Angel or Lilith~天使な僕と魔性なキミの旅~ 作:伊駒辰葉
召集を受けた四人が揃ったところで、ゼクーが王宮から書簡が届いたと話し始める。白い封筒に入れられた書簡には国王の署名がなされ、印もしっかりと押されていたという。これは本当に王宮からの書簡であるという説明を一通りしてから、ゼクーは確認するようにその場の四人を見て言った。
「天使が現れたそうだ」
ゼクーに一番近い席についていたトゥーラはその言葉に首を傾げた。聞き覚えのない言葉だ。もしかして自分にだけ判らないのではないかと不安になる。トゥーラはさりげなく同席者たちの様子を伺った。どうやら判らないのは自分だけではないらしい。首を傾げたり怪訝な顔をしたりする同席者達の様子を見て、トゥーラは心の中でほっと息をついた。
多角形のテーブルを囲んで互いの顔を見合わせた彼らをもう一度こっそりと見てから、トゥーラはゼクーに質問した。
「天使、とは何ですか?」
ひょっとしたら魔物の一種なのかも知れない。そう思いつつもトゥーラは自分の考えは口にしなかった。根拠がないと感じたからだ。
「作戦の呼称……ではなさそうですね」
眉間に皺を寄せて言ったのは筆頭統率者であるクロードだ。クロードはトゥーラが飛び級を繰り返して今の階級になる前はゼクーの一番弟子だった。階級はトゥーラの一つ下の一等魔道官だ。クロードは温厚な性格の男性で、トゥーラが今の階級に昇級した折にも祝いの言葉をくれた。そしてその日を境に、ゼクーの一番弟子の座はトゥーラのものとなったのだ。
クロードがさりげなく手を振る。トゥーラは不躾にクロードを見つめていたことに気付き、慌てて目を逸らした。年が十ほども違うからなのか、クロードはいつも落ち着いて見える。この塔でゼクーを除けばトゥーラが唯一心を許せる相手がクロードだ。
「私も実物は見たことはないが、百年に一度出るか出ないかの希少な種族らしい」
そう前置きしてゼクーは天使の説明を始めた。天使というのは基本的には人と同じ形をしているモノらしい。背中に生えた白い翼が特徴で、特別な力を有している。そこまでゼクーが言ったところで同席していた女性が不思議そうな顔をする。
天使と呼ばれるモノが登場する物語がこの国には存在するらしい。それと同一のモノなのかと同席者の女性が言う。するとゼクーは苦い顔をして判らん、と首を横に振った。
物語に登場する天使に共通しているのは容姿の麗しさなのだという。それを聞いたトゥーラは思わず顔をしかめた。今問題になっているのは天使とやらが持つ特別な力についてであって、容姿などどうでもいい話だ。トゥーラが思った通りに発言すると、途端にその女性が険しい表情になった。が、トゥーラはさして気にも留めず、ゼクーを見た。
「特別な力とは何ですか? 魔力ですか?」
天使という名前はついてなくても特別と言われる魔道士はいる。それが国王に認められ、上級魔導師の階級を与えられた五人だ。彼らは魔力の強さだけではなく、魔術の展開の速さ、構成の確かさ、そして洞察力や判断力が優れているために他の魔道士とは比べ物にならない程の強さを誇っている。
「いや、私にも詳しいことは判らんのだ。先の天使が現れた折に戦いが生じたらしいが」
そう言ってからゼクーは眉を寄せて深く椅子に寄りかかった。長く伸びた白い髭を撫でながら何事かを考えるような顔になる。トゥーラは軽い驚きに目を見張ってゼクーを見つめた。博識のゼクーでも知らないとなると、この国では天使を詳しく知る者はいないのではないだろうか。
今回の王宮からの召喚は各塔の代表による協議が目的らしい。議題は天使の処遇についてだ。天使の存在は王宮からの指示により不可侵とされている。だがそれはあくまでも表向きの話だ。
世界を変えると言われる天使の力を求めて人々は争った。戦いが激化する中、王宮の指示によってエヴァン国軍は天使を討伐することになった。天使の力を得ようとする者は多く、争いの中で死んでいった人々もまた多かったという。
「それで問題の天使はどこに居るんです?」
