この手を離さない   作:八銀はジャスティス

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来週はついに八一の誕生日ですね
まだ誕生日記念特別編一文字も書いてないけど……
まぁ、がんばります
それと、今回八一の対局ですが、途中から三人称書きになっております
合い言葉は、八銀はジャスティス


第45局 棋界の覇王

『穴熊殺し』

 

俺が前生で産み出した戦法の一つだ。その名の通り、穴熊を殺す戦法。矢倉殺しは多様な変化に対応できる相応の高い棋力が必要になるが、穴熊殺しは、ある程度手順を憶えてしまえば、誰でも指そうと思えば指せる。現に、小学生名人戦で、銀子ちゃんも指した経験がある。そして俺も、今生において一度だけこの戦法を人前で指したことがあった。それが坂梨さんの言った、小学生名人戦西日本予選決勝、万智ちゃんとの対局だ。その対局で俺は、穴熊殺しを使うことによって万智ちゃんを即詰みに討ち取って見せた。その対局を参考にし、坂梨さんは穴熊殺しを独自に研究し自分の武器へと昇華させた。

 

しかしだ。あの万智ちゃんとの対局と今回の一局を比べて、疑問に思う点が一つ思い浮かぶだろう。万智ちゃんとの対局では、万智ちゃんの振り飛車穴熊に対して、俺の居飛車穴熊という構図となっていた。しかし、今回の対局は、俺の居飛車穴熊に対して坂梨さんが振り飛車に構える展開となっている。居飛車振り飛車が逆になっているのだ。振り飛車側から穴熊殺しを仕掛けることは可能なのか?そんな疑問が生まれるだろう。しかし、そもそもだ、そんな疑問を持つ方々は、穴熊殺しに対する認識、その前提から間違っているのだ。穴熊殺し、この戦法は、()()()()()()()()()()()()()()()ものなのだ。穴熊攻略。それは古今東西、振り飛車を指す棋士にとっての永遠の課題となっていた。振り飛車は穴熊に弱い。それは、将棋にとっての常識となっていた。その常識を覆すために長年研究し、そして遂に完成させたのがこの穴熊殺しだったのだ。前生で初めてこの戦法を披露した時は、それはもう棋界総出での大騒ぎとなった。生石さんには連日飲みに連れ回され、振り飛車党の皆からは救世主のように扱われた。その後も俺はその穴熊殺しの研究を継続し、相振り飛車穴熊や、居飛車側からの振り飛車穴熊攻略にも、様々なシチュエーションでの穴熊攻略に応用できることを発見したのだ。そしていつしか、棋界ではこのような言葉が囁かれるようになった。穴熊は終わった、と。

 

このように色々なパターンが研究されたこの穴熊殺しだが、原点は間違いなくこの形なのだ。振り飛車対居飛車穴熊。坂梨さんは、万智ちゃんとのあの一局を見て、穴熊殺し、その原点の存在に気づいたのだろう。本当によく気づけたものだ。そして、僅か半年ほどで自分の武器にしてしまうその努力量も凄まじい。おそらく坂梨さんは、このノーマル四間飛車穴熊殺しをもって、ここまで戦い抜いてきたのだろう。ノーマル四間飛車高美濃に構えれば、大抵の居飛車党は穴熊に構える。そうなれば坂梨さんの術中だ。為す術無く白星を坂梨さんに献上することとなる。万が一居飛車で穴熊に構えない相手や、相振り飛車になったりしても、坂梨さんの実力ならそう簡単に(おく)れを取ることはない。実力で白星をもぎ取ることもできるだろう。その作戦が見事にハマり、今期の素晴らしすぎる成績へと繋がったらしい。

 

しかし、こうなってくると多少手間をかけてでも、九頭竜穴熊に構えなかったことを悔やんでしまう。九頭竜穴熊は元々、穴熊殺し対策に開発した穴熊だったのだ。穴熊殺しも通用しない最固の穴熊。今から組み直すことはできなくもない。しかし、組み直している間に坂梨さんの穴熊殺しが炸裂してしまうだろう。なので、この囲いのまま挽回するしかない。幸いなことに、坂梨さんの穴熊殺しはまだ入り口に足を踏み入れた段階だ。穴熊殺しの軸になるのは龍だ。まずはその龍を作るために、飛車を敵陣に侵入させようとしている段階だ。ここにも、俺の研究手が用いられている。万智ちゃんとの対局でも用いていた戦法だ。穴熊殺しとセットで開発した戦法、その名も『交龍(こうりゅう)』。相手に龍を作らせるかわりに、自分も龍を確実に作れる戦法だ。名前は、歩夢にまた勝手に命名されそうになったので、先手を取って俺が付けさせてもらった。開発者なんだから当然の権利だ。しかし、交龍までしっかり研究しているとは驚いた。あの対局では、穴熊殺しに注目が集まっていたので、この戦法自体は脚光を浴びず、そもそも俺の研究手だと気づいていない人も多かっただろう。なのに、この戦法の存在に気づくとは、本当に隅々まであの対局を研究したということだろう。

