Angel or Lilith~天使な僕と魔性なキミの旅~   作:伊駒辰葉

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分量が多かったので分割しました。


3人の側仕え

 エタンダールの側仕えを務める弟子は三人だ。

 

 一人は准魔道師のアルセニエフ。弟子の中でも特に真面目で知られるアルセニエフは、エタンダールの代わりにどこかに赴いたり、重要な公務にエタンダールと共に参加することが多い。公式行事などにもよく姿を現すため、エタンダールは見たことがなくてもアルセニエフは判る、という外部の人間も多い。中にはアルセニエフをエタンダールだと思っている者もいるというから笑えない。その手の話題を聞くたびに真面目なアルセニエフは真っ青になるのだが、エタンダール当人は面白がっているようだ。

 

 二人目は数少ない女弟子の一人、サマラだ。彼女は一等魔道官として学ぶ傍ら、見習や二等魔道士までの弟子の魔術講義を受け持っている。勤勉なサマラは教師としてもとても優秀で、下手をするとエタンダールより判り易い講義を行うため、弟子たちの中でも評価は高い。……のだが、何しろシャルレラとは方向性は違うが容姿が整っているため、弟子たちの集中力を乱す事があるのが難と言えば難かも知れない。

 

 教師を務めるサマラが何故、エタンダールの側仕えと呼ばれるか。それはエタンダールが面倒がってサマラにあらゆる講義を押し付けてしまうからだ。

 

 三人目がライツだ。エタンダールも以前は自分の身の回りの世話をする者、いわゆる従者として専門の人間を雇っていた。だが、物心ついた頃にライツはエタンダールにその役を押し付けられた。そのため、ライツは塔に入門する以前よりエタンダールの側仕えを務めるという、多少変わった経歴を持っている。

 

 側仕えの三人に対するやっかみは弟子達の間には一切ない。それどころかこの三人はまとめて貧乏くじと言われている。ここにいる弟子達にとって、一番大事なのは学習の時間だ。中でも自由時間は貴重だ。復習するも良し、予習に時間をかけてもいい。自己の研究に費やすのももちろん良いだろう。だが、貧乏くじである彼らには自由になる時間が殆どないのだ。

 

 おまけに結局やることといったら師匠の尻拭いなんだから。そう呟いてライツは手にしたクッションを細いはたき棒で叩いた。大してほこりを被っている訳ではないのだが、ライツはこの部屋を掃除する時には必ず叩くことにしているのだ。

 

「困ったな」

 

 ちなみに今は部屋の主はいない。エタンダールの部屋の真ん中に佇んで困惑顔で言ったのは側仕えの一人、アルセニエフだ。弟子達の中ではアルセニエフは年嵩で今年で二十七だ。そのことを思い出しながらライツは兄弟子の様子を伺った。アルセニエフの手にしているのは一通の書簡だ。古風に鳥の足にくくりつけられて運ばれたそれは、どうやら王宮から直に飛ばされてきたものらしい。

 

「僕だって困ってるんだ。新しいローブを仕立てなきゃならないのに、急に行方をくらますんだもん」

 

 ライツは膨れ面をしてはたき棒を握った手を腰に当てた。仕立て屋はエタンダールの留守を知ってしばらくは待っていたのだが、結局は後の客がつかえていると帰ってしまった。必ず後で店に来て下さい、と店主に何度も念を押されたばかりだ。ライツは仕立て屋とのやり取りを思い出して陰鬱になった。仕立て屋の主人は是が非でも自分の店でエタンダールの服を仕立てようとしているのだ。

 

 エタンダールが新調しようとしているのは式服だ。式服は通常のローブよりずっといい生地や装飾品を用いて作られる。平たく言えば仕立て屋にとっては大きな仕事なのだ。他の店に仕事を取られてはたまらない、と店主がやっきになるのは判る。

 

「もう、煩いのなんのって。僕に泣きつくんだもん。あのおじさん」

 

 深々とため息をついてライツは肩を落とした。自分の三倍は年を拾っていそうな男がさめざめと泣く姿は見たくはない。

 

「そ、それは大変だったな」

 

 根っから真面目なアルセニエフがライツの置かれた立場を慮ってか、苦渋の滲んだ顔で頷く。全くだよ、とライツは膨れ面に戻って文句を言った。

 

「しかし弱ったな。師匠が不在では返事どころか内容も確かめられん」

 

 眉を寄せてアルセニエフが手にした書簡を見下ろす。鳥が運んできた書簡はきっちりと蝋で封緘されているのだ。

 

「どうせまたリナベル通りだよ。昼間っから入り浸るのってどうかと思うんだよね、僕」

 

