この手を離さない 作:八銀はジャスティス
本来書くつもり無かったのですが、14巻を読んだら甘い八銀を書かずにはいられなかった
とびきり甘い八銀を
1時間で考えたプロットなので、内容にはあまり期待しないで下さい
あくまで、自分に対する心の洗浄が目的なので
今話、銀子ちゃんの料理描写があります
銀子ちゃんの料理描写に関しては、原作とゲーム版で大きく乖離していたので迷っていたのですが、原作準拠ということにさせていただいてます
ご了承下さい
今話は、pixivにも単体作品として投稿しております
合い言葉は、八銀はジャスティス
その日俺は、自宅であるボロアパートの一室で、一人盤と向き合っていた。
二月半ばとなり、順位戦も佳境に差し掛かっている。C級1組に在籍する俺は、ここまで全勝。B級2組昇級に最も近い位置にいる。このまま、A級まで一気に駆け上がれたらいいな。しかしその日、盤の前に座る俺は終始落ち着かず、ソワソワしていた。その原因は、今日という日にある。
2月14日。世間一般では、この日のことをこう呼ぶ。バレンタインデーと。
海外ではまた異なるが、日本では、女の子が男の子にチョコを贈るのが一般的なバレンタインとなっている。チョコの意味合いにも色々ある。義理チョコや、友チョコなどがよく聞く意味合いだろうか?最近では、男が男に贈るホモチョコなんていうのも流行ってるらしい。ホモォ……
そして、男なら誰もが欲しがる、バレンタインにおけるチョコの種類、そのトップカーストに位置するものが存在する。その名もズバリ、本命チョコ。女の子が、好きな男の子に贈る、正しく本命の相手に贈るチョコレートだ。男は、誰もが欲しくて、貰ってる奴がいたら血の涙を流して拳を握りしめるほどに重い意味のこもったチョコレートなのだ。
……俺が本命チョコを貰ったことがあるかだって?俺にそんなものくれる女の子なんていないよ。なんか義理にしてはやけに気合の入ったチョコを渡してきた子は何人かいたけど、あくまで義理にしては、だ。俺にそんなものをくれるような子なんているわけが無い。去年までは。
そう、去年まではだ。去年と今年ではバレンタインの意味合いが大きく変わってくる!なんと!……なんとなんと!……な、なんと!……俺に彼女ができたのだ!どんどんぱふぱふ!というわけで、だ。確定で本命チョコがもらえちゃうわけです!やったぜ
「ん?」
なんて浮かれていると、俺のスマホが鳴った。誰かからメッセージが来たようだ。もしかして!と思いつつ送り主の名前を見る。その相手は桂香さんだった。送られてきたメッセージはたった一文。
『頑張って漢を見せるのよ!』
……どういうこと?桂香さん、意味がわからないです。
ピンポーン
俺が桂香さんから送られてきたメッセージの意味を考えていると、我が家のチャイムが来客を報せる。今家に来る客なんて、俺には一人しか心当たりが無かった。
「はーい。どちらさんですかー?」
「私」
きたー!銀子きたー!というわけで、俺の彼女、未来の嫁、空銀子の登場だ。俺は慌ただしく立ち上がり、大急ぎで玄関のドアを開ける。開けた先には、俺が今日会いたいとずっと待ち焦がれていた愛しい彼女の姿があった。
「来たわよ、八一」
「いらっしゃい、銀子ちゃん」
俺は我が家に銀子ちゃんを招き入れる。銀子ちゃんは家に入るなり、テーブルの上に持ってきていた荷物を置いた。スーパーのビニール袋。その中に食材と思われるものが大量に入っていた。これ、何に使うの?
「さてと、まずは……八一、出せ」
「出すって、何を?」
「他の女から貰ったチョコ」
「誰からも貰ってないよ!」
貰うも何も、今日人に会ったのは銀子ちゃんが初めてなのだ。出す物なんてどこにもない。
「本当に?」
「だって銀子ちゃん以外に今日会ってないんだよ?貰いたくても貰えないよ」
「じゃあ、今日私以外に会うの禁止」
「まぁそれは、元々会う予定も無いからいいけど、義理もダメなの?」
「八一ならどうせ、義理と本命の区別も付かないでしょ?だから禁止」
「それぐらいわかるわ!そもそも、本命なんて過去に一度も受け取ったことないし!」
「……ばかやいち」
えぇ?なんで本命受け取ったことが無かったらバカって言われるんですか?おかしくない?
