Angel or Lilith~天使な僕と魔性なキミの旅~ 作:伊駒辰葉
だがエタンダールの持つ魔力の大きさは尋常ではない。あの日、リカルトたちから助け出された時にトゥーラは反射的に見てしまったのだ。
「気持ち悪いなあ。似てるってなに?」
ライツが嫌そうに言ってしかめっ面になる。正直に言いかけてトゥーラは口を噤んだ。ライツが早く言えと急かすのを余所にトゥーラは視界の端に捉えたものを目で追いかけた。茶色の毛並みのいい兎が一羽、ライツの後ろを横切ったのだ。足を止めたトゥーラにつられたのかライツも立ち止まる。トゥーラの視線を追って振り返ったライツは昼ご飯、と小声で呟いた。
「え、まさか」
「ちょっと借りるね!」
唐突にトゥーラの腰に手を伸ばしてライツが身を翻す。何事かと焦ったトゥーラは腰に手をやって真っ青になった。ライツは既に兎を追って走り出している。荷物を放り出して駆け寄ったライツに気付いたのか、慌てたように兎が逃げ始める。だがライツの足の方が速かった。あの小さな身体のどこにそんな力があるのだろう。まるで獣のような速さだ。
唖然としていたトゥーラは青い顔で悲鳴を上げた。ライツがトゥーラの短剣で兎を狩ったのだ。兎は鳴く暇もなく絶命したようだ。柔らかな草むらにしゃがみ込んだライツは手を動かして何かをしている。
あっという間にライツは兎を皮と肉とにばらしてしまった。巧みに短剣と魔術を用いて肉と皮を処理する様をトゥーラは怯えた目で遠くから眺めていた。もう大丈夫だよ、と言われてトゥーラは恐々と近づいた。ライツは近くにあった平らな石を即席のまな板にして、その上に適当な大きさに切った肉を乗せている。
「わ、わたしの短剣は……」
「あ、はい。汚れは落としたから」
にこやかに布に刃の部分を包んだ短剣を差し出され、トゥーラは恐る恐るでその柄を握った。ライツの言った通り、刃の部分には血などはついていない。
ライツがばらした兎の肉に何かを振りかけている。トゥーラは短剣を鞘に戻してライツの後ろから手元を覗きこんだ。最初に泊まった宿で見たあの草を小さく千切って肉になすりつけている。それが済むとライツは荷物から小さな袋を引っ張り出した。中から白い石のようなものを二つほど取り出して互いにすり合わせる。すると肉の上には石のようなものが細かく砕けたものが落ちた。
「さっきのはこの間もらった香草。これは塩。それでこれが」
説明をしながらライツは手際よく肉を調味していく。だが美味しそうとは到底思えない。何しろ元はさっき見た可愛い兎なのだ。
「なに青い顔してるのさ。突っ立ってる暇があったらこのくらいの石と枯れ枝を集めて来て」
ライツに言われるままにトゥーラはふらふらとその場を離れた。ライツの血に濡れた手がどうしても頭から離れない。
トゥーラは出来るだけ何も考えないように言われた通りに手ごろな石と枯れ枝を集めた。ライツが適当に草を引き抜いて石で丸い囲みを作る。その囲みに枯れ枝を放り込んでからライツは素早く魔術を展開した。あっという間に囲みの中に火が灯る。ライツは骨付きの肉を手際よく石に立てかけて並べていった。
「まだ顔色が悪いね」
強すぎる火が当たらないように肉の位置を調整してからライツは囲みの傍の大きな石に腰掛けた。血だらけだった手はすっかり汚れが落ち、元の綺麗な手に戻っている。トゥーラは石の囲みを挟んでライツの向かいにあった石に座った。座り心地が決していいとは言えない石の上なのに、そのことを気にすることも出来ないほどにトゥーラは緊張していた。
「軍に入ったら同じ肉でも兎じゃなくて人を斬るんだよ」
この程度で怯えてどうするの。言い方にかちんとしたものは覚えたが、トゥーラは言い返せなかった。確かにライツの言う事はもっともで、反論のしようがない。
ライツが長い枝の切れ端で火をかき混ぜる。その様を眺めながらトゥーラは唇を噛んだ。冷静になればなるほど自分の覚悟のなさを改めて思い知らされる。火の揺らめきをぼんやりと見つめてからトゥーラは目を上げた。ライツは静かな表情で火を見つめたままだ。
「ちょっと気になってたことがあるからついでに言ってもいいかな」
答えないトゥーラをどう思ったのか、ライツは火を見つめたまま言った。トゥーラがどうぞ、と答えるとライツが目を上げる。
「トゥーラの居る塔で学ぶ攻撃魔術って」
そこで言葉を切ってから言いにくそうにライツは続けた。
「……魔術になってないと思うんだけど。わざと途中で暴発させてるでしょ?」
「え?」
低く呻いてからライツは顔をしかめつつも説明してくれた。あの時にトゥーラを襲った男達の誰かがライツに向かって攻撃魔術を撃ったらしい。だが防ぐまでもなかったとライツは淡々と告げた。
「魔力を視る目があるのに、何でそういうことには気付かないのかな」
皮肉のこもったライツの言葉にトゥーラは暗い顔になった。自分の視ているのは魔力の大きさと流れであって、魔術として成り立っているかどうかではない。皮肉に皮肉で答える気にはなれず、トゥーラは素直に答えた。トゥーラが応戦してくると思っていたのだろう。ライツが小声でつまらないよ、と呟いて浮かべていた笑みを消す。
少し前までならトゥーラは全力でライツの言った事を否定していただろう。だがライツと話す内にトゥーラはゼクーの塔の歪つさに気付き始めていた。これまでは、正しく、堅実で、効率良く魔道士を養成する素晴らしい塔なのだと頑なに信じてきた。だが自分が信じていた正しさや真実は、あの塔の中でだけ通用する理屈でしかないのではないか。トゥーラはそう思い始めていたのだ。
見習と准魔導師。二人の階級には随分と差がある。だがトゥーラがこれまで学んできたのは型どおりに攻撃する方法だけだ。魔道士としての知識はライツの方が豊富なのだろう。悔しくはあるがトゥーラはこれまでの事からそう認めざるを得なかった。
ライツの作ってくれた肉料理は想像していたよりずっと美味しかった。まだ顔色は悪かったが、トゥーラはライツが笑って感心するほどよく食べた。
とある有名なラノベに飯をやたらと食うシーンがありまして。
それがとても美味しそうだったんですよね。
ファンタジーで美味そうに書くのはなかなか大変だと思うので、超感動した記憶があります。