この手を離さない   作:八銀はジャスティス

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そろそろ、八一誕生日記念特別編の執筆に取りかからないといけないのですが、三段リーグ編が佳境なので、本編の執筆優先したい気もする
どっちも執筆できるように、体分裂したい(願望
合い言葉は、八銀はジャスティス


第44局 喰う者、喰われる者

昼食休憩を挟み、午後の対局開始時刻が迫っていた。関西将棋会館の対局室には、既に対局者が全員席に着いていた。俺と、そして俺の対局者も含めて。

 

「今日はよろしくお願いします」

 

「あぁ、よろしく」

 

眼鏡の奥の瞳が、俺のことを油断無く捉えていた。坂梨澄人さん。前生でも、三段リーグで対局した相手だ。あの時は本当に危なかった。勝った方が昇段の大一番、その終盤に、坂梨さんは指し間違いをしてしまった。それが無ければ、俺はあの時負けていた。そうなれば、俺はそのリーグで昇段できず、俺がタイトルを獲った竜王戦にも参加できなかった。俺の棋士人生に、多大な変化が起きていたことだろう。人生のターニングポイントと言っても過言では無いほどに、大事な一局だった。

 

そして、今生の坂梨さん、というよりも今期の坂梨さんは絶好調だった。残り3局とした現時点で、喫した敗北はたったの1敗。大混戦の今期において、単独首位を走っている。午前中に俺が勝った篠窪さんも坂梨さんに負けている。更に、あの歩夢に2敗目を付けたのもこの坂梨さんだ。とにかく、今期の坂梨さんは強い。確か前生では、俺と対局した時が初めての昇段チャンスだったはずだ。だが今生では、そうでも無いらしい。

 

「俺が三段に昇段して半年。初参戦だった前期のリーグを経験して、学んだことがある」

 

対局前に、坂梨さんは急にそんな話を始めた。一拍を置いて、坂梨さんは続きを話し始める。

 

「このリーグには、サメとイワシがいる。わかるか?喰う側と喰われる側だ」

 

そう言い、坂梨さんは駒箱を手に取った。駒箱は通常上位者が扱う物だ。昨期も三段リーグに参戦している坂梨さんは、俺よりも順位が高い。それを手に取る資格は、坂梨さんにあるだろう。

 

「俺はサメだ」

 

そう言う坂梨さんの視線は鋭い。まるで獰猛な肉食魚のような双眸が、俺のことを睨み付けてくる。

 

「お前もサメだろ?棋界の覇王。なら、どちらがより優れた捕食者か、優劣を付けようじゃないか」

 

そして、俺と坂梨さんの対局の火蓋が切って落とされた。先手は坂梨さんだ。坂梨さんの初手は、7六歩。シンプルに角道を開ける初手だ。俺も合わせて、3四歩と角道を開ける。すると直ぐさま、坂梨さんは6六歩と角道を閉じてきた。この時点で、対居飛車なら矢倉だと断定できるだろう。対居飛車なら。しかし、坂梨さんが相手なら矢倉では無いだろう。俺が6二銀と右の銀を上げると、坂梨さんは自身の駒を一枚掴んだ。その駒は……飛車だ。

 

6八飛車。それが坂梨さんの指した手だった。坂梨さんは振り飛車党だ。振り飛車というのは、基本的に居飛車に比べて守りに比重を置いた戦法だ。その分、攻撃力は居飛車に比べて劣ると言われている。その主な要因として、角の位置が挙げられる。角の初期位置から見た対角線。その方向は、相手陣の右側に向けられている。そして居飛車の場合、飛車が狙う直線スペースは相手陣の右側だ。つまり、両大駒が同じエリアに狙いを定めているのだ。だからこそ、より攻撃的な戦法を組むことができる。一方振り飛車は、飛車が基本的には相手陣の左側に狙いを定めているため、狙う位置が角と分かれてしまっている。だからこそ攻撃力は居飛車に比べて劣ると言われている。

 