「まぁいいわ。八一、キッチン貸して」
「キッチン?銀子ちゃん、何するの?」
「何って、今日はバレンタインでしょ?今からチョコレートケーキを作ってあげるから待ってなさい」
そうか!銀子ちゃんが俺のためにチョコレートケーキを作ってくれるのか!やった嬉しい!流石俺の彼女!これは、完成が楽しみだなー!……ってちょい待てやぁ!
「銀子ちゃんが……ケーキを作る……?」
「なによ?その顔は」
銀子ちゃんに怪訝な顔を向けられる。いや、俺じゃ無くても銀子ちゃんの料理を知ってたらこんな顔するって。こんな青ざめた顔を。銀子ちゃんの料理はまるで魔法だ。驚くことにこの子、無(害)から有(害)を作り出せるのだ。イッツエンターテイナー!つまり、料理が全く、からっきし、これっぽっちもダメなわけです。それはもう、命に関わるような料理、物体Xを作り出してしまうほどに。
「えっと……因みに、銀子ちゃん、作り方わかるの?」
「桂香さんに教えて貰ってきたから大丈夫」
桂香さああああああああああああああん!何してくれちゃってるんですかああああああああああああああ!さっきのメッセージそういう意味かよおおおおおおおおおおおおおおお!つまり桂香さんは俺にこう言いたかったのだ。好きな子の料理なら、どんなにマズくても笑顔で美味しいといって食べるのが漢でしょ?と。
なるほど、確かにそうだ。桂香さんの言いたいことはよく伝わった。俺も漢だ。覚悟を決めないといけない。
「銀子ちゃん」
俺は桂香さんに言われた通りの未来へ進むため、覚悟を決める……
「それよりも先に、研究しませんか?」
時間を稼ぐことにした。やっぱり今すぐには無理!
「研究?そんなの後でいいじゃない。それに、私が料理してる間だってできるし」
「凄く難しい研究で、中々思うように進まなくって!この研究が進まないと銀子ちゃんがケーキを折角作ってくれても、美味しく味わえなさそうだし、一人の力だと行き詰まってたんで銀子ちゃんの力を借りたかったところなんだ!」
「……そこまで言うなら」
俺の鬼気迫る説得に銀子ちゃんが折れてくれた。良かった。延命成功だ……
とは言え、研究がしたかったのは事実だ。それは、嘘偽り無い。今後の棋戦において、重要になってくるであろう研究だ。この研究は銀子ちゃんにも共有したかったし、丁度良かった。
「それじゃ、こっち来て」
「うん」
「それじゃ、よいしょっと」
「え?ひゃわっ!」
可愛い悲鳴を上げながら、銀子ちゃんが俺の膝の上に乗っかる。俺たちの研究部屋でもやったことのある、あのスタイルだ。
「ちょ、ちょっと八一!きゅ、急にこんな体勢……」
「こんな体勢って、研究部屋では銀子ちゃんが俺に強制してきたよね?」
「……したけど……」
「だったら良いじゃん。それに、この体勢の方が盤面の意識を共有できて、研究に最適なんです」
「……本音は?」
「この体勢だと銀子ちゃん触り放題だからテンション上がるぅ!」
「やっぱりそれが目的だったのね!」
研究したかったのは事実だけど、折角のバレンタインに銀子ちゃんと二人きり!こんなの、イチャつかずにはいられないよね!
