この手を離さない 作:八銀はジャスティス
この日を半年待ってたんだよ!
今話書き上げるまで読むの我慢してたんで、投稿してる頃には熟読中かと思います
合い言葉は、八銀はジャスティス
三段リーグが開幕してから早くも三ヶ月が経過し、7月を迎えていた。
俺は、ここまで順調に白星を量産していた。開幕から未だに無傷。現在無敗を守っているのは、俺だけとなっている。しかし、油断は全くできない。2敗以内を守ってるのが、現在俺を含めて5人いるのだ。今後、この5人で2つの椅子を争うことが予想されている。因みに歩夢だが、あの開幕連敗以降調子を取り戻し、未だに2敗をキープしている。もしかしたら、開幕前よりも更に調子を上げているかもしれない。いや、もしかしたら棋力そのものが上昇しているのかもしれない。ひょっとすると、何か一つ自身の殻を破ったのかもしれない。これは、対局が益々楽しみになってきた。
そして、三段リーグを翌日に控えたこの日、俺と銀子ちゃん、そして桂香さんは朝からテレビの前に張り付いていた。テレビの向こうには、この家のもう一人の住人、俺たちの師匠である清滝鋼介名人が盤に駒を並べていた。今日は、名人戦の最終局、その1日目が行われる。今期の名人戦、師匠は開幕局から2連勝を飾り、順調なスタートを切っていた。しかし、その後三連敗を喫してしまい、後を失ってしまう。そして、追い込まれて迎えた前局、序盤、中盤、終盤と常に形勢不利で進んでいくも、師匠らしい泥臭い粘りで耐え、なんと最終盤で神の一手とも言うべき鬼手を放ち、大逆転で指し分けに持ち込んだのだ。あの一手は、今後も語り継がれていくかもしれない。そして迎えた最終局、再度行われた振り駒の結果、師匠は先手となった。時間となり、対局が始まる。師匠が初手に指した手は、2六歩だった。
「師匠が、初手2六歩……」
「お父さんが先手で初手に飛車先の歩を進めるなんて、最後に見たのいつだったかしら?」
銀子ちゃんと桂香さんが驚愕を声に出す。師匠を知る人なら、誰もが驚いて当然の初手だった。そして、この事実を言えば、師匠を知る人なら更に驚くだろう。なんと師匠、この番勝負で一局も矢倉を指していないのだ。あの、師匠の代名詞とも言うべき矢倉をだ。何故指さないのか?それは、目の前の対局相手にあった。棋界の生ける伝説。将棋の神様。彼を称える名は数知れない。その強さを称え、そのタイトルを手放していたとしても、人々は彼のことをこう呼ぶ。名人と。
では、何故名人相手に矢倉を指せないのか?それは、名人戦の数ヶ月前に行われたとある対局が起因する。名人の対局でも、師匠の対局でも無い。山刀伐七段の対局だ。その対局の戦型は、相矢倉となった。その対局において山刀伐七段が、なんと矢倉殺しを用いて快勝してみせたのだ。当然、完璧に使いこなしたわけではない。だが、その完成度は相当なものだった。
では、何故山刀伐七段が矢倉殺しを使うと矢倉を指せないのか?それは、彼の研究パートナーがあの名人だからだ。俺は前生では、山刀伐さんの情報を歩夢に聞くまでその事実を知らなかったが、どうやら棋界では割と知られていたことだったらしい。師匠も、その事実を知っていた。そして、その事実を知っている全員が同じ答えに辿り着いた。名人も、矢倉殺しの研究をしているという事実に。
いつから研究していたのかまではわからない。だが、その事実が全員に危険信号を送っていた。名人相手に、矢倉を指してはいけないという危険信号を。もしかしたら、一日の長はこちらにあるのかもしれない。しかし、もし仮にそうだとしても、研究しているのはあの名人と、その名人がパートナーに選ぶほどの研究家、山刀伐七段なのだ。そんな優位、簡単に覆されてしまうだろう。師匠は、だからこそ、矢倉を封じられていた。師匠には、自負があった。今の棋界で、最も矢倉殺しを指し熟せているのは自分だという自負が。しかしそれでも、師匠には自信が無かったのだ。矢倉殺しの研究を進めている名人相手に、矢倉で挑んで勝てるという自信が。例え相矢倉殺しになったとして、そうなったとしても勝てるという自信が。だからこそ、この番勝負、矢倉を封印した。いくら棋界で一番矢倉殺しを指し熟せるとは言っても、それはあくまで矢倉殺しの使用経験がある棋士と比べてのこと。一方、名人の矢倉殺しは未知数だ。指し勝てるとは師匠も思っているだろうが、断言できない。指せない。名人という存在が、矢倉を指すことを師匠に躊躇させていた。