誰かの質問の声にトゥーラははっと我に返った。もしも誰かが天使の力を手に入れたらどうなるのか、という考えに耽っていたのだ。
「先見の占でまもなく生まれると出たらしいが、詳細は協議に参加しなければ判らんな。今回もやはり討伐隊が組まれるだろうが」
恐らくその話し合いになるだろう。苦りきった顔で言ってからゼクーがその場に集まった弟子の顔を見回す。トゥーラは緊張に身を硬くしてゼクーの次の言葉を待った。
「王宮からの召喚に応じられるのは塔の所有者ともう一人、となっておる。私はトゥーラに頼もうと思うが皆の意見はどうかな」
指名を受けたトゥーラはぱっと顔をほころばせた。慌てて顔を引き締める。だがどうやら見られてしまっていたらしい。正面に座るクロードが口許に淡い笑みを浮かべている。トゥーラは頬を微かに染めて目を逸らした。
「反対する理由はありませんね。彼女は一番弟子ですし」
肩を竦めてクロードが言うと、他の二人も顔を強張らせてはいたが頷いた。残りの二人の顔には不服そうな感情が見える。だがトゥーラはきっぱりとそれを無視した。
会議は早々に終了し、ゼクーは今日の予定を多少の変更したと皆に伝えた後に退室した。敬礼して見送ったところでトゥーラはほっと息を吐いて部屋を出ようとした。
「いつもいつもご苦労様。また師匠に媚びを売りに行くの?」
背後からの侮蔑の声にトゥーラは鋭い目をして振り返った。統率者の一人である女性は意味ありげな笑いを浮かべている。その隣で似たような笑いを浮かべている男性も統率者だ。彼ら二人はゼクーがいないところではこうしてしょっちゅうトゥーラに絡んでくる。
「今から射撃訓練でしょう? ここでのんびりしていてもいいんですか?」
冷ややかに告げてトゥーラは二人を交互に見た。冷淡な態度をとるトゥーラをどう思ったのか、二人が嫌そうに眉を寄せる。
ここにいる三人の統率者とは異なり、トゥーラは受け持ちの授業以外の時間は全て自由に使えることになっている。研究に打ち込むもよし、勉強するもよし、時間の使い方はトゥーラ自身に任されているのだ。だからこそトゥーラがどこで何をしているのかを知らない弟子の方が圧倒的に多い。いや、下手をすると師匠のゼクーも知らないのではないだろうか。何故ならトゥーラは自分の行動について誰にも触れ回っていないからだ。
トゥーラは自分の行動に言いがかりをつけられることには慣れている。だが統率者である彼らにまで厭味を言われる筋合いはない。彼らは弟子達を統べる立場にあるのだ。
「あなた方も統率者としての誇りを多少でも持ったらいかがですか?」
千人近い弟子の代表として、恥ずかしい行動は控えてはどうか。トゥーラは感じたままに続けて二人の顔を見比べた。怒りに目を吊り上げた女性がトゥーラを睨む。
「あんたなんてちょっと見た目が良いってだけで贔屓にされてるんじゃない! 実力ではクロードの方が絶対に上なのに!」
やれやれと内心で呟いてトゥーラはため息を吐いた。今までこの女性はこうもはっきりと不服を口にしたことはない。いつも遠回しに厭味を言ったりする程度なのだ。彼女はゼクーの決定に不満があるようだ。そう理解してからトゥーラは呆れた顔になった。
「どうせあんたは看板用に置いてあるだけなのに」
笑い混じりに言われてトゥーラは眉をひそめた。トゥーラが表情を変えたことが面白いのか、女性が更に言う。
「あんた目当てで弟子が増えれば儲かるのよ。実力がなくても、性格が悪くても、容姿さえ良ければ何でもいいんだから!」
溜まっていた何かを吐き出すようにまくし立ててから女性が笑い声を上げる。高く笑った女性につられたように、隣の男性も笑って侮蔑の目でトゥーラを見る。トゥーラは顔を強張らせて唇を引き結んだ。
「いいかげんにしておいたらどうだ? 見苦しい」
それまで黙していたクロードが低い声で言う。するとそれまで笑っていた女性が顔色を変えてクロードに詰め寄った。
「だってこの女、師匠に贔屓にされてるからって図に乗ってるじゃない!」
本当はあなたが一番だったのに。そう告げた時の女性の表情は泣きそうにも見えた。だがトゥーラはそれを無視して失礼、と断って会議室を出た。
