この手を離さない 作:八銀はジャスティス
合い言葉は、八銀はジャスティス
八月になった。お盆も近づいてきたこの時期、清滝家は来客を迎えていた。
「また是非とも、矢倉をご教授ください!」
「おう!神鍋君は見所があるからな。またワシの最新研究を披露したるわ!」
「有り難き幸せ!」
歩夢だ。まぁ、そんなに珍しい来客でも無い。歩夢は頻繁にってほどでも無いが、暇を見ては関東から態々遊びにきてくれていた。離れていても、連絡は毎日取り合ってるし、ネット対局も毎日のように行っている。直接会うのは冬以来だが、そこまで久しぶりという感じはしない。
歩夢は今回、次の例会まで清滝家に泊まっていくらしい。次の例会が行われるのは盆だ。その日は、銀子ちゃんの奨励会入会試験の日でもある。歩夢はその結果を見届けたがっていたが、流石に例会をサボるわけにはいかない。残念ながら、それまでに関東に帰ることになっている。
「神鍋君。今から教えてあげたいねんけど、これからワシは予定があってな、会館に顔出さなあかんのや。また、明日でええか?」
「勿論です。よろしくお願いします」
「よっしゃ、任しとき。ほな銀子、八一、留守番頼んだで」
そう言い残して、師匠は家を出て行った。因みに、桂香さんは今日研修会仲間との研究会に行っている。歩夢が来ると知って、残りたがっていたが、そちらを優先するようになんとか言いくるめた。最近、歩夢を見る桂香さんの目が怖くなってきてるような気がするんだけど、気のせいだろうか?
「我らだけとなったな」
大人二人が家を出て行ったため、今この家には子供3人だけが残る形となった。子供3人寄れば、やることは決まっている。将棋だ。今日は師匠もいないため、マグネット式の将棋盤では無く、師匠ご自慢の7寸盤を拝借している。勿論、師匠に使用許可は取ってある。傷を付けないことを条件に。銀子ちゃんが、師匠の居ない間に油性マジックでラクガキを盤にしようとしてたけど、全力で阻止しておいた。復讐の手口が
「さて改めて、空さん、小学生名人獲得おめでとう」
「うん、ありがとう」
盤に向かって座っていた歩夢が、姿勢を改めて銀子ちゃんに告げる。銀子ちゃんには優勝した当日に電話で伝えていたのだけれど、直接伝えるのはこれが初めてとなる。
「これは、我からの祝いの品だ」
「そんな、気にしなくていいのに」
「そちらこそ気にすることは無い。通り道で買ってきただけだ。元々、土産は用意するつもりだったのでな。土産の変わりだとでも思ってくれたらいい」
「まぁ、そこまで言うなら……」
銀子ちゃんが歩夢から祝いの品を受け取る。中を確認すると、入っていたのはチーズケーキだった。綺麗な黄金色をしたチーズケーキだった。その甘美なフォルムに、銀子ちゃんの眼が奪われ、キラキラと輝く。銀子ちゃんは、甘い物に目が無いのだ。歩夢の贈り物は、銀子ちゃんにとってストライクゾーンど真ん中を射貫いていったことだろう。歩夢め、やりやがる……
「さて、八一」
そして、歩夢が今度は盤を挟んだ対面に座る俺に向き直る。その目は、真剣な眼差しで俺のことを捉えていた。
「奨励会二段昇段、おめでとう」
そう。俺は前回行われた例会の結果で、二段への昇段が決まった。マスコミにも騒がれ、世間からの注目度もより一層に高くなった。小学生プロ棋士誕生の瞬間が刻一刻と迫っていると思われてるのだ。実際には、そんな簡単なことでも無いのに、ここまで来たならなって当然だと思われてる。おそらく、これで小学生プロ棋士になれなかったら、例え中学生プロ棋士になったとしても、あいつは期待外れだったと世間様に思われることだろう。全く、自分勝手なことだ。まぁ、俺は実際になるからそんなこと言われる心配も無いが。
とは言っても、なれる保証があるわけでもない。まず三段に上がるのも大変なのに、その後は地獄の三段リーグが待っている。それを、俺の目標通りに行くなら、来年4月開始の三段リーグに参加し、一期抜けを達成しないといけないのだ。それで初めて、小学生竜王の可能性が見えてくる。どこまでも、厳しい条件ばかりが付きまとう。
「ありがとう、歩夢」
「正直に言うと、先を越されたことが悔しい。我も直ぐに追いつくから、待っていることだな」
歩夢は現在、奨励会初段だ。戦績的にも、二段に上がるのは時間の問題だろう。このままの調子で行くと、歩夢とは三段リーグの同期として挑戦することができるはずだ。そこでもしお互い一期抜けをすれば、小学生プロ棋士と中学生プロ棋士が同時に誕生することになる。これは、また世間に騒がれるな。
「これが我からの祝いの品だ。有り難く受け取るがいい」
「なんで軽く上からなんだよ」
言い方が少し気になりつつも、歩夢からの贈り物を受け取る。ってなんだこれ?雑誌?それはどうやら、とある将棋雑誌だった。しかも新品ですらない。何度も読み返されたような跡が残っている。これが、祝いの品?
