Angel or Lilith~天使な僕と魔性なキミの旅~ 作:伊駒辰葉
ライツの予想通りにアルセニエフはサマラと同じ勘違いしてくれた。ライツはアルセニエフに言いたいだけ文句を言ってからエタンダールに向き直った。
「師匠。説明してくれるんでしょう?」
エタンダールの広い私室に居るのはアルセニエフとライツ、そして部屋の主のエタンダールの三人だ。サマラは魔術講義中でここにはいない。長椅子に腰掛けて伸びをしてからエタンダールはおもむろに話を始めた。
天使と言われる希少種には特別な力があるのだという。ごく稀に生まれる天使は外界から隔離され、とある場所で静かに生きるのが王の定めた決まり事らしい。だがそれはあくまでも表向きの話だ。
「前の時は国内だけじゃねえ。国境越えて争いにくる馬鹿もいてな。どえらい騒ぎになったんだ」
珍しくきっちりとローブは着ているが、相変わらずの気だるそうな表情でエタンダールが淡々と語る。アルセニエフも生真面目な顔で話に聞き入っている。口を挟まないところを見ると、アルセニエフも天使のことは知らないのだろうか。そんなことを考えてからライツは訊ねた。
「天使の力って何なんですか。国同士で争うほどのことなんですか?」
エタンダールの話では天使を手に入れようと色んな者たちが争ったのだという。だがライツはその話に現実味を感じることが出来なかった。似たような感想を抱いたのだろう。アルセニエフが難しい顔でそうだな、と頷く。
「世界を変えちまうんだとさ」
至極あっさりとエタンダールが言う。その口調があまりにも軽かったため、ライツはエタンダールが何を言ったのか、すぐに理解出来なかった。少し間を置いて理解したライツはエタンダールを凝視した。どういう意味かと訊ねようとしたライツを目で制してエタンダールが言葉を継ぐ。
「だから天使を手に入れようってみんな躍起になってた訳だな」
呆れているのか、それともうっとうしいと感じているのかは判らない。そう言ったエタンダールは顔をめいっぱいしかめていた。
もしかしたら師匠は天使の話をしたくないのかな。ライツはそう考えて口を噤んだ。エタンダールは天使に対してというより、それを取り巻く周囲にあまり良い印象を持っていないように見える。
口を噤んだライツの代わりにか、今度はアルセニエフが質問する。
「もしや王宮からの報せというのは……召喚ですか」
「おうよ。あー、うぜえ」
アルセニエフの問いかけにエタンダールがしかめ面で答える。
「見つかった天使の処遇についてのお話し合いだとさ。役に立たねえことばっかに力入れやがって」
もっと他にすることあんだろうがよ、と憎々しい口調で吐き出してからエタンダールが深いため息を吐く。その様子を見たライツは仰天して目を見開いた。
「王宮に行くんですか!? 師匠が!?」
エタンダールはこれまでに何度も王宮会議をすっぽかしている。そんなエタンダールの代理としてアルセニエフがいつも出席しているのだ。もし、今回もさぼる気でいるならエタンダールはここまで嫌そうにしないだろう。つまり裏返せば、エタンダールは今回の召喚に応じるつもりでいるのだ。ライツと同じ事を考えたのか、アルセニエフがあんぐりと口を開けてエタンダールを凝視する。
「本気ですか!? いつも何だかんだと適当な理由をつけて私に押し付けるのに!?」
アルセニエフがライツに負けないくらい大きい声を上げる。エタンダールは目の前に立つライツとアルセニエフとを交互に見つめてから、より嫌そうに顔を歪めた。
「……お前らがオレをどう思ってるのか、よおく判った」
膨れてそっぽを向いたエタンダールを余所に、ライツはアルセニエフと顔を見合わせた。目を合わせ、お互い感じているものが同じだと確認してから頷き合う。
「徹底的にぐうたらの師匠を動かす天使って凄いよ!」
「天使が世界を変えるというのは本当なのかも知れん!」
「馬鹿野郎! そんな感心の仕方があるか!」
ライツとアルセニエフが納得しあった直後にエタンダールが喚く。唾を飛ばす勢いで一喝されてライツは渋々と黙った。だがアルセニエフはライツより長くエタンダールと接しているからなのか、淡々とした口調で続ける。
「他にどの部分に感心しろと仰るのですか。私は……ライツもでしょうが、天使についての情報は何も持たないのですよ?」
エタンダールの説明から考えると、特別な力とやらが世界を変えるのだろう。だがその力がどんなものなのかの説明は一切されていない。アルセニエフの言葉にライツは何度も頷いた。
「ちょっと、もう少し声を落としたら? 廊下にまで筒抜けよ」
唐突に第三者の声が割って入る。ライツは驚きに首を竦めて振り返った。いつの間に入ってきたのだろう。食事を乗せた大きなトレイを持ったシャルレラが近付いてくる。それを見たライツは自分が空腹だったことに気が付いた。
優雅に微笑んだシャルレラがテーブルの上に食事をセットする。腹を押さえたライツは伺うようにエタンダールを見た。するとそれまでだらしなく椅子に腰掛けていたエタンダールが腰を上げる。
「とにかく飯だ、飯。ライツも食ってないんだろ?」
そんなことを言いながらエタンダールがテーブルを長椅子の前に寄せる。ライツは促されるままにエタンダールの隣に腰掛けた。シャルレラに促されたアルセニエフが、ライツの向かいの位置に椅子を持って来て腰掛ける。
