この手を離さない   作:八銀はジャスティス

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14巻ドラマCD、一部先行公開来ましたね
聞いてとりあえず一言
桂香さん、涙拭けよ
合い言葉は、八銀はジャスティス


第34局 それでも未来は続いていく

年が明け、1月になっていた。

その日、俺は一月二度目の例会に参加していた。月に二度ある例会の二度目、つまり今月最後の例会。その、2局目を今行っている。

 

「負けました」

 

そして、俺はその対局に負けた。今日の戦績は、2敗だった。二段に昇段して以降、全く勝てないというわけではないが、勝ちが続かない。それどころか、負けが続く方が多い有様。ギリギリの所で後段点は免れているが、それもいつまで保つかわからない。俺のスランプは、相当に酷い物だった。

 

「今日も連敗か」

 

「九頭竜の奴、どうしちまったんだ?あいつならあっさり三段に上がると思ってたのに」

 

「買いかぶりだったんじゃね?今までのがまぐれだったんだよ」

 

周りから声が聞こえてくる。例会の度に聞こえてくる声。正直に言って、もう慣れてしまった。全くと言っていいほど、俺にはその声が気にならなくなっていた。

 

「八一」

 

俺が帰り支度をしていると、後ろから声を掛けられた。振り向くと、そこにいたのは鏡洲さんだった。

 

「お前、本当にどうしたんだ?」

 

「どうしたって言われましても、どうもしませんよ」

 

「そうは見えないから言ってるんだ。ハッキリ言って、今のお前の将棋からは、勝ちたいって意思が感じられない。本当に、何があったんだ?」

 

「何も、ありませんよ。何も」

 

そう言って、俺は席を立ち上がると、対局室の出口へと向けて足を進めた。あまり、この場には長居したくない。

 

「八一!何か悩んでるなら、いつでも相談してこい!一人で抱え込むんじゃないぞ!」

 

鏡洲さんの声を、背中に受ける。鏡洲さんは、当然今期も三段リーグを闘っている。リーグも折り返しを迎え、鏡洲さんも、熾烈な昇段争いを繰り広げている。自分のことで大変なはずなのに、俺の心配をする。師匠といい、銀子ちゃんといい、俺の周りには優しい人が多すぎる。だけど、今の俺にはその優しさは迷惑でしかなかった。一人で抱え込むな?こんな問題、誰と共有しろって言うんだ。未来を変えたいですなんて、誰に相談しろって言うんだ。未来は変えれないのかもしれないなんて、誰に説明しろっていうんだ。できるわけがない。できるわけが、ないじゃないか。

 

「クソッ!」

 

銀子ちゃんが入院して以来、ずっとこんな調子だ。鏡洲さんは、俺の将棋から勝ちたいという意思が感じられないと言った。俺としては、否定したいところだ。俺は、勝ちたいと思っている。だというのに、対局をしてるとどうしても、勝っても無駄なんじゃないか?今までの努力は無駄だったんじゃないか?未来を変える事なんて、やっぱり無理なんじゃ無いか?と、余計な思考に襲われて、対局どころではなくなってしまうのだ。俺の意思では、どうすることもできない。どうにもできないのは、この約半年で嫌と言うほど思い知らされた。この現象も、明日になれば治るのだろうか?頼むから、治ってほしい。俺は、トボトボとした足取りで帰り道を歩く。明日は、銀子ちゃんの退院日だ。だというのに、俺の足取りは、ドンヨリと重かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、銀子ちゃんは無事に退院を果たした。久々に清滝家に帰ってきた銀子ちゃん。その夜銀子ちゃんのために、盛大に退院祝いパーティーが催された。

 

「銀子ちゃん、退院おめでとう!」

 

桂香さんが次々と料理を運んでくる。銀子ちゃんの手元には、新品のソースが置かれていた。どうやら、今日はいくらでも使っていいらしい。入院中は流石に禁止されていたため、銀子ちゃんにとっては久々のソースまみれの食事だった。早速、キラキラした目で料理にソースをかけている。それはもう、滝のように。

 

「……医者としては、止めたいところなんだけどね」

 

「無駄や無駄。銀子のこれは、一生治らんわ」

 

今日の退院祝いには、明石先生も来ている。明石先生には銀子ちゃんのことで本当にお世話になったからと、是非持てなしをしたいと言って、師匠が誘ったのだ。つまり今日は、明石先生ありがとうの会でもあるのだ。

 

「どう銀子ちゃん、おいしい?」

 

「うん、桂香さんおいしいよ」

 