「歩夢、これどういうこと?」
「フハハハハハ!このページを見るがいい!」
そう言って、俺の手から雑誌を奪い取ると、歩夢は慣れた様子でとあるページを開いて見せた。おそらく、何度もそのページを開いたことがあるのだろう。そのページには、とある奨励会員へのインタビューが掲載されていた。
「って、これ歩夢へのインタビュー記事じゃん」
そう。その奨励会員とは歩夢だ。そういえば、俺も以前この雑誌編集部から、将来有望な奨励会員へのインタビュー取材を行っていると言われて、受けたことがある。どうやら、歩夢も同じ取材を受けていたらしい。その雑誌は2月発売のものだった。その記事のとある部分を、歩夢は指差していた。何々?
「神鍋君は、普段意識しているライバルとかはいるかな?」
「そうですね。今現在ライバルと意識しているのは、二人います」
「ほう、二人かい?一人は、おそらく九頭竜八一君かな?」
「無論です」
「そうだよね。二人のライバル関係は有名だもんね。それじゃ、もう一人は?」
「空銀子さんです」
「空銀子さん?初めて聞く名前だね。名前からして女の子だ。紹介してもらってもいいかな?」
「彼女は、八一と同じ清滝名人門下です。年は八一より二つ下ですが、姉弟子という立場にあります。そして、彼女の将棋は強い。あの清滝名人と八一に鍛えられているわけですから当然ですが、強い。これを言えば、彼女の強さがわかるでしょう。彼女は、九頭竜八一に唯一勝てる小学生です。我ですらまだ勝利したことの無い、八一に」
「ッ!?それは、恐ろしい子だね。これは、将来的にも要注目かな」
「彼女は現在小学生名人戦に参加しています。嫌でも、注目の的になることでしょう」
「なるほど。これは、小学生の皆は警戒が必要だね」
なるほど。あぁ、そういうことか。おかしいと思ったんだ。大阪予選では何も警戒されていなかった銀子ちゃんが、関西予選では過剰なまでに警戒されていたのが。なるほど。二つの予選の間に、こんな雑誌が出ていたのか。なるほど。理解した。要するにだ。
「全部てめぇのせいじゃねえかぁ!?」
そういうことだ。歩夢が余計な事をペラペラしゃべったせいで、銀子ちゃんは必要以上に警戒されて、必要以上に苦しんだのだ。そう考えると、なんだか怒りが湧いてきたぞ。歩夢きゅん、なんてことしてくれてるの?