野菜と肉を煮込んだものとパン、野菜のたっぷり使われたソースのかかったパスタ。どれも美味しそうな湯気が立っている。いただきます、と挨拶してライツは食事を始めた。アルセニエフは既に夕食は摂った後だろう。シャルレラがポットから客用のティカップに注いでくれた茶を飲んでいる。
「天使には不思議な力があるんですって。人の病を癒したり、嵐を起こしたりね。街を一瞬で灰にしちゃう、なんて話もあったかしら」
スープをすくって口に運ぼうとしていたライツは、シャルレラの話に驚いて手を止めた。物騒なことを言った割にシャルレラはけろりとしている。アルセニエフも驚いたらしい。あの、と消極的にシャルレラに声を掛ける。だが声を掛けたものの、どう質問したものか困ったのか、アルセニエフが難しい顔をして黙り込む。そんな彼らの様子を見てから、ライツはエタンダールを伺った。だがエタンダールは知らん顔をして食事を続けている。
もしもシャルレラが言うように、天使に災害を意図的に起こす力があるなら。そう考えてライツは深刻な顔になった。もしそれが本当なら、天使を手に入れようとする者や、存在を消そうとする者が現れてもおかしくない。その力は間違いなく人には脅威となる。国同士の争いに発展しても不思議はない。
それどころか、もしも誰かがその力を手に入れてしまったとしたら、国どころではなく世界全てが支配されてしまう可能性だってある。
「何で二人ともそんな変な顔をするの」
シャルレラが不思議そうに首を傾げる。それまで考え込んでいたライツは訝りを覚えてアルセニエフと顔を見合わせた。その間に隣にいたエタンダールが食わないんならくれ、とライツのパン皿に手を伸ばす。ライツは二人の方を向いたまま、さりげなくその手を叩いて払った。
眉を寄せたアルセニエフが呻きを漏らす。
「しかしまさかそんな力が」
「なに言ってるの」
今度は呆れたような顔をしてシャルレラが言う。それからシャルレラは苦笑を浮かべて言葉を継いだ。
シャルレラがさっき言ったのは天使の出てくるお伽噺なのだという。それを聞いてライツはなるほどと納得した。この塔の書物は司書であるシャルレラが管理している。書庫には魔術書だけではなく、物語などを記した読み物もあるのだ。だがこの塔にいる弟子達が書庫に行くのは、大抵が魔術書を借りる時だ。読み物などは魔術書を探す弟子達の邪魔にならないよう、書庫の奥にまとめられているらしい。
「そうか。僕らってそういう本、読まないもんね」
魔術書で調べものをする機会が多いせいか、楽しむために本を読もうという気分になったことがない。そう考えながらライツはしみじみと頷いた。
「その手の読み物は書庫の奥に追いやられているしね。私以外の誰かが見たことなんてないんじゃないかしら」
くすりと笑った後、シャルレラは説明してくれた。
天使が出てくるお伽噺は色々あるらしい。中でも最も有名なのは、天使が魔道士と旅をする話なのだという。二人は旅をする中で様々な障害に合う。だが二人は力を合わせて旅を続け、最後に夢のように美しい国に辿り着くのだという。
シャルレラの話を興味深く聞きながらライツは食事を終えた。先に食事を終えていたエタンダールは書類や課題の積まれた机について煙草をふかしている。
「まあ元は伽噺だからな」
そう言ってエタンダールが意味ありげに笑う。その意味が判らず、ライツは首を傾げた。エタンダールの傍に立つシャルレラが微笑みを浮かべる。こんな風にエタンダールとシャルレラが並ぶと実にお似合いの恋人同士に見えるから不思議だ。実際にエタンダールのベッドの上にシャルレラがいるのはよく見かけるのだが、そのことは今は関係ないとライツは思い浮かんだものを頭から追い出した。
その日の夜のうちにエタンダールは塔を出て王宮に向かった。慌ただしく出て行ったエタンダールを見送り、ライツは自分の部屋に戻ろうとした。すると何故かシャルレラが手招きをする。不思議に思いつつも素直に近付いたライツにシャルレラは小声で言った。
「お伽噺というのはね。伽でする噺、という意味よ」
伽、と呟いてからライツは真っ赤になった。慌てるライツを余所に、シャルレラがおやすみ、と微笑を浮かべて手を振る。おやすみなさい、とひっくり返った声で返事してからライツは自分の部屋に戻った。
部屋の扉を閉め、壁際にある姿見を何気なく見てからライツは引きつった。大きな鏡には少女にしか見えない自分の姿が映されている。自分が女装をしていたことをすっかり忘れていたライツは、鏡を見てまた強いショックを受けた。しかも今度は全身が映っていて、それなのに鏡の自分は言い訳できないくらいの美少女なのだ。
疲れた息を吐いてライツは手早く着ていたものを脱ぎ、寝る準備をし始めた。化粧をしっかり落として着替えてからベッドに入る。そこでライツははっと気付いた。
「しまった! 師匠に仕立て屋のこと言うの忘れた!」
きっと仕立て屋の店主は首を長くして待っているに違いない。店主にまた泣かれるかも、と陰鬱な気分に陥りつつ、ライツは深々とため息を吐いた。
修正するところがいくらでも出てくる罠(泣)
書いた時はこれでOK! と思っていたのですが、駄目ですね。
やれやれです。
先に投稿したものも修正しようとしたのですが、一人称だから諦めました。
そういう言葉遣いで、そういう考えだということで無理を通せるのでw