この手を離さない 作:八銀はジャスティス
合い言葉は、八銀はジャスティス
俺が今生で意識を取り戻し、早くも3年を迎えていた。
「八一!6歳の誕生日おめでとう!」
あの日と同じように、お父さんがお祝いの音頭を取る。この日、俺は6歳の誕生日を迎えていた。そう、6歳の誕生日だ。その年齢が意味するところは、俺にとっての運命の日が近づいてきているのだ。最愛の人との、出会いの日が。
「八一!今日は父さん、とことんお前の好きなことに付き合うぞ?」
「ほんと!?」
「あぁ、本当だ!何がやりたい?」
「将棋が指したい!」
「あはは!お前ならそう言うと思ったよ!よーし!父さんとことん将棋に付き合うぞ!」
将棋は、前生と同じく5歳の頃に
まぁ、将棋のルールなんてものは今更教わるようなことでもない。そんなもの、頭でわからなかったとしても、体が覚えている。例え、100年間将棋に一切関わらなかったとしても、きっと覚えていることだろう。
まぁ、人生が巻き戻った拍子に、将棋のルールも忘れてたらどうしようかと考えてはいたが、それは杞憂だったようだ。駒の動かし方どころか、細かいルールまでの全てを頭が覚えていた。少しホッとした。
だが、棋力に関してはそうもいかなかったらしい。明らかに、棋力が落ちている。いや、これも戻っていると言った方がいいだろう。当時の俺の棋力に戻っているのだ。今までと明らかに駒の、盤面の見え方が違う。今までは見えてた道筋が、全く見えない。とはいえ、それこそ当然とも感じるが。
永世七冠の棋力をそのまま持った幼稚園児とか、そんなもの怖すぎる。まず人間かどうかから疑うべき様な存在だろう。
とは言っても、俺には他者を圧倒的に上回る経験値があった。前生の棋譜までも全て覚えている。道筋が見えなければ、経験でカバーすればいいのだ。見えない分、考えて考えて、考え抜いて指す。そうして、俺は今生の棋力の底上げを図っていた。
「ま、負けました……」
その結果、できあがるのは白星の山だった。今日だけでも、十を軽く超える白星を、お父さんから稼いでいた。勿論、黒星は一つも無い。
「もう一回!」
「ま、待て八一!そうだ!今度将棋の大会が県内で開かれるんだ!それに連れていってあげるから、今日は勘弁してくれないか?な?」
来た。遂にこの時が、最初のターニングポイントが来た。この将棋大会に、あの人も来るはずだ。俺のもう一人の父親とでも言うべきあの人が。
「将棋の大会!?行きたい!」
「よーっし、じゃあ今日はこのぐらいにしとこうな?な?」
「うん!わかった!」
「はぁ、まさかウチの息子が、天才だとは思わなかったな」
天才。お父さんは俺のことをそう評価した。まぁ、その評価も当然だろう。何せ、将棋を始めてこの方、未だに負けたことが無いのだ。家族内でしかまだ対局したことが無いとはいえ、その戦績は異常だろう。
「これなら今度の大会も優勝しちゃうかもな!お父さんは下のランクのB級で出るけど、八一は上のランクのA級で出てみるか?」
「うん!そうする!」
「よしわかった!それで申し込んでみよう!今から楽しみだな!」
「楽しみ!」
こうして、俺の大会デビューは決定した。
そして大会当日。俺……いや、もう僕に変えよう。精神年齢は流石に戻せないが、言葉遣いや一人称、他人称は当時のものになるべく近づけよう。僕は、お父さんの申し込んだとおり、前生のとおり、A級で大会に参加した。
「なんだあの幼稚園児!?」
「つ、つえー!」
「前回準優勝者が一方的にやられたぞ!」
