この手を離さない   作:八銀はジャスティス

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メリークリスマス!(遅い
本当は26日に投稿する予定だったのですが、間に合いませんでした。
遅くなって申し訳ございません
あ、25じゃなくて26予定だったのは態となので、ツッコまないでください

今回のお話ですが、前生のお話でも今生のお話でもありません
全く本作とも原作とも別のお話、IFのお話となります
本作に掲載するか、別に短編を作るか悩んだのですが、本作内に掲載することにしました
場合によっては、今後別作品として、掲載し直すかもしれませんのでご了承ください

今話は、pixiv様にも投稿しております
よろしければ、そちらの方もよろしくお願い致します

合い言葉は、八銀はジャスティス


八銀異譜 聖なる後夜に祝福を

その日俺は、棋界の頂点に立った。

 

竜王。

将棋において7つあるタイトルの内一つ。名人と肩を並べる、棋界最高タイトル。その竜王というタイトルを、16歳である俺、九頭竜八一は獲得した。歴代最年少でのタイトル獲得。しかも、最高位。身内が集まった打上の場は、それはもう飲めや食えやのお祭り騒ぎだった。挙げ句の果てには、師匠である清滝鋼介が酔った勢いで発案した全裸人間将棋なる謎の催しに巻き込まれる始末。棋界は上下関係が徹底しており、上からの命令は絶対だ。師匠に命令されれば、参加しないわけにはいかない。そして酔いつぶれた師匠達を部屋に押し込んで、やっと一息付けたのが午前3時。激闘のタイトル戦を終えてから、既に日付が変わっている。俺も早く布団に潜り込みたいという気持ちもあったのだが、その選択肢を俺は選ばなかった。眠気が全く無い。タイトルを獲得できた興奮で、眠気が一切湧いてこないのだ。なので、眠気が湧くまで外の空気でも吸おうかなと思いロビーに移動している。それが現在の俺というわけだ。

 

ロビーまでの通路を歩く。通路の途中で、見慣れた姿を発見した。幼い頃から、見慣れた少女。宿据え置きの浴衣に身を包んだ少女。その姿は、とても儚く、幻想的に見えた。俺は幼い頃、初めて彼女に会った時、そのあまりにも浮き世離れした美しい容姿を見て、お化けか妖精の類いだと思った。出会って第一声に、お化けなの?なんてことを尋ねるなんて、今思えば失礼にも程があるだろう。あの時にぶちころされてなくて良かったとしみじみ思う。そんな彼女は、ただジッと窓の外を眺めていた。その視線は、空へと向けられている。暗く何も見えない、空へと向けられている。空と言うよりも、更に遠い場所を眺めているような気がするのは何故だろうか。何故だかわからないが、俺には彼女の姿がそのように見えた。

 

「置いて……いかないで……」

 

「姉弟子?」

 

彼女が何かを呟いた気がしたが、その声はか細く、俺の耳まで届くことは無かった。俺は特にそのことを気にすることも無く、彼女に声をかける。彼女の名前は、空銀子。俺の姉弟子だ。姉弟子は、俺の声に反応すると、顔をこちらに向ける。そこで、俺は初めて彼女の目を真正面から見た。その目から、雫が滴っている。

 

「えぇ!?ちょ、ちょっと姉弟子!?な、なんで泣いてるんですか!?」

 

「え……?え、えぇ!?」

 

俺が指摘して初めて気付いたのだろう。自身の目を指で擦り、濡れた指を見て慌てふためいている。珍しくあたふたする姉弟子は、なんだか新鮮で可愛かった。

 

「こ、これは……そう!目にゴミが入っただけ!今取れたからもう大丈夫よ」

 

「あ、ゴミですか。なら良かったです。そうですよね。姉弟子がそんな簡単に泣くわけありませんもんね」

 

「……なんだかその言い方はムカッとくるんだけど」

 

「気のせいです」

 

何はともあれ、大丈夫そうで安心した。ゴミもちゃんと取れたみたいだし、もう心配無いだろう。

 

「それで、師匠達は?」

 

「皆部屋に押し込んできました。たぶん明日のお昼までは誰も起きてきませんよ」

 

「よし。ご苦労」

 