 

「……本当によく研究しているみたいですね」

 

「あぁ。毎日飯を食う時間も、寝る間も、他の研究をする時間も惜しんで研究していたからな。その御陰で、前期は後段点をもらいかけた程だ。だがそれも全て、今の俺に繋がっている。開発者のお前ほどではないだろうが、それでも十分すぎるほどの完成度にはなっているはずだ」

 

まだほんの少ししか手を見ていないけど、それでもおそらく坂梨さんの言うことに間違いは無いのだろう。だとすると、まだ序盤とはいえ、既に俺の敗勢になっているのかもしれない。ソフトなら、-3000とかそのぐらいの形勢判断が下ってそうだ。

 

「尤も、対策戦法があるのかどうかまでは流石に俺にはわからなかった。もしあれば、おそらくお前の勝ちだろう」

 

穴熊殺しの対策戦法。はっきり言ってそんなものは無い。あえて言うなら九頭竜穴熊ぐらいだろう。少なくとも俺の生きてる間には対策戦法は産まれていなかった。とは言っても、将棋とは日々生き物のように進化を遂げている。俺の死後もまだまだ成長し、対策戦法が産まれていた可能性だってある。とは言っても、今の俺が知る(すべ)はないが。

 

「さぁどうする?この戦法に入った時点で、お前に逃げ道は無い。それはお前が一番わかってるだろ?どう足掻く?」

 

確かに俺に逃げ道は無い。こうなった時点で、選択肢は二つに絞られる。坂梨さんの戦法に乗り、俺も龍を作るか。坂梨さんが龍を作るのを、全力で防ぐか。とは言っても、こんなもの実質選択肢は一つしか無いようなものだ。坂梨さんが龍を作る時間稼ぎならすることはできる。だが、それはあくまで時間稼ぎだ。防ぐことはできない。更にそれをすることによって、自分が龍を作るタイミングを失ってしまう。それでは、勝てる見込みが完全に無くなってしまうだろう。だからこそ俺は、前に一歩を踏み出す。活路は、前にしか無いのだ。

 

「漸く決心が付いたか。なら……行くぞ」

 

そして、坂梨さんが更に踏み込んでくる。俺も負けじと踏み込み返す。ここからは、引いてしまった時点で俺の負けだ。怖くても、前に進め。俺は遠い遠い勝利に向けて、真っ直ぐに足を進めていった。たどり着くかもわからない、勝利へ向けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

澄人は、自分が優勢から勝勢に向かっていることを自覚していた。ここまでの三段リーグ、澄人はこの戦法で白星を荒稼ぎしてきた。自分がノーマル四間を指し、相手が穴熊に構えた場合の勝率は、100%。負けが無い。今期喫した唯一の敗戦も、相手が穴熊に構えず、実力で負かされたものだ。相手が実力者だというのは知っていた。しかし、この戦法を研究してから、それに引っ張られるように自分の棋力が底上げされているのを実感していた澄人は、決して簡単に負けることは無いだろうと判断していた。実際に、最終盤まで互角の展開となり、場合によっては自分が勝っていたかもしれない。しかし、負けた。最後の最後に、相手の執念とも言うべき粘りに負かされてしまった。確かに負けはした。しかし、その敗戦は逆に、澄人の自信へと繋がっていた。穴熊殺しに頼らなくても、自分はここまで良い将棋が指せた。負けはしたが、対局内容は良い自信に繋がっていた。

 

そして今対局、相手は自分の術中にハマり穴熊に囲ってきた。この展開になって、自分は負けたことがない。しかし、決して油断はできない。目の前にいる対局者はまだ幼い少年。しかし、その少年の異常性は自分もよく知っている。この戦法を研究すればするほど、この少年の棋譜を漁れば漁るほど少年離れした、いや人間離れした、正に異常なまでの実力を秘めた棋士だということがわかる。だからこそ、この圧倒的に優勢な局面においても、決して安心も油断もしない。

