この手を離さない 作:八銀はジャスティス
まだ一文字も誕生日記念書けてないけど(白目
八一の時も同じ事言ってましたね
今回は、この土日が諸事情で執筆できないので、間に合わないかも……
まぁ……頑張ります
合い言葉は、八銀はジャスティス
隙が無く、強い。プロ入りしていないのが不思議な実力。プロ入りは時間の問題だろう。
鏡洲さんは、ずっと周りからそのように言われてきた。実際その言葉の数々は、何も誤ったことを言っていない。全て、正しい言葉だ。だがそれでも、鏡洲さんはずっと三段リーグの壁を突破できずにいた。前期も、最終日、最終局まで昇段争いに絡みながらも、最終局を落とし、その結果、後一歩及ばず昇段を逃している。本当に大事な対局で、勝ちきれない。それが、鏡洲さんのウィークポイントとなっていた。実力通りに指せれば勝てるはずなのに、勝ちきれない。将棋には何も問題がない。問題があるとすれば、それは精神面だろう。それは、本人が頑張って乗り越える必要があるだろう。
それさえ乗り超えれば、プロでもやれる実力は間違いなくあるのだ。現に、鏡洲さんは、プロ棋士達をも倒して新人王戦で優勝もしている。新人王戦で三段リーグ参加者が優勝した場合、次点が与えられる。だがしかし、それは前生での話だ。前生でも、その規定ができたのは2014年になってからのことだった。今生でもその規定ができるとして、今から数年後のことだ。なので鏡洲さんは、新人王戦優勝では次点をもらえなかった。
……俺としては、新人王戦で三段が優勝した場合、次点ではなく、特別規定で四段昇段させてあげてもいいのにと思う。プロも参加する大会で最高の成績を収めたのだから、別にプロと認めても問題無いと思うのだが。実際に、新人王戦で優勝した棋士のほぼ全てが、後に大先生と呼ばれたり、タイトル戦に絡むような、所謂棋界の成功者なのだから。……因みに俺は優勝したことが無い。唯一参加した時も、負けてしまったし、直ぐに竜王になったから、そもそも参加資格自体を失ってしまったのだ。前生で唯一優勝できなかったプロ参加型の棋戦だ。
そして鏡洲さんの今期の成績だけど、既知の通り、14勝2敗となっている。そしてこの2敗、信じられないことに現在降段争いをしている二人に負けたものだ。鏡洲さんの今期開幕局の相手は、歩夢だった。歩夢の成績を知っている人ならわかるだろう。歩夢の開幕2連敗、あれの原因は鏡洲さんと坂梨さんだ。開幕からこの二人が相手とは、歩夢の運の無さも凄い。鳩森神社でお祓いしてもらった方がいいんじゃないかな?
そして鏡洲さんは、歩夢に勝った次の対局、午後の対局で、あっさりと負けてしまった。歩夢との対局に全てを出し切ってしまったのだろう。それほど、歩夢が鏡洲さんを消耗させたということかもしれない。そしてその後、鏡洲さんはあの坂梨さんにも勝利してみせた。そう、俺の前に、坂梨さんが唯一負けた相手が、鏡洲さんだったのだ。そして鏡洲さんは、午前に坂梨さんに勝った後午後の対局で、またもあっさりと負けてしまった。歩夢の時と同じように、坂梨さん相手に全てを出し切ってしまったのかもしれない。
つまり今期の坂梨さんは、今後の昇段争いに関わる大事な対局を落とさず、その次の勝ち星換算してもいいような対局で負けているのだ。……これもまた、精神面の問題なのかもしれない。だが、全力を出せる午前の対局において鏡洲さんは、あの歩夢や坂梨さんにすら勝ってみせているのだ。午前対局無敗なのだ。因みに、昇段争いをしているもう一人、篠窪さん相手には、午後の対局で勝っていた。その篠窪さんは今日、午前に歩夢と対局し、午後からの最終局で、坂梨さんと対局する。こっちも凄い日程だ。
まぁそれは今は置いておいて、鏡洲さんだ。俺は今から、今期最強であろう、午前対局の鏡洲さんと対局する。絶対に勝てる、と自信を持って言える相手では決してない。しかし、絶対に勝たなければいけない。勝たなければ、俺の未来は暗雲で閉ざされてしまう。その暗雲は、自力で晴らすことができない。そんな絶望的な状況だけは避けたい。だから……絶対に勝ってみせる。
対局は、静かに始まった。先手は俺だ。俺は、初手で2六歩と飛車先の歩を突く。鏡洲さんも、8四歩と飛車先の歩を突いて応えてくる。更にお互い歩を一歩ずつ進める。相居飛車のスタンダードな進行で、4手が進んだ。最初に変化が訪れるのが、この5手目だ。この5手目で、この対局の戦型は決定されると言ってもいい。その一手、その大事な一手に俺が選んだのは、7六歩だった。鏡洲さんが、意外だという感想を顔に表す。最初の手を見て、きっと鏡洲さんは、俺が得意な相掛かりを選ぶと思っていたことだろう。鏡洲さんも、相掛かりを指すつもりで、合わせて指していたはずだ。
