今回は別の人物の話となります。
かつて、世界を滅ぼす戦争があった。
ソレはどうにかその災禍から逃れる事に成功し、冥界に蛇と共に身を潜めていた。在る時を境にそこから飛翔し、気が付けば幻想に満ちた世界へと辿り着いた。そこでまた本能のままに生きようとしたが、人間を筆頭に多くの者達から妨害された。そして最終的に巫女と呼ばれる女に封印され、幻想の地から追放された。
(何故だ、何故我がこんな目に遭わねばならない。世界が人間を選んだとでもいうのか……ふざけるな!許せる筈もない……いつか必ず、人間を滅ぼしてくれよう。人間は決して許さぬ………許さぬ許さぬ許さぬ許さぬゥゥゥッ!!)
ソレは封印された結界の中で、人間への怒りに燃えうずくまっていた。客観的に見て、それは単なる逆恨み。しかしその怒りに目をつけた『人間』が居た。
『これはまた、利用出来そうな掘り出し物ね。』
(……何だ貴様、人間か。我の目の前に人間風情がよくも単身で現れたものだ。待っておれ、殺してやる。その魂、我が顎門で喰らってくれよう!)
『……別に良いけど、それだと貴方は一生その中にいることになるわよ?』
(……何だと?)
目の前の人間がその様な発言をし、ソレは動揺を見せた。そして邪悪な笑みを浮かべながら、人間は話を続ける。
『私が貴方をその封印から解放してあげる、その対価として私の指示に従いなさい。』
(…….戯けた事を。人間如きが我を利用しようなどと烏滸がましい!)
『そして、解放した暁には貴方の人間への復讐を果たしてあげるわ。』
(…….何だと?貴様自身も人間であろうに、何故滅ぼすことに肩を入れようとする?)
その人間が向けた提案に、ソレはその様な当たり前の疑問を抱く。同胞を守ろうとするのは、生物としては一種の本能だろう。しかし目の前の人間からは、その様な様子がまるで感じられないのだ。しかし目の前の人間は、傲岸に言い放つ。
(決まってるでしょう?私以外の人間は利用されるだけの道具よ。そして利用されるだけの価値のない人間は、残らず滓以下よ。そいつらを貴方が残らず処分してくれたら、実に都合が良いわ。)
『………ふふ、ふはははははは!良いだろう、ならばその条件に乗ってやろう。貴様の様な人間もまた、我にとっては都合が良い。』
(なら、これで契約完了ね。)
『だが忘れるな、貴様もまた我に殺されるべき人間で在るとな。他の人間を滅ぼした後には、貴様もまた我自ら殺されるという事を覚えておけ。』
(ええ、それで良いわよ。)
その日、人間によって人類への怒りに燃える者が連れ去られていった。その痕跡は誰にも知られずに……ソレは今も尚、怒りに満ちている。奈落の底にて、復讐の時を待ち続けているのだ。
「さて、私は私のできることをやらないとね……」
他のメンバーが各々の動きをしている中、霊夢は一人で八幡宮へと向かっていた。そして長い階段を上がると共に、何とも奇妙な圧力を感じた。まるで遥か天空から巨大な瞳でこちらの行動を監視している何者かが居る様な気がする。
「本当、誰かに見られ続けるってのは嫌な気分になるわね。けど、これに対処できるのは私だけだろうし。」
そう言いながら霊夢は階段を登り切り、それと同時に手を前へと突き出す。すると空間が揺れ始め、謎の空間への入り口が開いた。
「やっぱりここ、結界が上書きされてたわ。そしてこの先に、きっとこの異変の犯人がいるんでしょうね……」
そう呟くと無意識に頬から冷や汗が人潰された。霊夢は一度深呼吸をし、そして覚悟を決めて入り口を潜る。すると全身を覆うほどの闇が広がり、霊夢は咄嗟に目を閉じる。暫くして目を開くと、そこは機械や薬品だらけの何処かの施設の中にいた。
「……いよいよ本拠地か。」
辺りは鉄屑や薬品の匂いが漂い、決して心地よさは感じない。しかしその気持ちを抑えて霊夢は歩みを進めた。この先に異変の黒幕が居る、そう確信して施設内を歩き回る。
「ッ!」
その時、この施設には似合わないある感覚が霊夢の体を駆け抜けた。その感覚を感じた部屋へと駆け出し、扉を開ける。その部屋にあったのは……
「……見つけた。」
