Angel or Lilith~天使な僕と魔性なキミの旅~   作:伊駒辰葉

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説明多い、地の文たくさん、セリフ少ない!
読むのめんどくさい!

……そういう仕様です。
すみません。


召喚と作成

 床で目を回していた弟子の頬を張り倒して正気に戻し、泣きじゃくる淫魔を押し付けて部屋から叩き出す。ついでに淫魔に着せる服代わりにエタンダールのマントを廊下に放り投げた後、ライツは鋭い目をして振り返った。

 

「いてえなあ。何も本気で殴るこたあねえだろうよ」

 

 後頭部をさすりながらエタンダールが不服の声を漏らす。ライツは扉を閉めて目を吊り上げ、エタンダールを指差した。

 

「試験はどうしました、試験は! いっぱい、後がつかえてたでしょう!」

「んあ? ああ、てきとうに片付けた」

 

 気だるそうに言いながらエタンダールが椅子に腰を下ろす。ライツは額を押さえて深々とため息をついた。さっき床で目を回していた弟子は、本気でエタンダールを懐柔しようとしていた訳ではないのだろう。恐らく課題のために淫魔を呼び出しただけなのだ。

 

「まったく。ちょっと好みの女の子がいるとこれなんだから」

 

 口の中で文句を言いながらライツはエタンダールを殴るのに使った魔術書を棚に戻した。ついでに部屋に散らかっていた課題を壁際に積み直す。抱えた課題の束の一番上の紙を見つめてライツは何となく足を止めた。これは魔術論についての考察らしい。内容からすると二等魔道士辺りの課題のようだ。

 

「ったくよー。お前はいつもいつも煩えな」

 

 不服そうに尖らせた口に紙巻の煙草を突っ込んでエタンダールがぼやく。ライツは瞼を半分ほど閉じてエタンダールをじろりと睨みつけた。誰のせいだと思っているんだ。と、心の中でだけ呟いてみる。

 

 エタンダールは外見だけは妙に整っているので、やたらと女性にもてる。趣味と実益を兼ねてこの容姿を維持しているのだとエタンダール本人は言っているが、何のことはない。要するに女性とよろしくしたいがために本来の年齢とは全く異なる容姿をとっているだけだ。歴史書が正しく記されているなら、エタンダールの実年齢は軽く百を越えている。

 

 塔持ちの他の魔道士がどうなのかは知らないが、このエタンダールは身の回りの世話をする従僕代わりに弟子をこき使っている。ライツもそんな中の一人だ。やれやれ、とため息を吐きながらライツは課題の紙の束をきっちりと壁際に積んだ。これだって早く採点して弟子に返さなければならないはずだ。

 

「大体なあ。淫魔ってのは人に淫らな夢を見せて精気吸ってなんぼだろうが。んな、いちいち騒がれるようなことした覚えはねえぞ、オレは」

 

 唇の端に煙草を咥えてエタンダールがまだ不服を零す。ライツは殴りたい衝動を堪えて腰に手を当ててエタンダールを睨んだ。

 

「怯えてたじゃないですか。思いっきり」

「ああ、作り手に似てえらく弱っちい淫魔ではあったな」

 

 即座に言い返したエタンダールをライツは驚きの目で見た。

 

 一時的に魔を召喚する召還術と、恒久的に術者に仕える使い魔を作り出す作成術では、魔術の難易度が天と地ほどに違う。だからライツはさっきの弟子が使ったのは淫魔召喚術だと思いこんでいたのだ。

 

 だが実際には床で目を回していたあの弟子は、淫魔作成術を用いたらしい。そのことを知ったライツは仰天して目を丸くした。

 

「何だ。ライツはあれが召喚魔だと思ってたのか」

 

 エタンダールが喉の奥でおかしそうに笑う。ライツは無意識にしかめっ面になった。思い違いだと指摘されたのは判るが、どうしてエタンダールはこう遠回しなのだろう。機嫌悪く膨れたライツにエタンダールが頼みもしないのに解説してくれる。

 

 淫魔を始めとする人ならぬもの。それらは魔物と呼ばれることが多い。中でも魔道士の作る魔物は大元は獣であったり魚であったりする。さっきの淫魔も大元は鳥だ。ライツはそんな話を語るエタンダールからさりげなく目を逸らしてこっそりとため息を吐いた。他のどんな塔でも見習魔導卒に淫魔作成術を教えたりしないのではないだろうか。

 