「姉弟子はさっさと逃亡しちゃうし、少しは手伝ってくれてもいいじゃないですか」

 

「い・や・だ♡」

 

「無駄に良い笑顔で言わないでください」

 

師匠の相手は全部俺に任せて、姉弟子は一人でさっさとどこかに逃亡してしまっていた。まさか、あれからずっとここに突っ立っているわけもないだろう。今までドコで何をしていたのだか。お陰で酔っ払い相手に苦労をした。

 

「そういえば、遅くなったけど、メリークリスマス」

 

「あ、そうですね。メリークリスマス。本当に遅いですけど」

 

今回の竜王戦第七局は、12月24日、25日のクリスマスイブからクリスマス当日にかけての二日間で行われた。タイトル戦を終えてから、日付はとっくに変わってしまっている。今はもう26日だ。少し遅いが、俺たちはほんのささやかなクリスマス気分をそうやって味わった。

 

「それで、八一はこんなところで何してるのよ?」

 

「どうも寝付けなくて、夜風に当たりに外に出ようかと」

 

「そう」

 

姉弟子は、そこで小考に入った。時間にしてはほんの10秒足らずだったが、その答えを弾き出す時間にしては、長く感じた。

 

「私も行く」

 

つまり、着いてくるかここに留まるかの二択だ。姉弟子が導き出した答えは前者。即決しても良さそうな二択だが、姉弟子はそれなりの時間を答えるのに要した。そして答えを導き出したのはいいのだが、その選択は悪手だろう。

 

「それはいいですけど、そんな格好で?」

 

悪手である原因は、彼女の服装だ。彼女は今、浴衣の上に上着を一枚羽織っているだけだ。流石にそれでこの寒空の下に出るのは自殺行為だろう。対して俺は、師匠達を部屋に放り込んだ後、一度部屋に戻り私服に着替えてきていた。外に出る準備は、万全だ。

 

「私も一度部屋に戻って着替えてくる。先に行ったらぶちころす」

 

「えぇ……」

 

俺の返事を待たずに、姉弟子はそそくさと部屋へと戻っていった。俺はこの場で待ちぼうけを喰らうことになってしまった。特にすることも無く、俺も姉弟子のように外を眺めてみることにする。しかし、窓の外は暗く、やはり何も観ることができない。雲が出ているのだろう。空には、星や月の姿を眺めることもできなかった。姉弟子は、一体この先の見えない窓の向こうに何を見ていたのだろう。いくら考えてもわかりそうになかった。

 

「お、おまたせ」

 

十分ほどが経っただろうか。姉弟子が戻ってきた。窓から目を逸らし、姉弟子へと目を向ける。そして、俺はまるで雷に打たれたような衝撃を受けた。姉弟子が、私服を着ていたのだ。姉弟子のことをよく知らない人からすれば、そんなの当たり前じゃね?と思うかも知れないが、これは本当にレアなことなのだ。姉弟子は普段、季節を問わず、タイトル戦等の例外を除いて、常に学校指定のセーラー服を着ている。私服を着ている姉弟子なんて、ポ○モンの色違い並に遭遇率が低いかもしれない。しかも、やけにオシャレな服装をしているのだ。そっち方面に疎い俺でもそれがオシャレなことぐらいはわかる。というか、可愛すぎてヤバイ。思わずマジマジと姉弟子のことを眺めてしまう。

 

「な、なに?どこか変?」

 

「あ、い、いや!なんというか、その、そ、そんな服、持ってきてたんだな、って」

 

「まぁ、こんなこともあるかもな、って」

 

「こんなこと?」

 

「なんでもない!それより行くわよ!」

 

「あ、ちょっと姉弟子!」

 

姉弟子は、そう言うと早足にロビーへと向けて歩いていってしまった。俺は、慌ててその後を追いかける。ロビーから外に出る。

 

「さむっ!」

 

外に出た瞬間、思わず声に出てしまう。道には、高く雪も積もっており、嫌でも気温の低さを教えてくれる。ここ、温泉旅館ひな鶴は、石川県にある。石川は、全国でもトップ10に入るほど積雪量の多い県だ。12月末、しかも深夜。震えるほど寒いに決まっている。

 