高梨さんが今回指したのは、6八飛。左から四列目に飛車を振る四間飛車だ。その中でも、角交換を拒否した四間飛車、ノーマル四間飛車と呼ばれる型だ。そして高梨さんは玉を右側に移動させ始めた。囲いを形成するためだ。そのまま玉はスムーズに右側に移動していく。振り飛車のメリットが、この玉の移動がスムーズに行える分、囲いが形成しやすいことだ。基本的に囲いというものは、自飛車の逆サイドに形成する。居飛車の場合は左側、振り飛車の場合は右側だ。その大きな違いは、角の位置にある。角は、初期位置として盤の左側に置かれている。居飛車の場合は、そちらに向かって玉を移動させることになるのだ。そんな居飛車が、振り飛車と同じように玉を動かそうとしても、そうはいかない。坂梨さんは最終的に、2八の地点まで玉を移動させた。居飛車が同じように玉を動かすと、その位置は丁度角がいる場所だ。これが、振り飛車のメリット、その一つだ。

 

その後坂梨さんは、玉の左側に銀、金、金と三枚を、まるでジグザグを描くかのように配置していく。美濃囲い。多くの振り飛車党が愛用する、振り飛車党御用達の囲いだ。その特徴はなんと言っても、一見穴だらけのように見えるスカスカの陣形だ。だが、この穴こそが最大のメリットにもなる。穴がある分、玉や銀金がスムーズに陣形変更できるのだ。そして、横いっぱいに広がっている分、横からの攻撃にとにかく強い。その分、縦からの攻撃に若干弱いが、坂梨さんはその弱点もカバーするらしい。歩を上げて、更に一番左の金を、他の金銀と縦にジグザグを組むように上げる。高美濃囲いだ。これで、縦にも強くなった。だが、珍しい……というよりも古い将棋だった。前生でも、この型を見たのは一度きりだった。銀子ちゃんと釈迦堂さんの練習対局で見た、一度きりだ。というのも、この将棋がプロ棋戦で指されていたのは、俺が産まれるよりも前の時代のことだ。俺が将棋を始める頃には、既にプロ棋戦で指されなくなっていた。その理由は簡単だ。より強力な対抗戦法が台頭し始めたからだ。

 

坂梨さんとて、それは当然理解しているだろう。なのに関わらず、この戦法を選んだ。その真意がわからない。俺はその囲いを見て、思わず長考に入る。一応こちらとしても、その戦法を察知し、予め対抗形が組めるように駒組みは進めてきた。しかし、本当にこのまま駒組みを進めていいのだろうか?今ならまだ、他の囲いに変化することもできる。このまま素直に駒組みをするのも、危険な気がしてならない。まるで、誘い込まれているかのような、そんな嫌な予感が拭いきれない。しばし考えた末に俺は、結局最初から目指していた囲いに持っていくことに決めた。四間飛車が消える要因となったこの囲い、居飛車穴熊に。穴熊というのは、振り飛車の天敵だ。とにかく、横からの攻撃に滅法強い。振り飛車使いにとっての最重要課題は、いつの世もこの穴熊をどう攻略するかということだった。先述した銀子ちゃんと釈迦堂さんの対局では、四間飛車を使用した釈迦堂さんが勝った。しかしあれは、銀子ちゃんの心の隙を突いた釈迦堂さんの心理的戦術と、類い希なる釈迦堂さんの技量があってこそ勝てた将棋だった。通常、ノーマル四間飛車と居飛車穴熊が対峙した場合、四間飛車の勝率は良くない。それが、四間飛車が棋界から消えた要因だ。後に、振り飛車側から角交換を積極的に仕掛ける、角交換型四間飛車の登場により、四間飛車にまた注目があつまることになるが、それでもノーマル四間飛車としては、棋界でも見かけることは滅多に無い。

 

だからこそ、俺は問題無いだろうと判断し、そのまま居飛穴に潜ることにした。流石に、九頭竜穴熊にまでは組まない。桂香さんにも伝授したあの九頭竜穴熊は、通常の居飛車穴熊よりも数段固い分、囲いを形成するために、余分に手数がかかる。相手はノーマル四間飛車だ。流石に、余分に手数をかけてまで九頭竜穴熊に持っていかなくても、通常の居飛車穴熊で十分だろう。そう方針を定め、駒組みを進めていく。予めその方向を見据え駒組みを進めていた分、そこからそう手数をかけることもなく、居飛車穴熊は完成した。現代将棋では、穴熊を組めたら一本取ったと表現されるほどに、穴熊という囲いは優秀だ。これで一本取った。さぁ、坂梨さんはこの居飛穴を前に、どう仕掛けてくるのか?何が来ても受けきってみせる。そう意気込み、坂梨さんに顔を向ける。坂梨さんの顔は、居飛車穴熊を前にしても、冷静そのものだった。

 

「……今期の俺は、昇段に最も近い位置にいる」

 

