第三盧生が幻想入り   作:ヘル・レーベンシュタイン

19 / 25
前回の後書きでも書きましたが、今回の話は今までと比較して非常に刺激が強い内容となってます。
可能な限りマイルドな表現にする様にしましたが、読む際にはご注意ください。


第十八話 死神の闇

 

それは、第三盧生クリームヒルトがナチス軍に入って暫く経ってからの出来事だった。その時期には、彼女の実家には父一人だけが暮らしている。

 

「だ、誰だ君達は?」

 

父の名前はクラウス・レーベンシュタイン。彼自身はごく普通の学校教師だ。だが、後の第三盧生クリームヒルトの父親である。

ある日、玄関からノックの音が聞こえ、開けてみるとそこにはナチス軍の将校が数人が佇んでいた。すると将校の1人が言い放つ。

 

「貴方が教員のクラウス殿ですね?」

「は、はい……あの、私が何かしたのでしょうか?軍に目のつくようなことをした覚えはないのですが。」

「いいえ、貴方の妻であるカリーナ・レーベンシュタインからお呼びですよ。」

「な、カリーナから!?」

 

将校の口から妻の名前を聞き驚きの表情をするクラウス。加えて妻自身からの誘いとなれば、断る理由もあるはずもなく……

 

「わかった、カリーナに呼ばれてるのなら行くとしよう。」

「協力感謝します。ですが道中を見られるわけにも行かないので目を隠させてもらいます。」

「あ、ああ……わかった。」

「では、おい……」

 

将校が指示をすると、背後の部下たちがクラウスの目に黒い布を巻き付けて目隠しをした。そして車の下まで誘導し、乗せ、そして目的の場所まで移動した。

移動する最中、過去のことを思い出す。かつて幼かった我が子、クリームヒルトが自殺しようとした日の出来事だった。

 

「よく聞きなさいクリームヒルト、殺人は最も罪深い行いだ。そして、自殺もまた殺人になるのだよ。」

「罪深いと、どうなるの?」

「……悪人としていずれ死んでしまう。それはいけない、私は君に生きて欲しいのだよ。」

「父さんは、私に生きて欲しいの?」

「ああ、そうだよ……」

「わかった、もう私は自殺しない。」

「そうか、それは良かった。」

 

それ以降、彼女は本当に自殺することも無くなった。そして次第に成長していき、自分の体質に何度か苦しんだこともあったが、それでも成人になるまで至った。

その後軍の門を潜った事はクラウスにとっても予想外で反対だったが、カリーナの進言に抗うこと叶わず彼女はナチス軍人となった。

 

「その結果、要人暗殺をする羽目になるとは……」

 

その後のクリームヒルトは、同僚の中でもトップの成績を収めた。それも、殺人記録で。それはクラウスにとってあまりに悲しい事実であったが、それでもお国の役に立っているのだから、苦渋の決断でその事実を受けいることにした。もっとも、早く平和な時代になって、普通の女性としての人生を歩んで欲しいと願わずにいられなかったが。

そして、車での移動から数分後……

 

「到着しました、降りてください。ただしまだ目隠しを外さない様に。」

 

クラウスは頷き、車から降り、ゆっくりと誘導に従って歩みを進める。すると扉が開く様な音が聞こえ、そこへ向かって進んでいく。

 

「うっ!?」

「静かに、あまり大声を出さないように。」

 

不意にクラウスは異質な空気を感じ取り、思わず声を出してしまった。扉の閉まる音が聞こえる。どうやらどこかの施設に入ったようだ。

将校の抑制の声が聞こえ、反射的にクラウスは口を強引に閉じる。しかしそれでも当たりに漂う異様な空気が絶え間なく漂っているため、ジワジワと吐き気を催してくる。

 

「さて、そろそろ良いでしょう。目隠しをとってください。」

「う、うぅ……ここは一体?」

 

将校の指示に従って、クラウスは目隠しをとった。数秒視界がぼやけるが、何処となく研究室のような施設に見えた。一面白い壁面と床、そして外の空気が出入りするような窓がほぼ無い。その代わりに空気供給感の様な穴がいくつか見られる。まさに研究施設、そんな空間へと入り込んだのだと思った。

 

「それで、カリーナはいったい何処に?」

「……ついてきて下さい。」

 