 エタンダールがいないこともあって、ライツはいつもの倍以上の文句を口にした。そうだな、と困惑顔でアルセニエフが頷く。それを横目に見てからライツは頬を膨らませた。

 

「アルセニエフはいいよ。迎えに行っても追い出されないでしょっ。僕なんて通りにすら入れてもらえないんだから!」

 

 ある時、ライツはリナベル通りと呼ばれる所にエタンダールを迎えに行った事がある。馴染みの店だから、と教えられた所に向かったライツは、細い通りに入ったところでたくさんの女性達に捕まった。賑わいから少し離れたリナベル通りは街の中でも色を目的とした商売を営む店が並ぶ場所だったのだ。

 

 道理でみんなが嫌がる訳だよ。女性達は可愛いなどと歓声を上げてライツを揉みくちゃにした挙げ句、子供はここには来てはダメだと説教までして、ライツを通りから追い払った。その時のことを思い出してライツはうんざりしたため息をついた。

 

「服は伸びるし破れるし、帽子もなくすし大変だったんだから。全く、あの帽子がいくらすると思ってるのさ」

「いやあの、もっと別のところに問題があるような」

 

 眉を寄せて頬を引きつらせたアルセニエフが恐る恐るといった感じで手を振る。だがそんなアルセニエフの様子にライツは気付かなかった。遊女達にもみくちゃにされた当時のことを思い出すと今でも強い怒りを覚える。

 

「おまけに師匠は捕まらないし、散々だよっ」

 

 文句を言いながらライツは別のクッションを棒で叩き始めた。窓から乗り出してクッションを何度か叩いてから椅子に戻す。膨れ面で文句を言いつつもライツは仕事だけはきっちりこなしていた。羅紗の張られたゆったりとした長椅子にもついでに棒を軽めに当て、続いて拭き掃除に取り掛かる。そこでライツははたと気付いた。

 

「そういえば、リナベル通りならアルセニエフなら入れるでしょ」

 

 子供のライツはリナベル通りに近づくことすらままならない。が、アルセニエフなら客と勘違いはされるかも知れないが問題なく入れるだろう。ライツは何の気なしにアルセニエフにそう言った。

 

 書簡を片手に握ったままのアルセニエフが面白いくらいに真っ赤になる。ライツは不思議に思って首を傾げた。下手をすると書簡を握り潰してしまいそうなほど、アルセニエフは身体に力を入れている。

 

「アルセニエフ? どうしたのさ」

 

 眉を寄せてライツは窓拭きを再開した。だが掃除を再開したライツとは対照的にアルセニエフは凍りついたように動かない。真っ赤になって立ちすくんでいる。ライツはちらりとそんなアルセニエフに目をやった。

 

「あ、あそこはちょっと……」

 

 ライツと目が合ったところでばつが悪そうにアルセニエフが目を逸らす。どうやらあの通りには何か忌まわしい思い出でもあるらしい。そう踏んだライツはアルセニエフに何事かと訊ねた。それまで硬直していたアルセニエフがぽつりと呟く。

 

「そ、その、いろいろと、まあ、事情が……」

「……ご、ごめん」

 

 人には聞かれたくないことがある。真面目で堅物そうに見えるアルセニエフだが、女性関係で何かあったのかもしれない。そう見当をつけてライツはさりげなく話題を変えた。

 

「そういえばさ。それ、どうするの?」

 

 言いながらライツは書簡を握るアルセニエフの手を指差した。するとああ、と頷いてアルセニエフが書簡を目の高さにかざす。

 

「弱ったな。私があそこに赴く訳にはいかないし」

「僕が行こうか?」

 

 こうなるとは思ったんだ。そう心の中で呟きつつライツは申し出た。するとアルセニエフがライツの予想通りに顔をほころばせる。最初からそのつもりだったに違いない。

 

「すまないな! ライツも忙しいのに」

「いいよ、別に」

 

 さて、どうやって潜り込もうかな。文句を言う時ははっきり言うが、思考の切り換えの早いのがライツの長所だ。窓磨きの布をバケツに放り込んでライツは帽子を被りなおした。アルセニエフから受け取った書簡を大事にローブの内ポケットにしまう。正攻法で正面から通りに入ろうとしても無理だ。以前のようにもみくちゃにされた挙げ句、最後は子供が来るところじゃないと追い出されてしまうのがおちだろう。

 

 子供だから場違いな場所に来ていると思われるのだ。それならいつもと違う格好をすればいい。その結論に達したライツは早速、シャルレラに相談した。話を聞いたシャルレラはやけに嬉しそうにしてライツの支度を手伝ってくれた。




側仕えが出てきました。
ライツが一番性格悪いかも……w
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