そして、坂梨さんは急におしゃべりを始めた。このしゃべっている間も持ち時間は減っていくというのに、坂梨さんはそれを気にもせずしゃべり続ける。

 

「九頭竜八一、お前の御陰だ」

 

早く指せばいいのに、そう考えていた俺の思考が一瞬止まる。そして直ぐさま坂梨さんが口にしたその意味を考え始める。俺の御陰?まるで意味がわからない。

 

「どういうことですか?」

 

「俺が九頭竜八一という棋士について知ったのは三段に上がる少し前のことだった」

 

俺の質問にも応えず、坂梨さんは語りを続ける。その目が、今は何も言わずに聞いてろと、俺に語りかけてくる。仕方なく俺は、坂梨さんの気が済むまでその語りに耳を傾けることにした。

 

「昨年の夏前、俺は神鍋との例会に臨み、そして完膚なきまでに負けた。あいつは関東が誇る天才だった。別に毎回負けてるわけでは無いが、それでも勝率はかなり悪い。あいつのせいで、三段に上がるのが遅れたと思えるほどにな」

 

坂梨さんはそう言うが、決して遅いことも無いだろう。坂梨さんが奨励会に入会してから確か約五年半だったはずだ。昨期も三段リーグに挑戦していたということは、約四年半で三段に昇段したことになる。十分すぎるほどに早い。創多のような比べてはいけない天才もいるが、あいつのことは今は置いておく。

 

「あいつは強い。三段リーグでも必ずぶつかる壁だ。だからこそ、あいつの研究をしなければいけない。そう考えた俺は、とにかくあいつの情報を集めようと様々な手段を用いた。あいつの指した棋譜を只管に並べてみたり、周りの奴らに聞き込みをしたり、多方面から情報を仕入れようとした。その中で、俺はとある将棋雑誌に巡り会った。憶えてるか?将来有望な奨励会員にインタビューを行ってた雑誌だ。お前もインタビューを受けてただろ」

 

坂梨さんに言われて思い出す。確かに、そんな雑誌があった。確か、昨年の二月頃に出た雑誌だ。歩夢が俺に、棋界の覇王なんて有り難くもなんともない称号を与えてくれた雑誌だ。

 

「その雑誌でのインタビュー記事を見て、俺は衝撃を受けた。あの神鍋が、勝利したことが無い小学生がいると書いてるんだ。驚いて、俺はその部分を二度見してしまったほどだ」

 

俺と歩夢のライバル関係と、現在の勝敗に関しては、将棋通の間では有名な話になっている。尤も、奨励会まで追ってるような相当コアな将棋通の間では、だが。俺か歩夢と深く関わってないような奨励会員にはそこまで浸透していない情報だろう。

 

「九頭竜八一。名は聞いたことがあったが、そいつに対してそこまで大した知識は持ち合わせていない。だが俺はその時、無性にその九頭竜八一という少年のことが気になってしまった。それというのも、神鍋のことを調べるよりも、こいつのことを調べた方が良いのではないかと思ったからだ。九頭竜八一。西の天才。棋界の覇王。間違いなく、こいつも三段リーグでの壁になる。調べておいて損は無い。それに、こいつを調べれば、神鍋に勝つ方法もわかるかもしれない。そう考えた俺は、その日から九頭竜八一という小学生のことを調べるようになった」

 

その坂梨さんの話を聞き、俺は驚愕した。前生において俺は、四段に昇段した期において、坂梨さんが一番手強い相手になると考え、事前に対策を研究していた。その結果、接戦の末に俺が勝ち、中学生棋士としてスポットライトを浴びることとなった。だが今生では、逆に坂梨さんが事前に俺のことを調べてきたというのだ。だとしたら、このノーマル四間飛車も、俺対策のための戦法だと言うのだろうか?でも、この戦法で一体どうやって俺対策を?そう考えていたが、どうやらまだ坂梨さんの話は続くらしい。

 

「そして運良く、俺は九頭竜八一へのインタビューが掲載されている回の、その雑誌を手に入れることができた。最初その雑誌を手にとって驚いたぞ。プロ棋士の先生方を差し置いて、小学生が表紙を飾ってるんだからな。それほど、注目度が高いということだろうが」

 