「あぁ、銀子ちゃんのほっぺの感触気持ちいい……息を吸い込むと銀子ちゃんの匂いがする……すげー良い匂い……最高……」
「ちょ、ちょっとやいち……ダメだよこんなの……」
「あ、ごめん、銀子ちゃん、嫌だった?」
「まぁ……嫌じゃない……けど……♡」
そう言って銀子ちゃんは自分の髪を弄っている。顔は見えないけど、その雰囲気はそこはかとなく嬉しそうだ。
「けど……」
「けど?」
そう言うと、銀子ちゃんは一度立ち上がり、180度回転してから俺の膝の上に戻ってきた。つまり、俺たちが超密着して向かい合う姿勢になったのだ。
「こっちの方が、お互いの顔も見れるし、いいかも♡」
うぉおおおおおおおおおおお!なんちゅう甘いこと言ってくれるんや!あやうく俺の理性が砕け散りそうになってしまった。
「ん……やいちの匂い……♡」
そう言いながら、銀子ちゃんは俺の胸に頬擦りをしてくる。やだ、可愛い。あぁ、これはあれだ、あれだな。もう、お互いスイッチが入っちゃった奴だ。もう、お互い抑え切れそうにない。
「銀子ちゃん……」
俺はそこで一度、優しく、強く、銀子ちゃんのことを抱きしめた。銀子ちゃんも同じように、抱きしめ返してくれる。お互いの温もりを味わうように、強く、優しく。そして、どちらからともなく腕をほどくと、これまたどちらからともなく、唇を重ねた。
「んっ……♡」
銀子ちゃんの甘い声が聞こえる。世界でただ一人、俺だけが聞くことのできる銀子ちゃんの甘い声。そんな優越感に浸りながら、俺達は長い時間、お互いの唇を重ね続けた。お互いに息をすることも忘れて、ただ、お互いの温もりだけを求めて、長い時間、唇を重ね続けた。
「ぷはぁ」
そしてやがて、流石に限界がきてお互いの唇が離れる。
「やいち……」
名残惜しそうに、自身の唇を撫でながら、銀子ちゃんは俺の名前を呟く。そして、トロンとした瞳で、上目遣いをしながら、こう言ってきた。
「いいよ……」
何がいいのかなんて野暮なことは聞かない。つまり銀子ちゃんは、あの日病院でしようとした続きをしてもいいと言っているのだ。好きな子からそんなことを言われて、俺の理性が保てるわけがない。俺はもう一度、銀子ちゃんの唇を奪う。
「んっ……♡」
そしてそのまま、俺の手は銀子ちゃんの胸へと伸ばす。小さくも柔らかい、その場所へと触れる。
「んっ、んー♡」
唇を塞いでしまっているので、銀子ちゃんが何を言っているのかはわからない。だけど、拒否はされていない。むしろ、悦んでいるように感じる。俺は銀子ちゃんの唇から唇を離すと、そのまま唇を耳へと持っていった。あの日病院で発見した、銀子ちゃんの急所へと。
「ひゃっ……♡んんっ……♡あぁっ……♡やいち、だめだよ……♡」
言葉では拒否しているように聞こえるが、実際には逆だ。銀子ちゃんがもっとして欲しいと求めていることがわかる。俺は銀子ちゃんが求めるままに、唇、そして手の動きを激しくしていく。
「ひゃん……♡ダメだってやいち……♡そんな激しいの……♡」
銀子ちゃんの反応も良好だ。良い感じに仕上がってきた。俺は、このまま一気に詰めろをかけようと、銀子ちゃんの服を脱がしにかかった。
ピンポーン
……脱がしにかかろうとしたところで、来客を報せる音が鳴る。これは、詰めろ逃れの詰めろ?
「……はぁ、どちら様ですか?」
「九頭竜さんに、お荷物が届いています」
どうやら、来客は宅配業者だったらしい。なんちゅうタイミングの悪さ。だけど、出ないわけにはいかない。俺は印鑑を手にして、玄関のドアを開けた。そして、荷物を受け取る。その荷物は、冷蔵便で送られてきていた。俺は宅配業者さんにお礼を言うと、家の中へと戻った。
「荷物?誰から?」
「あぁ、あいからだよ。たぶん、バレンタインのチョコレート」
そう。送り主は関東に籍を移したあいだった。家は出て行っても、こうやってバレンタインにチョコを送ってきてくれる。なんて良い弟子なんだ……!
「八一、この家、トンカチ置いてたっけ?」
「あるけど、そんなの何に使うの?」
「その荷物を叩き割る」
「なんで!?」
折角あいが送ってきてくれたのに、そんなのってあんまりだよ!
「いくら銀子ちゃんだからと言って、流石にそんなことさせないよ!これは俺がちゃんと責任を持って食べるから!」
「いいわ。だったら選ばせてあげる」
「選ぶ?何を?」
「トンカチを取ってきてチョコを割られるか、今すぐここでぶちころされるか、どっちが良い?」
「今すぐトンカチ取ってきます」
すまんあい。やっぱり銀子ちゃんには敵わなかったよ。上下関係っていうのはな、棋界では絶対なんだ。お前も、大きくなったらきっとわかるよ。俺は、目の前で包装状態のまま砕け散っていくチョコを眺めながら、静かに心の中であいに謝罪した。後でちゃんと、粉々になっても食べるからね。
「さてと、それじゃそろそろ始めるわ」
「始めるって何を?」
「決まってるでしょ?ケーキ作り」
そうでしたあああああああああ!それが本来の目的なんでしたあああああああああ!