「寒い。なんでこんな時に夜風に当たろうなんて考えたのよ」

 

「さぁ?」

 

「さぁ?ってねぇ……」

 

何故俺は外に出ようなんて考えたんだろう?もちろん、眠れないながらも自室に引きこもっているという選択肢はあった。だけど、何故だろうか。何故だか、外に出なければいけない、そんな予感がした。自分でも意味がわからないけど、ただ、そんな気がした。理由は一切わからないけど。

 

「八一、手」

 

少し前を歩いていた姉弟子が、左手を差し出してくる。その手の意味が、俺にはすぐにわかった。俺はその左手を、右手で握りしめることによって応える。繋がった右手から、姉弟子の体温が伝わってくる。身も凍るほど寒い世界で、そのほんの僅かな一部分だけが暖かかった。

 

思えば昔から、よくこうやって、二人手を繋ぎ、色々な場所に出かけたものだ。武者修行として、強い人がいると聞けば、北から南へ、東から西へ、色んな場所に二人手を繋ぎ駆けつけた。見知らぬ土地を訪れては、迷いながらも目的地へと向かう。泣きたいほど怖かったことだって、何度もあった。もう帰れないかもしれないと思ってしまうような場所に迷い込んでしまったこともあった。だけど、その経験が決して嫌ではなく、むしろ楽しかったのだ。俺たちは昔からそうだ。二人一緒なら、どこへでも行けた。こうやって手を繋いでいると、いつだって無限の勇気が湧いてきた。姉弟子と二人なら、きっと何があっても大丈夫だと、根拠の全く無い安心感があった。

 

「なんだか、懐かしいね」

 

「……そうですね」

 

姉弟子も、俺と同じ事を思いだしていたのだろう。街灯の仄かな明かりが照らし出した姉弟子の横顔は、どこか嬉しそうに見えた。昔のように、土地勘の一切無い道を、姉弟子と手を繋ぎ歩く。昼間は活気溢れる温泉街も、この朝も迫った深夜帯となると、人っ子一人見当たらない。まるで、俺と姉弟子だけが世界に取り残されたかのようだ。

 

「誰もいませんね」

 

「流石にこんな時間じゃ当然でしょ」

 

「それもそうですね。あ、姉弟子、自販機で何か買いましょう」

 

俺は、側にあった自販機に駆け寄る。こう寒いと、無性に暖かい物が飲みたくなってしまう。

 

「姉弟子、何にします?」

 

「ホットレモンティーで」

 

「了解」

 

俺は財布から小銭を取り出し、ホットレモンティーとホットコーヒーを購入した。ガシャンという音を響かせて、熱を持った飲み物が落ちてくる。俺は二つの飲み物を取り出し、ホットレモンティーを姉弟子に渡した。

 

「はい、姉弟子」

 

「ありがと」

 

近くに、丁度良くベンチがあった。俺たちは、そのベンチに腰掛けて、飲み物に口を付ける。温かい液体が胃に染み渡り、体を温めてくれる。その感覚が、心地良かった。

 

「……前から気になってたんだけど」

 

「何がです?」

 

「それよ」

 

「それって?」

 

「だから、なんで敬語を使うようになったの?」

 

思わず、噎せそうになってしまった。飲んでたコーヒーを吹き出す寸前で、なんとか留めることに成功する。俺の動揺は、姉弟子に悟られなかっただろうか?見たところ、悟られた様子は無い。どうやら上手く隠せたらしい。

 

「どうして、とは?」

 

「八一、私がタイトルを獲った時から敬語で喋るようになったでしょ?名前も呼ばなくなったし」

 

「だってそこは、姉弟子も俺が名前で呼んだら怒ったし」

 

「それは、だって八一が先によそよそしくしたから……」

 

しかし、これはどうしたものか。俺が彼女の名前を呼ばなくなった理由。それは、彼女がタイトルを取った際に、名前で呼んだらその場にいる将棋関係者に咎められたからだ。その時俺は、もう彼女とは身分が違う存在になってしまったんだと思い知らされた。だけど、正直こんな理由は、彼女に知られたくない。

 

「姉弟子と呼ぶようになった理由、ですか」

 

だから俺は、少し嘘を交えて語ることにした。

 