だがしかし、俺が選んだ戦型は、相掛かりではなかった。鏡洲さんとの練習対局では、銀子ちゃんと同じように、相掛かりを最も多く指してきた。戦績は、俺の方がかなり勝ち越している。しかし、負けたことも何度だってある。だからこそ俺は、より確実な勝利を求めて、敢えて相掛かりを選ばなかった。手の内を知られた相掛かりではなく、鏡洲さんと幾度も指したことはあるものの、相掛かりに比べれば対局数の少ないこっちの戦型を選んだ。この戦型だって、相掛かりと同じように、俺の得意な戦型だ。
鏡洲さんは、3二金と指してくる。そして、俺は7七角と、角を上げた。鏡洲さんは、その俺の動きを見て3四歩と、角道を開けてくる。更に俺は、8八銀と指す。そして、次の一手でこの対局の戦型が確定する。鏡洲さんの指した手は、7七角成。俺は直ぐさま、同銀と指す。角換わりだ。一括りに角換わりと言っても、その中身は千差万別だ。棒銀、早繰り銀、腰掛け銀等々、角換わりから波状する戦法は数多い。俺が何を選ぶのか、この重要な一局に何を指すのか、鏡洲さんは、緊張したような面持ちで俺の右手を見つめていた。だけど、まだ動かない。俺はまず手始めに、7八金と指し、左翼を安定させる。鏡洲さんも2二銀と指して、左翼を安定させにかかる。次の手も3三銀で間違いないだろう。
その前に俺は、右翼の下準備を始める。4八銀と、まずは銀を動かす。鏡洲さんが予想通り銀を定石通り動かしたのを見て、俺は3六歩と歩を進めた。ここから次に銀を3七4六と動かしていけば早繰り銀だ。鏡洲さんも、俺に遅れながらも右翼の銀を上げてくる。さぁ、ここで俺が銀を動かせばまず間違いなく早繰り銀だ。大穴で2六銀と指し、棒銀にシフトチェンジする可能性もあるが、その可能性は鏡洲さんも考えていないだろう。俺も指す気は無い。鏡洲さんが、食い入るように俺の右手を見つめてくる。まぁ、まだまだ定石の範囲内なので、俺が長考に入ることもない。ほんの少しだけ間を置き、俺は自陣の駒を手に取った。俺が持った駒は、銀では無かった。4六歩。俺は、また一つ歩を前に進めた。その俺の手を見て、鏡洲さんが少し目を細めた。もしかしたら、早繰り銀を指すと予想していたのかもしれない。しかし、俺が選んだのは早繰り銀では無かった。その後俺は、4七銀、5六銀と銀を中央に向けて上げていった。角換わり腰掛け銀。それが今回、俺が選んだ戦法だった。そして、鏡洲さんも俺と同型になるように手を進めてくる。相腰掛け銀だ。
そして銀を上げると俺は、3七桂と桂馬を跳ね、そして8九飛車と、飛車を下げた。底飛車、または下段飛車と呼ばれる形だ。単に、普段二列にいる飛車を、一番下の列に下げるだけの単純な形。しかし、単純だが強い。これをするだけで、自陣の安定性が大幅に上がる。そして更に、4八金と金を上に上げ、自陣を安定させる。腰掛け銀は、持久戦に優れた型だ。早繰り銀が、攻撃的な型なのに対して、腰掛け銀は受けに優れた型だ。互いに、長い対局になりそうだと覚悟を決める。三段リーグの持ち時間は90分。しかし、その90分が最終的には、両者残っていないだろうという不思議な確信があった。俺は次に、6六歩とまた歩を一枚進める。これで、腰掛け銀の基本型が完成した。ここからは、タイミングの取り合いだ。先にどちらから仕掛けるか。その仕掛けるタイミングの取り合い。最初に歩をぶつけるのはどちらか。どこから仕掛けるのか。自陣のバランスを崩さないように慎重に駒を動かす。相手が攻めてきそうだと思ったポイントの守りを上げて、自陣が攻めようと思うポイントに駒を送る。互いに、角を握り合っているので、下手な手は指せない。相手に角を打たせる隙を与えないように、慎重に、繊細に駒を動かしていく。ジリジリと、間合いを詰め合うような時間が続く。息も詰まるような緊張感。鏡洲さんと俺は、互いに踏み込むことを躊躇していた。互いに、相手の実力はよく知っている。だからこそ、返しの刃を恐れていた。踏み込めば、強烈なカウンターが飛んでくる。相手の実力に対する信頼が、そのような確信を抱かせる。だからこそ、慎重に手を進めていた。