そして当然のように、勝ち進んでいった。お父さんは、B級で早々に敗退してしまったけど、僕は無事に決勝まで駒を進める。
「ほんなら、決勝を始めるで!」
審判長の声に誘われ、席に着く。審判長。その姿を目にして思わず涙腺が緩みそうになってしまった。今日審判長としてこの会場に来て下さったのは、清滝鋼介八段。前生の僕の師匠だ。
前生で師匠は、僕、いや今だけは俺と言わせて欲しい。俺に実の息子の様に接してくれた。師匠がいたからこそ、前生における数々の偉業は達成できたと言っても過言では無い。前生において、師匠が亡くなられたのは俺が永世名人を獲得した直後のことだった。
おそらく、俺が永世名人になるのを待っててくれたのでは無いだろうか?俺が初めて名人になった際は、「わしの代わりに夢を叶えてくれた!」「流石わしの息子や!」「一生の自慢ができたわ!」等々、数々の褒め言葉で称えてくれた。と同時に、今度は永世名人になってみたいという注文まで下さった。
それから4年後、チャンスは早くもやってきた。連続4期名人タイトルを維持した後の防衛戦。ここで防衛すれば、ストレートでの永世称号が決まる大一番。しかし、その大一番を前にして、師匠は床に伏した。もう長くない。一週間生きれれば良い状態と医者に言われ、永世称号を見せることは叶わなかったかと俺は涙を流した。涙を流すと同時に、決意した。師匠に永世名人になった俺を見せるには、少しでも早くタイトルを獲得するしか無い。ストレートで勝とうと。そして宣言通り、俺はストレートで防衛に成功した。
永世名人を獲得した足で、銀子ちゃんと共に病院まで急ぐ。病室の扉を開けると、師匠はまだ生きていた。ストレートで防衛に成功したとはいえ、それでもタイトル戦の期間は2ヶ月近くあった。その間、余命1週間と言われた師匠が、生きて見せたのだ。まさに粘り強さに定評がある、関西棋士の鑑の様な人だと感じ、思わずその場で泣き崩れてしまう俺。だが直ぐに気持ちを切り替え、銀子ちゃんに支えられながら、師匠に永世名人獲得の報告をした。その瞬間、もはや口を動かすこともできないはずの、師匠の口が、確かに弧を描いたように見えたのだ。僅かに、本当に僅かにだが、笑ったように見えたのだ。まるで、「お前なら取れると信じてたで」「流石わしの自慢の息子や」とでも言うかのように。それを見た瞬間、俺はまた泣き崩れてしまった。今度は銀子ちゃん共々、泣き崩れてしまったのだった。
師匠が息を引き取ったのは、その翌日のことだった。悲しみに暮れる間もなく、師匠の娘の桂香さんと、銀子ちゃんと一緒に通夜の準備に明け暮れる。準備も一段落着き、休憩を挟んでいる時のことだった。桂香さんが、一枚の手紙を持ってきた。どうやら、自身の死期を悟った師匠が床に伏す直前に書いた物らしい。桂香さんが言うには、俺のタイトル戦が終わった後に、俺に渡すように言われていたらしい。
その手紙を読んで、俺は年柄にも無く声を出して泣いてしまった。そこには、俺が永世名人を獲得したことに対する祝福の言葉がずらりと並べられていた。この手紙を桂香さんは、師匠から
俺が必ず勝つと信じていたのだ。タイトル戦の俺の相手、俺の永遠のライバル神鍋歩夢に必ず勝つと信じていたのだ。
手紙の最後はこう締められていた。「夢を叶えてくれて、ありがとう」と。ありがとうと言いたいのは俺の方だ!一人前の棋士に育ててくれて、ありがとう!将棋の楽しさを教えてくれて、ありがとう!息子として育ててくれて、ありがとう!