「そう?よかった!いっぱいあるから、どんどん食べてね!」

 

銀子ちゃんも、久々にソースを食べれて嬉しそうだ。機嫌良さそうに料理を次々と口へ運んでいっている。久々に、そんな銀子ちゃんの姿が見れて、俺も嬉しかった。その後も、ワイワイと思い思いに料理を皆で食し、食事会は滞り無く終わる。これからは、師匠と明石先生のお酒タイムらしい。俺と銀子ちゃんは、興味がないので子供部屋に行くことにした。

 

「これ……」

 

子供部屋には、あの日から変わらずマグネット式の将棋盤が置いてあった。駒も、初期位置から一切動かしていない。

 

「……指そっか」

 

「うん」

 

そして、長い長い沈黙の末に、ついにその対局の第一手が指された。銀子ちゃんが指した手は、2六歩。飛車先の歩。銀子ちゃんが指したい戦型は、この一手が指される前からわかっていた。俺たちの対局は、何か特別な思い入れがあるとき、いつも相掛かりとなった。今回も例に漏れず、相掛かりへと持っていきたいようだ。俺も異論はないので、素直に飛車先の歩を進める。その後は、予想通り相掛かりへと手が進行していく。序盤、中盤と若干俺が優勢な展開で終えて、対局は一気に終盤戦へと差し掛かる。差し掛かった時だった。

 

勝っても無駄なんじゃないか?

 

あぁ、まただ。まさか、例会だけではなく、銀子ちゃんとの普段の対局でも現れるとは思わなかった。ここ半年の俺を悩ませる、余計な思考。それが、また顔を覗かせた。こうなると、俺の将棋はめちゃくちゃになってしまう。自分でも、何を指しているのかわからなくなる。その対局でも、それは変わらなかった。結局俺は、終盤で銀子ちゃんに逆転を許し、負けてしまったのだった。

 

「負けました。やっぱり、銀子ちゃんは強いな」

 

「……ち」

 

「終盤、悪手の連発だったな。こんなんじゃ、いくらやっても勝てないや」

 

「……いち」

 

「どうする?もう一回指そっか?今度は俺の先手でいい?次は負けないよ」

 

「やいち!」

 

「……え?」

 

大きな声だった。銀子ちゃんがめったに発することのない、大きな声だった。思わず、俺は動きを止めてしまった。こんな大きな声を出す時は決まって銀子ちゃんが怒っている時だ。俺は、何か銀子ちゃんを怒らせるようなことをしてしまっただろうか?恐る恐る、銀子ちゃんの表情を窺う。しかしそこには、怒りという感情は見て取れなかった。変わりにあったのは、悲しみだ。

 

「八一、何を迷ってるの?悩んでるの?」

 

「き、急にどうしたの?俺はどうもしないさ。至っていつも通りだよ」

 

「嘘。将棋を指せば、相手の心境ぐらいわかる。特に八一とは、たくさん指してきたからよくわかる。何を迷ってるの?悩んでるの?」

 

銀子ちゃんが、悲しそうな表情で俺に尋ねてくる。その顔を見るのが辛くて、俺は銀子ちゃんから目を逸らした。こんな悩み、例え銀子ちゃんであっても、言えるわけがないじゃないか。

 

「本当に、大丈夫だから。銀子ちゃんは、気にしないで」

 

「気にするに決まってるよ!今の将棋は何?勝つ気あるの?最近例会で負けが先行してるって聞いたけど、まさか例会でもあんな将棋指してるの?」

 

「それは……」

 

「さっきの将棋、酷かったのは終盤だけじゃないよ。序盤中盤も、確かに私は劣勢だった。けど、思ってたよりも差は広がらなかった。半年の差があったにも関わらず。……八一、きっと八一の将棋は、半年前から止まっている。全く前に進んでいない。八一、本当に、何を迷ってるの?何を悩んでるの?」

 

将棋が止まっている。銀子ちゃんにそう言われ、俺の頭には血が上っていくのがわかった。あぁ、そんなこと自分でもわかっているんだ。自分の将棋が停滞していることぐらい、そんなの自分が一番わかってるんだ。それなのに、他人に一々指摘されるのが、堪らなく腹立たしかった。そう考えると、俺は抑えがきかなくなってしまった。

 

「……うるさいな」

 

「え?」

 

「うるさいな!そんなの一々銀子ちゃんに言われなくてもわかってるよ!自分でもなんとかしようとしてるんだから、放っておいてよ!こんなこと、銀子ちゃんには関係無いだろ!」