一体、どれほどの時間そのようにしていただろう。手数にすれば、それほど進んでいない。しかし、持ち時間を互いに使いすぎている。一手一手に、この序盤から時間を使いすぎなのだ。慎重に手を進めすぎた結果が、この状況だ。しかし、いつまでもこの調子で進行するわけにはいかない。このままだと、開戦前に時間を使い切ってしまう。中盤から終盤までずっと一分将棋なんて展開は絶対に避けたい。だからこそ、踏み込むしかない。勇気を振り絞って、前にいくしかない。そう、鏡洲さんも考えたのだろう。手番を迎えていた鏡洲さんが、力強く自身の歩を、前に進めた。その歩が置かれた目の前のマスには、逆向きの歩が置かれている。歩がぶつかりあった。鏡洲さんからの合図だ。開戦するぞという、合図だ。その手を受け俺は、一拍置き、目を閉じ深呼吸を一つした。そして、徐に目を開けると、力強い手付きで同歩と指した。開戦だ。もう、止まることはできない。
そこからは、それまでの展開が嘘かのように、目まぐるしく駒が動きまくった。至る所で、駒がぶつかり合い、お互いの駒台の上に乗せられていく。互いの囲いに向けて、次々と駒が迫っていく。押し寄せる鏡洲さんの猛攻を必死に受け、直ぐさま反撃の一手をお見舞いする。しかし、鏡洲さんも流石の対応力だ。しっかり丁寧に受け、これまた鋭い一撃を返してくる。互いに仕掛けるものの、決定打には全く繋がらない。おそらく、ソフトを使っても形勢は互角と出ることだろう。中盤から終盤に差し掛かりつつあるのに、この形勢だ。勝負の行方は、どちらに転ぶか全くわからない。しかし、いつまでもこの形勢を許すわけにはいかない。早く、どうにかして優勢に持っていかないと、鏡洲さんに先に形勢を掴まれると、ひっくり返せないような展開になってしまう可能性だってある。そろそろ、何か工夫を凝らさないといけない。そう思っていた時だった。
「くっ!?」
思わず、苦しそうな声を出してしまった。先を鏡洲さんに越されたのだ。鏡洲さんが、工夫を凝らしてきた。角だ。遂に角を打ってきたのだ。上手い。思わず賞賛したくなるほどの、絶妙手だった。見事に自陣の守りに活用しつつ、激戦地への攻めにも活用できる絶妙なポイントに打ち込まれていた。もしかしたら、ずっと前からこのタイミングを狙っていたのかもしれない。しかし、これは手痛い一手だ。あの角に睨まれたんじゃ、受けるのがしんどい。何か、対策を考えなければいけない。俺はここで、残り時間全てを使った長考に入る。角への対策を必死に考える。考えれば考えるほど、その手の恐ろしさがより鮮明に見えてくる。何も対策しなければ、忽ち詰めろに繋げられてしまうような攻めの手でありながら、絶妙な位置で玉を守護する受けにも繋がっている。なので、攻勢に出ようにも出られない。どうするか、必死に考える。考えて、考えて、持ち時間を使い果たしても考えて、一分という制限時間が無くなるギリギリまで考える。考えて、考えて、そして導き出した答えが、この一手だった。
「なに!?」
鏡洲さんが思わず声を上げる。俺の指した手に、驚愕する。俺が指した手、それは、角の利いてる対角線上に飛車を配置して受けるというものだった。底飛車に構え、2列から移動させていた飛車を上に上げ、角の射程に置く。つまり、角で取れる位置に飛車を置いたのだ。別にタダ捨てでは無い。ちゃんと、飛車を置いた位置には銀が利いている。つまり、この飛車を取れば飛車角交換になるのだ。大胆な一手。だが、その手が好手かどうかと言われると、誰もが疑問を抱くような手。もしかしたら、ソフトもこの手を悪手と評価するかもしれない。しかし、次の一手が非常に難しい手だ。鏡洲さんも、頭を抱えて悩んでいる。そして、長考に入る。当然だろう。次の一手が、この対局の終局に直結しかねない、大事な一手だ。幾ら時間があっても足りないほどに、考えたい局面だ。鏡洲さんは、惜しむことなく持ち時間を全て使い切る。悩みに悩み、時間ギリギリまで粘って、運命を決める大事な指した。
鏡洲さんが指した一手、それは………………………………同角だった。
俺は、直ぐさま同銀と指し返す。お互い、ここからは一分将棋だ。対局は、終盤へと突入していく。絶対に負けられないこの一局。その結果は、どちらに転ぶかまだまだわからない。俺たちには、この対局が、今期の三段リーグ、現時点で最大の激闘になる予感があった。その予感を胸に秘めながら、俺たちは短い一分という時間に、自身の命運を託していくのだった。
対局の途中で終わってますが、今回は急遽分割したわけではありません
予定通りです はい
次は、間に合うかわからないけど、銀子ちゃん誕生日記念特別編です
そういえば、本作投稿開始から、昨日で丁度一年を迎えました
ここまで投稿を続けられたのも、いつも読んでくださってる皆様のおかげです
本当にありがとうございます!
これからも、スローペースではありますが、完結目指して投稿をがんばっていきますので、お付き合いしていただけるとありがたいです
よろしくお願いします
八銀はジャスティス