 

相手がまた一手進めてくる。攻めてくる。とことん攻めてくる一手だ。それも当然だろう。前にしか活路は無いのだから。しかし、このまま進めれば、どちらにしても自分が勝つだろう。攻め合った場合、こちらの方が早い。それは相手もわかっているはずだ。どこかで一工夫入れてくるとは思うが、その時に指し違えなければ自分の勝ちだ。そう確信し、澄人は自身も攻めの一手をお返しした。その後も互いに、攻め合い、相手陣に近づいていく。互いの飛車は、既に龍へと姿を変えた。さぁ、ここからが本番だ。澄人はそう気合いを入れ直し、龍を相手囲いにぶつけた。穴熊殺しの始動だ。相手は多少の冷や汗を流しつつも、冷静に受け、そして隙あらば攻め返してくる。澄人も負けじと、攻めに重点を置きつつも、必要とあらば受けに回った。今までの相手ならば受けを気にせずとも勝てたが、今目の前にいる相手に対し、そんな緩慢な将棋を指しては一瞬で飲まれてしまう。そう澄人は指しながら感じていた。見た目只の少年、しかし澄人は今、まるで得体の知れない怪物と対峙しているかのようなプレッシャーを感じていた。澄人の額からも、冷や汗が流れ落ちる。澄人はそれを軽く手の甲で拭うと、盤面に意識を落としていった。目の前の相手を意識すると、飲まれてしまう。そう判断し、目の前の相手ではなく、盤面にだけ意識を集中させるように、更に集中力を高めていった。

 

対局は、既に終盤へと差し掛かっている。このままいけば、一手差でだが、自分が攻め勝てる。澄人は、相手と自分の陣を見比べて、冷静にそう判断を下した。それと同時に、穴熊殺しを相手にしているにも関わらず、攻め合って一手差にまで食らいついてきている相手の恐ろしさに身震いする。だが、勝つのは自分だ。ここまで来ると、この差は変わらない。それは相手もわかっているのだろう。それでも足掻こうと、必死に最後の長考へと入っている。持ち時間は互いに残り少ない。この一手で、逆転手を導き出せなければ、自分の勝利は確定するだろう。尤も、そんな手は存在しないだろうが。澄人は、そんなことを考えながら、相手が次の手を指すのを待った。中々指さない。時間がドンドン過ぎていく。そして遂に相手は持ち時間を使い果たし、一分将棋へと入った。もしかしたら、このまま指さずに投了してくるかもしれないな。そんなことを考えつつ、澄人は一分が過ぎていくのを静かに待つ。残り10秒。まだ指さない。残り5秒。右手が動いた。残り3秒。持ち駒を掴む。残り1秒。その駒を打ち付け、チェスクロックを慌てて押す。どうやら、まだ指したらしい。澄人は、何を指したのかを確認するために、盤面に意識を向け直す。

 

「……は?」

 

そして、そのありえない一手に思わず呆けたような声が出てしまう。思わず自分の目を疑い、掛けていた眼鏡を外し、レンズを拭いてからもう一度掛け直し、盤面を覗いてみる。しかし、何も変わっていない。周りで観戦していた野次馬達も、皆一様に呆けてしまっている。誰も、その手の意図を理解できていない。澄人も含めて、全員がだ。軽く一分ほど放心し、澄人は我に返る。ボッとしている場合ではない。澄人も持ち時間が無いのだ。次の手を早く考えなければいけない。しかし、一体この手の意図はなんだというのだ。この局面で、銀をタダ捨てする意図はなんだというのだ。澄人は思わず頭を抱えたくなるのを堪えて、盤面に意識を集中した。そう、相手が指した手は銀のタダ捨てだったのだ。ただ、澄人の歩に向けて持ち駒の銀を差し出しただけの一手。追い詰められて自棄(やけ)になったのかと疑いたくなるような常識外の一手。その意図を探るために、澄人は思考する。

 

