Angel or Lilith~天使な僕と魔性なキミの旅~ 作:伊駒辰葉
まるで獣のように目をぎらつかせて一人の女性を囲んでいた男達をエタンダールが次々に張り倒していく。ライツはやれやれとため息を吐いて魔術の光を部屋の天井に向かって放り上げた。宙に浮かんだところで光がぴたりと静止する。するとそれまで薄暗かった部屋の中は真昼のような明るさになった。
ゼクーの塔に赴いたライツとエタンダールは、行動を共にする予定の女性を探し回った。だが塔内のどこにも女性の姿はなかった。エタンダールが捜索の魔術を使い、二人は女性の後を追いかけることになった。ライツはここに辿り着くまでの経緯を思い出してもう一度深々とため息を吐いた。床に転がされた男達はよほど驚いたのだろう。目を丸くしてあんぐりと口を開いている。
「これは……」
床に横たわる女性を見つめてエタンダールが呟く。ライツは咳払いをしてエタンダールを睨みつけた。女性は意識がはっきりしていないのか、助け起こそうとしたエタンダールに逆にしがみついた。そこでエタンダールがライツを見つめ、真顔で言う。
「ひゃっほう?」
「何で疑問形なんですか。手を出さないでくださいよ。問題になったら困るでしょう?」
ライツはエタンダールの声に淡々と答え、へたり込んだ男達を一瞥した。ゼクーの塔にいた弟子達と同じ服を身につけた男が全部で六人。ライツは呆けた顔をして自分を見つめている男達に近づいた。はいはい、と言いながら荷物を降ろし、中から出した縄で手早く男達を縛り上げる。抵抗しかけた男も中にはいたが、ライツは問答無用でその男を膝で蹴倒した。自慢ではないが、喧嘩なら塔の誰にも負けない自信がある。何しろライツの組み手の相手をするのはエタンダールなのだ。
「おーお。酷いのかまされたなあ」
艶かしい声を上げて女性がエタンダールにすがり付こうとする。エタンダールはそんな女性を抱き上げ、部屋の隅のベッドに運んだ。だがベッドに下ろされた女性はエタンダールにしがみついたまま離れようとしない。それを見てライツは目を細めた。部屋に覚えのある香りが漂っていたから判る。間違いない。この女性は媚薬を盛られているのだ。
「安物ですね。全く、何を考えてそんなものを使うんだか」
眉を寄せて吐き捨ててから、ライツは男達に向き直った。男達は呆れているのか驚いているのか判別のつきにくい表情をしている。その中の一人が呟くように言う。
「な、何者だ」
「婦女子に対する拉致、暴行、薬物の無許可使用」
ライツは質問には答えず、罪状を述べながら荷物から小さな紙の束を取り出した。細い紐で束につけられていたペンですらすらと男達の罪状を書き記す。
「無許可?」
ライツに声をかけた男が怪訝そうな顔をして訊く。ライツは目を上げて紙の束をペンの尻でぱしんと叩いた。
「あなた方が色町で働いているようには見えませんが? あの媚薬は遊女に限り処方されるものでしょう」
淡々と言いながらライツはベッドを見た。エタンダールは真剣な面持ちで女性を診察している。
軍にも荷担しない。かと言って宮廷魔道士でもない。そんなエタンダールが何故、塔を運営出来るのか。それはエタンダールが魔道士としてだけではなく、医師としてきっちり働いているからだ。しかもエタンダールの医師としての腕は確かで、遠くからも頼ってくる患者もいる。貧しい人には格安で。汚い金をたっぷり貯えている者からは法外な治療費をとる。それがエタンダールのやり方だ。
真面目な面持ちで女性の具合を確かめていたエタンダールが顔を上げてライツを見る。
「おい、帽子寄越せ」
「やだよ! いくらすると思ってんのさ!」
エタンダールの要求にライツは声を荒らげた。だがエタンダールに睨まれてライツは仕方なく荷物から帽子を取り出した。ライツが放った帽子をエタンダールが片手で受け止め、宙に放る。帽子は瞬時に数個の瓶になった。ああ、高いのにとぼやくライツを無視してエタンダールが治療を再開する。どうやら女性に盛られた媚薬を薄めるつもりらしい。
「いいですか。どうせ使うならもっとまともな媚薬にしなさい。あれは価格が安い分、性質が悪いんです」
八つ当たりもこめてライツは厳しい口調で言いながら男達に向き直った。先に質問した男も含め、床にへたり込んでいた全員が驚いたように目を見張る。どうやら女性に用いた媚薬の事を男達は詳しく知らなかったらしい。まったく、これだから。そう文句を言ってからライツは淡々と説明した。
「遊女の用いる媚薬には幾つかの種類があるんです。あなた方の用いたあれは最低価格の最も質の悪いものです。遊郭に正規雇用されている者は使用はしません」
女性に使われた媚薬は安いが効果が出るまでに酷く時間がかかる。そして効果が消えるまでにかなりの時間を要するのだ。おまけに副作用として習慣性もある。最悪の媚薬ゆえに普通の薬師は調合しない。裏社会を仕切る犯罪組織が、資金源として一般人に販売したり、非合法の売春組織等で用いるものなのだ。
当り前の知識として淡々と話すライツの目の前で男達は黙り込んでいた。ライツは男達の様子を怪訝に思い、眉を寄せて訊ねた。
「何か疑問でも?」
「確かに効くまでに時間がかかったが……」
先ほどライツに質問した男が納得したように言う。そうでしょう、と頷いてライツはエタンダールの様子を伺った。エタンダールが帽子から作り出した瓶には水が入っているようだ。それを女性に含ませようとするのだが、女性が嫌がって懸命にエタンダールにしがみつく。殆どもみ合いになっている二人を見てからライツは男達に目を戻した。
「少し刺激が強すぎますか?」
ライツにつられたのか男達は興味津々という顔でベッドでもみ合う二人を見ている。ライツは感情のない目で男達の股間を見下ろしてからエタンダールに声をかけた。注文の多い奴め、とぼやきつつもエタンダールが女性を自分の身体の陰に隠す。ライツは頷いてから男達に目を戻した。
「とにかく。大人しく警邏隊のお世話になってください」
「いや! 俺たちはただ命令されただけで!」
ようやく頭がまともに働き始めたのか、男の中の一人が声を張り上げる。ライツはぴくりと眉を上げてから肩を竦めた。
「誰が命令していようが、そんなことは知った事ではありません。言い訳は捕まってからしてください」
ぴしゃりと言い切ってからライツはずいと男達に顔を寄せた。
「それとも直接おしおきされたいですか?」
にんまりと口許に笑みを刻んでライツは訊ねた。すると男達が揃って嫌そうな顔をする。どんな、と訊き返したのは最初にライツに声をかけた男だった。
「口の中で花火を焚いてあげます。痛いですよぉ。臭いですよぉ」
ふふふ、と含み笑いしつつライツは口許に手を当てた。すると男達が一斉に引きつる。どうやら口の中で花火を焚かれるのは嫌らしい。男達の様子を見て取ってからライツは頷いた。
それで、と言ってライツはベッドに近づいた。どうやらエタンダールは多少の水は女性に飲ませることに成功したらしい。だが女性はまだエタンダールにすがりついている。熱に浮かされたような顔をする女性を見つめてからライツはエタンダールに目を向けた。
正義の味方! という感じではないですね。
説教してる感じです。
主人公は上○さんか。