この手を離さない 作:八銀はジャスティス
あの原作キャラが、満を持して登場
合い言葉は、八銀はジャスティス
銀子ちゃんの奨励会入会試験まで数日と迫ったとある日、俺と銀子ちゃん、そして歩夢はとある場所にやってきていた。
「これが大阪の街並みか。素晴らしいではないか!」
通天閣。大阪のシンボルとも言える展望塔だ。東京タワーほどの高さはないが、大阪人からはこよなく愛されている建築物だ。この日俺たちは、歩夢が明日東京に帰るということで、目的のついでに大阪観光をしていた。
「東京とは違うが、大阪も立派な都会だな」
「当然だよ。今でこそ神奈川に抜かれちゃったけど、5年前までは東京に次ぐ人口を誇ってた、日本第2の都市だったんだから」
2006年の統計で神奈川に抜かれてしまったが、それまでは、ずっと大阪府が人口数2位をキープしていた。日本第2の首都と言っても過言では無かったのだ。福井?そんなの聞かないでくれ。
「八一、そろそろ」
「うん、そうだね。歩夢、そろそろ目的地に向かうよ」
「うむ。承知した」
そして俺たちは、通天閣を離れて今日の目的地を目指す。途中でたこ焼きを買い食いしたりと、大阪らしい寄り道をしながら、着いた場所はジャンジャン横丁と呼ばれるアーケードエリアだ。通天閣の足下に広がるこの界隈は通称、新世界と呼ばれる、大阪でも最もディープな地域だとされている。そして、ここ新世界には、数年前まで西日本最大の将棋道場があった。日本全国から、腕に自信がある強豪達が集まり、日々己の棋力を磨いていたのだ。今でも、その名残はこの場所に残っている。俺たちが辿り着いたのは、双玉クラブという名の将棋道場だった。前生でも訪れたことのあるこの道場。中は、前生で訪れた時よりも賑わっていた。おそらく、件の道場が潰れてから、前生の頃よりも日が浅いからだろう。まだ、当時の名残が強く残っているようだ。
「よっしゃ!これでワシの勝ちやな!」
「かーっ!負けた!」
「やっぱりあんた強えーな!これで何連勝だよ?」
「そんなん一々覚えてへんわ。さぁ!次にワシの相手をしてくれる奴はおらへんか?」
賑わう店内。その中でも、一際観客が
「さぁさぁ、誰でもええから、ワシの相手してくれや!」
「お、おいお前行けよ」
「無理だ。俺じゃ勝てねーよ」
誰も、パンサーに対局を挑もうとしない。どうやら、道場内のお客さんは皆、自分じゃパンサーには勝てないと考えているらしい。パンサーは、どうやらこの道場内でもトップクラスの実力者らしい。
「私が相手よ」
そして、そんな猛者に挑む者が現れた。銀子ちゃんだ。さっきから大人しいなと思ってたら、どうやら真剣に用いるタバコを作っていたらしい。その数は、パンサーが所持している物と同程度だろう。相手に釣り合う数を用意したようだ。銀子ちゃんの気合が見て取れる。実は、今日この道場を訪れたのは銀子ちゃんの修行のためなのだ。昔から行っている武者修行の一環で、この道場にやってきた。そして今日は、数日後に控えた銀子ちゃんの奨励会入会試験へ向けた最後の特訓という目的もある。つまり、最初から銀子ちゃんが対局を行うのは既定路線だったのだ。
「なんだ?ガキじゃないか」
「ガキがこいつの相手になるわけないだろ」
「……お嬢ちゃん、見覚えがあるな。確か、この前の小学生名人戦の優勝者やったな」
意外にも、パンサーは銀子ちゃんのことを知っていたらしい。中々の情報通だったようだ。まぁ、世間でも相当騒がれていたので、将棋を嗜んでいるなら知ってて当然かもしれないが。
「ええで。中々おもろそうや。お嬢ちゃん、真剣の経験はあるか?」
「当然」
「なら話が早いわ。お嬢ちゃん、何本賭ける?」
「一々箱から出すのが面倒くさいわ。ケースごと賭けてあげる」