 他の生物を魔物に作り変えるのは高等魔術だ。複数の術を複雑に組み合わせなければならないため、普通は見習魔道士には教えない。魔術を学ぶといえば基礎理論からというのが一般的だ。

 

 が、エタンダールはそんな常識を完璧に無視し、入門したての弟子を相手に使い魔作成術、その中でも特に難易度が高いと言われる淫魔作成術を趣味で学ばせている。はっきり言って無茶なのだ。

 

 おかげでやたらと淫魔には詳しくなったけど。ため息にそんな愚痴をこめたライツをエタンダールが睨む。

 

「淫魔作成術の基礎項目」

 

 そう問われたライツの頭に入門してすぐに習った淫魔作成術の基礎項目が浮かぶ。

 

「素材選別、麻酔、幻惑、精霊召喚、定着、言語登録、契約、魔力増幅」

 

 頭に浮かんだ順にライツは早口で答えた。咥え煙草で腕組みをしたエタンダールがそうだ、と強く頷く。ライツは横目にエタンダールを見据えて肩に入っていた力を抜いた。

 

 いや、そんなの普通、見習は判らないってば。ライツは心の中でそう呟いた。

 

 きっとエタンダールはライツが勘違いしたのが気に入らなかったのだろう。だからわざわざ淫魔作成術の基礎項目を質問したのだ。確かにこの塔にいる弟子なら、さっきのエタンダールの問いには誰でも答えられる。何故なら、そうでないとエタンダールの機嫌が猛烈に悪くなるからだ。

 

 それまで閉じていた目をかっと開いてエタンダールが右手をこぶしの形にする。

 

「形としてやらにゃならんのは大体そのくらいだな。だが!」

 

 力を込めて言ってから、エタンダールが更に声を張る。

 

「やはり基本は美的センス! 淫魔は見目が良くてなんぼだ!」

「そんな余裕があるのはあんたくらいだ」

 

 うろんな目をしてライツは容赦なくそう切り返した。するとエタンダールが眉を寄せて唇を尖らせる。しまった。このままエタンダールを拗ねさせると淫魔をここで作ってしまいかねない。不満そうな顔をしたエタンダールにライツは慌てて訊ねた。

 

「さっきの人、二等魔道士でしょう? 淫魔を作れただけでも凄いんじゃないですか?」

 

 頭に理論を叩き込むだけなら誰でも出来る。だが、理屈が判っていても実行出来るかどうかは別の話だ。

 

 魔術を用いるには必ず魔力と言われるものが必要だ。淫魔作成術は魔術そのものの複雑さもさることながら、魔術を行使した術者の魔力を大幅に消費してしまう。それ故に実際に淫魔を作れても先ほどの弟子のように目を回して倒れてしまうこともあるのだ。

 

 そこまで考えてライツは漸く気付いた。どうやらさっき倒れていた弟子は淫魔作成術を使い、淫魔を作ることには成功したが、どうやらそこで魔力不足に陥ったらしい。

 

「目を回しただけで済んであいつも助かったな。下手すりゃ暴走してたとこだ」

 

 鼻で笑ったエタンダールが唇から煙草を剥がして灰皿に乗せる。ライツは吸殻が山と積まれた灰皿をちらりと見てこっそりため息をついた。後で掃除しよう、と思いつつ気になっていた点を質問する。

 

「二等魔道士の試験課題は淫魔作成術だったんですか?」

 

 だが二等魔導卒にその課題はちょっと重すぎないだろうか。確かにこの塔の弟子なら淫魔作成術は真っ先に習う。が、あれはエタンダールが単に趣味で教えるだけで、実際にそれを用いてみろという事ではないのだ。

 

 まあ、そのおかげで入門早々辞める人もいる訳だけど。ライツは自分の入門当時のことを思い出して生ぬるい笑みを浮かべた。

 

「いんにゃ。二等魔道士の課題は『何かを作れ』だ」

「それで淫魔を……」

 

 なんてストレートなやり方だろう。さっきの弟子は、エタンダールが出した課題に対し、淫魔作成術を使うことを思いついたらしい。そうすればエタンダールが高く評価すると踏んだのだろう。

 

 だがエタンダールが拘りを持って真っ先に弟子に教える魔術とは言っても、淫魔作成術はれっきとした高等魔術なのだ。魔術を行使するのは簡単ではない。

 

 その結果、さっきの弟子は魔力不足で倒れる羽目になった。そこまで考えてからライツは深々とため息を吐いた。消費した魔力そのものは安静にしていればじきに回復はするが、試験本番で目を回していては仕方がない。

 