銀子ちゃんとイチャつくことに夢中で、すっかり忘れてた!ヤバイ。覚悟どころか記憶から抹消しちゃってたよ。今の来客のせいで、ムードも完全に壊れてしまった。研究を理由に引き留めることはもうできないだろう。もう、銀子ちゃんを止める手段は無い。……仕方ない。ここは最終手段だ。
「銀子ちゃん、俺も一緒に作っていい?」
銀子ちゃん一人だと、何をしでかすかわからない。だったら、直ぐ側で俺が見てればいいのだ。
「八一が?別に私一人でいいわよ。八一はできあがりを待ってて」
「でもさ!流石に銀子ちゃん一人に作ってもらうのは悪いよ!それに、来月のホワイトデー、俺対局入ってるし、当日にお返しできそうに無いからさ!そのお返しも兼ねてってことでさ!」
「……まぁ、そこまで言うなら」
よっしゃああああああ!俺の鬼気迫る説得第二弾に折れて、銀子ちゃんが一緒に作る許可をくれた!これで最悪の事態は免れる……はず……?
「それで、最初は何をするの?」
「まずは下準備」
下準備。つまり序盤戦術か。ここで戦型を決めるわけだな。それで、今回の戦型はチョコレートケーキというわけだ。後は、定石を辿っていくだけ。
「けど、八一って料理したことあったっけ?」
「無いけど、覚えないといけないよね」
「なんで?」
「だって、銀子ちゃんに任せっきりじゃいられないでしょ?俺もできるようになっておかないと。……俺たち、結婚するんだからさ」
「ッ!……もう、やいちのばかぁ♡」
俺たちは結婚することを誓い合った。……まぁ実際には俺が一方的に誓っただけで、返事はもらえていないわけだけど。とは言っても、銀子ちゃんも拒否してるわけじゃないし、反応も満更でも無さそうだ。たぶん、答えを返すのを恥ずかしがってるだけなんだと思う。だから、実質誓い合ったようなものなのだ。
「それじゃ、さっそく作っていくわよ」
「わかった俺は何をすればいい?」
「八一はこのチョコレートをピーラーで削っておいて」
銀子ちゃんはそう言って、ピーラーと市販されている板チョコを手渡してきた。それぐらいなら、俺にもできそうだ。俺は言われたとおりに、板チョコを少しずつ削っていく。削っていきながらも、銀子ちゃんの様子を逃すこと無く観察している。銀子ちゃんは、板チョコを細かく刻んだり、卵を卵黄と卵白に分けたりと、
「次はスポンジを作っていくわ」
スポンジ作り、ここから中盤戦というわけだ。
「わかった。俺はどうしようか?」
「八一は泡立て器……はコツがいるから初めての八一には難しいかな。ハンドミキサーでこの卵白を、全体が白くなるまで泡立てて」
銀子ちゃんが、俺にボウルに入った卵白とハンドミキサーを手渡してくる。これで混ぜるだけでいいのか。だったら余裕だね!俺はハンドミキサーのスイッチを入れ、盤面全体を隈無く攻めていく。攻めていきながらも、銀子ちゃんの様子を観察するのは忘れない。この様子だと大丈夫そうだけど、何があるかわからない。俺は、銀子ちゃんの(料理の)味を知ってしまっているのだから。
銀子ちゃんは俺と別のボウル、卵黄の入ったボウルを泡立て器で混ぜようとしている。卵黄と一緒に、溶かしたチョコレートとそして、特濃ソースを一緒に加えて……ってちょっと待てい!
「銀子ちゃん何入れようとしてるの!?」
「何って、チョコレートだけど」
「そっちじゃない!もう片方!」
「隠し味の特濃ソース」
「なんでソースをケーキに入れるの!?」
「これを入れたらより一層色がどす黒くなるから」
どす黒くって何!?なんで普通の黒じゃダメなんですか!?
「それに、ソースをかけたら何でも美味しくなるから」
何でもは美味しくならないよ!そう思うのは銀子ちゃんだけだから!誰かこの子の味覚を調べてあげて!絶対異常アリだよ!そもそも隠し味って、隠す気もないでしょ!
