Angel or Lilith~天使な僕と魔性なキミの旅~   作:伊駒辰葉

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この話の更新はかなり久しぶりです。
良かったらよろしくお願いします。


階級と階梯

 宿で二泊目の夜を迎えたトゥーラはまた強引にベッドにライツを引っ張り込もうとした。一度一緒に寝たのだから構わないだろう、というトゥーラにライツは仕方なさそうな顔で諦めたようにため息を吐いた。

 

「あのね。これは言いたくなかったけど」

 

 床に座り込んだライツが渋い顔をしてみせる。だがトゥーラは自分の意見を引っ込める気はさらさらなかった。何故なら今日の泊まり宿は昨日のところよりも狭く、部屋にあるのはベッドと洗面用の台、二脚の椅子と小さなテーブルだけなのだ。

 

「トゥーラさんって人と関わるのが苦手なんじゃないの? なのに何で僕を寝床に引っ張り込もうとするのさ。もしかして変な趣味でもあるの?」

 

 きっとライツはわざと怒らせようと腹の立つ言い回しを選んでいるに違いない。そうは思ったが、やはり言われてすぐはトゥーラもかちんときた。思わず顔を歪めたトゥーラを見てライツが薄い笑みを浮かべる。その笑みが馬鹿にしているように見え、トゥーラの不快感はより強くなった。

 

「だからって床で寝ることはないでしょう!」

「だから部屋は別々にするべきだって僕は主張したでしょ。嫌だって言い張ったのはトゥーラさんだよ」

 

 すかさず言い返してライツがやれやれとわざとらしいため息を吐く。そこでトゥーラは怒りに目を吊り上げ、手にしていた掛け布をライツに投げつけた。トゥーラが強引に引き剥がした布はふわりと広がってライツに触れてあっけなく床に落ちた。

 

「今度は癇癪? あのさあ、我がままもいい加減にしてよ」

 

 投げつけた布を綺麗に広げて足元に掛けてから、ライツが視線を上げてトゥーラの頭からつま先までを眺める。その視線がまるで検分しているようにも思え、トゥーラは腕組みをして顔をしかめた。

 

 ライツのまとう雰囲気は表情でがらりと一変する。だがそれはどうやらライツも意図的にしているようだ。最初によく見せていた穏やかな笑みは、要するに初対面の自分に対する愛想だったらしい。次第にその笑みは顔に浮かぶ事が殆どなくなり、今度は逆に皮肉な薄い笑みをたびたび見せるようになった。そうすると不思議なことにライツはあのエタンダールに何故かよく似て見えた。

 

「僕が床で眠ったところで師匠は文句は言わないよ。もう、いいかげんに絡むのは止めてくれないかな。酔っ払いじゃあるまいし」

 

 呆れた口調で言ってからライツがおやすみ、と一方的に挨拶して布を被る。トゥーラは憤りに任せてまた布を剥ぎ取った。

 

「もう! いい加減にしてよ!」

 

 声を荒らげたライツをトゥーラは胸を反らして見下した。今日の宿には寝巻きが用意されていた。少し大き目の寝巻きを身に着けたライツを睨みながらトゥーラは口許を歪めて笑みを作った。

 

「もしかして床で寝るのが好きなの? それともあなたの居る塔にはベッドもないのかしらね」

 

 ひょっとしたら見習は全員が床で寝起きしているのか。トゥーラはあの男ならやりかねない、と笑い混じりに言った。するとライツが怒った顔でトゥーラの手から布を奪い取る。

 

「気に入らないことを言われたら、今度は言いがかり? あのねぇ」

 

 しっかりとトゥーラと向き合ってからライツが深いため息を吐く。

 

「一緒に寝なさい? ベッドに入りなさい? いいから黙ってわたしの言う事には従いなさい? 何でいちいち命令なのさ。それって僕を馬鹿にしてるの?」

 

 すらすらと言ってからライツは疲れたような笑いを浮かべた。その表情にトゥーラはぎくりと身を竦めた。どうもライツの表情の変化が気になってならないのだ。だが強い怒りを感じていたトゥーラの口は止まらなかった。

 

「命令なのは当り前でしょう。ライツは見習、わたしは准魔導師なのよ?」

 

 だが馬鹿にしているつもりはない。それが塔では当り前だったし、誰も文句など言わなかった。トゥーラも下位の弟子の頃は上の弟子からよく命令されていたものだ。

 