やだイケメン。銀子ちゃんはそう言って、ケースの中身をパンサーに見せつけるように、机の上にドンッ、と勢いよく置いた。
「はっ、おもろいやないか。よっしゃ、ワシもケースごと賭けたるわ。後悔するんやないで?」
「そっちこそ、負けた後の言い訳でも、今の内に考えといたら?」
「……ええやろ。そこまで言うなら、本気で叩きつぶしたるわ」
銀子ちゃんの挑発に、パンサーの目の色が変わった。どうやら、最初から本気で銀子ちゃんを潰しにくるつもりらしい。これは、序盤から目が離せない展開になりそうだ。
「お、おい八一」
「ん?歩夢どうしたの?」
「さっきからずっと気になっているのだが、あの生き物の性別はオスなのか?それともメスなのか?」
「せめて、男か女で言ってあげてよ。俺もわからないなー」
本当は知っているが、今は黙っておく。その内わかるかもしれないし、判明したときの歩夢の反応が楽しみだ。そして、対局はパンサーの先手で始まった。互いに角道を開く、スタンダードな初手。王道を行く初手の展開。だが、パンサーの二手目で、直ぐに王道からは外れた展開へと変化を見せていった。
「おっと」
「な!?」
パンサーが態とらしいアクションで、間違えましたと言わんばかりに8六歩と指す。8六歩、つまり角頭上の歩だ。その手を見て、歩夢が驚き声を上げる。
「か、角頭歩だと!?」
角頭歩。振り飛車で用いられる奇襲戦法だ。一見何のメリットもないこの一手。だがこの戦法が、ハマると強い。前生でも、天衣はこのパンサーとの対局から角頭歩戦法を学び取り、自身のエース戦法にまで昇華させて見せた。さて銀子ちゃんは、この戦法に対してどう対応するのか?と考えていると、銀子ちゃんは然程考慮するまでもなく、冷静に4四歩と打ち、角道を再び閉じて見せた。角交換拒否だ。
「なんや、連れへんな」
それを確認して、パンサーは7八飛と動かす。三間飛車の構えだ。本当は向かい飛車にしたかったのだろうが、銀子ちゃんの動きを見て三間飛車に移行したようだ。冷静な判断だ。そしてそれを確認して、銀子ちゃんは自陣の駒組みを進めていく。どうやら、このまま矢倉に持っていくらしい。冷静に、持久戦に構えるつもりらしい。パンサーも当然その動きを察して、果敢に駒組みを妨害しようとするが、如何せん、銀子ちゃんの対応が上手い。冷静にパンサーの妨害を躱しつつ、自陣の駒組みを進めていく。しばらくすれば、綺麗な矢倉囲いが銀子ちゃん玉を囲んでいた。
「綺麗な将棋やな。ワシには到底真似できんわ。しっかしこうなるとキツいなー。キツいわー。キツいけど、まだまだこっからやで」
「な!?」
パンサーの放った手に、歩夢が思わず声を漏らす。大胆な手だった。しかし、その大胆な手が、実に有効的だった。
「角と銀を捨てて、龍を作るか」
パンサーは、左翼を食い破る。角と銀、2枚の大きな損失はあったが、その甲斐もあって左翼は龍が蹂躙し、制圧して見せた。銀子ちゃんの飛車も、同じく龍になろうと試みているが、パンサーの右翼が予想以上に固く、上手くいかない。対するパンサーも、作った龍を軸に、銀子ちゃんの矢倉を横から突破しようと試みているが、これもまた銀子ちゃんの受けが固く、思うほどの結果をあげることができていない。お互いに攻めきることができない展開が続いていた。だが、その膠着も長くは続かなかった。
「やるやないかお嬢ちゃん、新世界の女豹と呼ばれるこのワシ相手に、ここまで指せるなんてな」
「女ぁ!?」
歩夢が思わず声を荒げる。衝撃的なカミングアウトがこのタイミングで行われたのだ。その衝撃は、銀子ちゃんにも確かに響いていた。
「あっ」