そこには巨大なカプセルがあり、中には大量の培養液が入っている。そしてその液体の中には、フヨフヨと魂の様な何かが入っていた。霊夢はそのカプセルに近付き、お札を一つ貼った。目を閉じ、そのまま状態を数秒続ける。
「……後は、お願いね。」
目を開けてそう呟いたら、霊夢はその部屋から立ち去った。霊夢の先程の行いで変わったことと言えば、カプセルにお札を貼っただけ。
客観的に見れば、霊夢は何のためにやったのか訳がわからないだろう。しかし霊夢が態々一人の状態で口からその真意を語られるわけもなく、先へと歩みを進めたのであった。
「特に気になるものは無いわねぇ……あの部屋以外。」
施設内をひたすらに物色する霊夢だったが、特に新しい発見はなかった。何処もかしこも専門用語が入り混じる書物や書類だらけ。唯一例外だったのは、施設内で見てきた中でも、一際大きな扉だった。やむを得ずその扉に近付き、その前に立つ。何やら異質な空気が扉越しから感じられた。
「……この部屋は、何?」
霊夢がそう呟きながら扉に指をかけた瞬間、全身が強烈な光に包まれる感覚が走った。だがその光には本人の意思に関係なくひたすらに、そして苛烈なまでに全身を包み込む。それはさながら周りの星々を無差別に照らし、灼熱で全てを焦がす太陽の如き神威。
無論、霊夢が今認識している現実世界がその通りになっているわけではないが、その神威の如き圧力に耐えられるほどの精神力がなければ、この扉を開けることは叶わないだろう。故に霊夢は緊張感と共に冷汗を流すものの、意を決して扉を開ける。
「これは……」
扉を開き、霊夢の目に入ったのは無数の絵画だらけの部屋だった。霊夢は部屋の中を進み飾られている絵画に目を通す。まず最初に見たのは神々の戦争を描いた絵、次は古代の人々が剣や弓を持って争う絵、そして次は銃火器を持って戦争をする……などなど。
こうして飾られている絵を見ていくうちに、霊夢は共通して秘められているテーマが見えてきた。
「さながら『試練』ってところかしら?人間ってのは絶体絶命な状況に追い詰められて、初めて己の真価を発揮する……なんて言いたげな絵画ばかりな事で。」
呆れた視線をしながら霊夢はそう呟き、部屋の中にある絵画を一通り見ながら奥へと進んでいく。そしてこの部屋の最奥の間には、今までの絵画よりも一回り大きな絵画が飾られていた。いいや、人物画とでも言うべきだろうか。そこには漆黒の軍服を身に包んだ男が玉座に居座り、悪辣ながらも何処か幼い子どもの様な純粋さを感じさせる笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。
その男の周辺には絢爛なる天使や邪悪なる悪魔、そして神聖さを感じさせる龍神が描かれていた。更に男の足元には銃火器や刀剣などなど人の長い歴史の積み重ねによって作られた、武器の山が男の足元に積み重なっていた。それはまるで、人の業の頂点に立ち、なお己の
……否、これ以外に言い表せる言葉が思いつかなかった。
「まるで『魔王』ね……」
霊夢は苦笑を浮かべながらそう呟いた。改めて部屋に入る前に感じた圧力に嘘偽りはなかったのだと実感する。この男を前に決して腑抜けた姿や態度を見せてはならない。例え絵画だろうと隙を見せたその瞬間、魔王の裁きが下されるだろう。それが如何なるものか想像もしたくない。故に霊夢は自分らしさを貫きながらも決して気を緩めない。そしてそのまま、絵画の下にある碑文に目を通し読み上げた。
「此れは試練を持って人々に救済を齎さんとした、第一の盧生が抱いた真実であるである。かつて邯鄲の夢で百年後の人々が生きる世界を目の当たりにする。そこで生きる人々を見てまず最初に感じたのは『魂の劣化』に他ならない。その一生で本気で夢を叶える気がない、憂さ晴らしに無意味な時間を浪費する、そのような人間がとても多いと思った。そのような姿が本当に人の魂の輝きなのかと思わずにいられた……と。へぇ、なるほどね。」
この男がいつの時代に生まれ、どんな感じにそのような体験をしたのか霊夢には分かりかねない。だが、そのような未来を見たとなれば、確かにその体験は『本物』かもしれないと考えた。どんな時でも人は楽に流されやすい生き物だ。文明の発展と共に楽に没落するのも霊夢にとっては想像に難しくなかった。現に彼女の住まう幻想郷という一種の理想郷でも、その様な姿をする人間や妖怪も散見されるのだから。そう考えた彼女は再び碑文の続きを読み上げる。