クラウスの問いかけに対し、将校は視線を交えることなく廊下の先へと進んでいった。背後には配下の者達が退路を塞いでいる。故にクラウスは渋々と先に進む将校の後へと着いていった。

そして歩き続けて数分後……

 

「カリーナ所長、旦那様をお連れしました。」

「ご苦労様。」

「カリーナ……」

 

将校と妻が敬礼を交えた。彼女は軍服の上に白衣を纏っており、如何にも研究員らしい雰囲気を醸し出していた。その凛とした雰囲気に呑まれつつも、クラウスは如何にか妻の名前を吐き出す。その声に反応してか、カリーナは夫へと視線を移し、そして微笑みを浮かべた。

 

「ふふ、急に呼び出してごめんなさいね。あなたにどうしても見てもらいたい実験があるのよぉ。」

「お、おぉ……そうか。」

 

敬礼をしてた時とは打って変わって、カリーナは女としての立ち振る舞いを全面に出してきた。その唐突な変貌にクラウスは動揺もしつつも、身を寄せてくる妻を寛容に受け入れた。しかし一方で、正体不明の悪感を身を感じつつも。

 

「そ、それで見てもらいたい実験というのは一体?」

「ええ、それは私達が作り上げた最新の兵器の成果をあなたに見てもらいたいのよ。」

「な、それはもしかして、核弾頭という奴か?最近巷で噂になってるが……」

「いいえ違うわ。その存在は私も認知してるけど、私はそれ以上の兵器を作りたいと思ってるのよ。私の夢のためにね。」

「な、それ以上だと?」

 

クラウスは驚愕の声をあげる。核という最新の兵器を認知しつつも、その先を行こうとするカリーナの貪欲さに舌を巻いた。

 

「す、凄いな君は……優秀な女性であることは知っていたが、これ程とはなぁ。」

「やめてよ、照れるじゃない。さ、そろそろ実験を開始しましょうか。それじゃ、お願い。」

「……承知しました。」

 

カリーナが指示を出すと、側にいた将校が緊張感を帯びた表情でスイッチを押した。すると手前のガラス戸の向こう側にある実験場の一つの扉が開いた。するとその扉から、一人の人間がユラユラと揺れながら現れた。その人物を見てクラウスの表情が、真っ青に変貌していく。

 

「な、なぁ……」

「ふふ……あらクラウス、貴方酷い顔をしているわよ。」

「き、君は……君は、一体何を……しようとしてるんだ?」

「何って、兵器のテストよ?」

「ふざけるな!君は、実の娘を兵器扱いする気なのかッ!?」

 

そう、開いた扉から現れたのはこの夫婦の娘、クリームヒルト・レーベンシュタインに他ならなかった。それも全身から生命力を全く感じさせない状態となっている。髪はボサホザ、唇が乾燥し、頬は痩け、目には隈は出来ていた。

 

「しかもあの姿……恐らくあれは栄養失調状態だ。君はあの子に何をしたんだ!」

「何をした、ねぇ……昨日何も食べさせてないわよ。」

「な、何も食べさせてないだと……あの子の体質を知ってて言ってるのか?」

「知ってるわよ、むしろ貴方よりも知ってるつもりよ?ミオスタチン……」

「そうだ、ミオスタチン関連筋肉肥大化!あの子は筋肉の成長が常人の倍早い体質で、その分エネルギーの消費もまた早い!それを知ってる上で、何故あの子に何も食べさせてあげてないんだ!」

 

研究室内でクラウスの怒号が響きわたる。先程までの温厚の雰囲気と一変して、その表情は憤怒に満ちていた。その一方でカリーナの表情は一貫して不変。そしてそのまま口を開いた。

 

「……クラウス、私はあの子の未来を信じてるのよ。」

「未来、だと……」

「ええ、そうよ。さっきも言った通り、私は核を凌駕した兵器を手に入れたい。その為にはあの子の力が必要なの。」

「い、いやまて可笑しいだろう。核を越える兵器が欲しいのは分かるが、その為に何故クリームヒルトを餓死にまで追い詰める必要があるんだ?」

「もちろん、流石に今すぐにそれを実現しろなんて無茶を言うつもりはないわよ。この実験は言わば、そのための第一段階みたいなものよ。」

「なんだと……」

 

最早自分の妻が何を言ってるのかわからず、クラウスは混乱に陥った。それを構わずカリーナは更に淡々と話を続ける。

 