「とにかくソースは禁止!銀子ちゃんの料理なら、隠し味なんて無くても普通に作ってくれたら、それだけで美味しいから!あ、だけど……」
「だけど?」
「愛情を隠し味に加えてくれたら、嬉しいかな」
「ッ!……もう、やいちったらしょうがないなぁ♡……だけど……」
「だけど?」
「八一もいっぱい……愛情加えなさいよ……?」
はい!もう喜んで加えます!え?いいの?本当にこんな可愛い生き物が俺の彼女でいいの?俺、恵まれすぎてない?夜道で刺されない?大丈夫?あぁもう、こんなこと言われたらいっぱい加えるしか無いじゃん!もう、隠す気も無いぐらい加えちゃう!
その後も和気藹々とケーキ作りを行っていく。銀子ちゃんはその後、普通にケーキ作りを行ってくれた。銀子ちゃん、意外と料理できたのね?あれかな?今まで散々な料理を作ってたのは余計な隠し味を入れてたせいだったのかな?だったら、今後は隠し味を入れないように見張ってたら、美味しい銀子ちゃんの料理を食べれるかな?……まぁ、隠し味に愛情だけは毎回入れてほしいけどね。
そしてスポンジとチョコホイップクリームも完成し、遂にケーキ作りも終盤である仕上げ工程に突入だ。ここから一気に、寄せに入る。
「次はどうするの?」
「まずはこのスポンジを横切りで三等分する」
銀子ちゃんは言った通りに、ケーキを切り分けていく。そして、ハケを二つ取り出した。
「八一、このハケを使って切り分けたスポンジにシロップを塗っていって」
「塗るって、こう?」
「そう。そんな感じで、余すところなくお願い」
俺は銀子ちゃんに指示された通り、ハケでスポンジにシロップを塗っていく。銀子ちゃんも俺と同じように、別のスポンジにシロップを塗っている。お互いに、一つずつ、スポンジにシロップを塗っていく。そして、お互い同時に、一つのスポンジにシロップを塗り終え、最後のスポンジに同時に手が伸びる。お互いの手が、一つのスポンジを掴む。
「……一緒に塗ろっか」
「そうね」
そして俺たちは二人一緒に、一つのスポンジにシロップを塗っていく。テーブルとスポンジを挟んで、お互いに向かい合って、シロップを塗っていく。
「よく考えるとさ……」
「何?」
「これ、俺たちの、初めての共同作業なんじゃないかなって」
「ふぇっ!?」
研究等の将棋関係のことは抜きにして、今まで銀子ちゃんと何か共同で作業した記憶が全く無い。あったとしても、清滝家の手伝いや、会館の仕事を手伝ったり、俺たち二人以外の誰かが介入している時だけだ。完全に二人だけで、しかもお互いのための作業となると、これが初めてだと思う。
「……言われてみれば、そうかも」
「初めての共同作業がケーキ作りなんてね」
初めての共同作業と言えば、結婚式で行うケーキ入刀が有名だ。だけど、俺たちはその土台となるケーキから共同で作ってしまったというわけだ。もうこれ、実質夫婦だよね?そしてその後、シロップを塗り終えたスポンジに、チョコホイップクリームを塗りながら重ねていく。重ね終えたスポンジの側面に、残りのチョコホイップクリームを塗って、俺がピーラーで削ったチョコをたっぷり振りかけ、フルーツで飾り付けをすれば完成だ。俺たちの初めての共同作業はこうして終了した。
「できた」
「うん!完璧なチョコレートケーキだ!美味しそう!」
俺たちは完成したチョコレートケーキを早速食べることにした。銀子ちゃんが包丁を手にして、ケーキを切り分けようとしてくれている。
「はい、八一」
しかし、その持ち手を俺に差し出してきた。
「え?俺が切るの?」
「そうじゃなくて……これはホワイトデーのお返しでもあるんでしょ?だから……どうせなら二人で一緒に切りたいなって……」
なんだよその可愛い提案!!そんなの答えは一つしか無いじゃん!
