Angel or Lilith~天使な僕と魔性なキミの旅~   作:伊駒辰葉

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天使の正体は

 ライツは真っ青になって急いで周囲を見回した。回り道などしている場合ではない。そう判断してライツは今度は自分が崖を降り始めた。木の枝や張り出した岩を使い、崖を伝い降りる。

 

 途中で何度も足を滑らせつつも、ライツは何とか崖下に辿り着くことが出来た。暗い川縁に白いものを見つけ、ライツは慌ててそれに駆け寄った。

 

「トゥーラ!」

 

 倒れたトゥーラに駆け寄り、ライツは声を張り上げた。川辺は大小の石で出来ている。トゥーラは落下の衝撃で大きな怪我を負っていた。頭から血を流しているトゥーラを抱え、ライツは口許に手をやった。

 

 辛うじて息はある。だがトゥーラの呼気は細すぎる。ライツは急いで光を作りだし、トゥーラの顔を照らした。

 

 土気色をしたトゥーラの顔色を見てライツは蒼白になった。ライツは止血をしようとしてトゥーラの頭に手をあてがい、歯を食いしばった。トゥーラは切り傷で出血しているだけではなく、頭の骨が傷ついているのがはっきりと判る。

 

 治療を。

 

 すぐに治療をしなければトゥーラは死んでしまう。だが治療魔術をライツは使えない。治療を誰かに頼めばいいのかも知れないが、トゥーラを森から運び出す暇はない。

 

 何か手はないか。ライツは必死で考えた。トゥーラを助ける方法が、どこかにないか。何でもいいのだ。自分が出来ることならば。そう考えたライツはふと閃くものを感じて目を見張った。

 

 頭、かたいねえ、お前。

 

 脳裏にエタンダールから聞いた言葉が蘇る。それを思い出したライツはトゥーラを見つめて素早く考えを巡らせた。

 

 助ける方法はある。治療魔術を使えない自分にも、出来ることがある。だが成功する保証はどこにもない。

 

 でも、やってみなきゃ判らない。他に手段は無いのだ。自分を奮い立たせる意味をこめてそう呟き、ライツは抱えていたトゥーラを静かに横たえて立ち上がった。

 

「そう、やってみなきゃ」

 

 もう一度呟いて、ライツは頭に叩き込まれている魔術論を引っ張り出した。

 

「淫魔作成術の基礎項目は八つ」

 

 素材選別、麻酔、幻惑、精霊召喚、定着、言語登録、契約、魔力増幅。

 

 基礎魔術が叩き込まれていなければ淫魔作成術は行使できない。基礎はこれまで嫌というほど学んできた。出来る、大丈夫だ。ライツは自分にそう言い聞かせて体内に感じる魔力の流れをたたみ始めた。

 

「素材は選ばれている。麻酔は必要ない。幻惑も要らない」

 

 魔道士の力量の本質は魔術を展開するスペースをいかに作るかだ。ライツはのし掛かってくる目に見えない重圧に踏ん張って耐えた。自然と身体に力がこもり、汗が噴き出す。

 

 素材は選ぶ必要はない。トゥーラには意識がないのだから麻酔や幻惑の必要はない。確かめながらライツは慎重に魔力を畳み、魔術を展開した。

 

「精霊召喚」

 

 意識を集中し、魔力を解放する。確かな手応えと共にライツの目の前に虹色の光が現れる。召喚の力に応えた精霊は、虹色の美しい女性の姿をしていた。だがその美しさに感心する余裕もなく、ライツは早口で言った。

 

「魔物! 出して! 早く!」

 

 宙に浮く格好で現れた精霊が怪訝そうな顔をする。

 

 挨拶もないのか。

 

 ライツの頭の中に知らない女の声が響く。精霊が直に意識に語りかけているのだ。それを聞いたライツは精霊にライツは殴りかかりそうになった。だがそれをぐっと堪えてライツはまくし立てた。

 

「そんな暇ないって見れば判るでしょ!? 大精霊のくせして、そんなことも判らないの!? もしかして頭悪い!?」

 

 人の形に近い姿を取る精霊はごく限られている。そのうちでもより力の強い精霊はこうして虹色の光を纏う。大精霊の名を冠しているであろう精霊が、唾を飛ばす勢いで喚いたライツを呆れたように見る。だがライツがげんこつを固めて振りかぶると慌てたように頷いた。

 

 わかった! 判ったから!

 

 どうやら殴られたくはなかったらしい。慌てたような精霊の声がライツの頭に響いた後、その場に一体の大きな魔物が現れる。精霊がその場に召喚したのは真っ白な鳥の形に似た魔物だった。魔物は足から何故か血を流している。どうやら怪我をしているようだ。だがそのことは今は考えず、ライツは鋭い目でトゥーラを見た。

 

「次! 定着術!」

 

 それぞれが基礎魔術だとしても、淫魔作成術はそれらの魔術をひとまとまりにしなければならない。集中が切れないよう、懸命に意識を研ぎ澄まし、ライツは次の魔術を展開した。

 

 待て! 貴様、私を誰だと!