「少し前にね、あの子に強化措置を施したのよ。具体的にはドーピングを幾つかね。」

「い、いやいや待て待て、ドーピングだと!?あの子はただでさえ異常筋肉体質だと言うのに、何をしてるんだ君は!あの子の空腹状態がさらにひどくなるのが目に見えてるじゃないか!」

「煩いわよクラウス、私もそのくらい承知の上でやってるわよ。だけど不思議なことにね、体に大きな変化はあまり見られなかったのよ。」

「……変化が殆どなかっただと?」

 

ドーピングを受けた人間は、原則常人の倍以上に筋肉が膨れ上がるものだ。だが実験場のクリームヒルトを見ると、そういった変化は全く見られない。

 

「なんで、変化が起きなかったんだ……」

「それが不明なのよね。ただ、一つ考えられるとしたら生存本能の力とでもいうのかしら?」

「生存本能の力、だと……プラシーボ効果でも出たというのか?そんな目に見えない力を、科学者の君がそんな答えを出すなんて……」

「恐らくだけどね、だけど現状それしか答えが出ないわ。あの子は本能の力一つで過剰に膨張しようとする筋肉を抑えてるのだと思うわ。」

「そんなバカな……」

 

クラウスが信じられないのも無理はない。過剰に供給された体内エネルギーを、人間の意思一つで制御している様なものだ。だが現に、今頃なんらかの形で死んでいたであろうクリームヒルトが瀕死ながらも生きていたのだ。ならば現状、長い時間見続けていたカリーナの言葉を信じるほか無い。

 

「……わかった、ひとまずクリームヒルトの身にそういう事が起きてたのは理解したよ。それで、今から一体何を……」

「そうね、それじゃ次の扉を開けて。」

「……了解しました。」

 

すると将校が別のスイッチを押した。するとクリームヒルトとは反対側の扉が開き、そこから何人かの人々が現れた。見るからに凶悪そうな男、見窄らしい女、そして中にはガリガリ細い少年までいた。酷な言い方をすると、底辺層であろう人々が扉から現れたのだ。しかも手には重火器や刃物などを握っている。

 

「武器を……あんなに人を集めて一体……まて、もしかして……」

 

これほどの人数を集めて何が起こるのか、一瞬疑問に思ったクラウスだが、直ぐに理解した。これから一体何が行われるのかと……

その事を察したクラウスを見たカリーナは、口端を上げて笑みを浮かべ、そして答えた。

 

「そうよ、今からあの屑どもをクリームヒルトに殺してもらうのよ。」

「カリィィィィナァァァァッ!」

 

瞬間、クラウスの理性が焼き切れた。普段温厚で滅多な事で怒りを示さない男が、憤怒一色に表情を染め上げながら、カリーナにつかみかかろうとした。

しかし無常にも、背後に配置していた軍人達にクラウスは押さえ付けられる。悲しいかな、妻の服の端一つ掴めぬまま床へと抑え付けられた。その姿を見てカリーナは高笑いを上げた。

 

「あははは!いやねぇクラウス、人様の目の前で妻に欲情するなんて、はしたなぁい。」

「ふざけるな!こんな状況で何を戯言を……君は、実の子に人殺しをさせて満足だというのかァッ!」

「人殺し?あらあらクラウスったら、寝言を言っちゃって……」

 

そう言いながらカリーナは地に伏してるクラウスに顔を近付け、微笑みを浮かべながら言い放つ。

 

「貴方も知ってるでしょ、あの子が総統閣下の命令で要人暗殺を何度もしていることを。だから今更殺した数を増やしたところで大した差は無いでしょうに。」

「そ、それは……だがそれは、あくまで軍命で……それに、アレは……」

「明らかに一般人だから違うとでも?残念、あそこには死刑囚もいるけど社会復帰不可能な物乞いもいるわ。そして、そいつらを実験に使って良いと、総統閣下直々の命令も下ってるのよ。」

「なん、だと……」

「ちなみに、屑どもにはあの子を殺した暁に一生遊んで暮らせるだけの金を渡すと言ってある。まあ嘘だけどね。この実験が失敗したら、毒ガスで全員殺すだけよ。」

 

顔が絶望一色に染め上がるクラウス。そしてトドメと言わんばかりに、カリーナは懐から一枚の紙を地面へと放った。内容を見るとカリーナが言っていた通りの内容が書かれており、そして総統閣下のサインも直筆で書かれていた。これによってこの実験は執行が下されたものと決定、最早誰にも止められない事が決まったのだ。クラウスの理性が徐々に削がれ、体中が痙攣で震えていく。