それまで静かに指していた銀子ちゃんから、思わず声が漏れる。大悪手だった。銀子ちゃんらしくない大悪手だった。なんと、桂馬の存在を失念して、飛車をタダで取られてしまったのだ。よほど、先ほどのパンサーの発言が衝撃的だったのだろう。これで、形勢は一気にパンサーへと傾いてしまった。パンサーは、手に入れた飛車を、間髪入れずに銀子ちゃん陣奥深くに投入する。直ぐさま龍へと変化させ、これで二枚の龍が銀子ちゃん玉を横から狙っている形が完成した。パンサーは、ここから一気に勝負を終わらせるつもりのようだ。銀子ちゃん陣を崩す初手として、銀を盤面に打ち付ける。その銀が、金を死角となる斜め下から狙っている。ここが、勝負の分岐路となるだろう。ここの、銀子ちゃんの次の手が、この対局の結果を決めると言っても過言ではない。ジックリと、時間をかけて銀子ちゃんは、次の一手を考える。しばらくして、銀子ちゃんが次の一手を指した。それは、実に衝撃的な一手だった。
「か、角を捨てた!?」
銀子ちゃんは、銀の横にピッタリと引っ付くように、手駒の角を打ち付けたのだ。確かに銀からは取られない位置。しかし、銀が金を取ったところで、カバーできない。唯一、飛車が攻め込んでくる際の壁になっているぐらいの役目でしかない。そもそも、そもそもな話だ。壁になってるという表現も正しい表現とは言えないのだ。その角を打ち付けた位置、そこはそもそも、龍によって取られる位置なのだから。
「……お嬢ちゃん、何を狙ってるんや?」
パンサーの声にも耳を傾けず、銀子ちゃんはずっと盤面を覗き込んでいる。凄まじい集中力だ。今の銀子ちゃんには、盤面の様子しか見えていないようだ。銀子ちゃんの新雪のように白い肌は、いつの間にか雪が夕日に照らされたかのように朱に染まっていた。その瞳も、普段の灰色からは激変し、氷のように青くなっている。銀子ちゃんが、本気を出している証拠だ。
「まぁええわ。くれるって言うんやったら、もらっとくわ。タダより安い買い物はあらへんねんで」
そう言って、パンサーは銀子ちゃんの角を素直に取った。それを確認して、銀子ちゃんは金を銀の真下に逃がす。銀の死角に入りこむ形だ。しかし、その位置も龍によって取られてしまう位置だ。
「……ようわからんけど、それももろうとくわ」
その後は、お互いに取って取られてを繰り返し、銀子ちゃんは自陣を固めるために駒を打ち付けて、展開は進んでいく。そして程なくしてだった。銀子ちゃんの指した一手に、パンサーの表情が変わることとなった。
「な、なんやって!?」
矢倉から少し離れた位置にいた、角を動かした銀子ちゃん。その動かした角が二枚の龍両方を捉えたのだ。確実に、龍一枚は取れる一手。しかも、損無しでだ。絶妙な一手だった。いや、この一手だけではない。
「ま、まさか、あの角打ちからずっと、この局面に来るまでワシは誘導されとったんか……?」
それが、真実だ。あれから十数手。銀子ちゃんはこの局面までずっと読み切っていたのだ。しかも、龍を取るだけに終わらない。
「そ、それによう見たら、か、囲いが更に固くなっとるやないか……」
そう。誘導しつつ、手に入れた手駒で囲いの更なる増強まで行っていたのだ。身震いすら覚える、完璧な指し回しだった。
「つ、強い……」
歩夢が呟く。それが、この対局を見ている全員共通の感想だった。大悪手から、見事に巻き返して見せた。ここからは、反撃の開始だ。銀子ちゃんは、そのまま龍を角で取ると、その勢いのまま角を敵陣まで高飛びさせる。だが、それは相手陣に控えていた金によって直ぐに取られてしまう。なんと、ここでまた角を切ったのだ。だがすぐに、手に入れた飛車を敵陣奥深くに打ち付ける。王手だった。しかも、角を取った金の2マス下からの王手、つまり王手金取りだった。パンサーは、仕方なく王を飛車から離れるように逃がす。それを確認して、銀子ちゃんは冷静に金を取り、龍を作った。そこからは、銀子ちゃんがただ寄せるだけの展開となっていった。桂馬や香車を使い、王の逃げ道を限定していく。龍と金銀を使い、王を徐々に追い詰めていく。その展開を見て、パンサーも勝敗を察したのだろう。