「そんな未来を前にして、此の者は立ち上がることを決意した。吾が魔王となり、遍く人々に試練の世界を齎そう。一つの巨悪を目の当たりにし、夢を与えれば人々は生き残るために覚醒を果たすだろうから。例え如何なる艱難辛苦が待ち受けていようとも、諦めなければ夢は叶う。その足跡は尊いもので決して無駄ではない……故に人類よ、夢を抱いて吾を討て。その足跡の先に、真なる魂の煌きが宿るだろう………これこそが第一の盧生、魔王の試練が齎す人間賛歌の真実である。なるほどね……なんて傍迷惑なことで。」
その碑文を読み終えた霊夢は、頬を垂れる冷や汗を指で払い、そして絵画に映されている魔王と視線を交えながらそう言い放った。
「だけど同時に、確かにそれは確かに人が望む理想世界な一つかもしれない。要は、本気で人生を生きてみたいって事でしょ?それも自分一人だけじゃなく、周りのみんなも公平に全力で生きるようになり、思い描いた夢に向かって全力疾走……みたいな感じでね。だけどそれは、人間の成せる所業じゃないわよ。」
肯定した一方で一転し、霊夢は魔王の人間讃歌を今度は否定し始めた。心臓は今も激しく動いている。言葉一つ出すたびに嘔吐が湧き出そうだけど、それをグッと堪えて言い放つ。
「生きていれば、大概試練だらけなのよ。魔王様から直々に頂くなんてこと、私には少なくとも要らないわね。ましてや幻想郷にそういう物を持ってくるのなら……博麗の巫女として、全力で阻止させてもらうわ。」
そう言い放つ霊夢の瞳には、確かに『覚悟』が宿っていた。本音を言えばこんな危険な男と正面衝突なんてやりたくないが、今この瞬間においては、そういった気持ちの絶対値が求められていると霊夢は悟った。
すると、その絵画から感じた魔王の神威が次第に薄れていった。概ね良好、及第点だ。ならば覚悟して先に進むが良い……などと遥か時空からそんな声が聞こえた気がした。その瞬間、この絵画から感じた威圧感は無くなる。
「……全く、何様のつもりだか。」
ふぅ、と少し大きめなため息を吐く霊夢。ずっと気を張り詰めていた為、まるで心休まる瞬間がこの時まで無かった。これから部屋一つを抜ける度に、こんな体験をしないといけないのだろうか。
「……だけど分かったことも確かにあったわ。盧生ってことは、きっとこの先にあいつも……」
そう呟きながら脳裏に浮かぶのは、ある日不意に幻想郷に訪れた……何故か朱音と顔見知りのよう金髪の女。クリームヒルトの事も、きっとこの先の部屋で知ることができるはずだと。
「まあ、そもそもあと何回こんな感じの部屋がを進めば良いのかすら、わからないんだけどね。」
そう言いながら振り返り、もう一度部屋の中の様子を見渡した。特に変化は無し、再度絵画に目を通しても何も感じなくなった。それを確認し、次の部屋へと続く扉を開けて、その先を進んでいった。
少し長めの廊下を歩き抜け、また扉を開く。そしてその中は、先程の部屋と同じ様に無数の絵画が飾られていた。
「またか……黒幕は絵画好きなのかしらね。」
そう呆れつつも絵画を一つ一つ目を通していく。しかし今度は明らかにテーマが変わっていった。
今度は戦争ではなく、東洋から西洋の街が大きく目立ち、そこで暮らす人々の様子が描かれていた。農業や大工作業、商売や教育などなど……人間社会において不可欠な概念が描写されていた。それは一言で言い表すならば『歴史』と表することができるだろう。それらの絵画を一通り見て霊夢は呟く。
「……テーマは『継承』かしらね?人というのは一人では生きていけない。過去を知り、今を育み、そして未来に少しでもより良い物を継いでいく。それこそが正に、人としてのあるべき姿……と言ったところかしらね。まあ、私はそんな風に堅苦しく一々生きて生きたくないけどね……」
そう少し面倒そうに語りながら、霊夢はこの部屋の最奥へと進み、前と同様に一番大きな絵画を見た。