「ま、奴には及第点はやれないな」

 

 あっけらかんとしたエタンダールの言いように、ライツは難しい顔をして考え込んだ。

 

「でも、実際に淫魔は出来ていたんだし」

 

 目を回して倒れたのは、あの弟子が自分の魔力の量を見誤っていたからだろう。だが確かに淫魔は作成されていたのだ。淫魔作成術を展開出来ただけでも大したものなのではないか。たとえ魔術展開後に無様に倒れたとしても、淫魔を作成にするに至った力は評価出来るのではないか。

 

 ライツは言葉を選びながらエタンダールにそう訊ねた。すると煙草を灰皿にねじ込んだエタンダールが乾いた声で笑う。

 

「馬鹿か。オレがいなかったらあいつ、死んでたぞ」

 

 それを聞いたライツは絶句した。やれやれと首を振ったエタンダールがおもむろに立ち上がる。はだけたローブの内側に手を突っ込んで肩辺りをかきながらエタンダールが書棚に近づく。書棚から抜いた魔術書を次々に放られてライツは慌ててそれを受け止めた。

 

 合計三冊の魔術書はどれも分厚い。何とか両腕に三冊の魔術書を抱えたところでライツは重さに耐えかねてよろけてしまった。転びかけたライツの身体を何かがふわりと受け止める。エタンダールが咄嗟に魔術を使って風を呼び、ライツの身体の下に敷いたのだ。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 釈然としないものを感じつつも、ライツは礼を口にして頭を下げた。ふん、と鼻で笑ってエタンダールが窓に寄る。身体を立て直したライツは三冊の魔術書を揃えて抱え直した。それと同時にライツを庇っていた風のクッションが消える。

 

「魔力と魔術展開についての考察、抜書きして明日の昼までに持ってこい」

「……はい?」

 

 十分な間を置いて声を返してから、ライツは魔術書とエタンダールを恐る恐る見比べた。エタンダールは意味ありげに笑っている。冗談でも口にしたかのような笑い方だが、それはエタンダールが本気であるという証拠だ。長い付き合いからそのことを悟り、ライツは頬を引きつらせながら魔術書を見下ろした。重厚な装丁の魔術書はどれもこれも年代物で、弟子たちが普段出入りする書庫にはない代物だ。上質な薄い紙が使われているからか、厚みから想像する重さ以上に重い。

 

「そもそもお前、何しに来たんだ? 運が良けりゃ、他人の技を盗み見れるかもとか思ってたんじゃねえのか? 丁度いいだろ? 他人の試験を見るよりよっぽど役に立つぜ」

 

 なにが楽しいのかエタンダールがそう言って笑う。

 

 僕がここに来たのはあんたの世話をするためだよ!

 

 反射的にそう言い返しそうになったが、ライツは喉元まで出かかったその言葉を何とか飲み込んだ。ここで言い返すとろくなことにならない。

 

 それに他人の魔術を見て技術を盗むのは他の弟子たちも当り前にやっていることだ。いちいち笑われるようなことでもない。そんなことを考えているうちに自然とライツの顔は険しくなった。

 

 ライツは顔立ちが優しすぎる上、華奢なために見方によっては女の子にも見える。初めてライツを見た者が女の子と勘違いすることはよくある話だ。怒った顔をすると女の子を苛めているような気分になるらしく、喧嘩相手が焦って謝りだすこともあるくらいだ。だがエタンダールは慣れているのか、ライツが険しい顔をしたところで少しも動じない。喉の奥で笑ってから怖い怖い、とおどけて言う。

 

「だからって何で僕だけ」

「嫌ならいいんだぜ?」

 

 文句を言いかけたライツの声を遮って、エタンダールがいつもの調子で軽く言う。それを聞いてライツはうっ、と詰まった。エタンダールがこのせりふを持ち出す時は大抵、言うことを聞いておいた方がいいのだ。そのことをライツはこれまでの経験からよく知っていた。口調も軽いし言葉に重みが感じられないために勘違いすることも多いのだが、エタンダールが判断を弟子に任せるのは何か考えがあるからなのだ。

 

 渋い顔をしたライツに気だるそうにエタンダールが言う。

 

「だから嫌ならいいっつってるだろが。やるのかやらないのかどっちだ」

「僕、今月は食事当番なんですけど」

 

 エタンダールに考えがあると判ってはいても、つい言い返してしまってからライツは仕方なく頷いた。




ちょいちょい直しつつUPです。
細かい言い回しとかその辺りの修正しかしてません(汗)
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