その時感じた色々な感情が、飛び出てきそうになって、僕は思わず口を押さえた。涙を堪えるのがしんどい。目を手で覆い、俯いてしまった。
「ぼく大丈夫か?具合でも悪いんか?」
師匠……いや、今はまだ師匠では無いから清滝先生と呼ぼう。清滝先生が心配して声をかけてくださる。だけど、今はこっちを見ないでほしい。声をかけないでほしい。余計に泣きそうになってしまうから。
「だ、大丈夫。少し緊張してるだけです」
「ならええねん。緊張することは悪いことやない。緊張も、自分の力にしてがんばりや!」
「はい!」
そして、対局が始まる。相手は前回大会の優勝者。棋力はそこそこあるのだろう。だけど、その雰囲気からこちらが子供だと舐めてるのがわかる。まぁいい。舐めてくるなら、盤上で後悔させるだけだ。振り駒の結果、僕は後手を引いた。相手の初手はオーソドックスに7六歩。角道を開けるスタートとなった。対する僕の初手。その手を見た瞬間、会場がざわつく。
「はぁ!?2四歩!?」
「おいおい、緊張のあまり指し間違えたんじゃないか?」
「ま、まぁいくら強くてもまだ子供ということだな」
会場の大半は、僕の初手を見て動かす歩を間違えたとでも思ってるらしい。まぁ、知識が無ければそう見えてもおかしくないだろう。この会場でも、この戦法を理解しているのは僕を除いて一人しかいないようだ。
「か、角頭歩やって!?しかも後手番でとか、幼稚園児が指すような手とちゃうで……」
思わずといった感じで叫ぶ清滝先生。そう、僕が使った戦法は後手番角頭歩だ。前生における僕の二番弟子、夜叉神天衣の得意戦法だ。乱戦になりやすいこの戦法、実に挑発行為としても優秀なのだ。舐めてかかってくるような相手は……
「舐めやがって!」
実に簡単に乗ってくれる。本来ならここからゴキゲン三間飛車を併用するのだが、この対局では使うまでも無いだろう。そもそも、あんな戦法この時代には存在しない。幼稚園児が未知の戦法を披露したなんて、目立って仕方ない。今は使わない方がいい。まぁ、後手番角頭歩だけでも十分目立つ気もするが。
盤面は、予定通り乱戦状態になっている。駒が縦横無尽に行き交う大味な展開。だが、どちらが優勢なのかは目に見えて明らかだった。
「しょ、勝負になっとらん……」
清滝先生の呟きが、僅かに聞こえてくる。清滝先生の言う通り、この対局はもはや勝負にすらなっていなかった。明らかな、僕の勝勢。後はどう締めるかといった様相を呈していた。
「クソ!なんで、俺がこんなガキに!こんなの何かの間違いだ!」
まだ目の前の現実を受け入れられない対局相手。どうやら、まだこちらのことを舐めているらしい。だったらいい。最後は自分の手で終わらさせてあげよう。僕は一枚の駒を手に取り盤上に打ち付ける。
「え!?」
「ひ、飛車のタダ捨て!?」
そう。僕が手に取った駒は飛車だった。飛車をただ、敵玉の近くに打ちつけただけ。簡単に玉で取ることができてしまう無駄な一手。
「はっ!勝負を焦ったなガキが!」
こちらのことを舐めている相手は、簡単に玉で取ってくれる。それが罠だとも気づかずに。
「……ん?あ、あれ?う、嘘だろ?こ、これってまさか……!」
そして遅れて自身の失態に気づく。先ほどの手は、逃げればまだ粘れて、取ってしまえば頓死する一手だったのだ。こちらのことを未だに舐めてる相手は、短慮に僕が悪手を指したと考え取ってしまう。それが敗北への最短距離だとも気づかずに。そして僕は、次の手を指さずに相手に考える時間を与える。自身の犯した過ちを考える時間を。
「あ、ありません……」
そうすると、相手は簡単に投了してくれる。考える時間を与えた分、自身に勝ち目が全く無くなったことが、次に指す手が無くなったことが理解できたのだ。相手の精神に問いかける勝負術。前生では、盤外戦術も含めてよく銀子ちゃんと研究したものだ。
「おいおい、幼稚園児が優勝しちまったぞ!」
「こんなの前代未聞だ!」
「て、天才幼稚園児だ……」
そして歓声に沸く会場内。天才天才と、僕を褒め称える言葉が後を絶たない。まぁ、褒められて悪い気はしないよね。調子に乗ってしまいそうだ。そして、遂にだ。待ち望んでいたあの声も挙がってきた。
「これは福井県初のプロ棋士になるぞ!」
「先生!是非この子に指導対局をお願いします!」
清滝先生に、指導対局をお願いする声。僕と清滝先生、師匠の初対局の時。その時が遂にやってくる。
「よっしゃ!それならぼく、2枚落ちでどうや?」
色々な感情が爆発しそうだが、それはひとまず置いておこう。今は、この対局に集中したい。僕は緩む涙腺を必死に絞り、清滝先生の提案に応えるのだった。
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八銀はジャスティス