Angel or Lilith~天使な僕と魔性なキミの旅~ 作:伊駒辰葉
見直すより先にアップする方が良さそうかも、と思ったのでアップします。
長かったので二分割です。
あ、この話は基本的にエロシーンはありません。
宿を出た二人は真っ直ぐに街の中央にある駅に向かった。ここから先はまず汽車に乗ってクオーレ高原に向かう。クオーレ高原は避暑地としても利用されており、道も作られているから歩くのに支障はない。そのクオーレ高原を横切った先にリュバーンの森はあるのだ。
「いい? 絶対に鞄から出しちゃ駄目だからね」
小声で忠告してからライツはため息を吐いた。駅で乗車切符を買おうとした時にトゥーラが財布を出したのだが、その中身が普通じゃないのだ。たまたまトゥーラの財布の中を見たライツは仰天した。トゥーラはライツの所持金の数倍ではきかないほどの大金を財布に突っ込んでいたのだ。
これまでに何度怒鳴りつけようと思っただろう。ライツは苛々しながら駅のホームで汽車が来るのを待った。宿代や切符代は全てライツの立替だが、あんな大金をちらつかせてくれるよりはよほどましだ。
トゥーラは渋々の態でライツの忠告に頷いた。ただでさえ意見が食い違っているのに、いちいちそんなことまで言わなきゃならないなんて。そう思いつつライツは横目にトゥーラを伺い見た。
二人の価値観には大きな差がある。気にし始めたらきりがない、と最初は考えないようにしていた。が、トゥーラは見習いだからと馬鹿にしているのか、何かにつけてライツの言うことをまずは否定するのだ。度重なるその態度にさすがにライツもかちんと来た。
所詮、天使を探し当てるまでの関係だ。もしも天使を探し当てることが出来たらそこでどのみち意見は完全に分かれるだろう。何しろライツは天使を見つけても討伐する気がさらさらないからだ。
きっとエタンダールに言ったら困った顔をされただろう。だがエタンダールは天使を助けたいと言っても多分、止めなかったのではないか。汽車を待つ間、ライツはそんなことを考えていた。隣に立つトゥーラは何が気になるのかしきりに自分の鞄を見ている。
この世界は根本的には弱肉強食の理で成り立っている。それはどんなに人が知恵を得ても変わりない決まり事だ。強い者が弱い者を狩って食し、糧として命を繋ぐ。だが強さを備えていても弱者を狩らない者も確かに存在しているのだ。
人は群れる事でひ弱さを克服したかに見える。群れの中で魔術という技術が生まれ、やがてそれは人同士の争いに使われることになった。そして今度は自分よりも強い者……魔物の時と同じように天使を狩ろうとしているのだ。
天使については詳しいことは判らないとエタンダールは言っていた。だが、エタンダールは知らないのではなく、あえて自分から語らないだけではないだろうか。そうでなければわざわざ前に見たことがあるなどと言わなかっただろう。しかもその話を聞いたのは馬車の中だったために自分一人だ。
もしも凶暴な性質をしていたらどうする。何度かライツは天使についてそう自問してみた。だが前回の件を考えるとそんなことはないのではないだろうかという気がしてならない。もしも問題がある性質をしていたなら、エタンダールは天使討伐が馬鹿馬鹿しいとは言わなかっただろう。無益な殺生だからこそ、エタンダールも嫌な顔をしていたに違いない。
ふと何気なく隣を見てライツは目を細めた。トゥーラは剣を身に着けており、当然ながら天使を狩る気でいる。いざとなったらこのトゥーラを出し抜いて天使を連れて逃げる算段をしなければならないのだ。出来るだろうか、と自問してライツは出来ると心の中で答えを出した。
蒸気の煙を上げてホームに着いた汽車にライツはトゥーラと共に乗り込んだ。空いた席を陣取って荷物を降ろす。トゥーラは汽車に乗るのも初めてなのか、物珍しそうに周囲を見回している。その様はまるで子供を思わせる。
出来る。警戒されていたら判らないが、トゥーラはライツを見習いだと舐めきっているようだ。この状況でなら出し抜く事は造作もないだろう。しかもトゥーラの使える魔術は偏っている。軍に入隊する、という目的から、恐らくあの塔では魔術に完成する以前に力を暴発させる方法をしか教えていない。
確かに魔術の中には暴発させれば危険なものも多い。空気を圧縮する術、火を生む術、光を生む術、それらの術を展開する際には膨大な熱が発生する。魔術の展開を失敗すると、その熱は周囲に撒き散らされる。展開とは、発生する熱や冷気を処理する技術という意味も含まれているのだ。
この汽車のように、魔道力を含む砂を魔道器を用いて暴発展開させ、それによって生じた熱で蒸気を発生させると言った使い方もあるにはあるが、わざわざ魔道士が行うには非効率すぎる。
師匠に抜き書きを命令されなかったら判らなかったままだったな。窓の外を流れる景色に目をやりながらライツは微かに笑った。トゥーラは珍しそうに窓にしがみついている。そうしていれば無邪気な子供に思えて少しも腹立たしくないのに。そんなことを考えつつ、ライツは鞄から小さな皮袋を引っ張り出した。物音に気がついたのだろう。トゥーラが不思議そうにライツの手元を見る。
「ほら、手を出して」
笑顔で言ってライツは皮袋を差し出されたトゥーラの手に傾けた。皮袋からトゥーラの手に幾つかの色とりどりのキャンデーが転がり落ちる。驚いた顔をするトゥーラに笑ってからライツは自分の口にもキャンデーを一つ放り込んだ。
溶けたらもったいないから、とトゥーラはハンカチの上にキャンデーを乗せ、中の一つを口に入れた。
「そういえば疑問に思っていたのだけれど」
それまで楽しそうに窓の外を見ていたトゥーラが妙に真面目な顔になって言う。ライツは座席の背もたれに身体を預けつつ何事かと訊いた。
「どうしてライツたちはあんなに早く来る事が出来たの?」
どうやらトゥーラが捕われていた場所に駆けつけた時のことを言われているらしい。足りない言葉を頭の中で補完してライツはああ、と頷いた。
「師匠が飛行の術を使ったんだよ」
だが、本当に急ぎの時でなければエタンダールもそんな術は使わない。何しろあの術は魔力の消費が激しいのだ。飛行の術は魔術の一つとして弟子達はごく当り前に学ぶが、准魔道師のアルセニエフですら使ったことはないのではないだろうか。それほどあの魔術は術者の負担が大きいのだ。
書いた当時、汽車と帆船はある世界観、というのはぼんやりとあった気がします。