この塔で階級を上げるには幾つかの方法がある。一つは順当に試験をクリアすること。これは実技と筆記の両面の試験で、どちらもある一定以上の成績を修めなければならない。この昇級試験は年に二度ほど行われる。申し込みをすれば塔に所属する者なら誰でも受けられるものだ。
次の方法は戦功を上げること。有事の際にこの塔の弟子は軍に徴集される事があるのだ。その際に一定以上の戦功を上げた場合、特例として昇級が認められる。だがエヴァン国は今、戦争はしてない。つまりこの方法は戦いを行っていない今は無理ということだ。
最後の方法が師匠のゼクー直々に認められること。トゥーラが通常ではあり得ない速さで飛び級を繰り返せた理由はここにある。通常の昇級試験に加え、ゼクーの認可によりトゥーラは若くして今の階級に昇級したのだ。
背後から呼ぶ声にトゥーラは振り返った。クロードが笑みを浮かべて手を振りながら駆け寄ってくる。トゥーラはしばし待ってからクロードと並んで歩き出した。
「気を悪くしないでくれるかな。彼女達も悪気があるわけじゃないんだよ」
にこやかな笑みを浮かべてクロードに言われ、トゥーラは困惑した。彼女達に悪意がなければ何のために悪し様に言ったり、言いがかりをつけたりするのだろう。彼女達だけではない。その他にもたくさんの弟子から厭味を聞いたりする。彼らもやはりクロードの言うように悪意は全くなくそんなことを言うのだろうか。トゥーラは考えながら眉を寄せた。
「悪意が一切なくあそこまで言えるのも凄いですね」
他に言いようがなくてトゥーラは思ったままを言った。するとクロードが困ったな、と苦笑して頭をかく。口ごもったクロードを横目に見てからトゥーラはため息を吐いた。
「師匠に密告しようとは思っていませんので」
きっとクロードは問題が大きくなるのを恐れているに違いない。そう思ったトゥーラは控え目にそう告げた。クロードが困ったように笑ってすまないね、と言う。クロードはその温厚な性格からか、塔内で揉め事を起こすことを好んでいないのだ。こうして暗に頼まれたことも初めてではない。
まだ入門して間もない頃、トゥーラが塔のルールを覚え始めた矢先のことだった。最初に受けた苛めは単純なもので、道を訊ねたトゥーラはあからさまな嘘を教わった。まさか自分が苛められているのだと思っていなかったトゥーラは、塔の中で迷っていたところをたまたまクロードに見つけられたのだ。
その時のことをトゥーラはゼクーに伝えた。が、ゼクーはトゥーラを気遣ってはくれたが、嘘を教えた連中に注意はしてくれなかった。結局、トゥーラは安易に人を信じてはいけないと逆にゼクーに諭されたのだ。
それ以来、トゥーラは誰に頼まれなくても、弟子達から苛めを受けていることをゼクーには報告しなくなった。自分がきちんと勉強して魔術を学んで階級が上がれば誰もそんな真似をしなくなると思っていたのだ。
だが苛めはなくなるどころか酷くなる一方だ。彼らは証拠が残らないよう配慮しているのか、トゥーラに物理的には攻撃してこない。先ほどのリカルトのように直接触ってくるケースは極稀だ。
階級が上がるにつれてトゥーラは苛めようとする連中のことを全く気にしなくなった。気にしたところで時間の無駄だ。彼らは抵抗したところでどうせ厭味を言い返してくるだけだ。だが全く反応しないというのも面白くないらしい。完全に無視して随分と絡まれた経験から、トゥーラは彼らとは必要最低限の会話しかしないことにした。
彼らにはよく言っておいたから、とクロードが微笑んで言う。トゥーラは礼を言って頭を下げてからクロードと別れた。クロードはこれから下位の弟子の訓練に付き合うことになっているのだ。手を振って去ったクロードを見送ってからトゥーラは書庫に向かった。
この話はラストを変えようかなあ、と無謀なことを考えていたりします。
読み返してみたら最後付近が不時着を恐れて低空飛行になった後、何となく着地している感じでした。
なんだかな~(汗)
でも自分で書いておいてなんですけど……カタカナ……なんですよね……