「姉弟子が初めてタイトルを獲った時、俺はまだ奨励会の初段でした。姉弟子は、タイトル戦の対局者。俺はそのタイトル戦で、大盤解説会の駒操作係。誰にも名前すら聞いてもらえないような、ちっぽけな存在でした。凄い数の報道陣や、テレビでしか見たことがないような偉い人達がいっぱいいて、そんな人達がみんな、俺と同じ部屋に住んでる女の子のことを話してる。それが、俺には本当にショックで、悔しくて、それで意地を張ったんです」

 

「八一……」

 

姉弟子が、複雑な表情で俺のことを見てくる。悲しんでいるのか、怒っているのか、喜んでいるのか、よくわからないような、複雑そうな表情で。

 

「はぁ、こんな話、今するようなことじゃないですね。もう少し歩きましょうか」

 

「……うん」

 

俺が立ち上がると、姉弟子も弱々しく立ち上がった。今俺が話した内容を、どう受け止めるべきか、まだ迷ってるらしい。そんな姉弟子の手を、今度は俺から握りしめる。最初は驚いた表情を見せた姉弟子も、すぐに俺の手を握り返してくれた。本当に、どうしてこんな話をしないといけないんだ。これからもずっと、隠しておくつもりだったのに。話すにしても、せめて彼女の名前を取り戻してからが良かった。なんで、このタイミングなんだ。確かに、最年少タイトルホルダー、しかも竜王になることはできた。だけど、まだ浪速の白雪姫の名声に追いついたとは到底思えない。最高位のタイトルを獲得しても、姉弟子がいる場所はまだ遠く感じた。手を伸ばせば届きそうで、全く届かない距離。ここまで上がってきても届かないなら、どこまで上がれば手が届くのか皆目見当も着かない。だけど、それでも足掻くしかない。彼女の名前を取り戻すためにも、足掻き続けるしかない。

 

と考えていると、俺の中にふと、一つの疑問が生まれた。俺は、どうしてここまでして彼女の名前を取り戻したいと考えているんだ?中学生プロ棋士になろうと決意したのも、最年少タイトル保持者になろうと決意したのも、全ては彼女の名前を取り戻すためだった。突き詰めて言えば、俺が棋界においてこの高みまで登ってこれたのは彼女のお陰とも言える。だけど、どうして俺はそこまでして、彼女の名前を取り戻そうとしているのだろうか?

 

思えば、彼女が女王になったあの日、あの日から俺の棋士としての道は定まったとも言える。目指す目標が、明確になった。その目標に向けて、一直線に駆け上がってきた。道の途中、挫折もあった。心が折れそうになった時もあった。それでも、彼女のお陰で俺は立ち上がることができた。また、前に進むことができた。そして目標に到達した今、俺の目標はまた不明確になった。それでも、俺は前を目指す。彼女の名前を取り戻すために。では、何故彼女の名前を取り戻そうと、ここまで必死になっているのか?今まで全く気にしていなかった疑問。だが、いざ気になってみるとこの答えが全くわからない。

 

彼女の名前が奪われたのが悔しいから?それもあるかもしれない。だけど、答えとしては(いささ)か不十分な気がする。大事な姉弟(きょうだい)弟子だから?それもあるかもしれない。だけど、それでもまだ答えとしては不十分な気がする。何か、答えの核心には至らないような、そんな予感がする。では、何が真の答えなのか?

 

「ち……いち……」

 

考えても、中々答えが出てこない。しかし、一度疑問に思ってしまうとまるで奥歯に小骨が刺さったかのように気持ち悪い。答えを導き出そうと、思考がより深くへと潜り込んでいく。自分のより深い部分を知ろうと潜り込んでいく。

 

「やいち……八一!」

 

「うぇっ!?あ、姉弟子?急にどうしました?」

 

「急にどうしました?じゃないわよ。さっきから声を掛けてるのに反応がないから」

 

「え?そうだったんですか?すいません。それで、どうしました?」

 

「別に。深刻そうな顔をしてたから、どうかしたのか気になっただけ」

 

「あ、すいません。考え事をしてて」

 

どうやら、考え事に耽るあまり、姉弟子の声も耳に届いていなかったらしい。顔にも出てしまっていたようだ。これはやってしまった。

 