 

「私には関係無いって、本気で言ってるの……?」

 

「あぁ、本気だよ!銀子ちゃんは自分のことだけ考えてればいいんだ!俺だって自分のことは自分でなんとかするさ!だから、一々俺の問題に口出ししないで!放っておいてよ!」

 

「ッ!八一のバカ!クズ!私が心配して言ってるのに、なんでそんなこと言うの!?自分一人でなんとかできないから、半年もそのまんまんまんじゃないの!?このままじゃ、小学生タイトル保持者になんてなれるわけないじゃない!」

 

「もうなれなくてもいいよ!なっても、どうせ無駄なんだよ!」

 

「無駄?何を言ってるの?」

 

「銀子ちゃんには関係無い話だよ!どうせ、俺の悩みなんて、誰にもわかってもらえないんだ!もう放っておいてよ!」

 

そう言い残すと、俺は逃げるように部屋から飛び出していった。今にも泣き出しそうな、銀子ちゃんの顔を見たくなかったから。

 

「……よ……」

 

背後から、囁くような銀子ちゃんの声が聞こえたような気がした。だが、何を言っているのかまでは聞き取れなかった。俺は、駆け足で階段を下りて、玄関から外へと飛び出した。

 

「ちょっと八一君!こんな時間にどこにいくの!?」

 

背後から桂香さんの声が聞こえたが、俺は止まらない。今は、夜風に吹かれて頭を冷やしたい気分だった。夜道を駆け足で歩き、俺は近所の公園に入る。公園のベンチに腰を下ろして、俺はボーッと夜空を眺めていた。大阪の冬は、福井に比べて暖かい。しかし、夜は流石に冷える。部屋着のまま、外に飛び出してきたので、俺の服装は薄い。寒い。しかし、その寒さが今の俺には、丁度良く感じた。その寒さが、心地良い。そして、しばらくその寒さを満喫していると、不意に頬に、温かい物が押しつけられた。驚いてそちらの方に振り向くと、知っている顔があった。

 

「流石に寒いだろ?これを飲んで温まるといい」

 

明石先生だ。明石先生の服装も、薄手のものだった。俺が家を飛び出した後、直ぐに追ってきたのだろう。その手には、ホットココアが握られていた。

 

「……ありがとうございます」

 

俺は明石先生からホットココアを受け取り、プルタブを開けて一口飲む。温かく、甘いその液体が、俺の体に染み渡り、俺の心を少しばかり落ち着かせてくれた。

 

「銀子ちゃんと、何かあったのかい?」

 

「……少しケンカをしただけです」

 

銀子ちゃんとのケンカは、前生では腐るほどした。だけど、今生ではこれが初めてのことだった。

 

「原因を、聞いても?」

 

明石先生にそう言われ、俺はケンカに至った経緯を説明していく。本当は聞かれたくないようなことだが、何故か明石先生には、話さないといけないような気がしてしまう。まさか、このココアに自白剤が入ってたんじゃないよね?と思ってしまうほどに、俺の口はおしゃべりになっていた。俺が話してる間も、明石先生はブラックコーヒーを飲みながら、時々相槌を打ちつつ、真剣に聞いてくれている。その態度が嬉しくて、俺の口もつい語りたくなってしまう。そして俺は、一通りの流れを明石先生に話し終えた。

 

「……なるほどね」

 

「……すいません。俺の悩みの内容までは、どうしても言えなくて」

 

「いいよ。人には誰だって、誰にも聞かれたくないような話の一つや二つあるものだからね」

 

流石に、俺の悩みまでは明石先生であっても話すことはできない。これは、俺が一人で一生抱えていく悩みだ。

 

「そうだね。まず初めに、銀子ちゃんが何に対して一番悲しんでいるのか説明しようか」

 

「それは、俺が悩みを一人で抱えているからじゃないんですか?」

 

「違うね。そっちじゃない。銀子ちゃんは、八一君の将棋が停滞してしまっていることに一番悲しんでいるんだ」

 

「え?」

 

それは、俺にとっては予想外だった。てっきり銀子ちゃんは、俺が悩みを一人で抱え込んでいることに悲しんでいるのかと思っていた。しかし、どうやら明石先生が言うには違うらしい。

 

「銀子ちゃんは、検診に来た時、よく八一君の話をしてくれるんだよね。八一は凄い。私も負けていられないってね。そして、八一君のことを、こう言っていたよ。いつか、歴史を変えるような棋士になるってね」

 

「……え?」

 