 

「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だァァァァッ!」

「さあ、私の愛しの旦那様、一緒に我が子の成長を見届けましょう。あ、あとこのガラスは鉛玉程度じゃひび割れない様にしてるから安心なさい。ほら、立たせてあげて。」

「はっ!」

 

カリーナの指示のもと、クラウスは無理矢理立たされた。無論、両腕をしっかりと固定されながら。当然ながらさほど鍛えてない彼が、二人の軍人を振り払うほどの膂力を持ってるわけもない。最早この場から逃げる事はできない。

 

「クリームヒルト……せめて、君だけは逃げてくれ。人殺しなんて、してはいけない……」

 

故にせめて、せめて我が子だけはこの狂気の実験から逃げて欲しいとクラウスは願った。無論、何か策があるわけでもなく、ただただ願うだけしかできない。

 

「……」

「ヒヒ、見ろよあの女。すげぇボロボロじゃねぇか。こりゃ大金は頂きだな。」

「ああ、好きなだけバラしてやるか。」

 

しかしクラウスの願いも叶う事なく、ただクリームヒルトは佇んでいた。意識を保つ事すら厳しいのだろう。

それに対して死刑囚達は嘲り笑い、欲望の視線をクリームヒルトに向けていた。そして、無数の銃口が彼女へと向かい、そして発砲される。その瞬間だった。

 

「ああぁぁぁぁぁぁッ!!」

「ッ!?」

 

クリームヒルトのした事は至って単純、咆哮を放っただけ。だがその威力はまるで大砲が放たれたかの様で、囚人達の意識が一瞬吹き飛んだ。そして次の瞬間、クリームヒルトが元いた場所には誰も居なかった。そしてその光景を見ていたカリーナ達も、あまりに一瞬の出来事で何が起こったのか分からなかった。そして更なる異変が巻き起こる。

 

「い、一体何が……」

「お、おい!お前その腕!」

「は?腕が一体何を……ッ!?」

 

一人の男が自分の腕を見てみると、何といつの間にか腕の肘から先がなくなっていたのだ。正確には両断され、両腕共に床に落ちていたのだ。

 

「ひっ、ひゃああああっ!?お、俺の腕がァァァァッ!?アヒッ!」

 

腕を無くした男は冷静さを失い、悲鳴をあげる。そして次の瞬間、首が飛び跳ね鮮血を撒き散らす。男の背後には剣を振り抜いたクリームヒルトが居た。

 

「あの女が居たぞ!撃てェッ!」

「おぉぉぉぉッ!」

 

その叫びと共に、囚人と物乞い達が再び発砲を放つ。奇しくも身勝手で人手なしの集団であろう彼らが、仲間割れを起こさず不恰好ながらも連携をとって戦闘を展開していた。しかし……

 

「はあぁぁぁっ!」

「ひぎィッ!?」

「ぎガァッ!」

 

信じられない事に、クリームヒルトには一切被弾しない。かすり傷一つも付かないのだ。過剰なまで注ぎ込まれたドーピングを取り込み、尚且つ生き延びた事でクリームヒルトは人の限界まで到達した超感覚と超身体能力を獲得したのだ。今の彼女には弾丸は蝸牛並に遅く見え、まるで暴風の様に実験場の上下左右を動き回ることすら可能。そして武器を持つ者たちを蹂躙していく。

死刑囚の体が縦から両断された。物乞いの子供が蹴られ、内臓が内側から潰された。小汚い女が頭蓋を殴られトマトの様に赤く潰れた。疾走する彼女と肩がぶつかったら、大型車に轢かれたかの様に半身が一瞬にして無くなった。実験場内が赤く、紅く染まり上がり、死が満ちていく。その光景を見てカリーナの表情が歓喜の絶頂に満ちていた。

 

「ふふ、あははははは!予想以上の結果だわ!そう、これこそ私が望んだ超人変生よ。人類の最新科学の結晶を注ぎ込み、弾丸をその目で捉え、そして弾丸より早く動く人間を作り上げる。これでまた、私の夢の一歩へ進んだわ!」

「はは、ははははは……」

 

歓喜に満ちたカリーナの傍で、クラウスは言葉を見失ってただただ渇いた笑い声を上げるしかなかった。人を超えて殺戮を行なう目に写して精神が限界に到達しようとしていたのだ。