 塔では誰も疑問に感じることなく上の者の命令に従う。それが当然だし、そのやり方だからこそ統率がとれるのだ。効率のいい方法だとトゥーラは常日頃感じていた。決められた時間に決められた行動を取り、そして決められた時間に眠る。見習から准魔導師まで、全ての弟子はあらかじめ決められた予定表に従って行動するのだ。

 

 中には極端に出来の悪い弟子もある。規律や予定表に従えない弟子は結局は塔を辞めていく。おちこぼれと言われる彼らはひっそりと出て行き、二度と塔には姿を現さない。

 

「階級って何のためにあるか知らないの?」

 

 つらつらと考えていたトゥーラはライツの声に我に返った。ライツは驚いたような顔をしている。トゥーラは不愉快に思いつつも知っていると答えた。

 

「上の者が下の者を統率するためにあるものよ。だから下位の弟子は当然、上位の弟子に従うべきなんだわ」

「違う。魔道士の階級は確かに軍からの流れで残っているものだけど、軍で行われているように上下関係で人を管理するために使われてる訳じゃないんだ」

 

 管理。ライツの淡々とした説明に引っかかりを覚えてトゥーラは呟いた。何故かは判らないが苛立ちがこみ上げてくる。

 

「他にどんな理由があって階級付けするというの。優れた者が人の上に立つのは当然でしょう?」

 

 だから屈指の魔道士の五人には上級魔導師という特別な位が与えられている。彼らは魔道士の頂点に立つべき存在だからだ。

 

「……根本的に判ってないみたいだね」

 

 しかめっ面で言ってライツは床の上で胡座を組んだ。足を開いたその下品な格好をトゥーラが注意する前にライツは言葉を継いだ。

 

「魔道士の階級は、段階を踏んで知識を入れるという効率を考えて残されてるんだよ。どんなに意欲のある人間でも多くの分野に渡る知識を一度に得るのは難しい。だから、段階を踏んで学ぶために階級は残されているんだ」

 

 階梯と呼んだほうがいいかもしれないね。そう呟いて、ライツは説明を続けた。

 

 知識にしろ魔術にしろ、基本的なものが入っていなければその先にどんなことを学んでも無意味だ。階級が上がる、ということはその前の階級で学ぶべきことをきっちりと学び取ったという証でもあるのだ。

 

 だが魔術の力というものは扱いが非常に難しい技術だ。それ故に進級には慎重にならなければならない。何故なら修得項目に抜けがあった場合、痛い目を見るのはうっかり進級した当人だからだ。それ故に塔ではエタンダールが直々に進級のための試験を行う。ライツの説明をそこまで聞いてトゥーラは驚きに目を見張った。

 

「あの男がわざわざ? 弟子の一人一人の進級の面倒を見ると言うの!?」

「塔を何だと思ってるのさ」

 

 塔を運営するというのは、所属する弟子に対しての責任を取るということだ。生真面目な表情でライツはそう続けた。

 

 ゼクーの塔ではゼクーが直に弟子の面倒を見ることは殆どない。全てが予定表に従って進行し、ゼクーは稀に統率者に指示を出すだけだ。試験は勿論、筆記と実技で行われるが、試験官は上位の弟子が務め、本人に合否の通知がなされた後で結果表がまとめてゼクーに渡る。それがトゥーラの知る昇級の方法だ。

 

「効率が悪いわ」

 

 ライツの言う事にも一理あるのかも知れないと思いつつもトゥーラは不快感をあらわにして言い返した。するとライツが鼻で嗤う。

 

「最も効率のいい方法だと僕は思うね。師匠なら見誤ることは絶対にない」

 

 絶対、というところに力をこめてライツが言う。挑戦的なその態度にトゥーラはむきになって更に言い返そうとした。

 

 だが言い返すべき言葉が見つからない。トゥーラが懸命に言葉を探している間にライツは笑いつつ言った。

 

「准魔導師を務める人間の言葉とは到底思えないね。今まで一体、何を学んできたのさ」

 

 そう言われた瞬間、トゥーラの頭に一気に血が昇った。言葉を探す余裕もなく、トゥーラは思わず右手を揮った。鋭い音がしてライツが横を向く。平手で打ってしまってからトゥーラははっと我に返った。

 

「……僕が言いたかったのはね。命令するんじゃなくて、不安だから一緒に寝てって頼めばいいじゃないってことだよ」

 

 でももうそんな気もしないでしょ。打たれた頬を押さえて淡々と言ってからライツは床に横たわった。足元の布を肩まで引っ張り上げてトゥーラに背を向ける。トゥーラはしばし呆然とその場に佇んでいた。




殴らせて解決するってずるいと思うんですよね……w
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