歴史を変える。銀子ちゃんは、将棋の歴史を変えるような存在に俺がなると思って、そう言ったのだろう。だけど、俺には違う意味に聞こえてしまう。未来(れきし)を変える棋士になると、そう言っているように聞こえてしまう。もちろんそのような意図は無いに決まっているが、そう聞こえてしまう。

 

「だからこそ、銀子ちゃんは悲しんでいるんだ。いつか、そんな凄い棋士になる八一君が、停滞してしまっていることが、悲しくてしかたないんだよ。そして、銀子ちゃんが何に対して怒っているかはわかるね?」

 

「……俺が、銀子ちゃんには関係無いって言ったからですか?」

 

「そうだよ」

 

今度は、明石先生は同意を示してくれた。しかし、何故銀子ちゃんがそんなに怒っているのかまではわからない。事実、銀子ちゃんには関係の無いことのはずなのに。

 

「銀子ちゃんはね。この入院中も、安静にしてないといけないと言っても、聞かずにずっと将棋の勉強をしていたんだよ。一日中だ。なんでだかわかるかい?」

 

「次の奨励会試験に受かるためですか?」

 

「もちろん、それもあるだろう。だけど、一番の目的は違う。一番の目的、それは、八一君に置いて行かれないためだよ」

 

「俺に、置いて行かれないため?」

 

「銀子ちゃんは、入院中もずっと言っていたよ。私が入院している間も、八一はきっと今よりもずっと強くなっている。だから、私もただジッとしているわけにはいかないってね。それはもう、八一君の成長を楽しむかのように、嬉しそうにね」

 

「銀子ちゃんが、そんなことを……」

 

「だからこそ、悲しかっただろうね。自分がこんなに努力している間にも、もっと強くなっていると思っていた八一君が、停滞してしまっていたんだからね」

 

「銀子ちゃん……」

 

「僕は、少しでも銀子ちゃんの生きる希望になればと思って、銀子ちゃんに将棋を教えた。だけど銀子ちゃんにとって将棋は、今や八一君との絆そのものなんだよ。そして、八一君、君は今や、銀子ちゃんの生きる希望なんだ」

 

その明石先生の言葉に、俺は衝撃を受けた。俺が、生きる希望。銀子ちゃんは、それほどまでに、俺との間に強い絆を感じてくれている。だからこそ、俺が停滞していることが、余計に悲しかった。まるで、自分のことのように。それなのに、関係が無いわけがないじゃないか。銀子ちゃんにとって、俺の停滞は、銀子ちゃん自身の停滞のようなものなのだから。

 

「八一君。君は銀子ちゃんの病気のことを知ってるんだよね?だったら、銀子ちゃんが今までどれだけ苦しんできたかもわかるよね?だからこそ、君には悪いが、敢えてプレッシャーになることを言わせてもらうよ。銀子ちゃんのために、前に進み続けてあげてくれ。銀子ちゃんに、生きる希望を与えてあげてくれ。ほら、もう次にすることはわかるよね?」

 

「ッ!?……明石先生、ありがとうございます!」

 

俺はそう言うと、明石先生をその場に残し、駆け足で公園を後にした。

 

「若者達、がんばれよ」

 

背後から、そんな明石先生の声が聞こえたが、今は振り返っていられない。明石先生には、今度改めてお礼を言おう。そして俺は急ぎ清滝家の扉を開ける。

 

「あ、八一君!もう大丈夫なの?明石先生見なかった?」

 

「もうすぐ戻ってくると思うよ!」

 

俺はそれだけを桂香さんに告げ、階段を駆け上がる。そして、子供部屋に入るなり、頭を下げた。

 

「銀子ちゃん、本当にごめん!」

 

そして、急ぎ謝る。銀子ちゃんからの反応は無い。俺は、恐る恐る頭を上げる。そこには、マグネット式将棋盤の前に座り、盤面を見つめている銀子ちゃんがいた。その盤上には、駒が初期配置に並べられている。俺が部屋を出て行く際は、終局時のままだった。俺が出て行ってから、銀子ちゃんが並べ直したのだろう。

 

「何してるの?早く指して」

 

「え?」

 

「次は八一が先手なんでしょ?先手が指さないと、対局が始まらないじゃない」

 

「銀子ちゃん……」

 

「私には、止まっている時間がないの。私や八一が止まってしまったとしても、時間は止まってなんてくれないから」

 

「ッ!?」

 

そうだ。銀子ちゃんの言うとおりじゃないか。俺が停滞してしまったとしても、時間は止まってなんてくれない。未来は、待ってなんてくれないのだ。俺は、どれだけの時間を無駄にしてしまったんだ?その時間を無駄にしている間にも、未来は刻一刻と迫ってきている。九頭竜八一、お前は対局に一度負けただけだろ?未来相手の対局に、まだたった一度負けただけだろ?何たった一度負けただけで、今後の対局も絶対勝てないと諦めているんだ。この世に、絶対なんてものは存在しないんだ!