「考え事?あれだけ激しい将棋を指した後なんだから、少しは頭を休めたら?」

 

「それも、そうですね」

 

確かに姉弟子の言う通りだ。昨日あれだけの激闘を繰り広げたというのに、俺は何こんなことに頭を使っているのだろう。休めれる時に頭を休めることも、棋士としての努めだ。今は思考を止めて、頭を休めよう、と思っていた時だった。

 

「あ……雪……」

 

そう、雪だ。雪が降ってきたのだ。白く美しい粒が、空から舞い降りてきた。

 

「あ、ちょっと姉弟子……」

 

姉弟子が、繋いだ手を離して少し先に進む。軽く鼻歌のようなものも聞こえてくる。どうやら、大変機嫌がよろしいようだ。

 

「何してるの八一?早くいきましょ」

 

姉弟子が、こちらを振り返り、早く来なさいと言わんばかりに、俺に左手を伸ばしてくる。距離にして10メートルほど。歩けば直ぐに追いつけそうな距離。だが俺は、最初の一歩を中々踏み出すことができなかった。

 

「八一?」

 

首を傾げて、不思議そうに姉弟子がこちらのことを見てくる。だが、俺は動けなかった。その理由は単純だ。彼女に、見取れていたのだ。彼女に出会って早十年。この十年間、俺は誰よりも一番近くで、彼女のことを見てきた。見続けてきた。誰よりも彼女のことをよく知っている。そんな俺だが、いつまで経っても彼女について慣れないものが一つあった。それが、彼女の容姿だ。あまりにも美しく、あまりにも可愛く、あまりにも幻想的なその容姿を見ることがいつまで経っても慣れなかった。いつまで経っても、いつだって、見取れてしまう。

 

初めて彼女に会った時に見取れて以来、俺は何度も、何十度も、何百度も彼女に見取れてきたのだ。今だってそうだ。それは美しく、可愛らしく、そして幻想的な光景だった。静かに雪が降る中、半身で振り向き、左手を伸ばす彼女。そんな彼女を、街灯の仄かな灯りだけが照らしていた。まるで、一枚の絵画かのような幻想的光景。そのあまりにもの美しさに見取れて、俺は一歩を踏み出すことができなかった。

 

「八一?どうかした?」

 

「え?あ、あぁ……」

 

数度目の彼女の呼びかけに漸く反応し、俺は足を前に踏み出すことができた。そして彼女の元へと近づき、俺はその左手を掴むことなく立ち止まった。

 

「八一?」

 

そんな俺を、彼女が不思議そうに見てくる。その不思議そうに小首を傾げる姿が、また可愛らしい。そんな一連の彼女の姿を見ていて、今まで思いもしなかった一つの仮説が俺の中に思い浮かんだ。彼女に幾度も見取れてしまうのは、本当に彼女の容姿だけが原因なのか?それこそ実は、もっと別の原因があるのでは?例えば、彼女に特別な感情を俺が抱いているとか。そこまで考えて、俺の中で何かが氷解したかのような、そんなスッキリとした感情が湧いてくる。そう考えると、先ほどの疑問への答えにも説明が付く。あぁ、そうなのかもしれない。きっとそうなのかもしれない。確信はない。だけど、きっとそうなんだろうとは思っている。俺は、世界で一番雪が似合う彼女を見て、そう感じた。

 

「姉弟子。俺、姉弟子のことが……」

 

もしかしたら、俺は……

 

「好きなのかもしれない」

 

「ふぇっ?」

 

そう思うと、何故か口に出さずにはいられなかった。

 

「ふぇっ……?ふぇっ?ふ、ふぇっ!?ふぇえええ!?」

 

可愛らしくふぇふぇと動揺する彼女。顔を赤くして、慌てふためいている。こんなことを聞いて、彼女は俺のことをどう思うだろうか?拒絶されるだろうか?怖かった。震えるほど怖かった。だけど、何故だろう。何故だか、言わなければいけないような、そんな気がしたのだ。

 

「え……どういうことなの……?今まで、そんな素振り、一度も……」

 

「本当に、自分の気持ちに気がついたのは今さっきなんです。と言いましても、あくまでも気がするだけで、本当にこれがそういう感情なのか確信はないんです。だけど……」

 