 

「し、しかし所長。何故わざわざ栄養失調にする必要があったのですか?別に万全の状態で実験を行っても良かったのでは……」

「バカね、人間は極限状態じゃないと生存本能を全開にし、100%のエネルギーを出すことできないのよ。そして100%を出せなければ、人が人を越える事は原則叶わない。覚えておきなさい。」

「は、はぁ……失礼しました。」

「と、どうやら終わったようね。」

「……終わった、か。」

 

そして気がつくと、実験場にいる人間はクリームヒルト一人だけだった。その他にはただ屍が転がっているだけである。何はともあれこれで実験は終わり、クラウスは思った。だがその考えを遮る様に、カリーナは口を開く。

 

「さあクリームヒルト、『ソレ』を食べなさい。」

「……えっ」

「はぁ……はぁ……」

 

妻の突如マイクに口を近付けて言い放った言葉に、クラウスは頭が凍りついた。クリームヒルトは呼吸を荒げながら、屍の山へとゆっくりと近づいて行く。

 

「な、何を言ってるんだカリーナ……殺人だけじゃ飽き足らず、食え、だと?君は、気が狂ってるのか?」

「ねぇクラウス、人が人を越えるための最大の証明って、食べることだと思わない?」

「馬鹿げてる……やめろ、頼む、やめてくれ。こんなこと絶対間違っている。あの子にどこまで罪を背負わせる気だ!」

「嫌よ。この実験が終わるまで、あの子はここに閉じ込めるわ。」

「そん、な……」

「さあクリームヒルト、早くソレを食べない。死にたくないでしょ?」

「ぐぅっ………ッ!」

 

体の内に渦巻く飢餓感、そして生存本能に逆らう事は最早限界だったのだろう。1秒でも早く飢えを満たそうと、彼女は屍の山を口の中へと取り込んだ。ただただ本能に従って肉に歯を立て、噛み砕いて胃へとひたすら放り込んだのだ。

 

「うっぷ……ぐえぇぇッ!」

「げえぇぇぇッ!」

「はは、あははは、あははははは!」

 

それを見ていた将校達も、耐えきれず嘔吐した。仮にも同僚が同じ人間として共食いをしていること、そして純粋にグロテスクな光景に耐えきれなかったのだろう。そしてクラウスは、最早耐えきれず精神崩壊を起こし小便を漏らしながら笑うしかなかった。

 

「ふん、どいつもこいつもだらしない……まあ良い、これで第一段階は完了。そして次は……」

 

カリーナは汚物を撒き散らす男達に、侮蔑の視線を送りながらそう言い放った。そしてこの実験室から退室し、扉の外で待機していた男と対面する。

 

「ひとまずこれで今回の実験は終了。貴方の言った通りに進めたら、本当にその通りになって助かったわ。」

「……ふん、随分とご満悦だな。それよりも……」

「ええ、機は熟したわ。貴方の要望通り、クリームヒルトに邯鄲法を施しましょう。それで貴方の夢は叶うでしょう、Mr.セイシロウ。」

「ああ、甘粕も四四八もバランスに長けた盧生だったからなぁ。だが今回は特化型の盧生を作り上げよう。それならば付け入る隙もあるだろうよ。ふふ、ははははは!」

「ええ、そうね……きっとそうだわ。」

 

男の名前は緋衣征志郎、初代逆十字たる柊聖十郎の隠し子。そして第二盧生、柊四四八の異母兄弟に他ならない。征志郎は自分が生きるため、そして柊四四八への復讐のために遂に本格的に動き始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は人を殺した、だがこれは私が軍に入ってからそう珍しくなかった。総統閣下の命で、そして私自身が納得して行ったことも沢山ある。全ては人々が平等な幸福に至るために。飽食をする悪を葬るため、この手で命を奪ってきたのだ。それが正しいことだと信じて。

 

「はぁ………」

 

だが今回のコレはどうなのだろうか。確かに私が対面した者達は社会からのはみ出し者、そして私の命を明らかに狙った者達しか居なかった。ああいっそのこと、こんな出来損ないな私をどうか殺してくれてもいいと考えた。

だが、私のうちにある生存本能が爆発したのだ。死にたくない、まだ足掻きたいと。その本能に従って私は戦ったのだ。

 

「……その結果が、コレか。」

 