その絵画を見た第一印象は、後ろ姿の男だった。おそらく日本人だろう……そして軍服を身に纏い、眼鏡を顔にかけ、そして玉座の前に威風堂々と立っている。玉座の背後には巨木が立っており、星々に手を伸ばすかの様に大きな枝を空へと伸ばし、緑に生い茂っていた。まるで人々の歴史を象徴するかの様に。その絵画を見て、霊夢はこう言い表した。
「如何にも『勇者』って感じね……ちょっと堅物な漢字があって苦手だけど。」
けれど先程の魔王よりかはマシだけど、などと付け加えつつそう呟いた。少なくも一々気を張り詰めなければならない様な空気は感じられなかった。その事から、如何にこの絵画に描かれた人物の人としての寛容さが伺えた。しかしその寛容さに甘える様な事はせず、あくまでも真剣さを維持しつつ碑文を読み上げた。
「此れは己が生き様を魅せ、人々の指標として在ろうとした、第二盧生の真実である。第一盧生の野望を阻止すべく、仲間と共に邯鄲の夢へと挑んだ。多くの歴史を知り、学び、そしてその輝きを磨き続けた。先駆者と比べて短期間ながらもその密度は決して劣らない。だが、それでもあと一歩及ばない。両者の激突は勇気の競い合いだったが、第一盧生の覚悟と勇気、そして気合いと根性が覚醒の扉を開き、誰もの予想を上回った……って、ちょっとちょっと。雲行き怪しくなったわよ、どうするのよこれ?」
これもまたよくある話だが、勝負事において頑固な負けず嫌いは中々に曲者だ。まだだ、まだだ、いいや、勝つまで諦めない。そんなわがまま一つで勝負が長引けば、相手をする側はいつしか疲弊しかねない。
しかも読めばこの第一盧生、窮地に置かれれば更なる覚醒を引き起こし、幾らでも成長しかねない様な様子が伺える。率直に言って、霊夢から見ても第二盧生の勝ち筋がまるで見えなかった。少し不安に感じつつも、ひとまずは碑文を読み進めて見た。
「第一盧生が覚醒を果たす中、男の取った行動は『第二盧生という玉座を捨てる』という暴挙だった……はい?」
その一文を見て霊夢は思考が一瞬凍りついたが、呼吸を整えてもう一度読み進める。
「……コホン。なぜ男はそんな暴挙をしたのか、根拠は当然ある。まず第一盧生と同様に、前人未到の偉業を成すために。そして尚且つ、第一盧生が決してなし得ない事を実現する為に。それらの条件を達成する為には、盧生という資格を捨て、夢は所詮夢であるという悟りを胸に抱いて特攻するしか無かった。男の選択はあまりに無謀な挑戦であったが、その行動は確かに第一盧生の心に届いた。何故なら、それこそが彼の夢焦がれた勇者の姿そのものだから。待ち焦がれた夢をその手で壊すこともできるはずもなく、第一盧生は敗北を認め、未来を第二盧生に託し現実から去っていた。
この後の第二盧生は託された約束を果たすべく、仲間達と共に来たるべく世界大戦を阻止する為に世界中を生身で駆け抜けるのであった。これそこそが第二の盧生、勇者の指し示した継承の人間讃歌の真実である……と言うわけねぇ。」
碑文を読み終えた霊夢はもう一度絵画を見上げた。なるほど、だから玉座に座ってなかったと理解した。故に霊夢は、ここまで読み上げた物として、伝えるべき事をその後ろ姿に向かって告げた。
「……私は人間の標べとして在ることが人として正しいなんて思えない。だけど、貴方の示した勇気は確かに理解したわ。あんな窮地の中、よくもそんな大馬鹿な選択できたものよ本当に。だからこそ……貴方には確かに博麗の巫女として敬意を表するわ、元第二盧生の勇者さん。」
静かに微笑みながらそう伝えた霊夢。それに対して後姿の男は何処となく優しく微笑んでる様に見えた。
その言葉、確かに受け取った。だからこそ先に進め、お前ならきっと大丈夫だ……そんなちょっと傲慢さを感じながらも、爽やかな朝日の様な優しい雰囲気が絵画から漂ってきた。
「そう、なら行ってくるわ。」
そんな生真面目さに苦手意識を感じつつも、霊夢もしっかりとそう返事して次の扉へと向かっていった。もう後ろをいちいち振り返らない、受け取るべきものは確かに受け取ったのだから。
「さて、次の部屋に向かいましょうかね。」
そう言いながら霊夢は扉を開き、次の部屋へと向かっていった。
と言うわけで歴代の盧生の歴史を見ていく話でした。
前編と後編に分ける形になってしまいすみません……なるべく早く仕上げる様頑張ります。