「お父さんは、ここから何を指すのかしら?」
「この初手から考えられるのは、相掛かり、横歩取り、もしくはそう見せかけての角換わり。この中からおそらく師匠が指すとしたら……」
お互いの手が進み、次第に今局の戦型が顔を出し始める。相掛かりだ。それは、師匠の初手から俺が予想していた戦型だった。俺と銀子ちゃんの、得意戦法だ。相掛かり、それは力戦、乱戦に最もなりやすい戦型だ。師匠は名人相手に、定石外での勝負を挑んだのだ。
「でも、だったら……」
銀子ちゃんが呟く。銀子ちゃんの言いたいことはわかる。定石を外れた勝負を挑むなら、矢倉殺しでも良かったんじゃないかと言いたいのだ。そしてそれは、俺が思っていることでもあった。何故師匠はよりにもよってこの大事な一局に相掛かりを?その疑問は、その後もずっとわからないままだった。一日目の対局は、その後あまり進展をしないまま封じ手を迎える。お互いに、まだ探り合い段階。本格的な開戦は、明日に持ち越しとなった。この対局、どう転ぶかわからない。対局は気になるが、明日は俺も三段リーグの対局がある。師匠の心配ばかりもしていられない。とは言っても、気になって仕方ないわけだが。それに、明日大事な対局が控えているのは俺と師匠だけでは無い。余計に、気になって仕方ない。その日の俺は、重なった対局の結果がどうなるのか気になって、夜もマトモに寝られなかったのだった。
次の日の早朝、俺と桂香さんは、銀子ちゃんの見送りのもと、玄関で出かける準備をしていた。今日は俺は三段リーグの対局、そして桂香さんは、マイナビ女子オープンチャレンジマッチに出場する。東京に向かう桂香さんに合わせて俺もこんな早朝に準備をしているが、別に俺自身は急ぐ必要が無い。俺の対局は、関西将棋会館での対局に割り振られている。急ぐ必要は無いのだが、師匠と桂香さん、二人の対局が気になって、家でジッとはしていられなかった。家に一人残る銀子ちゃんには悪いけど、早めに関西将棋会館に向かわせてもらう。
「銀子ちゃん、お昼御飯は冷蔵庫に入れてあるから、温めてから食べてね」
「うん、桂香さん頑張って」
「それじゃ、銀子ちゃん、いってくるよ」
「うん。いってらっしゃい」
そして俺と桂香さんは、家を出た。これから俺たちはそれぞれの闘いに向かう。まだ早朝だというのに、外は気が重くなるような暑さを俺たちに伝えてくる。今日も……熱い一日になりそうだ。
名人戦二日目の朝。鋼介はゆったりとした足取りで対局部屋へと向かっていた。一日目終了時点では、形勢は五分。しかし、鋼介には予感があった。二日目開局と同時に、形勢が一気に動くという予感が。あの名人が封じたのだ。凡庸な手を封じたとは鋼介には思えなかった。鋼介はゆったりとした足取りで対局部屋に入ると、そのままゆったりとした動きで上座に腰を下ろした。思考の大半を対局に傾けているため、体への運動信号がゆったりとしたものになってしまっている。今の鋼介には、自分が盤の前に座ったという自覚さえ無かっただろう。昨日からずっと、鋼介の意識は盤の前から一歩たりとも動いていなかったのだから。
そして、鋼介に少し遅れて、名人も対局部屋へと入ってくる。その姿には、貫禄があった。その名人が、上座に座る鋼介に目を向ける。いや、目を向けたのは鋼介が座る上座に向けてだろうか。数年他者に譲っている、名人戦の上座。その上座を奪還するべく、名人は下座へと腰を下ろした。今日の対局後には、来期上座に腰を据える者が決まっている。両者にとって負けられない大一番。その再開準備が始まった。駒を初期配置に並べ終え、記録係の読み上げる棋譜通りに駒を動かしていく。そして、昨日指し進めた局面へと動かし終えた。それを確認し、立会人が、封を解く。そして、封じられた手が読み上げられた。その通りに、名人が駒を指し進めた瞬間、夥しい数の閃光が盤と名人に降り注いだ。その手を確認し、鋼介は気を引き締め直す。名人が指した手は、大方の予想通り、開戦を告げる手だったのだ。