「うん!切ろっか!何回でも切ろう!」
「流石に何回もは切らないけど……」
俺は銀子ちゃんに誘われるままに、右手で包丁の柄を銀子ちゃんの左手ごと握る。そして、その刃の照準をケーキに合わせる。
「それじゃ、いくわよ」
「うん!」
そして、包丁で少しずつケーキを切り進めていく。ケーキ入刀だ。右手に、銀子ちゃんの温もりが伝わってくる。チラッと隣の銀子ちゃんに目を向けると、口元が嬉しそうに、笑みを浮かべていた。きっと今、俺たちの思いは重なっていることだろう。この時間が、永遠に続けばいいのに。そういう想いを込めて、少しでも長い時間続けようと、ゆっくり、ゆっくりとケーキを切り分けていく。だけど、当然そんな時間が永遠に続くわけがない。そう時間もかからずに、ケーキは綺麗に六等分されてしまった。
「……終わっちゃったね」
「また作ればいいさ。いつだって、何回だって。俺たちにはこれから先、いくらでも、時間があるんだから」
「そうね……そうよね」
そう呟いてから銀子ちゃんは、コーヒーを煎れてくれた。そして、コーヒーと一緒に、皿に取り分けたケーキを渡してくれる。これで、準備は完成だ。
「それじゃ、食べるわよ」
「うん……頂きます!」
俺は、そのチョコレートケーキを迷わず口に入れた。銀子ちゃんの料理を食べる覚悟?そんなもの、今となっては必要無いとわかっている。俺は、口の中を駆け巡る甘味を堪能してから、苦いコーヒーと一緒に胃の中に流し込んだ。
「美味しい!」
「ほんと、美味しい……これは大成功ね」
銀子ちゃんの言うとおり、間違いなく大成功だ。まさか、こんなに美味しく仕上がるとは。正直驚いた。そして何よりも、このケーキからは……
「「愛情の味がする」」
俺たちの声が重なった。その声を聞いて、俺たちは互いに見つめ合い、そして
「あはは」
「うふふ」
どちらからともなく笑い出した。どうやら、隠し味で入れたつもりが、全く隠せてなかったらしい。愛情の味ってなんだよ?って思われるかもしれないけど、本当にそんな味がするんだからしょうがない。
「はい、八一。バレンタインのプレゼント。あーん♡」
「あーん♡」
そして、それに気を良くしたのか、銀子ちゃんは普段なら自分からは絶対やらないような、『あーん♡』までしてくれた。これはあれだ。追愛情というやつだ。
「はい銀子ちゃんも、ホワイトデーのお返し、あーん♡」
「あーん♡」
そして、俺からも銀子ちゃんにホワイトデーのお返しを送る。けど、このケーキを作ったのは、ほとんど銀子ちゃん一人だ。実際には、俺はほんのちょっと手伝っただけで、メインとなる工程は銀子ちゃん一人でほとんど終わらせてしまった。お返しがこれだけだと、流石に申し訳無くなってしまう。……そうだ。確か冷蔵庫にあれがあった。
「銀子ちゃん、ちょっと待っててね」
俺は椅子から立ち上がると、冷蔵庫へと向かった。その冷蔵庫から、俺はとある物を取り出す。
「はい、銀子ちゃん。これが俺からの、本格的なホワイトデーのプレゼント」
そして俺は、それを銀子ちゃんに渡した。それは、マカロンだった。昨日偶々買ったものだ。とあるお店の前を通りかかった時このマカロンの店外試食をしていて、美味しかったからつい買ってしまったのだ。普段はあまり買わないのだけれど、何故か昨日は、買って帰らないといけないという衝動に駆られてしまった。でも今思えば、この時のために買ったのだと思えている。
「これは……マカロン……?」
「うん。俺からの感謝の気持ち。銀子ちゃん、これからもよろしくね。ずっと、ずっと」
「八一……うん、私こそ、よろしく……ずっと、いつまでも……」
銀子ちゃんはそう言って、優しく微笑んだ。その瞳には、薄らと涙が浮かんでいた。そういえば、ホワイトデーのお返しには、送る物の種類によって異なる意味合いが込められているんだった。マカロンの意味はなんだったかな?全然覚えてないや。銀子ちゃんは、そのことを知っているのだろうか?……まぁ、知ってたとしても、きっと悪い意味合いでは無かったのだろう。それは、銀子ちゃんの顔を見ればわかる。こんなにも嬉しそうに、微笑んでいるのだから。
その後も俺たちは、一日を通してお互いの愛情を確かめ合った。これからもきっと、ずっと、ずっとずっと、こんな幸せな時間が続くのだろう。それこそ、永遠に。そう思わずにはいられない、バレンタインの甘い一時だった。
14巻を読んで、衝動に駆られて書いていた
過去ずっとりゅうおうを追いかけてきて、こんなに読むのが辛かった巻は初めてです
