Angel or Lilith~天使な僕と魔性なキミの旅~ 作:伊駒辰葉
気を抜いたからか、さっきの嫌なことがトゥーラの脳裏に思い浮かぶ。何故、リカルトたちがあんな真似をしたのかは判らない。捕われて身体を好きに触られたことを思い返すだけで嫌悪感が蘇る。トゥーラは思い出してぶるりと身を震わせ、眉をいっぱいに寄せた。
「……あんまり考えない方がいいですよ」
トゥーラの下着や替えの服を畳んで端から丸めながらライツが小声で言う。反射的に言い返しそうになり、トゥーラは慌てて言葉を飲み込んだ。ライツはあの場から助けてくれた恩人なのだ。それにきっとライツだって同性がいたぶられる様を見るのは辛かっただろう。何しろライツも女性なのだ。そう思い直し、トゥーラはそうね、とライツに頷いた。
とりあえずは目的地に進めるだけ進んでから宿に泊まろう。そんなライツの提案にトゥーラは素直に頷いた。ゼクーに挨拶をしてから塔を出る。
「リュバーンの森ということは南ですね」
歩きながら地図を見たライツが言う。トゥーラは不思議な気分でライツの生み出した光を見つめた。夜道は危険だから、とライツが塔を出てすぐに魔術で光を作り出したのだ。力の流れはトゥーラにも見えたが、魔術の内容が判らない。そんな魔術があるということもトゥーラはこれまで知らなかった。学んできたのはただ一つ、戦闘のための魔術だけだ。
ライツは見習魔道卒だ。なのに何故、自分の知らない魔術を知っているのかトゥーラは不思議だった。きっとライツはエタンダールに特別に目をかけてもらっていて、だからこそ光を生む魔術を知っているのではないか。
「それでですね。先ほどの件ですけど」
考え込んでいたトゥーラの耳にはライツの声が届かなかった。考えを巡らせながらトゥーラはまじまじとライツを観察した。
ライツは同性のトゥーラから見てもとても可愛らしい。だが、だからこそエタンダールのような男の傍にいるのは可哀想な気がする。何しろあの男は初対面の自分に向かって下劣な言葉を吐いてみせたのだ。身近にいれば無事では済まないのではないだろうか。
「あの、トゥーラさん?」
遠慮がちに言いながらライツがトゥーラの外套の裾を引く。そこでようやくトゥーラは我に返った。
「あ、ごめんなさい。何かしら」
ぼんやりし過ぎていた。反省しつつトゥーラはライツに問い掛けた。ライツは不思議そうに首を傾げてから言った。
「いえ、僕も本当は嫌だったんですけどね。でも師匠の指名には逆らえませんから、仕方なく僕が来ることになったんですけど」
どうやらライツは何故見習の自分が討伐隊に加わることになったのかを説明しているらしい。それを聞いたトゥーラは眉を寄せた。
「わたしはあの男がどうして見習魔道卒を寄越す気になったのかと訊いているのよ」
苛立ちをこめて訊ねてからトゥーラはため息を吐いた。何故、エタンダールはいちいち気に障る真似をするのだろう。さっきの事にしてもそうだ。助けてくれたことは判るのだが、なんであんな真似をしたのか判らない。
気が付いたらエタンダールにキスされていた。その時の唇の感触を思い出してトゥーラは身震いした。
「それは師匠に訊かないと判らないんじゃないかなあ。僕に訊かれても困るというか」
トゥーラと同じように顔をしかめてライツが小声で答える。それまですっぽりと被っていた外套のフードを取ったライツを見たトゥーラは軽い驚きに目を見張った。
綺麗な金髪なのに、とトゥーラは呟いた。ライツの髪は短くて肩までもない。闇に映える美しい金髪はとても柔らかそうで、伸ばせばきっと見栄えがするだろう。常日頃、自分の髪に劣等感を抱いていたトゥーラは思わずライツの髪に見入ってしまった。
エヴァン国の民の多くは金色の髪をしている。トゥーラの両親も金髪だ。だが両親よりもっと前、先祖の誰かに赤毛の民がいたらしく、トゥーラの髪の色は金というよりは赤銅に近い色をしているのだ。
見た目に拘るなど馬鹿らしいと思いつつもトゥーラは自分の髪の色を好きになれなかった。両親と同じ金髪にずっと憧れていたのだ。
「理髪師さんと同じことを言うんですね」
何故かしかめっ面で言ってライツが力なく笑う。どうして誉めたのに不快そうな反応をするのだろう。トゥーラは訝りを覚えてライツを横目に見た。困ったように頭をかくライツの横顔を見てふと気付く。フードを外したせいか、ライツが少年のようにも見えるのだ。
「何だっけ。師匠が何で僕を寄越したか、でしたか」
だがそんなことより、天使を見つけるのが先ではないか。そう言ってライツはにっこりと笑った。トゥーラは言葉に詰まって顔をしかめた。確かに言われたことはもっともだが、質問の答えにはなっていないのではないか。トゥーラはしばし黙ってからそう訊ねた。
ふと、ライツが微笑を浮かべて横目にトゥーラを見る。
「ええ、だって僕、答える気がありませんから。どっちだっていいでしょう、そんなこと。大事なのは僕とあなたの組み合わせでいかに早く天使を見つけるかです」
それ以外の用事はありませんしね。淡々と言うライツをトゥーラは思わず凝視した。愛らしい容姿に似合わずライツは辛辣な喋り方をする。だがそのくらいの強さがなければエタンダールの側仕えは務まらないのかも知れない。一人、そう納得してトゥーラはしみじみと頷いた。
主人公、ヒロインに冷たいですね(棒