなる。先手は天祐さんだ。まずは至って普通に角道を開けてきた。俺も、同様に角道を開ける。そして続いて天祐さんは、ど真ん中5筋の歩を突いてきた。ここも俺は、合わせて5筋の歩を進める。そして天祐さんは、そのまま飛車を5筋に振り、ゴキゲン中飛車に持っていった。そしてここで俺が次に指した手。その手に天祐さんと師匠が驚きの声を上げることになる。
「な!?このタイミングで飛車を3筋に!?」
「そ、そんな戦法、見たこともないで……」
一見、中飛車を指そうと思って、うっかり3筋まで通り越してしまったかのような一手。十万局を超える公式戦の記録においても、前例が存在しない戦法。前生でも、この戦法に名前を付ける際、色々な意見が飛び交った物だ。歩夢なんか、勝手にドラゴニック・オーバーロードなんて名前を付けてやがった。なんでも、中飛車に向かう道を通り越して3筋に向かう戦法なので、オーバーロードという名前にしたらしい。不覚にも、それを聞いて良いネーミングだと思ってしまった。そしてこれは後から知った話だが、なんでも歩夢が良くやってるヴ○ンガードというカードゲームに同名のカードがあるらしい。つまり、歩夢の奴は既存のカード名を技名に付けただけだったのだ。歩夢のネーミングセンス良いかもしれないなんて一瞬でも考えてしまった俺の感動を返せ。
それはともかく実際に、矢倉殺しがデッドエンド・ドラゴンテイルだと世間に広まったように、この戦法も、ドラゴニック・オーバーロードだと世間に広まってしまったわけだが。歩夢のやつ、無駄に世間への発信力が高いから困る。まぁ、世間にその名前が広まったとはいえ、俺は頑なにゴキゲン三間飛車という名前を使用していたが。因みに、俺がこの戦法を贈った少女は、自身も使う戦法にそんな名前が付けられてしまったことに、俺への怒りを爆発させていたのだった。俺は悪くない。断じて悪くない。
「なるほど。名前を付けるなら、ゴキゲン三間飛車と言ったところかな。その発想は、流石に無かったかな」
「こんな発想普通は誰もせーへんで……八一の頭がおかしいだけや」
「おかしいのは頭だけじゃ無いでしょ」
「師匠、銀子ちゃん、流石に俺も傷つきますよ」
俺の家族が、めちゃくちゃ言ってくれてる。誰の頭がおかしいって言うんだ。俺の頭は至って正常だぞ。銀子ちゃん、他にどこが悪いって言うんだよ。何もおかしいとこなんてないだろ。俺は、至って普通の、小学3年生ですよ?
「面白いね。本当に面白いよ九頭竜君!次は、どんな手を見せてくれるんだい?」
そう言って、天祐さんが中筋の歩を更に進める。俺は、中筋を牽制する意味も込めて、4二銀と指す。それを気にせず、天祐さんはまた更に歩を勧めて、俺の歩を取ってくる。それを確認して、俺は角の交換を行う。これで、4二銀型の角交換三間飛車の完成だ。
「なるほど。これが君なりの形というわけか」
「えぇ。俺には、この形が合ってると思いまして。変化が多くて大変ですけど、面白いですよ。夜叉神さんもどうです?」
「ははは、僕には到底指せそうにないかな。流石、噂の天才少年君だね。本当に面白い!」
そしてその後は、攻める夜叉神さんと受ける俺という構図で対局が進んでいく。とは言っても、別に俺が押されているわけではない。夜叉神さんに攻めさせているのだ。それを、冷静に受けてカウンターチャンスを狙う。攻めても攻めても、攻めきれずに焦り始める夜叉神さん。その焦りが、ミスを生み出す。
「なっ!?」
そのミスを見逃さず、俺は温存してあった角を盤上に打ち付ける。王手飛車だ。夜叉神さんの焦りが生んだ、痛恨のミスだ。攻めきれずに焦るあまり、夜叉神さんは、飛車による特攻を敢行した。その特攻が、俺に王手飛車をかけさせるミスを生んでしまったのだ。普段なら、絶対にありえないようなミス。焦りとは、時にそのような結果を生み出してしまう。
「うーん、これは流石に厳しいかな。負けました」
そして、その直後に夜叉神さんは投了をした。まだ、いくらでも挽回はできただろう。だけど、この対局はあくまで俺のゴキゲン三間飛車のお披露目目的でしかない。そこまで、真剣に指す必要も無いのだ。キリのいいところだったので、対局を打ち切るために投了という形を取っただけだ。
「ほんま、どうやったらこんな戦法思いつくんや。いっぺん、八一の頭ん中覗いてみたいわ」
「きっと碌な物が詰まってないから、やめといた方が良いと思うよ」
「それどういう意味!?」
なんでか、今日の俺の家族は辛辣な気がする。銀子ちゃんは俺の頭の中に、一体何が詰まってると思ってるんだ。一度聞いてみたいが、やめておこう。碌な答えが返ってこないだろうから。
「いやー、楽しかった!本当に面白い戦法だね!」
「でしょ?この戦法を、天祐さんと研究したいと思ってたんです」
「なるほど、それはまた面白そうだ!そうだ九頭竜君!良かったら明日、我が家に来てくれないかい?うん、是非来てほしい!」
「え?」
急な誘いに、俺は戸惑う。天祐さんの家。そこにはきっと、彼女がいる。早い。前生での出会いに対して、あまりにも出会うのが早すぎる。その早すぎる出会いが俺に、彼女にもたらす変化についてどうしても考えてしまう。それが、良い方向への変化なら問題無いのだが、それがわからない。だからこそ、会うのが怖い。
「あー、ワシは明日対局があるんや。天祐君、すまんな」
「いえいえ、急にお誘いした俺が悪いんですから、気にしないでください!それで、九頭竜君と空さんはどうかな?」
「……銀子ちゃん、どうする?」
「私は、八一が行くなら……」
「そっか……わかりました。行きます」
会うのは確かに怖い。だけど、それ以上に俺は、彼女に会いたいとも思っていた。結局の所、出会いがもたらす変化なんて、起こるかどうかすらもわからないのだ。それなら、気にするだけ無駄だろう。
「本当かい?ありがとう!娘もきっと喜ぶよ!」
今はただ、彼女との再会を喜ぼう。俺の、かつての愛弟子の一人だ。そうだ。明日のためにプレゼントも用意しておかないと。明日は、彼女にとって特別な日でもあるのだから。俺は、プレゼントは何がいいかな、と考えつつ、その後も4人で最新戦術の研究を突き詰めていくのだった。これはそんな何気ない、12月9日の出来事だった。
次話への導入的なお話
次回、遂に彼女が登場!
まぁ、その前に特別編投稿しますけどね
実は、ハロウィン特別編自体は土日の間に完成してたんですよね
ですが、どうも仕事が忙しく、平日中々執筆できずに投稿が遅れてしまいました
これから年末にかけて、自分の勤め先は繁忙期に入ります
その関係で、平日の投稿は減るかもしれません
なるべく隔日投稿は目指しますが、無理な場合は最低平日1話、土日1話の週2話投稿に切り替えますのでご了承ください
明日はハロウィンです
予定通り特別編をこの後、日付が変わったタイミングで投稿しますね
八銀はジャスティス