え?そうだったの?俺、その雑誌なんだか恥ずかしかったから買ってないんだよなー。自分のインタビューが掲載されてるのを読むのって、なんだか凄く恥ずかしく感じない?だから、完成したものを編集者さんがくれるって言ってくれたけど、丁重にお断りしていた。まさか、そんな表紙まで飾ってたなんて思わなかった。そういえばあのインタビューの時、やたらと写真撮られてた気がするな。あれ、表紙用だったのか。そういえば、銀子ちゃんがあの時の雑誌買ったって言ってた気がするな。何故か3冊も。今日帰ったら見せてもらおうかな。なんだか凄く気になってきた。

 

「そしてそのインタビュー内容を見て、俺はまたも衝撃を受けた。ここ数年プロ棋界で賑わってる戦法矢倉殺し。あの戦法を世に送り出したのが、まさか当時幼稚園児のお前だったとはな。プロではなく、アマチュアが産み出した戦法だとは聞いたことがあったが、まさか幼稚園児が産み出したとは思いもしなかった」

 

そういえば、矢倉殺しについてもインタビューで聞かれてた気がするな。坂梨さんは初耳だったらしい。それも仕方ないだろう。西の情報は、東に伝わりにくかったりする。その逆もまた然りだが。矢倉殺しは、プロでも研究に悩む戦法だ。アマチュアや奨励会員が研究することはまず無い。矢倉殺しに携わっていれば俺の情報も伝わるかもしれないが、そうでも無ければ、西ならまだしも、東の奨励会員ならば、俺と深く関わってる歩夢ぐらいしか知らないのではないだろうか。

 

「それからの俺は、とにかく九頭竜八一の棋譜を集め回った。些細な棋譜でもいいからと、とにかく集め回った。そして棋譜を見るたびに、衝撃を受けっぱなしだった。見たことも無いような戦法の数々。到底思いつくこともできないような一手。本当に、衝撃的な棋譜ばかりだった。そしてある時俺は、一枚の棋譜と出会う。あれは、前期の三段リーグ中のことだった。そうだ。俺は、三段リーグ参戦中にも関わらず、自分のすべき研究よりも、次期で当たるだろうお前の研究を優先していた。それが、今は必要なことだと信じて疑っていなかった。だが、それが正解だったと今は思える。その棋譜に出会えたのだから。それは、お前が出場した小学生名人戦、その西日本予選決勝の棋譜だった」

 

西日本予選決勝?確か、万智ちゃんとの初対局の時だっただろうか。万智ちゃん……との……まさ、か……?

俺はその坂梨さんの話を聞いて、顔が青ざめていくのが自分でもわかった。その俺の反応を見て、坂梨さんは俺が坂梨さんの話の意図に気付いたことを察したのだろう。上機嫌そうに、話を締めくくりにかかる。

 

「その棋譜で用いられていた戦法を見て、俺は衝撃を受けると共に、運命的な物を感じたよ。この戦法を使い熟せば、俺は四段にだってすぐになれるってな。流石に、その期中には間に合わなかったが、今期の頭には間に合った。必死に研究をしたからな」

 

そう言って坂梨さんは、一枚の駒を手に持った。漸く手を進める気になったらしい。だが俺はこのとき、指すな、指さないでくれと心の中で唱えていた。坂梨さんが話を始めたときは早く指せとか思ってたのに、今は全く真逆のことを考えている。このまま、時間が過ぎろと。だが、そんなこと、坂梨さんが許してくれるわけがない。坂梨さんの指が、駒をゆっくりと、しかし力強く盤に打ち付ける。

 

「礼を言う。九頭竜。俺がここまで腹を満たせたのは、お前の御陰だ」

 

坂梨さんが指した手、その手から繋げられる戦法を、俺は知っている。知っているからこそ、やめてくれと願った。違う手であってくれと祈った。しかし、現実はいつの世も残酷で、そんな願いは受け入れられない。坂梨さんが指した手、それを俺はよく知っている。何故なら、俺が産み出した戦法なのだから。その名も……

 

 

 

 

 

 

 

『穴熊殺し』

 

 

 

 

 

 

 

「俺はサメだ。サメをも飲み込む巨大ザメだ。九頭竜、お前は俺に飲まれるか?逆に飲み返すか?さぁ、足掻いて見せろよ」

 

そう言う坂梨さんの目は、どこまでも鋭く、油断無く俺を捉えていたのだった。




なんだか長くなりそうだったので、キリの良いとこで分割しました
次話はもう少々お待ちください
土日あたりになるかと思う
八一生誕祭、いつ執筆しましょうね
4連休丸々執筆できるといいな
まぁ、頑張ります
八銀はジャスティス
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