対局の再開が立会人に告げられると直ぐに、鋼介は手を進めた。名人の封じ手は、鋼介の予想手、その一つだった。返す手も既に決めていた。鋼介が名人の手に応じたことによって、ここに開戦の狼煙が上がる。その後はお互いに考慮時間を十分に取り、一手一手を慎重に進めていく。開戦間もない盤面だが、既に何手か、見る者が思わず唸りたくなるような妙手が飛び出している。そして、また鋼介から妙手が一つ。しかし、一体誰が思うだろう。この鋼介が指している妙手の数々が、過去に小学生によって指された手だということを。
鋼介には、小学生の内弟子が二人いる。二人とも、鋼介とは違い将棋の才能に溢れた天才だった。一方はもうまもなく、史上初の小学生プロ棋士になれる可能性のある棋界の歴史上、類を見ない天才。もう一方は、これまた史上初の、女性プロ棋士を目指せると周りに感じさせる、女性棋士最高峰の天才。その二人は、家でもよく将棋を指していた。そして、二人ともが相掛かりを得意として、好んで指していた。鋼介もよく、二人の相掛かりを観察していた。その盤面では、到底小学生が指しているとは思えないほどの、高度な相掛かりが展開されていた。それこそ、思わず鋼介が唸ってしまうほどの妙手も飛び出す、ハイレベルなものだった。それこそ、プロでも通用しそうなほどの。
その手を、鋼介はこの対局に取り入れていたのだ。その手が最大限に活かせる局面、その局面に名人を誘導してきた。一日目は、その誘導に全ての神経を集中させていた。そして勝負の二日目、鋼介は弟子の力を借り、攻勢に出る。鋼介は、この対局勝てるという自信があった。鋼介一人の力なら、厳しい対局になっていたかもしれない。しかし、自分達親子の力が合わされば、必ずあの名人にだって打ち勝てる。そう信じて、鋼介はまた一つ手を進めた。弟子から借り受けた手を。勝負の二日目はまだ始まったばかり。今日も、長く熱い一日になりそうだ。鋼介は、盤面に神経を集中させながらも、密かにそう思ったのだった。
「負けました……」
俺の声が、静かな対局室に響き渡る。負けた。これで今日の対局、2連敗だ。師匠と桂香さんのことが気になりすぎて、対局に全く集中できなかった。散々な俺の将棋を見て、対局中にも関わらず、相手から心配するような目を向けられてしまった。恥ずかしい。まぁ、俺の事情を察してくれてる人も中にはいるみたいだが。中には、師匠が勝てるといいな、と、優しく声を掛けてくれる人もいた。自分のことで一杯一杯だろうに、本当に優しい棋士だ。そういう人の将棋人生が幸多きことを祈りたい。いざ対局をするとなったら、容赦しないけどね。
「遅い」
そして、早足に関西将棋会館を出た俺を、銀子ちゃんが出迎えてくれた。なんで?
「銀子ちゃん、どうしたの?」
「今から、師匠のところに行くわよ」
……はい?
「えっと……もう一回聞いていい?」
「師匠のところに行く。荷物纏めてきたから、早く行くわよ」
よく見ると、銀子ちゃんはカバンを二つ持っていた。その内の一つを俺に渡してくる。中身を見ると、着替え等の宿泊セットが詰め込まれていた。どうやら、向こうで一泊する気満々らしい。どんだけアグレッシブやねん。
「うん。わかった!行こう!」
まぁ、アグレッシブなのは俺も一緒か。何も、今すぐ師匠のもとに駆けつけたかったのは、銀子ちゃんだけでは無いのだ。俺だって、そうなのだ。俺は、銀子ちゃんの左手を握ると、そのまま早足で駅へと向かったのだ。目指す先はただ一つ。師匠の決戦の地、京都へ。
本当は2部構成のつもりでしたが、前編が予想以上に長くなりそうだったので分割し、3部構成に変更します。
場合によっては、4部構成になる可能性も?
まぁ、たぶん3部で終わる。
というわけで、名人戦の決着は次回です。
今話は導入部ということで、内容少し薄めですけど、ご容赦ください
次話は熱くできるようにがんばる
そして、まだ書き終わってませんが、自分は14巻読んできますね
えぇそうです。
早く読みたかったっていうのも分割した理由の一つですよ?(キッパリ
次話は14巻読み終わって、直ぐに執筆して、月曜ぐらいに投稿できたらなと思います
あくまで予定ですけど
八銀はジャスティス