この手を離さない   作:八銀はジャスティス

8 / 54
有りそうで無い八一逆行小説
合い言葉は、八銀はジャスティス


本編
第1局 プロローグ?


その日、棋界における一つの伝説が、幕を閉じようとしていた。

史上4人目の中学生プロ棋士、史上最年少タイトル保持者(ホルダー)、永世七冠、通算タイトル120期等々、挙げれば切りの無い快挙の数々。

まさに棋界の生ける伝説。

 

なんて、自分で言ってると恥ずかしくなってくるが、どれも(まぎ)れもない事実なのでいいだろう。最期の時ぐらい、自分のことをカッコ良くみせたい。そういう男の見栄というものだ。

俺の名前は九頭竜八一。前述の通り、棋界における生ける伝説だ。だがそんな俺も、今は病室のベッドの上、最期の時を迎えるだけとなっていた。いくら将棋が強かろうとも、人間である以上年には勝てない。

そう俺の死因は、人間である以上皆に平等に訪れる寿命というやつだ。唐突に病気や事故でポックリ逝くこともなく、天命を全うできたことには、有り難く感謝したい。

 

こうして静かに寝転がっていると、今までの人生の描写が次々と思い浮かんでくる。これが噂に聞く走馬燈という奴だろうか?とは言っても、俺の人生なんて所詮将棋に(まみ)れた物だ。将棋以外の記憶なんて、ロリコンと罵られていた時期の騒がしい記憶ぐらいだろう。と、いうわけでもない。俺は、ベッドの脇に目を向ける。そこには、俺の右手を握りしめながら、果てることの無い涙を流し続ける最愛の人がいた。

 

彼女の名前は空銀子。女性初のプロ棋士にして、女性初のタイトル保持者にまで上り詰めた歴代最強の女性棋士だ。その強さと可憐な容姿から、『浪速の白雪姫』の愛称で親しまれた、棋界のスーパーアイドルだ。そして、俺の人生のパートナーでもある。

 

「今思い返せば、いつも君を泣かせてばかりだったね」

 

そう言って、彼女の涙を拭い取ろうとするが、どうやら俺の体は既に限界が近いようだ。手が全く動いてくれない。彼女に右手を強く握りしめられているはずなのに、その感覚ももう無い。その瞬間が近づいていることを、否が応にも教えられる。

 

「バカっ!バカ……っ!ばかやいち……っ!」

 

いつもの調子で、彼女が俺のことを罵ってくる。想いを分かち合ったあの日からその頻度は少し減ったものの、それでも最期まで、彼女の口の悪さは直らなかった。まぁ、今となればそれも彼女のチャームポイントとして受け止められてるあたり、俺は心身の隅まで、彼女に魅了されてしまったのだろう。

 

「なんで、私を、置いていっちゃうの……」

 

「こればかりは、俺の一存で決められるようなことじゃないからな」

 

震えた彼女の問いに、俺は返答に迷う。寿命なんてものは、自身の意思で決めれるようなものじゃない。それこそ、将棋の神様でも決めることはできないだろう。無理難題というものだ。

 

「だけど、それが無理難題だとわかっていても、きっと俺も逆の立場だったならば、同じ事を言うんだろうな……」

 

「っ!」

 

彼女の涙が、激しさを増した。堪らず、下を向いてしまう彼女。しかし、直ぐにまた、顔を上げ、俺の目を見つめてくる。まるで、俺の顔を瞼に焼き付けるかのように、真剣な目つきで。そんな彼女に向けて、俺は唐突に言葉を飛ばす。

 

「2六歩」

 

「っ!……8四歩」

 

俺と彼女の、最期の対局だ。過去数万、いや数十万、いいや数百万局を指してきた俺と彼女。その最期の対局。朦朧(もうろう)とする意識の中で、必死に脳内将棋盤を形取り、彼女と対峙する。

 

「2五歩」

 

「8五歩っ!」

 

