Angel or Lilith~天使な僕と魔性なキミの旅~ 作:伊駒辰葉
この辺りからトゥーラの地が出てきます。
この分だと夕刻までには高原を横切られるだろう。そう算段してからライツはふとトゥーラに話を振った。トゥーラは相変わらず半歩遅れてライツについて歩いている。
「ねえ。トゥーラさんは何で魔道士になろうと思ったの」
ぴたりとトゥーラが足を止める。ライツは不思議に思いながらトゥーラを振り返った。特に傷つけるような質問ではなかったと自分の言葉を心の中で繰り返してからライツはどうしたのかと問いかけた。だがトゥーラは唇を引き結んで固い表情をしている。
「もしかしてまずいこと訊いた?」
昨日の今日で不安を覚えたライツは眉を寄せてトゥーラを見つめた。だがトゥーラはいいえ、と答えてまた歩き出す。今度はライツがトゥーラに並ぶ格好で少し歩調を落とした。
「わたしは魔道士になりたい訳ではなかったの。塔に入門して軍に入隊すれば煩わしいことから切り離されると思ったから」
説明するトゥーラの声は冷め切っている。やっぱりまずいこと訊いたみたい、と心の中で呟いてライツは素知らぬ顔でふうん、と答えた。
最初は魔道士になりたいとは全く思わなかったのだとトゥーラは話を続けた。トゥーラの父親は軍人で母親は元魔道士なのだという。トゥーラは学士館の成績が良かったのだろう。教師は魔道士になることを勧めたらしいが、両親はそれを断ったらしい。だがトゥーラ自身が魔道士になりたいと言い出した時、両親は反対はしなかったのだという。その話を聞いてライツはそうだね、と呟いた。
「まあ、実際はみんなそんなものなのかもね。僕も気がついたら塔にいたし。なりたいとかじゃなかったな、最初は」
ライツは何の気なしに言ってからトゥーラの不思議そうな視線に気付いて苦笑した。そういえば自分の話をすることはこれまでなかったのか。そう笑ってライツは言葉を継いだ。
「僕は捨て子だったんだ。師匠が僕の育ての親さ。師匠は魔道士になれとは一度も言わなかったけど」
周りにはいつも魔道士の弟子がいた。エタンダールや彼らから聞く話はとても面白く、もっと色んなことを知りたいと自然に思うようになった。だから弟子入りしたのだとライツは笑って見せた。
ふとトゥーラの表情が沈む。どうやらライツの親が居ないことに同情しているらしい。そのことに気付いたライツは軽く笑って肩を竦めた。ついでにずれた荷物を背負い直す。
「気にすることじゃないよ。この国に捨て子が一体どれだけ居ると思う?」
自分はその中の一人でしかない、とライツは続けた。戸惑ったようにトゥーラが視線を彷徨わせる。その目に同情とはまた別の感情を見取ってライツはくすくすと笑った。
「もしかして僕と師匠が本当の親子だとでも思ってた?」
これまでに何度か言われたことはある。どうやら人によってはエタンダールとライツが似て見えるようだ。だがそれは傍にずっといるからそう見えるだけで、実際に似ている訳じゃないとライツはその度に説明してきた。
「でもとてもよく似てるから」
いつものように同じ説明をしようとしていたライツは開きかけていた唇を結んだ。確かトゥーラはエタンダールをよくは思っていない筈だ。そのエタンダールに似て見えるということは。
「……なに。まさか僕が師匠と同じような性格だと思ってる?」
途端に機嫌を悪くしてライツは仏頂面で訊ねた。すると慌てたようにトゥーラが手を横に振る。ライツは横目にトゥーラを睨んで大きくため息を吐いた。じゃあ、どういう意味さ、と訊ねてみる。するとトゥーラはしばし困惑したように黙ってからおずおずと言った。
「あの……顔が……」
「顔?」
皺を寄せた眉間を指先で押さえてライツは思わず呻いた。少しも自慢にはならないが自分の顔が男にしては随分と優しい作りであることをライツは自覚している。対してエタンダールの顔立ちはたくましいというほどではないが、女に間違えられることは決してない。
「いえっ、あの、表情?」
「……あー。要するになに。師匠の意地悪い感じとか皮肉な感じとか、そういう表情が似てるって言いたいわけ?」
「ごめんなさい。確かにちょっとわたしの配慮が足りなかったわ。だって女の子なのにあの男に似てるだなんて嫌よね」
機嫌悪く言い返したライツの言葉によほど焦ったのか、トゥーラが慌ててそう言い足す。そこでライツの苛立ちは頂点に達した。
「言おうかどうしようか、ずっと迷ってたけど!」
警戒されないために黙っていようとは思っていた。が、さすがにライツは我慢出来なくなって喚いた。
「僕は男だからね!」
「え?」
目を見張ってトゥーラが足を止める。ライツはふん、と鼻を鳴らして早足で数歩進んでから振り返った。どうしたのさ、と意地悪く声をかけるとそこで改めてトゥーラが声を張り上げた。
「男!?」
「悪い!?」
嫌悪のこもったトゥーラの叫びに尖った声で言い返してからライツはまた歩き出した。一転して強気の態度でトゥーラが駆け寄ってくる。横に並んだトゥーラは鋭い目でライツを睨んだ。
「わたしを騙していたの!?」
「そっちが勝手に勘違いしてたんじゃないかっ。僕は一度も女だって言ってないよ!」
憤りに任せて叫んでからライツは負けない鋭い目でトゥーラを睨み返した。トゥーラも相当怒っているのだろう。今にもライツにつかみかかりそうな勢いで信じてたのに、と喚く。だがライツの怒りもかなり強かった。もしかしたらこれまでトゥーラが打ち明け話をしたのは自分を女だと思っていたからなのではないか。もし、最初から男だと判っていたら、トゥーラの態度はもっと違っていたのかも知れない。そう気付いたからだ。
ばつの悪さと居たたまれなさがこみ上げてくる。ライツはいつもよりきつい声音で続けた。
「勝手に勘違いしておいて騙したってなにさ! 自分の観察眼のなさを捨て置いて、言いがかりなんて最低だね!」
「女の子だから……女の子だから叩いて悪かったって思ってたのに!」
「ちょっと、人の話聞いてる!? それって男なら殴っていいってこと!?」
互いに相手を好き放題に罵りながら二人はそれでも道を進んで行った。
ライツもいい加減、化けの皮がはがれてますかねw