Angel or Lilith~天使な僕と魔性なキミの旅~ 作:伊駒辰葉
「どうするよ。このままじゃおさまらねえだろう」
女性に抱きつかれて悪い気はしないのだろう。エタンダールがどことなく嬉しそうに言う。ライツはしかめっ面で咳払いしてから駄目ですからね、と再度念を押した。するとエタンダールが不服の声を上げる。
「駄目ったら駄目です! 師匠が問題を起こしてどうしますか!」
だが確かに女性はこのまま大人しくなってくれそうにはない。でもなあ、と困ったような顔でエタンダールが言う。ライツはため息を吐いて肩を竦めた。
「仕方ないですね」
「そうだろ、ここはやっぱり一発」
「口移しくらいなら許可します。それに師匠なら治療魔術は使えるでしょう?」
嬉しそうなエタンダールの答えにライツは即座に切り返した。するとエタンダールがまともに言葉に詰まる。よろしくお願いしますね、と笑顔で言い置いてからライツは男達の傍に戻った。警邏隊は連絡を入れればすぐにでもここに飛んでくるだろう。それに男達には抵抗する意志ももうないようだ。
「それと、彼女の着けている首飾りですが」
女性の首には赤い石のついた首飾りが着けられている。特徴のある色や形からライツはそれが見習魔道卒などが稀に用いる道具だと見抜いていた。ライツが指摘した途端に男達がぎくりと首を竦める。どうやら思い当たる節はあるらしい。
「確か彼女はゼクーの塔の一番弟子でしょう? 何のためにわざわざあの首飾りを?」
聞くところによると、女性は准魔導師らしい。その階級に就いている者には必要がない物だろう、とライツはごく当り前の表情で告げた。すると何故か男達が揃って妙な顔をする。何事か、とライツは男達に問うた。
「い、いや、別に階級は関係ないだろ?」
「何故です。あれは魔術の暴発を防ぐための道具でしょう? 准魔導師まで務めている人には必要のないものです」
きっぱりと言い切ってライツは男達の顔を順繰りに見回した。だが男達は納得出来なかったようだ。それどころか額を寄せ合って何事かを話し合っている。その会話の端を聞き取ったライツは顔をしかめた。男達はあの首飾りが封魔の魔石だと言っているのだ。
「阿呆なこと言わないで下さい。封印の力を付加した魔石が一体いくらすると思ってるんですか」
しかも封印の魔石はそう簡単には見つからないものなのだ。エタンダールですら、封魔石は数回しか見かけたことがないと聞いた。絶対数が少ないということもあるが、一度手にした者が手放さないから出回らないという事情もある。中にはいわくのある品もあるらしく、封魔石の所有者の中にはエタンダールの元に相談に来る者もいる。
魔石のこういった情報は見習では教わらない。側仕えの一人だからこそ、見習のライツも魔石の知識があるのだ。エタンダールの塔に属していても、他の見習魔道士たちは魔石についての正しい知識はないだろう。
だが男達どう見ても自分より十は年上に見える。だとするとまさか見習ということはないだろう。魔石についての知識は三等魔道士に進級するまでには会得するはずだ。ライツは訝りをこめて無遠慮に男達を眺め回した。
「魔術を封じる力だけでなくて、石に何らかの力を付加させるのはとても難しいんです。力を付加できる基礎の宝石を見つけるのが一番難しいと言われますが」
そこまで説明してライツははたと気付いた。何故、わざわざ罪人に説明しなければならないのだろう。ライツは一通り男達を眺めてからこほん、と咳払いをした。
「説明する義理はありませんでしたね」
「途中でやめんな!」
あっさりと話を中断したライツに男達がむきになって言い返す。口々に罵倒する男達を眺めてライツは疲れたため息を吐いた。どうして彼らはこんなにむきになるのだろう。そこまで考えてからライツはふと気がついた。
媚薬のことといい、もしかしてこの連中は魔石のことを全く知らなかったのではないだろうか。男達の目に宿っている独特の光は知識欲の表れのような気がする。ライツはしばし男達を見つめてからそっぽを向いた。
「悔しかったらご自分で調べてはいかがですか? 魔石だけでなく、先ほどの媚薬についても専門書はありますよ」
先ほどからベッドにいる女性が甘い声で喘いでいるというのに、そちらには関心もなくなったらしい。男達が目を吊り上げて口々にライツを罵倒する。ライツは眉を寄せて情けないと呟いた。
「その程度の手間を惜しむなんて、本気で魔術を学ぶつもりがあるんですか?」
淡々とライツが訊ねた途端、男の中の一人が動いた。立ち上がろうとしたらしいが、縄で手足を縛られているために床に転がる。男はライツを睨んで唾を飛ばす勢いで喚いた。
「女の癖に生意気だぞ、てめえ!」
一人が喚いたことで男達は一斉にそうだそうだと騒ぎ始めた。ライツはうろんな眼差しで男達を見つめてからのんびりとエタンダールを見やった。
「ねえ。こいつら気絶するまで殴っていい?」
どうやらずっと笑っていたらしいエタンダールが肩を震わせながら止めておけ、と言う。ライツは深くため息を吐いてから男達に向き直った。
不意に間近で魔力が膨れる。ライツは静かにそちらに目をやった。最初にライツに声をかけた男が膨らませた力を放つ。だがそれはきちんとした魔術になっておらず、ライツに届く前に弾けて消えた。あっけなく弾かれてよほど驚いたのか男は唖然としている。
「……今の、何ですか」
男が何をしたかったのかよく判らず、ライツは思ったままに訊ねた。だが男は俯いてしまって答えない。他の男達に訊こうにも、ライツから目を背けている。ライツは訝りに眉を寄せてエタンダールに問うた。
「今のなに?」
「攻撃魔術のつもりらしいな」
ライツのいる方を見もせずにエタンダールがあっさりと言う。ふうん、と頷いてからライツは男達に向き直った。
「あのですね。それ、魔術以前ですから。確かに対象を攻撃することにはなるかも知れませんけど」
どうやら男はわざと魔術を暴発させたらしいが、それが偶然であれ作為的なものであれ、暴発した魔術を防ぐのは魔道士なら簡単だ。
何があるか判らないからと、ライツはこの部屋に入る前に簡単な防御の魔術を用いた。だがそれは、エタンダールの塔で見習魔道卒が学ぶ単純な魔術のうちの一つだ。
「その辺にしといてやれよ。そいつらの居る塔はうちとは違うんだしよ」
喉の奥で笑いながらエタンダールが振り返る。はあ、と気の抜けた返事をしてライツは罪状を書き付けた紙を千切り、男達を縛り上げている縄の間に挟んだ。それから荷物に紙の束とペンを突っ込む。ライツが荷物を再び背負ったところで景気のいい音が響いた。
「何するのよ!」
どうやら完全に正気に戻ったらしい。女性は大声で喚いてエタンダールの頬を再度張り飛ばした。
魔術だと思っていたものが、主人公の塔では魔術以前w
ヒロイン襲撃者はもの凄いへこんだでしょうねー。