「あぁもうワシの負けや!もう無理やわ!」
パンサーが投了をする。惚れ惚れするような逆転勝利だった。よく、あの状況から持ち直したものだ。お見事としか言いようがない。
「マジかよ……あんな子供なのに強すぎる……」
「す、すげー対局だった……」
「あの子可愛いな。好みだわ」
周りからも、賞賛の声が次々と飛び交っている。誰もが銀子ちゃんの強さを認めたのだ。もう、子供だからといって銀子ちゃんを侮る客は一人もいない。後最後の一人、あんたとは少し話し合わないといけないことがあるみたいだ。覚悟しとけよ。
「いやー、お嬢ちゃんほんま強すぎるわ。ワシの負けや負け。これやるわ」
銀子ちゃんは、パンサーからタバコケースを受け取る。お札がギッシり詰まったタバコケースが二つ。これで、ちょっとしたお金持ちだ。
「嬢ちゃんとはもうやりたくないわ。こんなところ
そう言って、パンサーは店から出て行った。それを確認して、他の客達も各々対局へと戻っていく。今の対局を見て、自分も対局がしたくなってきたのだろう。俺だって、そうだった。
「歩夢、折角だしちょっと指していこっか」
「うむ。我も今同じ事を提案しようとしていた」
どうやら、歩夢も同じ事を考えていたらしい。あんな熱い対局を見せられて、棋士として
「八一、私は疲れたんだけど」
「銀子ちゃんごめん、ちょっと待ってて」
「直ぐに終わらせて見せよう」
そして俺と歩夢の対局が始まった。銀子ちゃんはそんな俺たちを、仕方ないかといった表情で眺めていた。銀子ちゃんは、本当に良く頑張った。手に汗握るような熱戦だった。だけど俺は、今の対局の結果を、開局前から察していた。どれだけ銀子ちゃんが追い込まれても、銀子ちゃんは絶対に勝つに決まってると確信していた。だってそうだろ?だって銀子ちゃんは、女流棋戦無敗の女王様なのだから。相手が女という時点で、勝敗は察していたのだ。銀子ちゃんに勝つなら、せめて釈迦堂さんでも連れてこい。銀子ちゃんに勝ったことがある女性なんて、結局あの人ぐらいだ。まぁ、あれも練習対局だったため、公式記録には残っていないのだが。とにかく、銀子ちゃんに勝てる女性棋士なんて、そうそういるわけがない。だが、男性も交えれば話は変わってくる。銀子ちゃんは、もうすぐそんな環境へと挑戦することになる。地獄のような、場所へ。きっと、辛いと思うだろう。苦しいと思うだろう。だけどそれでも、銀子ちゃんは前へと進み続けることだろう。前生で、そうだったように。俺は、そんな銀子ちゃんの支えになってあげたい。銀子ちゃんが今生でも、最高の結果に辿り着けるように、支えてあげたい。奨励会では、俺の方が先輩なのだ。俺がちゃんと、導いてあげないと。そう改めて決意し、俺は歩夢との対局を進めていった。俺は、自陣の銀を手に取る。そして、その駒を強く前へと押し出した。まるで、彼女へのエールかのように前へと強く押し出した。銀を強く、前へと押し出したのだった。
パンサーの原作再登場はありますか?
9巻で少し出てきてくれた時、異常にテンション上がっちゃいましたね
双玉クラブは、原作だと今は串カツ屋になってるらしいですけど、今も違う新世界の道場に顔出してるんですかね?
パンサーの今後の再登場をお待ちしております
次回投稿なのですが、すいませんが未定です
11月22日に特別編投稿する予定だと前々から言っていましたが、まだその特別編全然書けてないんですよね
特別編書き上げるまで、本編の更新はありません
申し訳無いです
次回投稿が特別編にならないように頑張りますので、気長にお待ち頂けると幸いです
ご理解よろしくお願い致します
八銀はジャスティス