澄人としては、是非とも銀は欲しい駒だった。この銀を取れば、相手との差を二手差に広げることができる、そんな駒だった。銀を取る手間を考慮しても、二手差にできるのだ。そうなれば、より一層自身の勝利は固くなる。逆に、取らなければどうなるのか?取らなかった場合の相手の指し手を考えて、澄人はまた冷や汗を流した。取らなければ、逆に自分が一手差で負ける。恐ろしい短縮手順が隠されていた。おそらく相手の狙いは、甘い罠に警戒して、自分が取らずに手を進めることを期待した、最後の悪足掻きだったのだろう。澄人はその手に対して、そう判断を下した。これはもう、取るしかない。もしかしたら、取った瞬間に投了してくるかもしれないな。そんなことを考えながら、時間を使い果たし、秒読みを始めたチェスクロックに捲し立てられるように同歩と指した。そして、投了したらどうだ?そう訴えるように、相手に目線を合わせる。しかし、相手は次の手を指し、まるで挑発するかのように澄人に目線を合わせ返してきた。まるで、そちらが投了したらどうですか?、と言わんばかりに。

 

「……まぁいいだろう」

 

澄人は、相手が最後まで指すつもりだと判断し、自身も次の手を進める。早速先ほど得た銀を使い、手を早める。これで、自分の勝ちだ。そう確信を持ちながらも、しばらく指し進めていく。

 

「……ん?」

 

そしてしばらく指し進めて、澄人は盤面に少し違和感を憶えた。しかし、はっきりとしたものでは無く、違和感の正体もわからない。気のせいかと思い、更に数手進めた。

 

「……なんだ?何かが……おかしい……?」

 

そして、手が進むごとに、徐々に違和感は強まっていく。今ははっきりと何かがおかしいと感じ取れる。しかし、まだ正体まではわからない。得体の知れない不気味さを感じつつも、澄人は更に数手進めていった。そして、遂に違和感の正体に気づいた。……気づいてしまった。

 

「こ、これは……そ、そん、な……バカ、な……!?」

 

ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。……ありえない!

そんな言葉ばかりが澄人の脳内に雪崩のように押し寄せてくる。澄人が感じていた違和感はごく単純なものだった。だが、そのありえない事実が、違和感の正体を澄人に知らせるのを遅らせていたのだ。澄人が感じていた違和感の正体、それは相手の手が早まっているというものだった。しかも、加速した自分の手が一手差で負けているほどに。澄人の手は、銀を得たことで早まった。銀を取るのに使った手も合わせると、二手分も早まった計算だったのだ。しかしそれなのに、相手は更に自分より一手も早くなっている。つまり、三手も相手は手を早めたことになる。銀を取らせたことによって。

 

「……俺は、あの時点で負けていたのか……?」

 

あの時澄人は、銀を取った。しかしそれは、取らなければ相手の手が二手早まり、自分が負けていたからだった。だからこそ取ったというのに、取った後の展開が、今のこれだ。要するに、どちらの道を選択していても、澄人は一手差で負けていたのだ。あの時、相手が銀を指した時点で。その事実に徐々に周りの観客も気づき始め、ありえないような状況に、呆然としてしまっている。声すらも出ないような者もいる。

 

「これはまるで……魔術(マジック)じゃねーか……」

 

その神の手と呼ぶに相応しいような一手を見て、澄人は棋界最強の棋士、現名人と重ね合わせてしまう。神の域とも呼ばれるその棋士と、まるで目の前の相手は同格なのではないかと。

 

「ま……まけ、まし……た……」

 

そして澄人は、為す術無しと、投了をする。その声は、恐怖のあまり震えていた。声だけではない。その体も震え、顔は青ざめ、夏場にもかかわらず、寒さに打ちひしがれていた。

 

「なんだよお前……サメどころか……怪物じゃないか……」

 

「サメでも怪物でもない」

 

澄人は、震える体で、目の前の怪物を見つめた。近い将来、棋界を蹂躙し、制覇するであろうその怪物の顔を、目に焼き付けるかのように見つめた。その怪物は、澄人と同じように震え上がっている観戦していた三段、そして、この先立ちふさがるであろう全ての棋士に向けて、静かに名乗りを上げた。

 

「俺は《棋界の覇王》。世界で一番、将棋が強い小学生」

 

そう言うと、その怪物は静かに対局室から立ち去っていった。後に残されたのは、格の違いを見せつけられ愕然とする哀れな三段達だけなのだった。




またも仕事の都合やその他所用で少し遅れました
申し訳ない
次は八一誕生日記念特別編書くので、本編はまた少しお休みです
八月一日にお会いしましょう!

八銀はジャスティス
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