Angel or Lilith~天使な僕と魔性なキミの旅~   作:伊駒辰葉

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段々とエピソードタイトルが辛くなってきました……。
番号だけでいいかなー、もう(泣)


四章
朝食の間に説明を


 眠い目を擦りながらトゥーラはベッドを降りた。窓を大きく開けて新鮮な朝の空気を部屋に入れる。トゥーラが水差しから洗面器に移した水で顔を洗い始めた頃、ライツがベッドの上に身を起こした。

 

「おはようございます」

 

 にこやかなライツの挨拶にトゥーラは小声でおはよう、と答えた。昨夜のことを思い返すと顔を合わせるのが少し恥ずかしい。

 

 ライツはまるで何事もなかったかのように平然としている。用を足してきますと部屋を出て行った後、しばらくしてから朝食をお願いしておきましたと笑顔で戻ってくる。顔を洗ってローブのよれをきちんと正す。当り前の顔で身支度を整えるライツをトゥーラは何気なく眺めた。

 

「昨日は眠れましたか?」

 

 短い髪を手早く櫛で梳いてからライツが言う。着替えをするのも忘れてぼんやりとしていたトゥーラは慌てて頷いた。

 

 トゥーラはこういった宿に泊まるのは初めてだった。緊張と不安を押し隠してトゥーラは平然と振る舞っていたつもりだった。自分たちは遊びに来ている訳ではない。浮ついてはしゃぐ必要はどこにもないのだ。そうは思うのにどうしても落ち着かない。

 

 ライツは何故か二人の部屋を別々に取ろうとしていた。もったいないとそれを制したのはトゥーラだ。その時のライツは何やら難しい顔をしていた。

 

 出会ってまだ間もないライツのことをトゥーラは当然、殆ど知らない。だがライツの言動を見ていると年齢の割に大人びている気がするのだ。最初はエタンダールの側仕えを務めているのだから、とトゥーラも納得していたのだが、ライツのいやに達観した喋り方はそれだけでは説明出来ないと考え始めた。何をどうしていいのか判らずうろたえるトゥーラに代わり、宿の主人と交渉したのはライツだ。そして地図を見ることもなくここからリュバーンの森までの経路をライツは正確に示してみせたのだ。

 

 ライツと同じ年だった頃、トゥーラは必死で勉強をしていた。他のことには一切目もくれず、勉強以外に考えることと言えばどうやって人を避けようかということだけだった。出来るだけ人を遠ざけていなければ気持ちが悪かったからだ。だが何故かライツは傍にいても嫌悪感がない。それどころかどうしてだか心が和むのだ。

 

 着替えを済ませたトゥーラは荷物をまとめて宿の食堂に向かった。だが先に部屋を出た筈のライツの姿がない。怪訝に思いつつもトゥーラは宿の主人に言われるままにテーブルについた。

 

 ふと、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。その声にひかれてトゥーラは食堂の奥を見た。どうやら奥は調理場になっているらしい。聞こえてきたのはライツの声だ。しばらくの後、調理場から出てきたライツは荷物とは別に片手に何かを握っていた。

 

「得しちゃったな」

 

 嬉しそうに言いながらライツがテーブルを挟んで向かい側に腰掛ける。トゥーラはライツの手に握られた草を見て眉を寄せた。

 

「それはなに?」

「あ、これ? 香草の一種なんだけど」

 

 料理を運んできた宿の主人に笑顔で礼を言ってから、ライツは握った草を大事そうに荷物の中にしまいこんだ。香草、と呟いてトゥーラはライツの荷物と目の前の料理とを見比べた。ライツが握っていたのはただの雑草にしか見えなかった。香草という事はきっと料理に使うものなのだろう。だがどうしても目の前の料理と先ほどの草が結びつかない。

 

「野菜の皮むきの手伝いをしたらくれたんだよ」

 

 カトラリーを手にしたところでトゥーラは動きを止めた。出された料理は野菜や肉を一緒に煮込んだ美味しそうなスープだ。それに焼きたてのパンの入った籠もテーブルには置かれている。

 

「皮むき?」

「皮むきしたことない?」

 

 早速、料理を口に運んでライツが口許に笑みを浮かべる。からかわれているのだと気付いたトゥーラはライツを睨んだ。

 

「し、失礼ねっ。そのくらい、わたしだって」

「果物を食べる時に自分で皮を剥くっていうのはなしね」

 

 あっさりとライツに切り返され、トゥーラは言葉に詰まった。言い当てられて押し黙ったトゥーラにライツが笑みかける。

 

「まだ一緒に行動し始めて間もないけど、僕にも判ったことがあるんだ」

 

 ライツはスープに千切ったパンを浸して口に運んでいる。渋い顔で食事を始めたトゥーラはなに、と機嫌の悪い声で聞いた。

 

「トゥーラさん、実は箱入り娘でしょ?」

 

 口にパンを放り込んでライツが上目遣いにトゥーラを見る。その目に昨日までは感じなかった感情を見取ってトゥーラは憮然となった。人好きのする微笑みとは全く違い、悪戯っぽいものを含んだ笑い方をするとライツはがらりと違った雰囲気を帯びる。そのことにトゥーラは驚いていた。

 

「地図の見方は知ってるみたいだけど、どこを汽車が走ってるか知らない。宿ってものがあることは判ってるけど部屋の取り方を知らない。街の中にたくさん店があることは知ってるけど」