「だ、だけど……?」

 

「ほぼほぼ、間違いないんじゃないかとも、思っています」

 

「ッ!や、やいち……」

 

「あ、姉弟子!?」

 

その俺の言葉を聞いて、姉弟子の両眼から大粒の雫が溢れ出した。留まること無く、次々と溢れ出す雫。その雫が、地面にこぼれ落ち、積もった雪を少しずつ溶かしていく。泣くほど、嫌だったのか。そう感じ、気落ちしそうになっていたが、どうやらそういう訳ではなかったらしいい。

 

「う、嬉しい……」

 

「え?」

 

「わ、私も……ずっと好きだったから、う、嬉しい……」

 

「え?……えぇえええええ!?」

 

今度は俺が驚く番だった。その可能性は、微塵も考慮していなかった。予測もしていなかった返答に、思わず叫んでしまう。

 

「え?嘘?えぇ!?だって、今までそんな素振り全く見せなかったじゃないですか!?」

 

「み、見せてたわよ!わ、私が勇気を振り絞ってアピールしてたのに、八一はいつも全く気がつかなくて……私がどれだけ苦労してたと思ってるのよ!ばか!ばかやいち!」

 

「そんなこと言われましても……でも、そうか。そうだったんですね」

 

つまり、俺たちは両想いだったのだ。正確には、まだ俺の気持ちに答えが見つけられていないため、両想いと言うには語弊があるが、それでも似たようなものだろう。

 

「すいません姉弟子。俺自身、まだ自分の気持ちには確信が持てていません。だから、そういうことを言うのは自分の気持ちに答えが出るまで、待っててください」

 

「わ、私が今まで、どれだけ待ってきたと思ってるのよ。何年だって待ってあげるわ。だ、だから……早く答えを見つけなさい」

 

「姉弟子……ありがとうございます」

 

姉弟子の優しさが胸に染みる。姉弟子は今も、大粒の雫を溢し続けている。それはまるで、雪解け水かのように、雪原のような美しい肌を滑り落ちていく。幻想的で、美しい光景だった。

 

俺の気持ちにはまだ答えが出ていない。だから、正式に想いを伝えるのはまだ先の話だ。俺の気持ちに確信を持てた時、その時に俺から正式に気持ちを伝えよう。そして、彼女の名前も、まだ呼ぶわけにはいかない。俺は、まだ彼女に追いついたわけではないのだから。俺が彼女に追いつけたと思える、そんな日まで彼女の名前を、口にすることはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど神様、今夜だけは、一度だけなら、許してくれるよね?

 

「さぁ行こうか……銀子ちゃん」

 

「ッ!?……うん」

 

そう言うと、俺は銀子ちゃんと手を繋ぎ、聖なる後夜の街並みを二人並んで歩き始めた。街灯も照らさない場所に出る。そんな俺たちの姿は、寄り添う二人のシルエットとして映し出される。どちらからともなくくっつき合う、幸せな二人のシルエット。きっとこれからも、俺たちが歩む街並みには、同じシルエットが幾度も見られることだろう。こうして、聖なる後夜は明けていく。幸せな二人の、シルエットを残して。これは、そんな俺たちの、掛け替えのない、聖なる後夜の光景だった。




あったかもしれないし、無かったかもしれないIFのお話
今までに無かった形式の特別編でした
地獄の連勤を切り抜けると、そこはりゅうおうパラダイスでした
14巻特装版の表紙は公開され、14巻あらすじは公開され、しらび先生が14巻表紙絵の作成風景を配信してくれたので、14巻表紙もほぼほぼ確認することができました
正にりゅうおうパラダイスな一日……!
14巻、あらすじから内容に対する期待感ビンビンですね
ヤバイ(語彙力
八銀、そこまでいっちゃうの!?な14巻楽しみです
そして自分は今から、今まで我慢してたゲーム版を起動しますね
楽しみ!
次の本編投稿は、一応年内中を予定しております
間に合わなかったら、きっとゲームのせい(白眼
進捗状況等はツイッターまで
「#八銀はジャスティス」で検索して頂くと見つかるのでよろしくお願いします

八銀はジャスティス
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