そして、本作なのですが、14巻の内容を考慮すると、プロットが完全に崩壊してしまい、作品そのものが変わってしまう事態になっています
しばらくは大丈夫なのですが、後の展開がもはや全滅です
その結果を受けて、考慮した結果、修正は最低限に留めて、従来のプロットのままで進めていこうと思います
要するに、本編における前生の話そのものが、原作とは異なる話になるということです
完結最優先に考えて、そのような処置を取らせていただくことにしました
申し訳ございませんが、ご容赦頂くようにお願いします
以下、14巻を読んで、本作も交えた自分の想いを語らせて頂きます
14巻に関するネタバレも含みます
まだ読まれてない方や、自分の語りに興味が無い方はここでブラウザバックすることを推奨します
まず初めに、14巻を読んで自分は、軽い鬱のような症状になっています
禄に睡眠も取れず、食欲も湧いてこない
それほどまでに、自分にとって14巻の内容は衝撃的でした
以前に空銀子生誕祭特別編のあとがきでも語らせて頂いたのですが、自分は空銀子というキャラに強い情念を抱いています
だからこそ、ここまで苦しむ銀子ちゃんを見て、あまりにも辛かった
それが、銀子ちゃんの望んだことだというのはわかっています
わかっているのですが、傷つき苦しむ銀子ちゃんを見ているのが、本当に辛かった
そして、望む夢のために八一から離れる選択をした銀子ちゃんを見て、本当に胸が張り裂けそうになりました
あまりにも、あまりにも一途で、悲愴な想い
どうして神様は、こんなに彼女のことを苦しめるのか
そう思わずにはいられません
本作の目的は、二人の過去を変えることです
それが主人公八一の掲げている目標でもあります
ですが、自分が本作を書いた切欠は、決して二人の過去を変えたいという理由ではありません
この作品は、未来がこうあって欲しいという自分の想いから生まれました
本編第1局は、銀子ちゃんが八一を看取る場面から始まります
この場面は、銀子ちゃんが八一よりも長生きしてほしいという自分の想いから生まれました
いえ、決して八一よりも、というのを望んでいるわけでは無いので、その言い方には語弊がありますね
とにかく、長生きして欲しい
銀子ちゃんにはとにかく、長生きして欲しいという自分の想いから生まれました
他にも、様々な場面で、自分は前生の話、今では異なってしまいましたが、以前通りに呼ぶならば原作の未来の話を取り入れてきました
その内容はほぼ全て、自分の、このキャラは未来でこうなっていてほしいという想いから生まれました
一部、未来ではこうなってそう、と言う予想から生まれたものもありますが、それは今は置いておきます
つまり自分は、過去よりも未来に想いを馳せてこの作品のプロットを作り、ここまで執筆してきました
今更、そのスタンスを変えるつもりはありません
この先も、原作と異なる道を歩んだとしても、自分は最初に自分が描いたプロットから大筋を変えずに、完結まで走っていこうと思います
完結まではまだまだ長い道のりになりますが、これからもどうか、お付き合い頂けたらなと思います
どうか、よろしくお願いします
そして最後に、今後の原作八銀について少し触れさせて下さい
14巻で、まぁ、銀子ちゃんが一方的にではありますが、八銀はしばらく離れて生活する道を選びました
何年かかるかわからないですが、プロとして八一と公式戦を闘える道を銀子ちゃんが選んだわけですね
その選択は、辛く苦しいものだったに違いありません
本当は、銀子ちゃんだって、八一と一緒にいたいに決まっています
それでも、銀子ちゃんは未来では無く夢を選んだ
その選択を俺は尊重します
どんな結末が待っているにしても、二人が選んだ道なら俺はその選択を尊重しようと思います
例え、二人が結ばれない道だったとしても
ただ、これは自分の単なる我が儘でしか無いのですが、二人が例え結ばれない道を選んだとしても、その後八一には、誰とも結ばれてほしくないのです
自分は本当に、銀子ちゃん以外の子と結ばれる八一を見たくない
絶対に、見たくないのです
それだけを今は、切に願っております
最終章開幕から、激動という言葉すら生温く見えるほどの、大波乱が巻き起こっておりますが、自分は今後も、変わらぬ愛で、りゅうおうのおしごと!を応援し続けていきます
願わくば、八銀の未来が幸福に包まれていますように
そう、切に願っております
ここまで長々とありがとうございました
今後も当作品「この手を離さない」を、末永くよろしくお願い致します
八銀はジャスティス