 

 そこまで言ってライツが手にしたスプーンでスープ皿の縁を軽く叩く。

 

「売られてる物の相場を知らない」

「確かにそうだけど」

 

 でも塔にいれば別段困る事はない。トゥーラは苦い面持ちでそう言い返した。塔での暮らしに地図は必要ない。汽車も乗ることはない。街での買い物は人によるだろうが、トゥーラには必要がなかったことなのだ。

 

「一生、塔にこもってるのなら別にいいかもね。余計な知識なんてない方が便利ということもあるのかも知れない」

 

 どうやら塔によって内容は大きく異なるみたいだし。ライツは淡々と言いながら浮かべていた悪戯っぽい笑みを引っ込めた。そうすると途端に元の可憐な印象に戻る。不思議なこともあるものだ、とトゥーラはついライツをまじまじと見つめてしまった。

 

「あなたはあの男の許でそういうことを学んだの?」

「どうでもいいけど」

 

 ライツは目線を下げたまますらりと言った。

 

「いいかげん、名前で呼んでくれないかな。僕にはライツって名前があるって言ったし、師匠にはエタンダールって名前があるよ」

 

 ちょっと失礼じゃないかな。厳しい指摘を受けてトゥーラは思わず食事の手を止めた。ライツがスープを静かにすくって口に運ぶ。ライツの食事をする様はとても綺麗で妙な物音は一切しない。恐らくそれもエタンダールの仕込みなのだろう。そう思ってからトゥーラは顔をめいっぱいしかめた。仕込みってなに、と下世話な言い回しを思い浮かべた自分を内心で叱りつける。

 

「ごめんなさい。わたしが授業を受け持っている弟子と似たような年齢だったから」

 

 塔で行う授業の際に、トゥーラは弟子を個人で区別することはない。弟子個人の出来などトゥーラには関係のない話だからだ。下手に個人として扱うとまた厭味を言われかねない。それに個人で扱いたいと思うほど興味を覚える相手もいなかった。

 

「……それってどうなの? 弟子は全部同じモノとしてくくってるってこと?」

 

 個人とか個性とか、そういうものは塔では必要がない。下位の弟子の教育にあたる自分がいちいち覚えていられるはずもない。何しろ塔には次々に新しい弟子が入門してくるのだ。しかも試験などで昇級した者は、ある日唐突に授業に姿を現さなくなる。そんなものを何故気にする必要があるのだろう。軍に入隊すれば彼らは駒として働くだけだ。勿論、その中には自分も含まれる。トゥーラは淡々とした口調でそう説明した。

 

 ライツが静かにスプーンをテーブルに置く。あのね、と言った後、ライツの顔から表情らしいものが消えた。両肘をテーブルについてライツは手を組み合わせた。

 

「人の生き方をとやかく言う権利は僕にはないかも知れないけど、駒ってなにさ。トゥーラさんは駒になるために入門したの?」

 

 自分で用いたのにライツの言った駒という言葉がトゥーラの胸にやけに重く響いた。そう。軍に入隊すれば魔道士は前線で戦うことになる。上にいる者の命令に従って敵を排除するのが仕事だ。そのためにゼクーの塔出身の魔道士は軍に優先的に入る事が出来る。攻撃魔術を使うこと以外に魔道士の価値はない。トゥーラは考えながら説明しつつも納得出来ないものを感じ始めていた。

 

 人を殺すのかしら。わたし。

 

 ふと、そんな考えが脳裏を過ぎる。訓練では魔術や剣で多くの的を破壊してきた。だが訓練と実戦は違う。トゥーラはそう思いながらちらりと自分の腰を見た。腰に巻きつけたベルトには当り前に鞘を着けている。その中に納まっているのは入門時に支給された短剣だ。だがその剣でトゥーラはこれまで生きた何かを斬ったことがないのだ。

 

 塔に入ればうっとうしい人との関わりはなくなると思っていた。だが、周りの人々はトゥーラの期待に反してしつこいくらいに苛めてきた。それなら今度は人を避ければいいのだと実践したら、リカルトに捕われて酷い目に合わされた。おまけに魔術も撃てなかった。

 

 もう、塔にはわたしの居場所はないのかも知れない。トゥーラは湧き起こる不安から故意に目を背けていた。だからゼクーにも魔術が撃てなかったことは言わなかった。クロードにも黙って塔を出た。リカルトが王宮の警邏隊に捕まったのなら好都合だ。彼らが口を割らない限り、自分が魔術を使えなくなったことは誰も知ることはない。

 

「返事がない、ということは少しは疑問に思ってるんだ?」

 

 静かな口調で言ってライツが組み合わせていた手を解く。その顔にはほんの少しだけ笑みが戻っていた。可憐な花を思わせるライツの雰囲気にトゥーラはぎくりとした。ライツを見ていると和むのは確かだが、同時に妙に身につまされるのだ。

 

「疑問に思ったところであなたには」

 

 そこまで言ってからトゥーラは咳払いして言い換えた。

 

「ライツさんには関係のない話でしょう?」

「呼び捨てでいいよ。たかが見習魔道士だしね」

 

 意味ありげな笑みを浮かべて言ってからライツは食事を再開した。その言葉が自分の考えていたことを見抜いている気がして、トゥーラは顔をしかめつつも食事を続けた。




ここまではなんとか見直しました。
読みづらいのと恥ずかしいのでのたうってますw

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