 

「よし、それじゃ指すよ」

 

そして俺は第一手を指す。俺の第一手なんて、そんなもの考えるまでもなく決まっている。2六歩。飛車先の歩を前に進める。俺たちの対局は、何か特別な思い入れがある時、いつも必ず戦型は相掛かりとなった。今回も、例に漏れず相掛かりとなった。俺は、飛車先の歩をまた一つ前に進める。止まった自分の時間を少しずつ進めるかのように、一つずつ前に進めるのだった。明石先生にも言われたんだ。前に進み続けるようにと。あぁ、ドコまでも前に進み続けてやる。その対局中の俺に、もう迷いは存在しなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

月が変わり、2月となった。今日は、2月最初の例会日だ。対局室で座りその時を待つ俺。目の前には、既に対局相手が座っていた。

 

「こりゃ今日の1局目は勝ち確定だな」

 

その顔には見覚えがあった。確か前回の例会で、俺のことを買いかぶりだと陰口を言っていた人だ。いいだろう。買いかぶりかどうかは、この対局で証明しよう。対局が始まる。お互いに序盤中盤と派手な手はなく、手堅く終盤へと突入する。形勢は、若干俺が優勢となっている。

 

「さて終盤だ。知ってるぜ?お前はここから崩れるんだろ?さっさと崩れろよ」

 

相手が囁きかけてくる。だが、俺は気にしない。しかし、これまで通り、やはり俺の脳内には余計な思考が流れ込んできた。

 

勝っても無駄なんじゃないか?

 

あぁ、無駄なのかもしれない。だけど、無駄と決まっているわけでもない。

 

「……え?」

 

ピキッ、と何かがひび割れる音が聞こえた気がした。

 

今までの努力は無駄だったんじゃないか?

 

あぁ、無駄だったのかもしれない。だけど、無駄と決まっているわけでもないんだ。

 

「なっ……」

 

ピキピキッ、とひびが広がるような音が聞こえた気がした。

 

未来を変える事なんて、やっぱり無理なんじゃ無いか?

 

あぁ、無理なのかもしれない。だけど、無理と決まったわけでもないんだ!

 

「なにっ!?」

 

パリン、と何かが割れるような音がした気がした。

 

「嘘だろ、この終盤でこんな妙手を連発するなんて、今までのお前からは考えられないだろ!?」

 

今までの俺は、その疑問を受け入れてしまっていた節があった。無駄なんだ。無理なんだと、受け入れてしまっていたのだ。だけど、今の俺はその疑問に対して否定の意思を見せた。それが、この結果に繋がった。

 

「悪いけど、俺はもう今までの俺じゃない。未来(まえ)に進むと、決めたんだ」

 

俺が立ち止まっていようが、未来から目を逸らしていようが、それでも未来(みち)は続いていく。幾通りにも枝分かれした未来(みち)。正解がどれかなんて、誰にもわからない。だけど、だからと言って、止まっているわけにもいかない。俺は、前に進むと決めたのだから。その後は終局までずっと俺のペースで進み、俺の勝利に終わった。その日の2局目も、俺は終始相手を圧倒し、勝利を手にした。九頭竜八一の完全復活となったのだ。確かに、未来は変えられない可能性だってある。だけど、決してそうなると決まっているわけではないのだ。未来の事なんて、誰にだってわかるわけがないのだから。だからこそ、人は足掻くのだ。未来がわからないからこそ、足掻くのだ。最高の未来(ゴール)に辿り着くために。足掻いた先に、その未来があると信じて。だから俺も、例に漏れず足掻くとしよう。最高の未来(ハッピーエンド)を手にするために。この手を、離さないために。俺はこの日、確かに一歩を前へと踏み出したのだった。未来への、一歩を。




創作では割と使われがちな表現
「精神が肉体に引っ張られている」
正にそんな感じの状態に、今の八一はありますね
人生二週目なのに、段々精神的に幼くなっている感じですね
次の投稿は、平日中の予定ということで
最近本当に平日執筆できる時間少ないんで、書けなかったら申し訳無い
進捗状況はツイッターへ

八銀はジャスティス
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