戦型は俺の得意戦法の一つ、相掛かり。残された時間も少ないため、このまま急戦を仕掛けていくつもりだ。だが、それは彼女も同じ事を考えていたらしい。

 

「7八金」

 

「8九飛成」

 

「3七玉」

 

「4四桂っ!」

 

40手目を過ぎたあたりから、彼女の猛攻が俺の玉に襲いかかった。息もつかせぬ猛攻だった。(もや)のかかった思考の中で、必死に逃げ道を探すが、そんなものは見つからなかった。

 

「負けました」

 

俺は潔く投了をする。まだ粘ろうと思えば粘れたかもしれないが、その前にお迎えが来そうだったのでやめておいた。徐々に感覚が無くなっていく体から、遂に視界までもが奪われたのだ。最愛の人の顔までもが、見えなくなってしまった。

 

「強く、なったね……」

 

「私が強くなったんじゃないっ!八一が弱くなったのっ!」

 

「最期まで、手厳しいな……」

 

朧気な意識の中、俺は彼女の声を聞いていた。皆気を利かせてくれたのだろう。この病室には今は俺と彼女しかいない。聞こえる音も、止まりかけの心電図の音と、未だに泣き止まない彼女の声だけ。そのお陰で、なんとか彼女の声を未だに、聞き取ることができていた。だが、その声も徐々に聞こえなくなってきた。遂に、その時が来たのだろう。

 

「今から言うのが、俺から君に贈る、最期の言葉だ」

 

「っ!」

 

彼女が息を飲んだのが、僅かに残った意識でも感じ取ることができた。きっと、そんな言葉聞きたくないとでも思ってるのだろう。だけど、聞かないわけにもいかず、必死に耳を傾けてくれているはずだ。必死に、涙を堪えて。

 

「俺は先に行ってるが、できるだけゆっくり、お前のペースで歩いておいで。昔からお前は体が弱いんだから、絶対無理するんじゃないぞ?」

 

「っ!ううっ……っ!やい……ち……っ!」

 

涙に負けないように、必死に俺の名前を絞り出す我が妻。彼女には本当に、今まで苦労をかけた。迷惑をかけた。だけど、それもこれでお終いだ。

 

「今まで本当に、世話になったね。本当に、ありがとう。愛してるよ、銀子……」

 

銀子と、彼女の名前を口にすると同時に、遂に俺は口を開くことさえもできなくなってしまった。

 

「ううっ、お世話になったのは、私の方だよ……私も、愛してるよ……ねぇ、置いてかないでよ、やいち……ねぇ……やいちッッ!!」

 

消えてゆく意識の中、最期に聞こえたのは0を示す心電図の音と、銀子の泣き叫ぶ声だった。どうやら俺は、最期の最期まで、彼女を泣かせ、傷つけてしまったらしい。いつまで経っても俺は、クズ竜王のままだ。銀子の名前も中々取り戻せず、その想いにも気づかず、傷つけてばかり。

 

傷つけてしまったといえば、あの日のことは未だに後悔している。銀子の手を、離してしまったあの日。銀子の名前を失ったあの日。俺も銀子も、後に幸せを手に入れたとはいえ、あの日のことは最期の時までお互い後悔しっぱなしだった。あの日、あの手を離さなければ、お互い傷つかず、ずっと笑顔でいられたはずだ。

 

全体的に良い人生だとは思っていたが、その中に落ちた一つの汚点、後悔。その一点が、最期に残った僅かな意識の中で俺の心を蝕む。あぁ、もしもう一度、人生をやり直せるならば、今度こそは、あの手を離してたまるものか。もし、もう一度やり直せるならば……

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

そして、意識が覚醒する。

 

「え?なんで俺……ここは、もしかして?」

 