その結果、私が作り上げたのは屍の山だけだ。そして私は、飢餓を埋めるために屍を喰らった。これは本当に、正しいことだったのか。そんな疑問すら抱き始めた。私は何のために生きてるのだろうか。人を殺すことでしか、私は生を証明できないのか。そう考えた時、父の教えを思い出した。

 

「人殺しは同族殺し、故に最も罪深い行い。そして自殺もまた殺人、罪深いこと……はは、どうやら私は、罪に塗れてるらしい。」

 

死にたいと願いながら、生きようとする。生きたいと願いながら、誰かを殺す。ああ、何て矛盾に満ちた人生か。もっと上手くやれたのではないか、そんな後悔ばかりが頭を埋めていく。

 

「無様だな。」

「ッ!」

 

その時、背後から声が聞こえた。振り返ると、そこには黒いスーツを身に纏い、白髪が特徴的な男がいた。何処となく常人と比較してかけ離れた風貌をしているが、おそらく東洋人なのだろう。

 

「屑どもの命を貪ることに、随分と罪深さを感じてる様だな。だが、何を勘違いしている。人間がそんな上等な生き物かよ。いいや、正確には俺以外の生物に価値なんてあるものか。それでも価値を見出したいのならば、精々この俺の役に立つ様努めるが良い。」

「……お前は、一体?」

「ふん、まあ良い……要件だけを伝えておく。俺の名は緋衣征志郎だ。そしてお前、この俺の盧生になれ。これは決定事項だ。それ以外にお前に価値があるなどと、思い上がるなよ。」

 

そう訳のわからない言い分を伝えて、男は去っていった。端的に言って、訳がわからなかった。だがセイシロウという男の唯我を通そうという意思力には感服するものを感じた。ああ、もしも私もあの男ほど我を通そうとする意思があれば、少しは私自身の作りが変われるのではないかと思ったのだ。

 

「そしてその暁に、確固たる私を手に入れられるのではないのだろうか。」

 

これこそまさに、運命の出会いと言えるのではないのだろうか。そう思いついた私は、セイシロウの言う通り役に立とうと腰をあげたのだった。その先により良い未来が繋がると確信して……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして……

 

「ん、うっ……私は、何を。」

 

気が付けば、私は目を覚ましていた。どうやら床に倒れて寝ていたようだ。だが、見ていた夢の内容は鮮明に記憶している。そう、間違いなくあれは……

 

「あれは私の過去だ。何かがきっかけで、私は私の記憶を取り戻しているのだ。」

 

おそらく、アシズミという教員を倒したことがきっかけなのかもしれない。原理は不明だが、私たちの前を立ち塞がるものを倒すことで、失われた記憶を取り戻せるのかもしれない。

 

「そして、身体も少しずつ戻った方いるようだ。」

 

眠る前までは10代前半の身体だったのに対し、今は10代後半……大体18〜20代の体になっていた。そしてそれまでの行動もしっかり記憶している。

 

「ふふ、これもアカネのお陰だな。まだ寝ているようだが、どんな夢を見ているのか……」

 

傍で寝ているアカネに視線を移す。まだ寝息を立てて寝ていた。安易に起こせばどの様なことが起こるかわからない以上、今は自分で目覚めるのを待つしかない、

 

「それにしても、何故私は若返ったのか。」

 

そして私はふと疑問を抱く。何故記憶を失ったのか。この現実における戦闘で、私は邯鄲の夢という超常の力を使えている。だが、過去の記憶を振り返ると、まだこの年齢の時にこの力に目覚めていない。常人とかけ離れた膂力を持ち合わせていたのは理解したが、それでも人智を超えた力とは言い難い。

 

「……まだ何か思い出せてない記憶があるのだろう。ならば、更に先に進んで取り戻す他ないか。」

 

ひとまずはそう結論付けて、私はまずはアカネが起きるのを待つことにした。彼女に相談すれば、もしかしたらヒントを得られるかもしれない。そう細やかな信頼を寄せて、その寝姿を見守っていた。

 

 

 




というわけで、クリームヒルトの過去はこんな感じじゃないかな、と思い書いてみました。
仮にも戦神館世界において、人類最強の殺人鬼と謳われてたのでこれくらいハードな人生があったんじゃないかなと考えたので、こんな風に表現してみました。我ながら妙なところに力を入れたなと思いましたが(笑)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。