 

 険しい顔で次の魔術を展開したライツの頭に精霊の声が響く。だがライツはそれを完璧に無視し、展開した定着の魔術を魔物とトゥーラに向かって放った。

 

 幸い、魔物は抵抗する意志はなかったらしい。ライツの放った魔術は遮られることもなく、トゥーラと魔物に吸い込まれた。そのことにライツは内心、ほっとした。もし魔物が抵抗するようなら、頭つかまえて張り倒さなければならなかったところだ。

 

 ライツは魔物とトゥーラの魔力を魔術で結び合わせた。

 

「次! 言語登録は飛ばす! っていうかこれ、大精霊相手だと必要ないじゃん!」

 

 大精霊と呼ばれる精霊は魔物の言葉だけでなく、人の言葉にも精通していると言われている。現にいま、精霊はライツの話している言葉を難なく理解している。その条件なら基礎項目の言語登録は必要がない。

 

 ライツの頭にまた精霊の声が響いた。

 

 貴様、私を誰だか判っていてその態度か!

 

「うるさい! 次、魔力増幅!」

 

 どうやら精霊は自分が大精霊だと判っているのにライツがぞんざいな態度でいることが気に食わないらしい。だがそんなことは今のライツにとってどうでもよかった。大事なのはトゥーラを助けることだけだ。

 

 ぎらりと精霊を睨みつけ、ライツは歩き出した。それまでライツにケチをつけていた精霊がぎくりと肩を竦める。

 

 魔力増幅術は完全に会得は出来ていない。だが、自分の器で増幅が出来ないなら、外から取り入れればいいだけだ。ライツはその場から逃げようとしていた精霊を無造作につかんだ。

 

「魔力を寄越せ!」

 

 精霊の髪をつかんで引き寄せ、ライツは叫んだ。そう、足りない分は他から足せばいいのだ。この精霊は大精霊と呼ばれるほどの力の持ち主なのだ。

 

 痛い! 痛い! この、痛いと言っとるだろうが!

 

 怒ったように目を吊り上げた精霊の怒鳴り声が聞こえてくる。ライツはそれを聞いて精霊を力任せに地面に叩きつけ、更に足でがしがしと踏んだ。

 

「いいから寄越せ! どうせ余ってるくせに! まさか僕にはやれないとでも!?」

 

 ブーツの靴底で何度か叩き踏むと、精霊が苦しそうな声を上げて引きつりながら頷く。

 

 判った! 判ったから踏むな!

 

 悲鳴じみた精霊の声によし、と頷き、ライツは足を退けた。すると精霊が恨めしそうな顔をして身を起こす。

 

 貴様、後で覚えて……。

 

「うるさい。早くしろ」

 

 精霊の恨み言を途中で遮り、ライツは無造作に腕を伸ばした。嫌がる精霊の頭を両手でつかむ。力任せに精霊の頭を前後に揺さぶり、ライツは早くしろと急かした。悲鳴を上げた精霊から魔力が流れ込んでくる。

 

 これで準備は整った。必要な魔力をぶんどったライツは、精霊を放ってトゥーラに向き直った。

 

 最大の難物が契約だ。これは精霊との契約という意味と、魔物との契約、そして生み出される淫魔との契約の三重の意味がある。それを同時に行うことが必要になる。

 

 全てを繋ぐ魔術だ。ライツは意識を研ぎ澄ませ、魔力を全力で展開した。あらかじめ畳まれていたライツの持っていた魔力と、精霊からぶんどった魔力が展開する。目に見えない重圧に必死で耐えながら、ライツは最後の魔術をトゥーラに向かって放った。

 

 何かが軋むような甲高い音が響く。その瞬間、トゥーラと傍にいた魔物が一瞬、その場から消え失せる。瞬きするほどの間にその場に光が生まれ、やがてそこにトゥーラが再び現れる。

 

 不意に重圧が消え、ライツはその場に崩れ落ちた。一気に体力を持って行かれたためか、指先すら動かすことが出来ない。

 

 馬鹿め。術後の余力くらい残しておかんか。

 

 呆れたような精霊の声に煩いと掠れた声で答え、ライツは懸命に身体に力をこめようとした。だがどうやっても動けない。くそ、とぼやいたライツの傍に精霊が屈み込む。

 

 貴様はあの男にそっくりだな。同じことを吠えおる。

 

 頭の中に精霊の微かな笑い声が響いた直後、ライツは辛うじて動ける程度の力を得た。どうやら精霊が力を分けてくれたらしい。そのことに気付いてライツは精霊に礼を言おうとした。が、その時にはもう、精霊の姿はそこから消えていた。

 

 横たわるトゥーラにライツは何とか這い寄った。呼びかけながらトゥーラの肩を揺する。土気色をしていたトゥーラの顔色はすっかり元に戻っており、呼吸も落ち着いている。そのことにほっとしつつライツはもう一度、トゥーラの名を呼んだ。

 

 目を開いたトゥーラが不思議そうにライツを見て身を起こす。流れていたトゥーラの血はすっかり消えている。その代わりにトゥーラの上衣は不自然に捩れていた。眉を寄せたトゥーラがはっとしたように息を飲み、ライツの手を握る。

 

「ライツ! 無事なのね!?」

 

 崖から落ちたことをすっかり忘れているのか、トゥーラが叫ぶ。その場にへたり込んだライツは苦笑して手を伸ばした。

 

「僕は何だか師匠の気分がちょっと判った気がするよ。確かに天使討伐ってばかばかしいや」

 

 あはは、と力なく笑ってライツはトゥーラの背中に生えた真っ白な翼に触れた。そこでトゥーラが慌てて振り返る。自分の背に生えた翼を見てトゥーラが悲鳴を上げたのはそれから間もなくだった。




ラストスパートに入ってさくっと回収しました。
この辺りが作者が思いきりジャンプ出来ないと評された所以ですかね。
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