天国、そう続けようとした言葉は途中で引っ込んだ。そもそも、銀子を傷つけ続けた俺が行き着く先は、地獄かもしれないが。まぁそんな話は置いておいて、目を開け、最初に視界に飛び込んできたのは天井だった。その時点で俺はどこかの建物の中にいるのがわかる。そして、視界を徐々に下に向けていくと、俺が布団を被っているのがわかった。周りを見渡すと、どこかの部屋の中で、布団を被って寝ていることがわかった。しかもこの部屋、俺は知っている。もう忘れかけていた、懐かしい匂い。ここは、もしかすると。その俺の疑問は、次の瞬間確信に変わった。

 

「あらあら?起きたのね」

 

部屋に一人の女性が入ってくる。俺の良く知った人物だ。懐かしき人物だ。俺がこの人を見間違うはずがない。何故ならその人物は……

 

「か、母さん……」

 

俺の母さんだったのだから。これは、一体どういうことなんだ?何故母さんがここにいる?いや、だが母さんがいるならばこの部屋に見覚えがあるのにも納得がいく。ここは俺の実家なのだ。福井の山奥にある実家なのだ。だけど、俺は死んだはずでは?どうして、こんな場所に?しかも目の前にいる母さん、これが実に若いのだ。若々しすぎる。おかしい。何もかもが異常だ。異常事態だ。

 

「どうしたの八一?そんなにキョロキョロして。まだ寝ぼけてるのかしら」

 

寝ぼけているわけでは無い。いや、それともやはり寝ぼけているのだろうか?全く状況が掴めないまま、俺は立ち上がった。

 

「え?あれ?」

 

そしてそこで俺は気づいたのだ。自身の視点が非常に低くなっていることに。まるで、子供にでもなったかのような視点の低さ。母さんのことを、見上げないと目が合わせれない。驚き、目をパチクリさせ、恐る恐る自身の手を見てみる。小さい。小さすぎる。年によってできた皺も無い。これではまるで、子供の手だ。

 

あぁ、わかった。わかってしまった。低い視点、小さな手、若々しい母さん。これだけヒントをもらえれば流石にわかる。まぁ、わかっても理解できるかは別だが。要するに『まるで』では無いのだ。事実、子供になっているのだ。いや、おそらく戻っていると表現するべきだろうか?幼き頃の、自分に。

 

「さぁ、早く来なさいな。準備はもうできてるわよ」

 

「準備?」

 

準備とはなんだ?と疑問に思いつつも、俺は母さんに着いていく。案内されたのは、懐かしき実家の食卓だった。そして、そこに集う面々も懐かしい。

 

「お、来たな!」

 

俺の登場に反応し、声をかけてきたのは若かりし親父だった。その隣には懐かしき祖父もいる。更には幼き兄貴に、揺り籠に揺られている弟までいる。あぁ、これは間違いない。つまり、そういうことなのだろう。

 

「よし始めるぞ!八一、三歳のお誕生日おめでとう!」

 

その親父の声で、俺は状況を全て理解し、感動に打ちひしがれた。これは現実なのか?あぁ、間違いなく現実なのだろう。嘘のような現実だ。まさか、まさか人生を指し直すことになるなんて。

 

未だに状況を飲み込みきれない俺だったが、一つ、本当に将棋の神様に感謝したいことがあった。それは、あの日の後悔を無くすチャンスが与えられたこと。これが嬉しくて、嬉しすぎて、俺はその場で年甲斐も無く号泣してしまった。まぁ、実際には三歳に戻ったので、年相応かもしれないが。それに驚いた家族が心配し、誕生会どころでは無くなってしまったことだけここに追記しておく。

 

()くして、俺、九頭竜八一の将棋(じんせい)は終わりを迎え、また始まるのだった。




エピローグのようなプロローグ
流石に、結婚後もちゃん呼びはしてないだろうと思い、銀子ちゃんの呼び方は銀子と呼び捨てに変わっております
次話の投稿はおそらくあさって
投稿ある日は必ず20時1分に予約投稿します
ストックも無い中投稿していくので、投稿ペースは期待しないで下さい
八銀はジャスティス
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。