「フッ、初めてのインタビュー取材だったもので、舞い上がってしまってな。つい色々と口が乗ってしまった。すまなかった」
「すまなかったって、銀子ちゃんがどれだけ苦しんだと思って」
「八一、あのことならもういいよ。今となっては、良い経験ができたと思うし。奨励会に入ったら、あんな経験がきっと続くでしょ?その予行練習ができたと思えば、歩夢君には逆に感謝したいぐらいよ」
「そう言ってくれるのか?本当にすまなかった。後から関西予選の話を八一から聞いて、後悔していたのだ。軽はずみな言動だった。すまない」
「銀子ちゃんがそう言うなら、俺もいいけど、本当に気をつけてよ」
「あぁ、すまなかった」
とは言っても、歩夢が答えたことも間違っているわけではないので、一概に歩夢を責めれる問題でも無い。だから、銀子ちゃんが許すなら、俺も特に何も言うつもりはない。ただ、気になることは他にある。
「で、これのどこが祝いの品なの?」
歩夢は、この雑誌を祝いの品だと言って渡してきた。どこからどう見ても、そんな貴重な雑誌には見えない。これのどこが、祝いの品なんだ?
「フハハハハハ!その続きを読んでみるがよい!」
俺は、歩夢に促され、渋々続きを読んでみることにした。
「それじゃ次に、歩夢君から見た九頭竜君のことを教えてもらえるかな?」
「八一は、我が知る限り、最強の小学生です。現在のでは無く、全ての棋士の小学生時代と比較しても、八一ほど強い小学生はいなかった。あの神様や月光先生でさえ、小学生時代なら八一に勝つことは無理だったでしょう」
「なるほど。確かにそうかもしれないね。彼の実力は、小学生の枠を超えているかもしれないね」
「確実に超えています。このまま八一が成長し続ければ、間違いなく誰も八一には勝てなくなる。いずれは、この棋界を制覇することになるでしょう。まさに、棋界の覇王になるわけです」
「覇王、言い得て妙だね。確かに今の九頭竜君を見ていると、そうなってもおかしくなさそうだ。ではそうなったら、神鍋君はどうするのかな?」
「わかりません。我は騎士として、覇王に仕えることになるのか、反旗を翻して反乱軍に参加するのか。今はまだ、想像することもできません」
「なるほど。これからも、覇王様と騎士様の活躍からは目が離せないね」
なるほど。よくわかった。覇王様か。へー覇王様ね。あれー?どこかで聞いたことがあるな-。そういえば、関西予選で小学生達がそんなことを言っていた気がするなー。よく見れば、雑誌の表紙にもインタビュー記事の見出しとして、『騎士、神鍋歩夢と覇王、九頭竜八一、棋界の未来予想』なんて書かれてるし。なるほどね。歩夢が言いたいことはわかった。つまりだ。
「フハハハハハハ!喜べ!我からの祝いの品は素晴らしき二つ名だ!」
「そんなもんいらんわ!しかも、この雑誌出たの昇段よりもずっと前じゃねーか!」
と、いうわけだ。何が嬉しくてこんな二つ名もらわないといけないんだよ。それとおい、そこの銀髪幼女。背中向けてヒクヒク震えてないで、こっち向きなさい。別に笑ってるのを怒らないから、こっち向きなさい。
「い、いいじゃない、覇王様、か、カッコよくて」
「カッコいいと思うならどうして笑ってるのかな!?」
「わ、笑ってないし」
「じゃあちょっとこっち向いてみようか!?」
「ご、ごめん、い、今スッピンだからNG」
「どこでそんな言葉覚えた!?しかも普段からずっとスッピンだろうが!?」
まだ化粧する年齢でもないだろ!スッピンがNGなんて言う小学生低学年がいて堪るか!
「では、気を取り直して対局といこうではないか」
「誰のせいでこうなったと思ってるんだ!?」
全部何もかもお前のせいだよ!……フッフッフ、いいさ。歩夢がそのつもりならいいさ。今日の俺は、手加減できそうにないな。その後、俺は歩夢と銀子ちゃんと只管将棋を指した。それはもう、一方的な内容だったとだけ言っておく。その日、清滝家からは、子供の悲鳴じみた声が絶えなかった。歩夢と銀子ちゃんの、悲鳴じみた声が。それを聞いた近所の方が警察に通報し、連盟から帰ってきたばっかの師匠が幼児虐待の容疑で事情聴取を受けることになってしまったことを報告しておく。ごめんなさい師匠。
単なるコメディ回
本当は次話とセットの話だったけど、思いつきによる諸事情で分割しました
次もあさって投稿できるといいな
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八銀はジャスティス